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95.巡り、還る

 万里子のお腹が大きくなり、染色の仕事も休む事になってからはお腹を撫でながらぼんやりと考え込む事が増えました。

 そんな万里子の様子を聞き、手を差し伸べてくれたのはジルでした。

 大きな荷物を地下神殿に持ち込んだのです。

「あの……ジルさん、それは何ですか?」

「マールが居たあちらの世界を見る事が出来る鏡です。以前あなたが言っていたでしょう。スティリカ殿と祖父が作った事がある、と。あなたが最近塞ぎこんでいるとクラムルード様に聞きましたので、スティリカ殿にも協力してもらい、こうして出来上がったのです」

 万里子は驚きました。クラムルードには話していなかったのですが、どうやらお見通しだったようです。

「えっ……。向こうの皆が、見れるんですか?」

「ええ。ですが、悲しい結果になるかもしれませんよ。それでも、構いませんか?」

「構いません。お願いします」

 ジルはシアナに手伝いを頼むと、鏡の前で呪文を唱えました。隣でクラムルードが万里子の手をぎゅっと握り締めます。

 鏡は一面白くなったかと思うと、やがてそれは霧のように徐々に晴れてくっきりとビルを映し出しました。

「アキお兄ちゃん……!」

 そこにはスーツ姿の兄が忙しそうにデスクワークをしていました。何か口を動かしていますが、万里子は窓越しに見ているような状況で、声は聞こえません。

 万里子は兄のデスクの上に一枚の写真を見つけました。それは、とあるクリスマスの兄妹写真です。

「……あ……」

 そこには、万里子の姿はありませんでした。

 兄と妹は仲が悪く、万里子を間に入れないと会話も成り立たない程でした。当然、写真を撮る時は万里子を挟んで並ぶのです。

 デスクの写真は、兄と妹が微妙な距離感を保って映っています。

「――他を、見ましょうか」

 再び霧がかかりました。

 次に映し出されたのは、懐かしい我が家です。記憶よりもマンションは古くなり、家具が変わったものもありました。

 キッチンに居る晩御飯の支度をする記憶よりも年老いた母は、四人掛けのダイニングテーブルに茶碗を並べていました。

 次に映し出された父は、妹が載るファッション誌を自慢げに部下に見せています。

 覚悟はしていましたが、万里子の心は重く沈みました。

 最後に映ったのは妹でした。益々美しくなっていた妹の姿に万里子の顔も綻びます。

「ちぃちゃん、ほんとにキレイになった!」

 先程の父の様子から、妹はモデルか何かになったようです。今も楽屋のような場所に複数の女の子と一緒に居ます。すると千里が名前を呼ばれて部屋を出て行きました。どうやらオーディションに来たようです。ドアの横には『ブランドイメージモデルオーディション』と大きく紙が貼り出されていました。

『失礼します』

 ドアを開けたその先に居た人物を見て、その場に居て一緒に鏡を覗き込んでいた全員が驚きました。

「えっ!?」

「あれは……!」

「マリー姫ではありません事?」

 デスクにかけているのは紛れもない、この世界に一緒にやって来たマリコでした。

 相変わらず髪を金色に染め、露出の多い服を着ています。よく見ると、それはこちらの世界の衣によく似ていました。

佐藤千里ちさとさん、ね。あなたの事は知ってるわよ。人気あるし。でもなんかイメージと違うんだよね。ウチのブランドの感じじゃないって、自分でも分かってるんじゃない?』

 横柄な話し方などは全く変わっていません。

『あなたに運命を感じたんです』

 鏡の向こうで、千里は堂々としています。二人のやり取りに、万里子は息を飲みました。

『運命? どういう事?』

『マリーさんは、よくテレビで異世界に行った事があると話していますよね』

『行ったわよ? 誰も信じないけど。この服だって、あっちであたしが流行らせた着こなしなの』

『私、信じます!』

 千里は力強く言いました。その様子にマリコは少し興味を持ったようです。

『何で?』

『言ってましたよね。異世界に行ったら同じように呼ばれた同姓同名の女の子が居たって。お玉持って、黒尽くめの地味な子。なのに異世界の人間はそっちの子を選んで自分は戻されちゃったって』

『本当の事だもの。それを信じるの?』

『信じます! あなたが異世界に行ったっていうその日、うちでも不思議な事があったんです』

 マリコは興味深そうに身を乗り出しました。

『へえ。どんな事?』

『“伯母”の法事でお味噌汁作ってたのに、突然お玉が消えました。それに、私と兄の名前、間が抜けてるんです』

『どういう事?』

『うちの兄弟は祖父の名前“きざし”にちなんでお金の単位がつけられてます。私は千を使って“千里”。兄は億を使って“章億あきやす”。なのに、間の万が無いんです。私、兄とは仲が悪くて何年もまともに話してないのに、なぜかお互いの事よく分かっていて……私の部屋、片側だけ何も家具が無くなってた。でも、“家具の痕”は残ってる。おかしいって思って。兄もそれは同じで……二人で色々調べました。そしたら、ママの母子手帳が見つかったの。まっさらな。ママは知らないって言う。そんな時、あなたのニュースを見ました』

 突如として都会の街中に現れた女性のニュースはその場に居た何人もの人間に動画を撮られ、全国ニュースになりました。その時その女性が身につけていた一風変わった服が、とあるアパレルメーカーの社長の目に止まったのです。

 マリーと名乗った女性は、テレビに登場すると異世界で姫として過ごしていたと答え、不思議キャラとしてすぐに有名になりました。そして今回、自分のブランド『プリンセス・マリー』を立ち上げたのです。

 千里と章億は、マリーの話す異世界の出来事が自分達の身に起こった時期と重なっている事に気付きました。そして、彼女が『お玉を持って現れた黒服の地味子に姫の座を奪われた』と話したのを聞き、もう一人の姉妹の存在を確信したのです。

 二人は、もう一人姉妹が居たに違いないと考えました。千里と章億はお互いをどう呼んだらいいのか分からない程のぎこちない兄妹です。そんな二人を取り持っていた大切な存在があったはずなのです。

『写真を見ても、不思議と一人分空間が空いてるんです。あなたと一緒に行ったという女性について、知りたいんです!』

 鏡を見ていた万里子の目から大粒の涙がこぼれました。私の存在を信じて、兄と妹が探してくれていた……! 嬉しくて愛しくて仕方がありませんでした。クラムルードはそんな万里子の肩をぎゅっと抱き締めます。

『その為にオーディションに来たの?』

『えっ? いえ、勿論、あなたのブランドに興味があって――』

『ハイ、不合格』

『えっ! ちょ、ちょっと待ってください!』

『大体、カラーじゃないんだって。あなた清純派で売ってるでしょ』

『ま、待って!』

 マリコは立ち上がって千里の肩を押して追い出そうとします。千里は食い下がりますが、とうとうドアを開けられ、出るように促されました。

『諦めませんから!』

 そう言い放った千里に、マリコは溜息をつくと静かに話し出しました。

『――元気よ。あんたの姉さん。地味で引っ込み思案なくせに妙に逞しくてさ。絶対今だって元気でいるわよ。あたしを追い返したくらいだし。あんな地味子より私の方が姫に相応しいのにさ』

 追い出してなどおらず、勝手に消えていたのですが……なぜかマリコは追い出されたと思い込んでいるようです。

 ですが、文句を言うわりにはその顔には少し笑みが浮かんでいます。

『――じゃあ……!』

『不合格よ。なんであたしから姫の座を奪った女の妹なんて採用すんのよ』

 ピシャリと千里の目の前でドアが閉められました。

『あ、ありがとう! 教えてくれて! ありがとう!』

 千里は閉じられたドアに深々とお辞儀をすると、急いで控え室に戻りました。

 満面の笑みを浮かべて控え室に戻った千里を、他のモデルは訝しげに見ています。もしや千里に決まったのだろうか――? そんな雰囲気が控え室に流れましたが、当の千里はさっさと帰り支度を始めました。

『あ、あたし落ちたから! 皆は頑張ってね! 肉食系がいいらしいよ!』

 そう言い残して意気揚々と控え室を出て行く千里を、他のモデル達はポカンとして見ています。

 千里は早速スマホの電源を入れると、兄に連絡を入れようとしてその場で項垂れました。

『連絡先……知らないわ……』


 そこで鏡は再び霧がかかったようになり、やがて真っ白になりました。

「ちぃちゃん……! アキお兄ちゃん……っ!」

 涙が止まらない万里子を、クラムルードが抱き締めました。

「やはり……辛かったでしょう」

「いえ。ジルさん。ありがとうございます。私の存在を信じている人が、二人も居ただなんて……それだけでも嬉しいです。ありがとうございます。本当に、ありがとう」


 万里子が赤ん坊を産んだのは、それから数日後の事でした。

 万里子が危惧した通り紅い石を持って生まれた女の子は、ジルによってチサトと名付けられました。

 依代である万里子から生まれた子が、次代の依代だと発表されると、ヤンテの休息地として地下神殿は沢山の人々が祈りに訪れるようになりました。

 万里子は幼き依代の代理人として長く神殿の象徴として存在し、クラムルードはその手腕で村を大きな街にまで発展させました。

 大きな街はクラムルードと名付けられ、地下神殿はマール神殿と呼ばれるようになりました。

 街で作られる生地は大陸全土に流通し、教育を受けた優秀な若者が益々街を活気付かせました。


 二人は年老いてもずっと一緒でした。

 その姿は、マールの街の湖に銅像となって今も残っています。

 この湖の水を飲むと、良縁に恵まれ元気な子供を授かるという言い伝えがあります。

 そのためか、ふたりの銅像には人々からのお礼の花が絶えません。

 クラムルードの名は、王家の歴史書では異端の王として記されています。直系の王族として生まれながら、王家の墓にも入っておりません。

 ですが、誰もクラムルードが途中で失脚した王などとは思っていません。

 クラムルードとマールの人生は、この国の礎となり、国民全員の心の中にあります。

 今、二人はマール神殿の近くの森の中で静かに眠っています。その場所は、家族しか知りません。二人はこの大陸の一部になり、この世界を見守る事を望んだのです。


 ヤンテは今日もこの世界を明るく照らしています。

 それはきっと、これからも変わらないでしょう。



                               《完》




 


長い、長い物語になりました。

書き上げるまでの期間も長かったですね。

終わらせる事が出来ないんじゃないかと、何度もくじけそうになりました。

励ましてくださる方のお陰で、なんとか頑張れました。本当にありがとうございます。

最後まで書く事が出来てホッとしています。

最後まで読んでくださり、ありがとうございましたm(__)m

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