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孤独な戦いとウルウルのユキ



「…マスター。まだ、分からないんです…。ごめんなさい…。何のお役にも立てなくて。」


ウルウルは、俺と目が合うにつけてそう言って、悲しそうに眉尻を下げた。


ウルウルは、常に水気を湛えた大きな瞳と、風に揺れる銀色の柔らかい髪が印象的なユキだ。


雪の精霊は使役者から魔力を得ることで初めて自我を持つのだが、精霊自体が持つ能力がどういうものであるかは、使役者の知る所ではない。

大体のユキは自我を持つと同時に自分の能力も理解するのが常だが、ウルウルはどうやらその限りではないようだった。


「別にいいよ。お前の外に9人もいるんだ。気にすんなよ。」

「でも…。」


何度も繰り返されるしめっぽい会話。

俺はため息をついて、更なる慰めの言葉を脳内から何とか引き出そうとした。

しかし気の利いたことの言えない俺は、いつもここで押し黙り、困ってそっぽを向いてしまう。


ばさり


気まずい沈黙を、大きな音が打ち破る。

ウルウルは、小さな肩をびくりと揺らした。


「…大丈夫だ。屋根に積もった雪が滑り落ちた音だ。…それにしても、もう冬も終わりだな。」


それを聞いたウルウルは、唯でさえうるんだ眼に、さらに涙をいっぱい溜めた。





…ひたひた、ひた。


溶けかけた雪を踏みしめながら、白豹はゆっくりとこちらへ近づいてくる。

俺は近づいてくる白豹を見つめ、じっとりと汗ばんだ手をギュっと握りこんだ。

何故だろう。

気持ちは奇妙に落ち着いている。


…姉が死んでからの3年間。


―白豹への復讐を糧に生きている。


そう自分に言い聞かせながらも、心のどこかでは諦めが燻っていた。

それを振り払うように、魔道書の研究に没頭しても、すればするほど自分の能力に疑問を持つ。その繰り返しの中で、どんどん自分が嫌いになっていく。

しかしそんな日々も、今日で終わらせてみせる。




俺はふうと一息ついて、

六角形の魔方陣を描いた。


ぱあんっ


小気味のいい乾いた音が俺の脳を覚醒させる。


「よし、飛び込め、トゲトゲ!魔方陣を強化しろ!」

「任せてっ!」


トゲトゲが魔方陣に飛び込むと、銀色の六角の先がひゅっと鋭く尖り、まるでレースのような複雑な文様が外へ外へと広がっていく。


「いいぞ!分かってるなキンキン、冷却しろ!」

「オッケぇ~!」


矢継ぎ早にキンキンが飛び込むと、魔方陣は銀白色に輝きだした。魔方陣から漏れ出す冷えた空気が、俺の顔の産毛をも凍らせる。


「二人とも、上出来だ!…くらいやがれっ!」


完成した魔方陣を、白豹に向かって放出する。


ばきん!


凄まじい音と共に、もうもうと立ち上った白い靄が白豹の姿を飲み込んだ。

真正面から当たったようだが、これで安心してはいられない。


―なにせ、相手はあの白豹だ。


俺はすぐに次の魔方陣を描こうと、手をかざした。

その瞬間、左横腹に熱い痛みが走った。

どうやら白豹がその大きな腕で、俺を横ざまに吹っ飛ばしたようだった。


「がっ…!」


ぐしゃり


そのまま地面に叩きつけられる。

息が出来ない。

涙があふれる。

溶けかけた雪がべしょべしょと頭を濡らし、ひどく不快だ。


「マスター!大丈夫ですか?」

「!…マスター…!」


フワフワとモコモコが、倒れたままぴくりとも動けない俺に向かって慌てて飛んできた。

フワフワが素早く、俺の状態を確かめて、言った。


「…倒れた時の擦過傷くらいなら私たちだけですぐに治療できます。でも、大きな傷は魔方陣を描いて頂かないととても治療できそうにありません。…マスター、大けがをしてるときなのに、すみません。…魔方陣を描いてくだい。」


フワフワが厳しい表情で俺に告げる。

俺は頷いて、うまく動かない体を叱咤しながら、震える指で魔方陣を描こうとした。


…しかし白豹は、それを許してくれなかった。

奴はその金色の目を光らせて、するどい爪で俺の身体を引き裂いた。

殺気は感じなかった。

そこには猫が無力な獲物をいたぶる時のような、残酷な無邪気さがあるだけだった。


1撃、2撃。


「マスター!」


3撃、4撃。


「マスター!…逃げてください…」


もう痛みは感じなかった。

さっきまで聞こえていたユキ達の呼びかけも、もう微かにしか聞こえない。

ただ全身がすっと冷えて、ああ、俺はこのまま死ぬんだなという実感だけがそこにあった。


―結局傷一つつくれず仕舞いか。ざまあねえな。―


せめて最後の光景を目に焼き付けてやろうと、何とか目をこじあける。


すると、ウルウルが大粒のなみだをボロボロとこぼしながら、俺の手にすがりついているのが霞んで見えた。

全身が何も感じない程冷えているのに、涙がふれた所だけはぼんやりと温かい。


―どうせ俺の最後の光景なんて、白豹の血にまみれた牙とか、そんなもんかと思っていたのに―

―ウルウル、お前のおかげで悪くない死に方になりそうだ―


俺は薄れゆく意識の端っこで、そんなことを考えていた。




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