■第三話 地方国家、次々と独立
帝国が五つに割れてからわずか三週間。
誰も予想していなかった速度で、
帝国そのものが崩れ始めた。
最初に動いたのは、北方だった。
北方州議会。
その日、議場には数百人の議員と軍人、商人、地方の有力者が集まっていた。
議長が震える声で宣言する。
「本日をもって、我々は帝都モスカルの統治から離脱する」
議場が静まり返る。
そして、「北方共和国の成立を宣言する!」
歓声が上がった。
北方軍司令官グラウスは、その宣言を止めなかった。
むしろ、「北方の民を守るために必要なことだ」
そう言った。
これが最初だった。
しかし。
一つの独立は、次の独立を呼んだ。
三日後。
東方。
魔晶石鉱山と武器工場を抱える巨大地域が、帝都への納税を停止した。
東方連邦臨時政府が発表する。
「帝都政府は、もはや東方を統治する能力を失った」
そして、「ここに東方連邦の成立を宣言する」
また一つ。
帝国から国が消えた。
さらに五日後。
南方。
帝国最大の穀倉地帯で、地方議会が緊急会議を開いた。
議員の一人が叫んだ。
「帝都へ食料を送って、南方の人間が飢えるなど認められない!」
別の議員が立ち上がる。
「ならば、我々自身で国を作るしかない!」
そして、「南方王国は、もはや帝都の命令を受けない!」
南方王国。
三つ目の新国家が誕生した。
そして最後。
西方だった。
港と交易都市を支配する諸侯たちは、帝都の許可を待たなかった。
「帝都の命令を待っていれば、交易そのものが死ぬ」
「外国との交渉も我々で行う」
「軍も我々が管理する」
そして西方諸侯連合の結成を宣言した。
わずか三週間。
巨大帝国の国土に四つの新国家が誕生した。
北方共和国。
東方連邦。
南方王国。
西方諸侯連合。
帝国の地図は、まるで紙を破るように分裂していった。
当然、帝都は激怒した。
「反乱だ!」
「国家反逆罪だ!」
「直ちに軍を派遣しろ!」
帝国官僚たちは叫び続けた。
だが、誰が鎮圧する?
帝国軍は、すでに五つに割れている。
北方軍は北方共和国の背後にいる。
東方軍は東方連邦の鉱山と武器工場を守っている。
南方軍は南方王国の穀倉地帯を守っている。
西方軍は西方諸侯連合の国境と港を守っている。
そして帝都防衛軍は、帝都から動かなかった。
皇帝プーチノフは命令を出した。
「独立派を討て!」
返事はなかった。
皇帝は机を叩いた。
「もう一度命令しろ!」
側近が命令書を送る。
しかし、返ってきた返答は、たった一行だった。
北方軍。
『北方の防衛を優先する』
東方軍。
『東方の防衛を優先する』
南方軍。
『南方の防衛を優先する』
西方軍。
『西方の防衛を優先する』
皇帝は四枚の紙を見つめた。
そして、握り潰した。
「……奴らは私を馬鹿にしているのか」
側近は答えなかった。
皇帝はさらに命令を出す。
「帝都防衛軍を出せ!」
ハルヴァンのもとへ命令書が届いた。
『独立派鎮圧のため、帝都防衛軍を出動させよ』
ハルヴァンは紙を読み終えると、側近に返した。
「帝都を空にするつもりか?」
「しかし、皇帝命令です」
「帝都には何人いる?」
「……数百万人です」
「ならば、私は帝都を守る」
それだけだった。
軍は動かなかった。
皇帝の命令は、また一つ、無視された。
そして。
その日の夜。
さらに大きな異変が起きた。
帝国最大の魔晶石鉱山都市。
そこには、帝国経済を支える巨大鉱山があった。
これまで何十年も、採掘された魔晶石は帝都へ送られていた。
しかし、都市政府は突然、声明を発表した。
「本日をもって、中央政府への納税を停止する」
帝都は凍りついた。
「馬鹿な!」
官僚たちは叫んだ。
だが、鉱山都市は止まらなかった。
「採掘した魔晶石は、東方連邦との契約を優先する」
つまり、帝都には、もう魔晶石が届かない。
続いて港湾都市。
「帝都の許可を必要とせず、独自外交を開始する」
外国商人との取引。
関税。
港湾使用料。
すべて地方政府が徴収する。
帝都には一枚の銀貨も入らない。
さらに農業地帯。
「食料の帝都輸送を停止する」
理由は単純だった。
「帝都へ送れば、こちらの住民が飢えるからだ」
一つ。
また一つ。
帝国の生命線が切られていく。
税金が来ない。
魔晶石が来ない。
武器が来ない。
食料が来ない。
貿易収入も来ない。
それでも、帝都モスカルだけは、まだ帝国を名乗っていた。
巨大な宮殿。
広大な官庁街。
数百万人の住民。
そして、大量の借金。
皇帝プーチノフは、地図の前に立っていた。
赤く塗られた帝国領。
その大部分が、すでに帝都の支配から離れている。
しかし皇帝は言った。
「まだ終わっていない」
側近が恐る恐る尋ねる。
「陛下……何をされるおつもりですか?」
プーチノフは地図を指差した。
「軍を再編する」
「しかし、軍は……」
「新しい兵士を集めればいい」
「食料が……」
「地方から徴収すればいい」
「税収が……」
「新しい税を作ればいい」
側近は何も言えなかった。
皇帝は、本気だった。
まだ帝国は取り戻せる。
そう信じていた。
だが、その日の朝。
宮殿の食堂では、皇帝の朝食だけが用意されていた。
側近たちの食事はなかった。
理由は簡単だった。
帝都の食料庫が空になり始めていたからだ。
さらにその日の夕方。
帝都の兵士たちにも、食料配給の削減が通達された。
兵士の一人が呟く。
「俺たちは、何のために戦っているんだ?」
誰も答えなかった。
帝国はまだ存在している。
皇帝もいる。
軍服を着た兵士もいる。
宮殿もある。
旗もある。
だが、帝国を帝国として支えていたものは、もうなかった。
帝都に残ったものは、
人口。
巨大な宮殿。
そして、大量の借金だけだった。
そして帝都では、まだ誰も知らなかった。
次に帝国から消えるものが、「皇帝」であることを。




