■第十二話 三百万の帝国軍
「三百万……?」
誰も、その数字を理解できなかった。
七か国連合軍の司令部。
次々と届く報告に、指揮官たちは言葉を失っていた。
「北部戦線、敵軍増援を確認!」
「東部戦線、地下から新たな部隊が出現!」
「南部戦線もです!」
「西部戦線――敵航空部隊が増加しています!」
「中央戦線――敵軍、さらに前進!」
報告が止まらない。
七つの戦場。
すべてで。
帝国軍が増えていた。
百万。
二百万。
そして――
三百万。
北方共和国の将軍が地図を睨む。
「馬鹿な……」
「こんな数、地下に入るはずがない」
東方連邦の魔導技師が震える声で答えた。
「地下にいたのではありません」
「では、どこから……?」
技師は大陸全体の魔力反応を表示した。
赤い点が――
大陸中に広がっている。
「帝国軍は……地下都市から出ているんじゃない」
「では?」
「大陸そのものからです」
室内が静まり返った。
北部戦線。
北方共和国軍十万。
その前には、帝国軍五十万。
「撃て!」
魔導砲が一斉に火を噴く。
ズドドドドドドド!
帝国軍の前列が吹き飛ぶ。
「今だ!」
北方軍が前進する。
しかし。
倒れた帝国兵の後ろから――
さらに兵士が現れた。
十人。
百人。
千人。
一万人。
「また来るぞ!」
「撃て!」
魔導砲を撃つ。
また倒れる。
だが。
その後ろから。
また帝国軍が現れる。
北方軍の兵士の顔に疲労が浮かぶ。
「……終わらない」
「敵が……減らない」
北方軍の将軍が叫ぶ。
「怯むな!」
「我々には故郷がある!」
兵士たちが声を上げる。
「北方を守れ!」
「北方を守れ!」
「北方を守れ!」
その声に押されるように。
北方軍は再び前進した。
東部戦線。
東方連邦軍は、帝国軍の魔導兵器と激戦を繰り広げていた。
東方連邦の最大の切り札。
超大型魔導砲。
「発射準備!」
巨大な砲身が動く。
「魔力充填!」
魔晶石が次々と光る。
「充填率八十!」
「九十!」
「百!」
「撃て!」
ズドォォォォォン!
巨大な光が戦場を横切った。
帝国軍の中央部が消し飛ぶ。
「やった!」
兵士たちが歓声を上げる。
しかし。
煙の中から――
巨大な黒い兵器が現れた。
「……何だ、あれ」
それは。
人型だった。
高さ二十メートル。
全身が黒い装甲。
両腕には巨大な魔導剣。
東方連邦の兵士が呟く。
「魔導巨兵……?」
黒い巨兵が歩き出す。
ズシン。
ズシン。
ズシン。
そして。
魔導剣を振り下ろした。
ズガァァァン!
東方軍の防壁が――
一撃で崩壊した。
「化け物だ……」
南部戦線。
南方王国軍十五万。
帝国軍七十万。
南方軍は騎兵を中心に何度も突撃していた。
しかし。
帝国軍の前線は崩れない。
「騎兵隊、第三突撃!」
一万の騎兵が走る。
「行けぇぇぇ!」
帝国軍へ突っ込む。
その瞬間。
帝国軍が左右に割れた。
「何?」
騎兵隊の前に――
巨大な穴が開く。
「止まれ!」
遅かった。
地面から魔導槍が飛び出す。
ズガガガガガ!
騎兵隊が次々と吹き飛ばされる。
「罠だ!」
「退け!」
南方軍は撤退を開始した。
だが。
その背後から帝国軍が追ってくる。
「追撃してくるぞ!」
「速すぎる!」
帝国軍は。
逃げる敵を追うためだけに存在しているようだった。
西部戦線。
西方諸侯連合軍十万。
ここでも戦況は悪化していた。
しかし。
西方軍には一つの強みがあった。
海。
港から大量の補給物資を運び込める。
「弾薬を前線へ!」
「食料を送れ!」
「負傷兵を後方へ!」
西方軍は戦線を維持していた。
ところが。
港に警報が鳴り響いた。
「敵艦隊です!」
「何隻だ!」
「……三百!」
西方の提督が海を見る。
水平線を埋め尽くす黒い船。
「帝国は……」
提督が呟いた。
「海軍まで残していたのか」
帝国艦隊が一斉に砲撃を開始する。
ドドドドドド!
港が炎に包まれた。
西方軍の補給線が――
断たれた。
中央戦線。
最も激しい戦場だった。
中央帝国軍二十五万。
帝国軍百万人。
中央帝国軍は、すでに半数近くを失っていた。
「皇帝陛下!」
参謀が駆け込む。
「敵が突破します!」
中央帝国の皇帝は、血まみれの戦場を見た。
「……撤退する」
「しかし!」
「このままでは全滅する」
「どこへ?」
皇帝は答えた。
「モスカルへ」
新生モスカル共和国。
かつての帝都。
そこでは十万の軍隊が最後の防衛線を築いていた。
城壁の上。
兵士たちが空を見上げる。
遠くから。
黒い軍勢が近づいてくる。
帝国軍。
その数――
数十万。
モスカル共和国の将軍が呟いた。
「また……この街が戦場になるのか」
十年前。
この街は帝国とともに滅びた。
そして十年かけて。
人々は街を再建した。
市場を作った。
学校を作った。
家を建てた。
ようやく。
「普通の国」になろうとしていた。
その街へ。
かつての帝国が戻ってきた。
将軍は剣を抜いた。
「絶対に入れるな」
「ここはもう――」
「帝国の都じゃない」
兵士たちが叫ぶ。
「モスカル共和国だ!」
「共和国を守れ!」
その頃。
七か国連合軍の司令部。
戦況は最悪だった。
北部――後退。
東部――後退。
南部――崩壊寸前。
西部――補給線断絶。
中央――撤退開始。
北東――地下都市内部で孤立。
モスカル――包囲寸前。
誰もが理解していた。
このままでは――
負ける。
北方共和国の将軍が呟いた。
「我々は……一度、帝国を倒した」
「だが」
拳を握る。
「二度目は無理なのか……?」
その時。
一人の伝令が飛び込んできた。
「報告!」
「何だ!」
「東方連邦から、緊急通信です!」
「内容は?」
伝令が震える声で答える。
「東方連邦の地下研究所で――」
「古代兵器が起動しました」
司令部が静まり返る。
「古代兵器?」
「はい」
「名称は?」
伝令は答えた。
「――天槍です」
東方連邦。
地下研究所。
皇帝の血を引く青年は、巨大な装置の前に立っていた。
天槍。
それは。
かつて帝国が作った最終兵器。
だが。
青年は古文書を読んでいた。
「天槍は……帝国軍を倒すための兵器じゃない」
研究員が驚く。
「では何のために?」
青年は顔を上げた。
「七つの国を――」
「一つにするためだ」
その瞬間。
天槍が起動した。
ゴォォォォォォォン!
東方連邦の地下から。
巨大な光が空へ伸びる。
そして。
大陸中央へ向かって飛んでいく。
北方。
東方。
南方。
西方。
中央。
モスカル。
北東。
七つの戦場。
七つの国。
七つの軍。
それぞれが、限界まで追い詰められていた。
だが。
空に一本の光が走った。
兵士たちが空を見上げる。
「何だ……?」
光は大陸中央へ集まっていく。
そして。
巨大な魔法陣が完成した。
その瞬間。
七か国の兵士たち全員の頭の中に――
同じ声が響いた。
『七つの国よ』
兵士たちが凍りつく。
『今こそ、一つになれ』
そして。
天槍から放たれた光が。
七つの戦場を――
一気に包み込んだ。
帝国軍の魔導兵器が停止する。
魔導戦車が止まる。
飛竜が墜落する。
巨大兵器が動きを止める。
帝国軍の三百万の兵士が一斉に空を見上げた。
そして。
地下深くにいる初代皇帝が初めて焦った。
「……天槍だと?」
その顔から。
余裕が消える。
「まだ残っていたのか……」
プーチノフも空を見上げていた。
そして。
小さく笑った。
「……そうか」
「まだ、終わっていなかったか」
初代皇帝が振り返る。
「何を笑っている」
プーチノフは答えた。
「十年前」
「私は帝国を失った」
「そして今度は――」
プーチノフが剣を抜く。
「帝国を倒す側に回る」
初代皇帝の目が赤く光った。
「お前が私に逆らうのか?」
プーチノフは笑った。
「私は皇帝だ」
「たとえ器だったとしてもな」
その瞬間。
かつて帝国を率いた男と。
千百六十年前から帝国を支配していた存在が――
初めて向かい合った。
そして。
大陸全土で。
七か国連合軍が反撃を開始した。
「全軍――」
北方共和国の将軍が叫ぶ。
「進めぇぇぇぇ!」
東方連邦。
「魔導砲、全門発射!」
南方王国。
「騎兵隊、突撃!」
西方諸侯連合。
「港を奪い返せ!」
中央帝国。
「帝国軍を押し戻せ!」
新生モスカル共和国。
「この街を守れ!」
北東辺境国。
「地下都市を制圧しろ!」
七つの国。
七つの軍。
今まで敵だった者たちが。
初めて同じ敵へ向かって進んだ。
帝国軍三百万。
七か国連合軍。
そして、天、。
三者が激突する。
大陸の歴史を決める最後の戦争が
始まった。




