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   (二)




 5月になった。本格的に入部した俺は、『たけしの挑戦状』や『頭脳戦艦ガル』、『トランスフォーマー コンボイの謎』などの駄ゲーを一通り試していた。雲雀先輩は気分も新たに『ミシシッピー殺人事件』への挑戦を開始している。他の部員たちもそれぞれの駄ゲー攻略に熱を込めていた。


 そんな折だった。ある雨の降る寒い一日、部室のドアを叩くものがいた。


「はぁい」


 下っ端の俺が応対する。プレイの手を止め立ち上がり、ドアに向かった。ノブを回して開く。傘を差して立っていたのは……


「あれ? 水仙すいせんじゃん」


 俺は見知った顔を前に、即座に名前を口にした。銀縁眼鏡がやや曇っている。華奢な体格で、強い日が当たると倒れそうな青白い肌だ。小動物のような瞳で、つんと突き出た鼻が子供っぽい。セミロングの野暮ったい黒髪だ。


 水仙楓すいせん・かえで。俺と同じ1年A組の、どちらかといえば目立たない女子だった。


「高松君!」


 楓は自分でノックしておきながら、俺の顔を見て慌てふためいた。手の中の傘が落ちそうになる。


「どうした。落ち着け」


 俺は顔にかかる雨粒にわずらわしさを感じた。楓は呼吸を整えるように顎に拳を添える。


「あ、あのね、高松君。ここ、『駄ゲー部』だよね?」


 聞かなくとも室名札に書いてあったと思うが……。


「そうだけど。……ひょっとして」


 俺はぴんと来た。


「入部か? 水仙、入部してくれるのか?」


 俺の声は弾んだ。何しろこの駄ゲー部、内容が内容だけに、新入部員が今のところ俺一人だけだったのだ。ここでの新人はきっと皆に喜ばれるだろう。もちろん俺も大歓迎だ。


 果たして、楓は言った。


「う、うん。そうなんだ」


「よっしゃあ!」


 俺はガッツポーズを作った。もう諦めかけていた部員増が、まさか月の替わった5月に訪れるなんて。


 そこで俺は楓が傘を差したままなのに気づいた。


「ああ、悪い。じゃあ上がれよ水仙。部長の真樹先輩を紹介するよ」


「うん」


 真樹先輩はスーパーファミコンの『真・聖刻』という駄ゲーに夢中だった。俺に肩を叩かれてイヤホンを外す。


「高松、いつも下達かたつしているだろう。上官にやむなく合図したらまずは敬礼で待機しろと」


 俺は敬礼した。


「入部希望者が現れました。俺のクラスメイトの水仙楓です」


「それは重畳」


 部長はしなやかな虎のように機敏に身を起こし、傘を傘立てに差し込んでいる楓に近寄った。大声で呼ばわる。


「お前! 入部希望らしいな!」


 あまりの大音じょうに他の部員たちも気がついた。各々ヘッドホンやイヤホンを外し、ゲームを中断して闖入者に興味を注ぐ。楓は狼狽したのか真っ赤になりつつ、それでもおじおじと応対する。


「はい、1年A組の水仙楓です。『駄目ゲーム部』にお世話になりに来ました。ぜひ部活の端にお加えください」


 膝頭にくっつきそうなほど頭を下げた。平身低頭とはこのことだ。


「お前、そんな華奢な体格でうちのスパルタ訓練についてこれるのか?」


 楓が頭を上げて目をしばたたく。


「訓練? あの、何か訓練するんですか?」


 真樹先輩の軍事ロマンから来る言葉のあやだ。とはいえ、初対面でそれを見抜けとは酷な話か。


 美夏先輩が口笛を鳴らした。


「変わり者一名様ご案内、ってところやな」


 由紀先輩が頭の後ろで手を組んだ。胸がないな、この人――などと失礼なことを俺は思った。


「その日陰者そうな外見からして、この部活にぴったりだもん! あ、ボクは袋田由紀。以後お見知りおきを、だもん」


「はい、よろしくお願いします」


 雲雀先輩が小型テーブルを引っ張り出し、入部届けの用紙とボールペンを手際よく楓に差し出した。


「楓ちゃん、ここにクラスと名前を書くので。後は私に任せるので!」


「は、はい」


 楓は言われるがままサインした。こいつ、何で駄ゲー部なんかに入ろうと思ったんだ?


 というかそもそも、この部活がどういうものか分かって記入しているのだろうか。


 でもまあ、いいか。俺は疑問をうっちゃった。メンバー増員がなされればそれで良し。細かいことは諸先輩方が引き受けて指導してくださるだろう。俺はそれを脇目に駄ゲーで遊んでいればいいわけで。


「おい、高松」


 風林先輩が兜の下でけいけいと目を光らせた。心なしか頬っぺたが赤い。


「お主が楓の教育を担当するのじゃ。それぐらいできるだろう?」


 俺は甘い考えを一蹴され、一気に意気消沈した。


「はい、分かりました……」


 楓がこわごわ尋ねる。


「いいの、高松君」


 俺は仕方なしに請け合った。


「しゃーねえな、任せろ。俺が一人前の駄ゲー部員に仕立て上げてやるからよ」


 その瞬間、楓の表情に春の日差しが降り注いだ。

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