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0017(二)03

「ここです。どうぞごゆっくり。すぐお茶をお持ちしますね」


 ある扉の前まで来ると、老婆はそんなことを告げて去っていった。美夏先輩がドアを拳で小突く。


「風林、いるか? 入るで」


 中からいらえがあった。


「構わんぞ」


 高級そうな樫の木のドアは、無音で滑るように快適に開く。中の部屋は適度な広さだった。本棚、学習机、ベッドはまあいいとして、何故か戦国時代の鎧一式が壁際に鎮座ましましている。


 風林先輩はその中で、兜を被ってファミコンゲームとしゃれ込んでいた。ピンクのパジャマ姿だ。


「風林先輩! 何やってるんですか!」


 俺は厳しく注意した。彼女は咳をしながら、こちらに振り向かず応じる。


「何って、見れば分かろうぞ。駄ゲー『いっき』をプレイしているのじゃ」


「そうじゃなくて……」


 真樹先輩が口を挟んだ。


「風林! 寝ておらんと駄目だろうが!」


 激発寸前の怒声だった。部長は部長なりに後輩を気遣っているのだ。風林先輩はさすがに逆らえない。


「部長殿、すまんかった」


 名残惜しげにゲーム機の電源を切る。ふらふらと立ち上がった。思わず手を貸したくなるぐらい、その足取りはおぼつかない。それでもどうにか自力でベッドに寝転がった。毛布を引き被る。


 真樹先輩が溜め息をついた。


「そう、それでいい。貴様の駄ゲー魂は大いに評価しているが、それも時と場合によるのだ。たまの休暇を満喫せよ」


「面目ない……」


 由紀先輩が持っていたビニールの手提げ袋をベッド脇に置いた。


「バナナやりんごだもん。これを食べて元気になるもん」


「かたじけない。ありがたくちょうだいいたします」


 その後、俺たち駄ゲー部員たちは他愛もない話に花を咲かせた。風林先輩の駄ゲーへの情熱を再燃させないよう、話題は日常的なものに限定された。美夏先輩が黒いポニーテールを揺らしつつ、ナイフを駆使してりんごの皮を綺麗にいた。


「さあ、食べようや」


 風林先輩がにこやかに食す中、俺や楓もおすそ分けをいただき、美味を堪能した。


 時間はあっという間に過ぎ去り、俺がやや長居しすぎたと感じた頃、以心伝心というか、真樹先輩が立ち上がった。


「そろそろ離脱しようか。風林、よく休むのだぞ。分かったな」


「承知しました」


「では糞ったれども、帰投するぞ。邪魔したな」


 雲雀先輩たちがドアの向こうに半ば移動しながら小さく手を振る。


「じゃあなので、風林ちゃん」


「達者でな」


 こうして部員たちはぞろぞろ引き上げた――はずだった。


「ちょっと、高松」


 俺一人だけ手招きで呼び戻された。枕元に近づく。


「何でしょうか」


 風林先輩は兜の端をつまんで持ち上げ、俺の目を直視した。


「お主に頼みたいことがあるのじゃ。聞いてくれるかの」


「俺に……?」


 真樹先輩が戻ってきた。


「どうした高松。まだ何か風林に用があるのか?」


 風林先輩はベッドに起き直った。


「すまん、部長。ちょっと高松を借りたいのです」


「それは構わんが……。風邪をうつさぬよう気をつけるが良い」


「はい、かたじけない」


 ドアが隙間なく閉まり、部屋には俺と風林先輩だけとなった。風林先輩はこんなときでも威厳があり、狐のような咳もその安定感を崩すことは出来ない。


 俺は尋ねた。


「それで、頼みごとってのは何ですか?」


「拙者の兜……漆黒塗二〇間筋兜というのじゃが、これは拙者の駄ゲー魂の象徴なのじゃ」


「はあ」


 話が見えてこない。


「拙者は物心ついた頃からゲームを遊んでいた。プレイステーション4やニンテンドー3DSなどの優良ソフトをな。だがある日、気がついてしまったのだ。自分がそれらに、ちっとも熱くなれていないことに……」


 毛布ごと膝を抱え、顎を接触させる。


「そんな折じゃった。父上がたまの休日に、拙者を伴って二人きりで秋葉原へ出かけたのじゃ。父上は交友が広くてな。友達同士の付き合いで、そこで開かれていたあるイベントの会場へ拙者を連れて行ってくれた。それが『レトロゲーム体験会』なるものじゃった」


 こちらに微笑んだ。


「分かるじゃろう、それが拙者と駄ゲーとの出会いだったのじゃ。拙者はそこで生まれて初めて本物の駄ゲーをプレイした。ファミリーコンピュータ用横スクロールアクション、『アトランチスの謎』というものだったのじゃがの。イベント参加のサークルが面白半分で出展していたものを遊ばせて貰ったわけじゃが、まあつまらないつまらない。人の皮を被った鬼が制作したとしか思えない最悪な内容じゃった。じゃったが……」


 まつ毛を伏せ、微苦笑する。


「拙者は燃えたのじゃ。粗雑なグラフィック、理不尽な敵、不愉快な操作感……。どれも嫌になるくらい不出来だったのが、逆に拙者の心に火を点けたのじゃ。父上やサークル出展者が引くぐらい、拙者は画面の前にへばりつき、そこから一歩も動かなくなった。まるで地面に根を生やしたようだったと、父上は今でも面白そうに回想するんじゃ」

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