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引きこもり魔導士と10人のユキ



最初は、気づかなかった。

なぜなら、俺が使役する雪の精霊は皆一様に銀髪で、青い目をしていたからだ。

…姉と同じように。


だけど、その精霊をまじまじと見た時、心臓が止まるかと思う程驚いた。


耳の上で高く結い上げたさらさらの銀髪も。

ちょっと吊り上がった目にはめ込まれた強い光を放つ瞳も。

気の強そうな顔立ちも。

死んだ姉と、そっくりそのまま一緒だった。


もちろんこいつは雪の精霊で、死んだ姉とは全く別の存在だと頭の中では分かっていたが、俺はついつい、名前をつけてしまった。

死んだ姉と一緒の名前。


―ユキ、と。




「……!」

「…!」


暗闇の中から、声が聞こえる。

俺の名を呼ぶ声が。


―名前を呼ばれるなんて、久しぶりだな


重く沈殿した意識の片隅で、ぼんやりとそう思う。


―3年ぶり、かな。…姉さんが死んで以来だから。


すこしくすぐったいような、恥ずかしいような。

…なつかしいような。

こんな気持ち、久しぶりだ。

だけど何故だろう。何か大事な事を忘れている気がする。


―あれ。俺…確か、白豹と戦って、重傷を負ったんじゃなかったっけ―


…そうだ。確かそのはずだ。

だが、体には何の痛みも感じない。

試しに指を動かしてみるが、何の苦もなくすっと動いた。

しかし身体とは反対に、頭は鉛を詰め込まれたみたいに重く、全く働いてくれない。


兎に角まずは現状を確認しよう―

そうして俺は、恐る恐る瞼を開いた。


瞬間。

まっしろ。


目の中に、白が飛び込んできた。

新雪が降り積もった後のような真っ白い空間が、ずっと奥まで広がっている。

溶けかけて泥にまみれた雪と、俺の血が混ざってぐちゃぐちゃになったさっきまでの場所とは、天地の差がある。


…これが世に言うあの世という奴なのだろうか。


「…これが世に言うあの世という奴なのだろうか、とか思ってます?」


いきなり、背後から声がした。

はきはきとした、懐かしい高い声。

まさかと思って振り返ると、銀髪の少女が勝気な瞳で、俺の方を見据えていた。

その少女の顔を見るなり、俺の心臓は早鐘のように狂ったリズムを打ち始めた。


―間違いない。ここは、あの世だ。

だって、死んだはずの人間がここに立っているんだから。


姉さんが死んでからの3年間、よく考えた。

もしもあの世で姉さんに会えたら、どうするかって。

…できるなら、一番にあやまりたかった。

いつも、頼り切っていてごめん。

あの時、助けられなくてごめん。

不甲斐ない弟で、ごめんって。


でも、口がぱくぱく動くだけで、実際は何も言い出せなかった。

だがそんな俺を尻目に、その少女はあっけらかんとした様子で言った。


「いやだマスター。なーに口をパクパクさせてるんですか?餌を求める金魚じゃないんですから。」

「…マスター…って…。え、まさかお前………ユキ…か?雪の精霊の…。」

「そうですよ。…マスター。やだ、お忘れですか?あなたが名前を付けたのに。」


その少女はそう言って、少しはにかんだ。


「…え?だってお前…俺の指くらいの大きさしかないはずじゃないか…。羽もないし…。…え?そもそも、俺は死んだはずじゃ…。」

「落ち着いて下さいよ、マスター。」


彼女は、戸惑う俺をどうどうとなだめるように手を突き出した。

その様子は、確かに俺がこの3ヵ月半、一緒に生活していたユキと似通っている所があった。


「……ほ、ほんとうに姉さんじゃないのか?」

「…違います。…私はあなたの雪の精霊、ユキです。…マスター。それでいいじゃないですか?」


彼女はきっぱりとそう言って、ふいと横を向いて同意を求めた。


「ねえ、ルドラス?」

「そうですわ、マスター。」


いつの間にか、ユキの隣に別の銀髪の少女が立っていた。

確かにいままではそこにいなかったはずなのに、まるでいるのが当然のような自然さで。


「…マスター。お久しぶりでございます。…あの偏屈な少年が、こんなにご立派になられて…。…わたくし、感無量でございます…。」


そう言って袖で涙をぬぐう。

その言葉遣いと仕草。

確かに見覚えがあった。

もう随分と遠い記憶だが。


「…まさか、お前…。…あいつか?」

「…わたくし、あいつなんて名前じゃございません。…ちゃんと、マスターがつけた名前で呼んでくださいまし。」

「…ルドラス・パリス・アポカリプス…か?」


一瞬の間が空く。

その後に、少女は花が咲くようにぱっと笑った。


「…うふふ。やっぱり名前で呼ばれるのはいいものですわね。…正解です。」

「…相当悩んで名前をつけたんでしょう?今さら恥ずかしがることないんじゃないですか?マスター。」


ユキがそう言って、冷やかすようにニヤニヤ笑った。


「…う、うるせー!」


頭が混乱して、上手く思考が回らない。


「でもルドラス…。お前は、5年前の春に溶けて消えたはず…。」

「その通りですわ。マスター。雪の精霊は、冬に現れ春には消える運命。それはどんな魔法だって、覆すことはできない自然の摂理…。」


ルドラス・パリス・アポカリプスが静かな微笑を浮かべて言った。


「…でも存在が完全になくなったわけではありません。これもみんな、マスターがつけて下さった名前のおかげ。…わたくし、5年前の春の日にここについてから、ここでずっとマスターを見守っているんですよ。…他のみんなだって同じですわ。…わたくしたちの願いは唯1つ。いつかまた、あなたの上に降り積もること…。」


「…どういうことだ?一体ここはどこなんだ?」


俺の問いには答えずに、彼女は黙って背中を向けた。


「…そろそろ形を保っていられませんわ…。ちょっとの間でも、会えて嬉しかったです。」


彼女の銀色の髪が、白い肌が、白い背景と一体となって霞んでいく。


「ちょっと、待てって…。ルドラス!」


急いで彼女に手を伸ばしたが、何もない空間をつかんだだけだった。


…消えてしまった。

ルドラスをつかみ損ねた右手を茫然と見ていると、重い空気を打ち破るように、ユキが茶化すような口調で言った。


「…相変わらずルドラスは、マスターラブですね。…よ、色男。」

「…どういうことだ?俺は、死んだんじゃないのか?何なんだここは?知ってるんだろ?…答えてくれ、ユキ!」

「…死んでないわ。」


ユキはそう言って、可笑しそうに含み笑いをした。


耳の上で高く結い上げたさらさらの銀髪に、気の強そうな顔立ち。

白いまつ毛に彩られた、青い瞳。

俺の全てを見透かすような、ユキの眼差し。


―やっぱり、お前は…


「死んでないわ。あんたも…私も。」


ユキは俺から少しも視線をそらさずに、真っ直ぐに言った。

青の中心に浮かぶ、暗い藍色の瞳孔が、俺を捉えて離さない。


「だから過去の事なんて気にする必要全然ないわ。あんたならやれる。私の自慢の弟だもん。…頑張れよ、ハル。」


俺の視界が、藍色に染まる

白い空間が瓦解して行く。


暗転。




「…!」

「…スター!」

「…マスター!」


掌に暖かい雫を感じる。

同時に、全身が引き裂かれるような鋭い痛み。


―ああ、帰ってきたんだな。


鉛のように重い瞼をなんとかこじ開ける。

するとウルウルが、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を歪ませて、ひゃっと鋭い悲鳴をあげた。


「み、みなさああん!マスター、気が付かれました!」


ウルウルのその言葉に、それまであちこちに散らばっていたユキ達が、おれの顔の前に一斉に集まってきた。


「ホントだ!フワフワ、モコモコ。あんた達の治療のおかげよきっと。…よかった…。…ちょっとマスター、あんまり心配させないでよね!」


トゲトゲが、目に涙を溜めながら憎まれ口を叩く。


「マスター、よかったよう。本当に、死んじゃうかと思った…。」


キンキンが、べそべそ泣いて氷の粒をぽろぽろ零す。


「…マスター。…よかった、です。…お帰りなさい。」


モコモコが、しゃくりあげながらも笑顔を見せる。

俺は何とか身を起そうともがいてみたが、胸に刺すような痛みが走り、がくりと膝をついてしまった。


「マスター、まだ動いては駄目です。できるだけの治療は私とモコモコでしていますが、まだあばらが3・4本折れているし、頭は酷く打っているし…。全身傷だらけなんですよ。」


フワフワが、泣きはらした目をしてたしなめた。


「…白豹は?俺にとどめをささなかったのか?」

「…ええ。今はまた、墓の結界を破ろうと必死になっています。マスターに攻撃した後、何故か急にまた墓にターゲットを移して…。…でも、結界もそろそろ限界でしょう。」

「…マスター、責めるようなこと言って、ごめんな。あたしが悪かった。あいつが墓に意識を向けてるうちに、早く逃げよう。だから、回復用の魔方陣を…。」


パキパキが、耳まで真っ赤にして俺の服を引っ張る。

いつもは俺に興味を全く示さないザクザクでさえも、こちらをじっとりと見つめたままちょっぴり鼻をすすっている。

皆、俺を心配していてくれたんだな。


…でも1人、足りない。

ユキがいない。


「…おい、皆。ユキはどこへ行った?」

「…ユキ?…そういえば、白豹がこちらに向かってきたときに、どこかにふいっと行ったようやね。」


カチカチが涙声でそう答えると、キラキラがそれにかぶさるように大声で言った。


「私見たよぉ!お墓の方に行った!」

「本当か?キラキラ?」

「うん、なんだろ。あの白い、六角形のお墓の中にすうっと消えるように入って行ったの。そしたら急に、白豹が標的をまたお墓に戻したんだよ。」


キラキラは、姉さんの墓を指さしてそう言った。

墓の後ろでは白豹が、結界に爪を立てている。

結界が、みしみしと音を立てる。


「それはないわ。キラキラ。結界はまだ破壊されとらんのやから、どうやって墓の中に入るんや。…ねえ、マスター。」

「…マスター?…マスター、どうしたの?」

「ちょっと…。そっちは…。」


立ち上がれないなら這いずればいい。

皆の墓は、姉さんの墓は、お前に何て壊させない。

絶対に、絶対に―


目に映るのは六角形の白い墓。

そして、その背後で暴れる白い巨体。


その巨体に標準を合わせるように、魔方陣を描く。

指先が震えて、上手く狙いがつけられないが、姉さんの墓の六角形をなぞる様に。

正確に、正確に―


ぱあんっ!


会心の六角形。


「マスター?まさか攻撃する気ですか?」

「無茶よ!まずは回復でしょ?」


フワフワとトゲトゲが慌ててこちらへ飛んできた。


「…回復にかまける魔力なんて、今はない。この一撃に全力を出す。飛び込め!」


しかし、ユキ達はまだ怯んだまま動かない。

ちくしょう。今を逃すわけにはいかないんだ。

―動け!


「トゲトゲ!キンキン!モコモコ!フワフワ!キラキラ!カチカチ!ザクザク!パキパキ!ウルウル!―動け、ユキ!」


名前を呼ばれた精霊たちは、一瞬の逡巡の後、意を決したように魔方陣に飛び込んだ。

結界が眩いばかりの光を放ち、銀色の旋風を放出する。


―白豹は鋭い断末魔を上げた後、銀色の嵐に飲み込まれた。



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