02話 現代の出会いの場
22時を過ぎると、この店は一番うるさくなる。
ネオンの色が窓の外で滲んで、店の中は音楽と英語と、グラスのぶつかる音でいっぱいになる。おれはカウンターの内側で、注文を聞きアルコールの提供をしていた。
この町の中央には、米軍基地の総司令部があり沖縄でも重要な拠点らしい。軍人の独身寮も近いことからこのBARの客は、ほとんどが軍事関係の外国人だ。
働き始めた頃は、英語なんてまるでわからなかった。
それでも毎晩浴びるように聞いていれば、耳は勝手に慣れていく。今では簡単な日常会話くらいなら、どうにかこなせるようになった。
AIテクノロジーが発達したことで、スマホは今では時計型のデバイスになり、表示画面はメガネ型やコンタクト型のデバイスで映し出している。
声のやり取りはメガネ型のデバイスを利用するか、耳にイヤーカフス型、イヤリング型、ピアス型などのデバイスでやり取りをしている。
多言語の注文はデバイスの発達で、同時翻訳ができAIが適切な返しをしてくれる。
今では店員のほとんどがヒューマノイドという店も多いが、BARなどカウンターのあるお店では、本物の人が接客している店の方が繁盛している。
「ワタル、いつもの」
常連の軍人が、カウンターに肘をつく。
いつもの、で通じる客が増えたのは、たぶん悪いことじゃない。
店の奥は、ゲームセンターと繋がっている。
ゲームセンターといっても、並んでいるのは20台のフルダイブマシンだ。深くリクライニングした座席に体を預けて、頭からすっぽり装置を被る。
潜った先は仮想のFPSの戦場
軍人さんにはFPSが人気だ。対モンスターもあるが、敵味方に分かれて対戦するPvPが人気で勝った、負けたと大騒ぎしている。
プレイしている間は、まったくの無防備なためマシンはセキュリティー上、完全個室になっている。
ヒューマノイド型のセキュリティも立っているが連中は、仲間がプレイしている間、誰かが必ずドアの前に立っている。
冗談を言い合いながらも、軍事関係という職業上、プレイ中は誰も部屋に近づけさせない鉄壁ぶりだ。無防備なところを襲うなんて出来ないようになっている。
BARの店内にある複数のモニターにはプレイ中の映像が映っている。
ついさっきまでカウンターで笑っていた男が、画面の中では本格的な動きで本気でプレイしている。
プレイすること、見ることは娯楽であり、勝てば称賛されるし、モテる。
この飲み屋街は出会いの場でもあるのだ。
今の時代、デバイスの情報から、
出会いを求めている相手はすぐに分かる。
体温や発汗などの身体の情報のサインを読み取れる。
また自ら調整するなどしてサインを出し、相手に暗に伝えることができ、声を掛けてきやすく仕向けることもできる。また意中の相手にだけサインを出すことも可能となっている。
逆に好みじゃない相手には露骨に冷たくすることもできる。
なので、良い感じの出会いのキッカケさえあれば、その後の展開は早い。
そのためリアルな出会いの場が人気になっている。
会話もAIが補助してくれるので積極的な出会いを求める人は多くなった。
一方で文字だけのやり取りはAIが文章作成の補助をして半自動で返信するため、出会い目的では廃れてしまった。今では業務連絡の意味合いが強い。
カウンターの内側からそういう駆け引きを眺めるのは、正直ちょっと面白い。おれにはまだ縁のない世界だけど、見ている分には飽きなかった。
週末や休み前の夜になると、この飲み屋街は一気に活気で膨れ上がる。通りごと、アメリカの街みたいになる。
戦うのが仕事の連中が、なぜ休みの夜にまでゲームで騒ぐのか。最初は不思議だった。でも、そういうものらしい。
昔は、敵地に向かう前の晩に、持っている現金を全部使い切ってから行く兵士が多かったという。死ぬかもしれないのでお金を残しておいても、意味がないからだ。
そして無事に帰ってくれば、今度はその反動で必要以上に騒ぐ。張り詰めていたものが、一気にはじけ飛ぶんだと思う。
それに、ほとんどの連中は単身で沖縄に来ている。家族は海の向こうだ。家族に知られず騒ぎたい夜も、あるんだろう。
客のひとりが、肩に小さな生き物を乗せていた。
灰色の、モモンガみたいなやつ。
作り物には見えない。毛並みが呼吸に合わせてふくらんで、丸い目がきょろきょろと店の中を見回している。
自立型AIのピクシーだ。
Pメタルとかいう新しい金属が見つかってから、いろんなものに応用された。中でもプラストンっていうデバイスは、姿かたちを自在に変えられる。
ピクシーもその1つだ。
プラストンは、ピクシーにも道具にもなるし、武器や防具にだって変形できる。プラストンの値段もピンキリで、小型のピクシーに変形できるものでも高価になる。
だけど単身でこの島に来ている連中は、ピクシーを連れている率が高い。寂しいんだと思う。
それに本物のペットは寮じゃ飼えないし、留守にできないから、職場にも連れて行けるピクシーは人気がある。もちろん職務中はブレスレット型に変形させている。
一般の人はたいてい、視覚デバイス越しにARの映像を浮かべて架空のペットを持ち歩いている。他からは見えないがデバイス越しに子犬が、グラスの横をぐるぐる回っていたりする。
リアルな会話をすることも可能で、中でも主人を溺愛している設定にしている人がほとんどだ。
次に多いのはツンデレ設定だろうか。四六時中、ペットが一緒にいることでペット依存で一部の主人をダメにしてしまっている。
見た目はペットと遊んでいるように見えて、実際にピクシーがAI処理で仕事を行っているためピクシーとの付き合い方が一部、社会問題になっていたりする。
おれは、ペットにはあまり興味がない。
生き物でも、機械でも連れたいと思ったことは、一度もなかった。
夜が深まるにつれて、奥の対戦は熱を帯びていく。
グラスを磨きながら、おれはその騒ぎをぼんやり眺めていた。悪くない夜だ。忙しくて、うるさくて、余計なことを考えずに済む。こういう夜は、嫌いじゃない。
ふと、視線を感じた。
カウンターの端。静かに飲んでいる客の胸のあたりから、小さなトカゲが顔を出していた。
金属質の細い体。恐らく軍事用のピクシーだ。
Pメタルから作られたプラストンは、液体金属のように自在に形を変えることが可能で、普段からインナーに変形させ防弾チョッキのような使い方をしている。
防弾チョッキの他にも早く走る、高く飛ぶ、怪力を出す、など色々な身体強化が出来るらしい。
そのため、肌に近い位置にデバイスがある方が効率が良いらしく、なぜかトカゲなど爬虫類系のピクシーが多い印象がある。
ペットとしての楽しみ方ではなくて護身用としての使い方に偏るため、何となくピクシーを見ただけでも上の階級だったり、特殊任務の隊員だとわかってしまう。
そのトカゲが、こちらをジッと見ていた。
ただの機械だ。カメラみたいなものだろう。わかっている。それでも、その小さな目は、おれを観察しているみたいだった。
何かを、確かめるみたいに。
それが不気味だった。
グラスを置く音が、自分でも驚くくらい大きく響いた。
顔を上げたときには、トカゲはもう胸ポケットの中に引っ込んでいて、男は何事もなかったように、グラスを傾けていた。
店の騒ぎは、続いている。




