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北方帝国崩壊記――七つの国に引き裂かれた大帝国  作者: レモンティー


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■第五話 最後の都市

帝都モスカル。

人口―― 一千万人。

かつて大陸最大を誇った巨大都市だった。

高さ数十メートルの城壁。

無数の魔導砲。

帝国軍中央司令部。

巨大な兵器工廠。

そして、帝国の中心。

皇帝宮殿。

誰もが思っていた。

この都市だけは、最後まで落ちない。

しかし。

その考えは、間違っていた。

帝都の外。

地平線の向こうから、軍勢が現れた。

一つではない。

二つでもない。

三つでもない。

五つ。

北方軍。

東方軍。

南方軍。

西方軍。

そして、帝都内部で皇帝から離反した旧帝国軍。

五つの軍勢が、モスカルを取り囲んでいた。

城壁の上に立つ兵士は、遠くを見つめていた。

黒い軍旗。

赤い軍旗。

青い軍旗。

白い軍旗。

そして、かつて帝国軍が掲げていた旗。

その数は、あまりにも多かった。

若い兵士が震える声で尋ねた。

「……あれは全部、敵ですか?」

隣の老兵が答えた。

「違う」

「え?」

老兵は苦い顔をした。

「元は全部、味方だった」

帝都軍司令官ハルヴァンは、その光景を城壁の上から見つめていた。

「なんということだ……」

彼は知っていた。

かつて帝国軍は、百万の兵士を誇っていた。

大陸最強。

無敵の軍隊。

皇帝の命令一つで、百万の兵士が動いた。

それが今では、百万の兵士が、

互いに敵になっている。

しかも。

誰も帝国を復活させようとはしていなかった。

北方軍の目的は、

「帝国の残存財産を確保する」

こと。

東方軍は、

「中央政府の武器庫を確保する」

こと。

南方軍は、

「皇帝の金庫を確保する」

こと。

西方軍は、

「戦争賠償を要求する」

こと。

そして帝都軍だけが、

「帝都を守る」

ことを目的としていた。

つまり、帝国そのものを守ろうとしている者は、

もう誰もいなかった。

帝国の残骸を、

誰が手に入れるか。

それだけだった。

そして、包囲が始まった。

一日目。

西門に砲撃が集中した。

魔導砲が轟音を響かせる。

ドォォォン!!

巨大な城門が揺れた。

「西門、損傷!」

「魔導砲を撃ち返せ!」

帝都軍も応戦する。

しかし、弾薬は少なかった。

二日目。

帝都の外から、さらに軍勢が到着した。

三日目。

南側の食料倉庫が炎上した。

巨大な炎が夜空を赤く染める。

「食料庫が燃えています!」

「消火隊を出せ!」

「無理です!」

「なぜだ!」

「暴徒が道路を塞いでいます!」

帝都内部でも、人々が食料を奪い始めていた。

四日目。

パン一個の値段が、さらに十倍になった。

五日目。

水を求める人々が井戸へ殺到した。

六日目。

兵士の一部が持ち場を離れた。

「家族がいるんです!」

「戻れ!」

「家族を守らなければならない!」

そして、七日目。

東門が陥落した。

「東門、突破されました!」

司令部に悲鳴が響く。

ハルヴァンは地図を見る。

東門から侵入した軍勢が、街の中心へ向かっている。

「第二防衛線を作れ!」

「はい!」

「市民を避難させろ!」

「避難先がありません!」

ハルヴァンは黙った。

帝都八百万人。

その全員を逃がす場所など、もうなかった。

八日目。

宮殿から皇帝の財宝を探す者が現れた。

九日目。

官僚たちが逃亡を始めた。

十日目。

帝都中心部で、大規模な暴動が発生した。

「食料をよこせ!」

「皇帝はどこだ!」

「軍は何をしている!」

「帝国は俺たちを見捨てた!」

街中から叫び声が聞こえる。

兵士たちは、もはや誰を守ればいいのか分からなくなっていた。

十一日目。

武器庫の一部が占拠された。

十二日目。

帝国中央銀行が焼かれた。

十三日目。

貨幣が紙切れになった。

十四日目。

帝都軍の兵士たちに、最後の食料配給が行われた。

一人につき、わずかな黒パン一切れ。

それを見た兵士が呟く。

「これで、何日戦えというんだ……」

そして、十五日目。

最悪の出来事が起きた。

帝都軍の一部が、寝返った。

「武器を置け!」

「俺たちはもう戦わない!」

「家族を助ける!」

城壁の内側で、帝都軍同士が銃を向け合った。

ハルヴァンは呆然とした。

「やめろ!」

しかし、誰も止まらなかった。

帝都を守るための軍隊が、

帝都の中で殺し合いを始めた。

十六日目。

宮殿周辺まで敵軍が迫った。

十七日目。

帝国軍中央司令部が陥落。

十八日目。

帝国の国庫が開かれた。

金貨。

銀貨。

宝石。

魔晶石。

ありとあらゆる財宝が、兵士たちによって運び出された。

十九日目。

皇帝宮殿の周囲で最後の戦闘が始まった。

そして、二十日目。

夜。

皇帝のいない宮殿に、火が放たれた。

最初は小さな炎だった。

だが、すぐに巨大な炎へ変わった。

黒い宮殿の屋根が燃える。

窓が次々と割れる。

巨大な柱が崩れ落ちる。

炎は夜空を赤く染めた。

かつて。

この場所から、皇帝の命令が大陸全土へ送られていた。

軍を動かせ。

税を集めろ。

敵を討て。

帝国に従え。

そのすべての命令が、この宮殿から出ていた。

だが今。

誰も命令を聞かない。

宮殿は燃えている。

皇帝はいない。

軍もない。

そして、帝国もない。

屋上に掲げられていた黒い帝国旗が、

炎に包まれた。

旗を支えていた柱が折れる。

ゆっくりと。

ゆっくりと。

黒旗が地面へ落ちていく。

誰かが叫んだ。

「帝国が終わった!」

その声は、燃え上がるモスカルの街に消えていった。

そして翌朝。

帝都モスカルは陥落した。

だが。

誰も帝国旗を掲げなかった。

誰も皇帝の名を叫ばなかった。

誰も帝国の復活を宣言しなかった。

五つの軍勢は、それぞれ帝都の財産を奪い、

それぞれの土地へ戻っていった。

巨大だった帝国。

大陸の半分を支配した国家。

百万の兵士を持ち、

数千万人の民を支配した帝国。

それが、わずか数か月で消えた。

しかし。

帝国の崩壊は、

ここで終わりではなかった。

帝都を失ったあと。

残された地方では、

さらに新しい動きが始まっていた。

北方共和国。

東方連邦。

南方王国。

西方諸侯連合。

そして、帝都軍の残党。

さらに、帝国から離脱しようとする地方都市と州。

その数は、

少しずつ増えていた。

そして数週間後。

大陸の地図を見た者は、

自分の目を疑うことになる。

かつて一つだった巨大帝国。

その場所に存在していたのは、七つの国だった。

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