■第十一話 百万の帝国軍
「お前は――帝国に使われた人間だ」
その言葉を聞いた瞬間。
プーチノフの顔から、血の気が引いた。
「……違う」
地下都市の奥。
巨大な赤い目が、プーチノフを見つめている。
「私は皇帝だ」
『違う』
「私は、この帝国を――」
『お前は、ただの器だ』
「黙れ!」
プーチノフが叫んだ。
その声に反応するように。
地下都市全体が震えた。
そして、七か国連合軍の前に並んでいた巨大な扉が、完全に開いた。
その瞬間だった。
地響き。
轟音。
無数の足音。
ドドドドドドドドド――。
暗闇の奥から。
兵士たちが現れた。
一万人。
十万人。
三十万人。
さらに増えていく。
地下都市の奥から、次々と帝国軍が姿を現す。
古い帝国軍の軍服。
だが。
武器は十年前のものではなかった。
黒い魔導銃。
巨大な魔導盾。
空を飛ぶ魔導兵器。
そして――
巨大な魔導戦車。
北方共和国の将軍が叫ぶ。
「全軍、戦闘態勢!」
ラッパが鳴った。
「構え!」
百十万の兵士が、一斉に武器を構える。
その向こう側。
帝国軍の数は――
百万人。
「撃て!」
ドォォォォォン!
七か国連合軍の魔導砲が一斉に火を噴いた。
巨大な火球が地下都市へ飛ぶ。
しかし。
帝国軍の前に黒い壁が出現した。
バシュンッ!
魔法障壁。
無数の火球がぶつかる。
爆発。
爆発。
爆発。
だが――
障壁は崩れない。
「何だ、あの防壁は!」
東方連邦の魔導技師が叫んだ。
「普通の魔法障壁じゃない!」
「なら何だ!」
「魔晶石を――」
技師が絶句する。
「都市そのものを魔力源にしている!」
その直後。
帝国軍が前進を開始した。
「来るぞ!」
百万の兵士が――
一斉に走り始めた。
ドドドドドドドドド!
大地が揺れる。
北方共和国軍が迎え撃つ。
「突撃!」
十万の兵士が前へ出る。
両軍が――
激突した。
ガァァァン!
魔導盾と盾がぶつかる。
剣が交差する。
魔導銃が火を噴く。
爆発が起きる。
「押せ!」
「絶対に後退するな!」
北方共和国軍が帝国軍を押し返す。
だが。
その直後。
帝国軍の後方から巨大な魔導戦車が現れた。
「戦車だ!」
「散れ!」
ドォン!
一発。
連合軍の巨大魔導盾が吹き飛ぶ。
二発。
十人以上の兵士が吹き飛ばされる。
三発。
地面がえぐれる。
「こんな兵器が……十年前に存在していたのか!」
「違う!」
東方連邦の兵士が叫ぶ。
「十年前より――強くなっている!」
東側では。
東方連邦軍二十万が帝国軍と激突していた。
東方連邦軍は魔導兵器に関して、大陸最強だった。
「魔導砲、全門発射!」
ズドドドドドド!
大量の魔導砲弾が飛ぶ。
帝国軍の前線が吹き飛ぶ。
「やった!」
兵士たちが歓声を上げる。
だが。
煙の向こうから――
帝国軍が現れた。
ほとんど無傷。
「……嘘だろ」
帝国軍の兵士が持っていたのは、黒い盾だった。
東方連邦の魔導砲を吸収している。
「魔力を……吸っている?」
次の瞬間。
黒い盾から――
先ほどの魔導砲より巨大な光が放たれた。
ズドォォォォン!
東方連邦軍の前線が吹き飛ぶ。
「全軍、後退!」
初めて。
東方連邦軍が後退した。
南では。
南方王国軍十五万が、帝国軍二十万と激突していた。
南方王国の強みは騎兵だった。
「騎兵隊、突撃!」
一万の騎兵が走る。
地面が震える。
「今だ!」
帝国軍の側面へ突っ込む。
帝国軍の隊列が崩れる。
「押し込め!」
南方王国軍が前進する。
しかし。
帝国軍の兵士たちは――
倒れた仲間を置き去りにしなかった。
数人の兵士が倒れた兵士を抱え。
後方へ運ぶ。
そして。
負傷した兵士は、地下都市から出てきた魔導医療装置へ運ばれていく。
数分後。
その兵士が――
再び戦場へ戻ってきた。
南方王国の将軍が目を疑う。
「……何だ、あれは」
「敵が……戻ってきます!」
「負傷兵が?」
「はい!」
「あり得ん……」
帝国軍は。
倒しても。
倒しても。
戦場へ戻ってくる。
まるで――
兵士一人一人が、消耗品ではないかのように。
西側。
西方諸侯連合軍十万。
帝国軍との戦いは、さらに激しかった。
西方軍は弓兵と魔導銃兵を中心にした遠距離戦を得意としていた。
「一斉射撃!」
ズバババババ!
無数の矢と魔導弾が飛ぶ。
帝国軍が倒れる。
「今だ!」
西方軍が前進する。
しかし。
突然。
空から巨大な影が落ちてきた。
「何だ!?」
空を見上げる。
そこには――
百年前に絶滅したはずの魔導飛竜。
その背中に。
帝国兵が乗っていた。
「飛竜部隊だ!」
ギャアアアアア!
飛竜が急降下する。
炎の魔法が放たれる。
ドォォォン!
西方軍の陣地が燃え上がる。
「空から来るぞ!」
「盾を!」
遅かった。
飛竜部隊が次々と降下する。
地上では帝国軍。
空には飛竜。
西方軍は挟み撃ちになった。
「撤退!」
「まだだ!」
「撤退しろ!」
西方軍が後退する。
中央では。
中央帝国軍二十五万が――
帝国軍最大の部隊と激突していた。
両軍合わせて五十万人。
大地が兵士で埋め尽くされる。
中央帝国の皇帝は、遠くから戦場を見ていた。
「勝てるか?」
参謀が答える。
「兵力は我々が上です」
「ならば勝て」
「……しかし」
「何だ」
参謀が震える声で言った。
「敵軍の中央に……旗があります」
「何の旗だ?」
「帝国旗です」
皇帝が望遠鏡を覗く。
黒い帝国旗。
その旗の下には――
一人の男が立っていた。
プーチノフ。
「皇帝……」
中央帝国の皇帝が呟く。
その瞬間。
プーチノフがこちらを見る。
そして。
剣を抜いた。
「全軍――」
プーチノフが叫ぶ。
「前進!」
百万の帝国軍が動いた。
中央帝国軍二十五万を――
正面から押し潰し始める。
「押し返せ!」
「後退するな!」
「陣形を維持しろ!」
だが。
少しずつ。
少しずつ。
中央帝国軍が後退していく。
そして。
ついに。
中央帝国軍の防衛線が――
突破された。
「中央軍、後退!」
「皇帝陛下を守れ!」
戦場が崩れ始める。
その頃。
北東辺境国軍三十万は、地下都市の入口を突破していた。
「進め!」
「敵の本陣を叩け!」
兵士たちが地下へ進む。
だが。
そこで待っていたのは――
巨大な空間だった。
天井が見えない。
地下なのに。
まるで巨大な都市が広がっている。
兵士たちが立ち止まる。
「……何だ、ここは」
遠くに。
巨大な建物。
工場。
兵舎。
魔導炉。
そして――
巨大な塔。
北東辺境国の将軍が叫ぶ。
「全部破壊しろ!」
兵士たちが進む。
その瞬間。
塔から――
赤い光が放たれた。
ズドォォォォォン!
前線が吹き飛ぶ。
「うわあああ!」
「何だこれは!」
「攻撃を止めろ!」
だが。
赤い光は止まらない。
一発。
二発。
三発。
次々と北東辺境国軍を吹き飛ばしていく。
将軍が叫ぶ。
「全軍、退避!」
しかし。
その時。
塔の上に――
一人の人物が現れた。
黒い衣装。
長い白髪。
千年以上前の皇帝を描いた肖像画と――
同じ顔。
兵士たちが凍りつく。
「……初代皇帝?」
その男は。
ゆっくりと口を開いた。
「愚かな子孫たちよ」
「なぜ帝国に逆らう?」
大陸全土。
七つの戦場で。
戦いが始まった。
北。
東。
南。
西。
中央。
そして北東。
百十万の連合軍。
百万の帝国軍。
これまで誰も見たことのない規模の戦争だった。
しかし。
戦いが始まってから――
わずか六時間。
七か国連合軍の死傷者は、十万人を超えていた。
帝国軍は――
ほとんど後退していなかった。
そして。
七か国の軍司令部に。
同じ報告が入った。
「敵軍、第二陣を投入しました」
「……第二陣?」
「はい」
「何人だ?」
報告官が震えながら答える。
「約――」
「二百万人です」
全員が凍りついた。
「……何だと?」
「地下から……」
報告官は、声を震わせた。
「まだ軍隊が出てきます」
その瞬間。
大地の奥から――
再び。
無数の足音が響いた。
ドドドドドドドドド――。
百万ではない。
二百万。
三百万。
帝国は。
十年間。
軍隊を作っていたのではなかった。
――国そのものを。
戦争のために作っていた。
そして。
地下深く。
初代皇帝が笑った。
「さあ」
「十年前に帝国を殺した者たちよ」
「今度は――」
「帝国が、お前たちを殺す番だ」
その瞬間。
七つの戦場すべてで――
帝国軍が一斉に進撃を開始した。
大陸史上最大の戦争が始まった。




