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0016(二)02

「うん! よろしくね、高松君」


 先ほどまでとは打って変わって弾んだ声だった。こいつ、何を喜んでるんだ? 俺には不可解だった。じゃ、まあとりあえずファミリーコンピュータの接続方法からレクチャーするか……。


 俺が思案していたときだった。どう、と重たい衝撃音がすぐ側から生じたのだ。


「風林ちゃん!」


 雲雀先輩が悲鳴を上げる。兜を被ったまま、戦国気質の火山風林先輩は、横倒しに床に倒れたのだ。気を失ったのかぴくりとも動かない。部室内が恐怖で彩られ、ちょっとした騒ぎになる。


「落ち着け。そんなことでは戦場で生き残れないぞ」


 真樹先輩が部長らしく冷静に対処した。風林先輩の傍らにひざまずき、その脈を取る。続いて兜をずらし、額に手の平を添えた。はらはらと見守るその他一同。俺も急なことで気が動転していた。


 真樹先輩がうめいた。


「ひどい熱だ。倒れたのはこれが原因だろう。すぐ保健室に運搬するんだ。……高松、彼女をおぶってやれ」


 いきなりの大役だったが、風林先輩を思う気持ちが優先して否やはなかった。彼女を――兜以外は普通のセーラー服姿だ――抱き起こし、他の部員の手助けも借りて、どうにか背中に背負う。生の太ももは尋常でない熱を帯びていた。


「傘は私が差すもん」


 由紀先輩が俺と風林先輩の上に傘をかざした。暗雲立ち込める中、大粒の雨は間断なく地面に落下し、雨音を立てて飛散する。その中を、俺たちは校舎へと歩き出した。


 楓は入部早々の緊急事態に面食らっていたが、不安と心配の入り混じった顔で無言で後をついてくる。辿り着いた保健室は幸運にも開いていて、担当の先生が立ち上がって迎え入れてくれた。


 その診断結果は……。


「38度。風邪だな」


 その頃には風林先輩も意識を取り戻していた。白いベッドに寝かされシーツを肩まで被っている。こんなときでも兜は脱がないらしい。


 保健の女先生は白衣をひるがえし、聞き出した風林先輩の自宅の電話番号に連絡をした。親に車で迎えに来てもらうためだ。俺たち駄ゲー部員一同はまずは一安心といった風に、それぞれ胸を撫で下ろしていた。


「それじゃ、職員室へ入部届けを提出しに行くので。一緒に行くので、楓ちゃん?」


「あ、はい」


 気が抜けたのだろう、緊張から解放された雲雀先輩は今日の目的を思い出して、楓を伴って保健室を出て行った。抜け目がないというか……


 ミリタリー好きの真樹先輩は部室に残ったので、今保健室にいるのは俺と由紀先輩、美夏先輩、そして風林先輩だけだ。


 美夏先輩が顎を摘んだ。


「にしても、38度もの風邪をおして駄ゲー攻略に気合を入れるやなんて……。やっぱり風林はちいと違うな」


 風林先輩は気丈に振る舞った。


「駄ゲー攻略こそは我が命。何に代えてもクリアすることこそが拙者の信条。盗むがいい、高松」




 翌日、風林先輩は風邪で休みだった。朝練の時間、部室に集った部員一同は、放課後の部活動をやめて彼女を見舞いに行くことに合意した。


「風林先輩の家は分かるんですか?」


 真樹部長があっけなく答える。


「当然。部下の情報を把握するのは上官の務めだ。安心しろ」


 この人、俺の個人情報とか完璧に知悉ちしつしてそう。


 そして放課後。俺たちは風林先輩の邸宅を訪問すべく、翡翠中学を出発した。昨日の雨空が晴天にうって変わって、気分は上々だった。何気にセーラー服姿の真樹先輩は初めて見る。ヘルメットも被らず、ショートマッシュの髪を風になぶらせていた。


「ここだ」


 風林先輩の自宅の入り口は、江戸時代のどこぞの藩のような巨大な門を抱える、立派なものだった。それでもインターホンに監視カメラ付きと、近代的な警備体制を敷いている。


 真樹先輩がボタンを押すと、女性の声で応答があった。


「どなたですか?」


「火山風林さんの部活のものです。お見舞いに来ました」


 年増が返事する。


「あらまあ、それはそれは。今うかがいますからお待ちください」


 1分も経たず小さい方の扉が開かれた。年は60絡みだと思われる割烹着の女性は、恐らく風林先輩の家政婦だろう。


「これはこれはご丁寧に。歓迎いたします。どうぞ風林様に会ってやってください」


「失礼します」


 真樹先輩を先頭に、入部したばかりの楓も伴って、ぞろぞろと門を潜る。


「うわあ……」


 俺は絶句した。火山邸は全ての言葉を奪い去るほど巨大な3階建ての屋敷だったのだ。頂上にはしゃちほこが君臨している。屋根は瓦葺かわらぶきだった。まるで一国の城だ。


 風林先輩の家政婦は広大な建物を迷うことなく進み、俺たちを先導する。


「私も初めて来たもん。広すぎるもん」


 ボーイッシュな由紀先輩がそんな感想を示した。確かにこれは「家」という範疇を軽く超えている。何なら篭城も出来そうだった。

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