神の恵みと悪魔の果実:甘くて苦いチョコレートの話
寺村輝男の「ぼくは王様」シリーズの中に、毎日チョコレートを食べたがった王様のお話がありますが、チョコレートは甘くて幸福なお菓子の代表です。
そんなチョコレートの話として、まず、思い浮かべるのが『チョコレート戦争』。町の洋菓子屋さんのガラスを割ったぬれぎぬを着せられた子どもたちの戦いの話なのですが、「もっとも弱い者がもっとも強いのである」という児童文学の王道で、最後のどんでん返しまでおもしろいです。
ジャイアンや出来杉くんでなくて、のび太がなぜ主人公になれるのかわかる話といえば、よいでしょうか? 初版が1965年と半世紀以上前なのですが、おもしろさに賞味期限はありません。
一方、似たようなタイトルで『チョコレート・ウォー』という本もありますが、読み終わった後、違う意味で「ウォー!」と叫びたくなります。
名門男子校(全寮制?)の学園の資金か何かにするためにチョコレートを売るように強制され、戦う少年たちの話なのですが、燃え要素はあるのに、萌えがない……
チョコレートを巡る戦いの話というと、『チョコレート・アンダーグラウンド』という、近未来のイギリスを舞台にしたお話もあります。
国民は皆ケンコーでブンカ的な生活を送るべきだという法律が制定されて、甘いお菓子はいかん、チョコレートなんてもってのほかだというので、チョコレートがご禁制の品として、取り締まりの対象となるのです。結末は、チョコレートの話だけに甘かったですが、中盤まではおもしろかったです。
チョコレートの出てくる有名な話だと、『チョコレート工場の秘密』でしょうか。内容的には、貧乏だけれど清く正しい少年が、大富豪の跡継ぎになるまでのお話。見所は、あちこりにちりばめられたブラックジョークとふしぎなお菓子の描写ですが、ギンガムをむいて、甘いチョコレートを口いっぱいにほおばったときの感触の表現など、わかるなあと思わせます。
ただ、この本は、おもしろいにはおもしろいのですが、楽しめるかというと、人によって分かれる気がします(私は後者です)。
いっぽう、チョコレートがどのように作られてきたかについての話ならずばり『チョコレートの歴史』がおもしろいです。さまざまな時代のチョコレートの食べ方(レシピ付き)も載っていて、楽しいです。チョコレートが食べ物としてより、飲み物としての歴史が長いというのはふしぎな気がしますが、中流階級の男性たちが集まって政治談義をしていたという「チョコレートハウス」はお話の舞台としておもしろそうです。
それにしても、チョコレートは作るまでがほんとうに大変です。莢を収穫し、3〜5日かけて高温で発酵させ、1〜2週間かけて発酵させて、焙煎し、殻などを取り除いてすりつぶす……さすが、マヤ&アステカ3000年の歴史。アステカではカカオ豆が通貨として使われていた(当然、偽豆もあった)とか、18世紀のチョコレートには煉瓦の粉が混ぜられていた粗悪品もあったとか、裏の歴史も萌えます。
ちなみに、リンネによってつけられた、チョコレートの学名は「テオプロマ・カカオ」というのですが、「テオプロマ」とはギリシャ語の「神々の食べ物」からきているのだそうです。かっこいい。
ですが、もっとかっこいいのは、チョコレートの木で、写真を見ただけで、鼻血が出そうです。「茎生花」というのだそうですが、シメコロシイチジクのように、私を萌えさせる植物があるとは思いもしませんでした。
そして、ノンフィクション系だともう一つ、『チョコレートの真実』もおすすめです。いわば、チョコレートのプランテーション作物としての側面を描いたものなのですが、本文の最後に書かれた「チョコレートを摘む手と、チョコレートを食べる手の距離はあまりにも遠い」という文章が、強く心に残っています。
現在、スーパーで買える安価なものから、専門店(「ショップ」でなくて「ブティック」ですってよ)で買う一粒いくらの高級品まで、チョコレートは町にあふれています。
父は「ギブ・ミー・チョコレート」世代でした。カタカナのお菓子が気軽に買えるのを見ると、今でもふしぎな気持ちになるそうです。
チョコレートは甘いのか、苦いのか。もしもトリップするときに持って行けるのなら持って行く食べ物を選ぶとすれば、チョコレートは確実にその一つだろうと思います。高価なものであれ、いつものものであれ、どちらにしても、地球の象徴となるでしょう。
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★ぼくは王様
寺村輝男による児童文学。いい子ちゃんではない等身大のわがままでサボリ魔な子ども(精神年齢的に)をはじめて主人公にした、画期的な児童文学……らしい。U15/難易度低。
★チョコレートな戦争の話
・大石真『チョコレート戦争』。主人公の住む町には「金泉堂」という有名な洋菓子屋さんがあって、町の子どもたちのあこがれなのです。「エクレア」の名前の由来や「シュークリーム」の正式な名称をこの本で知りました。明治や森永など、王道の日本のチョコレートな感じ。U15/難易度低。
・ロバート・コーミア『チョコレート・ウォー』北沢和彦/訳。カカオ90%くらいの結末。驚きの苦さ。R15/難易度高。
・アレックス・シアラー『チョコレート・アンダーグラウンド』金原瑞人/訳。おもしろいかと聞かれたら、「あまい」としか言いようのない話なのですが、R指定の入らない、数少ない近未来小説として。たとえるなら、キャラメルとかヌガー入りのチョコレートなお話。U14/難易度中(結末の甘さに耐えられるか?)。
★お菓子なお菓子のお話
・ロアルド・ダール『チョコレート工場の秘密』。田村隆一訳と柳瀬尚紀訳がありますが、私が読んでいるのは田村訳の方。当時の時代背景もあるのでしかたがないのですが、ちょっと「原住民」的な描写もあって、つらいです。U14/難易度? マニアックな味ではないはず。
・マーガレット・マーヒー『いかさま海賊こんぐら航海記』青木由紀子/訳、長新太/絵。海賊コスプレをした元喫茶店の従業員による、お菓子な島々を巡る冒険です。恋愛要素もあります。チョコというよりゼリービーンズ的な話。U14/難易度中。
★チョコレートノンフィクション
・ソフィー・D・コウ/マイケル・D・コウ『チョコレートの歴史』樋口幸子/訳。各時代の知識的な内容が多いので、途中で飽きるかもしれません。図版などが多いのは楽しめます。あまり甘くない、袋詰めにされた海外製のチョコレートな感じ。R18/難易度中(アステカの食習慣の説明が結構詳しいのです)。
・キャロル・オフ『チョコレートの真実』北村陽子/訳。「カカオ農園で働く子供たちは、チョコレートを知らない」という帯のことばが、重いっす。ラ・メゾン・デュ・ショコラ(おフランスの超高級チョコレートブランド)の一粒○百円のチョコレートのごとく、大人のお味です。原題も「BETTER CHOCOLATE」。R14/難易度中。
→堀米薫『チョコレートと青い空』未読。児童文学。専業農家の「ぼく」の家にガーナからやってきた研修生をとおして、「ぼく」が知った、「チョコレートの真実」的な話。「この空はつながっている」というのが、タイトルの意味だったような気がします。
★カカオバター
チョコレートの製造過程で作られる油脂。低価格なチョコレートでは、代用品として大豆から作ったレシチンを使うらしいです。
ちなみに、妊娠中、化粧品のクリームが肌に合わなくなったので、クリームとして使っていました。
★私が好きなチョコレート専門店
100%チョコレートカフェ。56種類のチョコレートが楽しめます。
★飲んだことのあるチョコレートのお酒
ゴディバ、モーツァルト。甘かった……




