■第十四話 最後の皇帝
「全軍――帝都を落とすぞ!」
七つの軍が、一斉に動いた。
北方共和国。
東方連邦。
南方王国。
西方諸侯連合。
中央帝国。
新生モスカル共和国。
北東辺境国。
それぞれの旗を掲げた兵士たちが、蘇った古代帝都へ向かって進んでいく。
かつてなら、あり得なかった光景だった。
十年前まで、この七つの国は一つの帝国だった。
そして帝国が崩壊した後は、互いに疑い、国境を守り、時には争った。
それでも今は違う。
帝国を復活させようとする存在を止めるためだけに、七つの国が並んでいた。
その先頭に立っていたのは――
かつて皇帝だった男。
プーチノフだった。
「……行くぞ」
彼は静かに呟いた。
その顔には、もう皇帝としての威厳はなかった。
ただ、一人の男としての決意だけがあった。
「私の帝国を……私自身の手で終わらせる」
その瞬間。
帝都の地下から轟音が響いた。
ドォォォォンッ!!
地面が大きく揺れる。
古代帝都の中央にそびえていた黒い宮殿。
その最上階がゆっくりと開いていく。
そして――
巨大な黒い影が現れた。
『七つの国よ』
空全体に声が響いた。
『お前たちは、帝国の一部である』
兵士たちが足を止める。
『お前たちが戦ったことも』
『お前たちが流した血も』
『お前たちが守った土地も』
『すべて帝国再建のために必要だった』
巨大な魔力が帝都を包み込む。
「ふざけるな!」
誰かが叫んだ。
「俺たちの国は、帝国のためにあるんじゃない!」
「そうだ!」
「俺たちは俺たちの国のために戦っている!」
七つの軍から怒号が上がった。
すると黒い宮殿の最上階から、一人の男が姿を現した。
白い髪。
黒い皇帝服。
そして――
プーチノフと同じ顔。
『私は第一皇帝』
その男は両手を広げた。
『千百六十年前から、この瞬間を待っていた』
プーチノフは、その顔を見つめた。
「……やっぱり、俺はお前の器だったんだな」
『そうだ』
「俺の人生も」
『必要だった』
「俺が皇帝になったことも」
『必要だった』
「帝国が滅びたことも」
『必要だった』
プーチノフは目を閉じた。
そして――
笑った。
「なら……最後だけは、俺の好きにさせてもらう」
第一皇帝の表情が変わった。
『何?』
プーチノフは天槍へ手を伸ばした。
「天槍は帝国を復活させるための鍵だった」
「だが――」
「鍵なら、閉めることもできるだろ」
天槍が激しく輝いた。
『やめろ!』
第一皇帝が初めて叫んだ。
「お前は間違えた」
プーチノフは天槍を握りしめる。
「帝国を作れば、人間が幸せになると思った」
「国を一つにすれば、戦争がなくなると思った」
「だが違った」
彼は七つの軍を見た。
北方共和国。
東方連邦。
南方王国。
西方諸侯連合。
中央帝国。
新生モスカル共和国。
北東辺境国。
「国が七つに分かれたからこそ、俺たちは初めて互いを見ることができた」
「敵だった国が、今は隣にいる」
「それでいい」
「それが――人間だ」
天槍がさらに輝く。
第一皇帝が宮殿から飛び出した。
『プーチノフ!』
「これで終わりだ」
プーチノフは天槍を地面へ突き刺した。
ズドォォォォン!!
帝都全体が震えた。
黒い魔力が逆流する。
古代帝都を覆っていた結界が、一つ、また一つと崩れていく。
帝国軍の巨大兵器が停止した。
空を飛んでいた魔導兵器が落下する。
無数の魔法陣が消えていく。
そして――
第一皇帝の身体にも亀裂が走った。
『なぜだ……』
「お前は人間を知らなかったんだよ」
プーチノフが答えた。
「国は、皇帝が作るものじゃない」
「そこに生きる人間が作るものだ」
第一皇帝の身体が崩れ始めた。
『私は……帝国そのものだ』
「だから終わるんだ」
『やめろォォォォ!!』
光が帝都を包み込んだ。
そして。
静寂。
帝都から、すべての魔力が消えた。
巨大な宮殿も。
帝国軍も。
古代兵器も。
天槍も。
すべてが灰となって崩れていった。
七つの軍は、ただ黙ってその光景を見ていた。
やがて。
瓦礫の中から、一人の兵士が叫んだ。
「……終わった」
誰も答えなかった。
もう一度、その兵士が叫ぶ。
「帝国が……終わったぞ!」
その声に続くように、各地から歓声が上がった。
十年。
いや。
千百六十年に及ぶ帝国の亡霊が――
ついに消えた。
だが。
瓦礫の中央には、一人の男が倒れていた。
プーチノフだった。
東方連邦の兵士が駆け寄る。
「皇帝!」
プーチノフは目を開けた。
「……もう皇帝じゃない」
「ですが――」
「今日からは……ただのプーチノフだ」
彼は笑った。
遠くを見る。
そこには七つの旗が並んでいた。
「……綺麗だな」
「何がです?」
「七つの国が……ちゃんと残ってる」
兵士は涙をこらえながら頷いた。
「はい」
プーチノフはゆっくり目を閉じた。
「なら……もういい」
「プーチノフ!」
返事はなかった。
最後の皇帝は――
自らが作り上げた帝国を、自らの手で終わらせて死んだ。
その顔は、不思議なほど穏やかだった。
十年後
古代帝都があった場所には、大きな記念碑が建っていた。
そこに刻まれていた名前は一つ。
プーチノフ。
その下には、こう刻まれている。
「最後の皇帝」
七つの国は、その後も別々の国として存在した。
国境もあった。
政治も違った。
軍隊も違った。
時には争うこともあった。
それでも――
二度と一つの帝国には戻らなかった。
戻る必要がなかったからだ。
北方共和国の老人が、記念碑の前で孫に語る。
「この男は、最初は帝国を守ろうとした」
「じゃあ、悪い人だったの?」
老人は少し考えた。
「……そう簡単には言えないな」
「最後には帝国を壊したんだから?」
「ああ」
老人は笑った。
「いや」
そして、静かに続けた。
「最後には、人間を守ったんだ」
風が吹いた。
七つの国の旗が、同じ方向になびく。
かつて一つだった帝国は、もう存在しない。
皇帝もいない。
古代兵器もない。
帝国軍もない。
ただ――
七つの国と、そこに暮らす人々だけが残った。
こうして、
千百六十年続いた帝国の物語は――
ようやく終わった。




