537.魔伝通信首開発、四日目 午前
「俺も水属性がよかった」
と。
起きてすぐ「水球」の風呂に入り、しゃきっと目覚めたカイユが言った。
服を着たまま入れる。
髪を濡らしてもすぐに乾く。
ついでに着ている服までも洗ってくれる。
――クノンくらい器用だと、便利だ。
本当に便利極まりない。
もはや便利が過ぎるのではないか。
あまり頼りすぎると、クノンなしでは生きづらくなりそうだ、とさえ思う。
「でしょ? 僕もそう思います」
クノンも水属性でよかったと思っている。
水属性は便利だ。
生活する上で、これほど頻繁に役に立つ魔術はないと思う。
――まあ、人間はない物ねだりをするものだが。
水が必要なら、水魔術がほしい。
風が必要なら、風魔術がほしい。
そう思うものである。
「――朝食の準備ができましたよー」
侍女に呼ばれ、二人は研究室を後にした。
魔伝通信首開発、四日目が始まった。
「素材の量が怪しいけど、ひとまずある分だけでやってみるか」
「そうですね」
昨夜は、意識が尽きるまで影の術式を描いた。
ひたすら描いた。
しかし、昨夜は教師クロディウスがいたので必要なかったが。
今はそうはいかない。
――術式は、属性に合わせた魔力で描かねばならない。
水属性なら、水の術式が描ける。
風属性なら、風の術式が描ける。
術式自体を描くことはできるが。
魔力を込めずに描いただけでは、それはただの絵である。
術式として機能しないのだ。
現代においては。
属性違いでも描けるようになった。
魔的素材を使用した、特殊なインクを使えば。
ただし、お金が掛かる。
特に今回は、希少属性である闇の術式である。
素材の費用は当然掛かるが。
しかしそれ以上に。
素材を仕入れる段階で手間取りそうだ。
値段に相応しい、貴重な素材を使用するから。
「えーと、だいたい百五十枚くらいあるな」
テーブルには、昨夜増えた紙の束。
昨日の夜、三人で、意識が途切れるまで描いたものだ。
クノンたちが下書きして、クロディウスがなぞって魔力を吹き込んでくれた。
ところどころ雑になってしまったので。
失敗しているものもあるかもしれないが。
まあ、何枚かは使えるだろう。
クノンとカイユは失敗しているかもしれないが。
闇の本職たるクロディウスが描いたものなら。
きっと問題ないだろう。
「闇のインクの在庫はこれだけだ。今日の分くらいはあるだろ」
「はい」
小さな小瓶である。
この量だけで、一ヵ月くらいは贅沢に暮らすことができる。
そして、これがなくなれば、新しく買うなり造るなりすることになる。
「――よし、始まるか」
こうして、今日の開発が始まった。
術式を描く。
法則性を見出して、付け足したり消したりして。変化をつける。
この地道な作業をやっていくのである。
一つ一つ、一歩一歩。
そして最後に、望んだ答えが残るのだ。
「「――おおーっ」」
右の術式においた、ウインクおっさんの生首。
術式を起動させると、左の術式へ瞬間移動した。
ちゃんとできた。
おっさんが瞬間移動した。
これがベースだ。
あとは有効距離を伸ばしたり、音を送る方法を模索するだけ。
光明が見えてきた!
見えないが!
「距離計りましょうか!?」
「そうだな!」
多く語らずとも、やるべきことはわかっている。
果たしてこのおっさん。
どこからどこまでの距離を移動できるか。
距離は関係ない、とクロディウスは言っていた。
空間は空間で繋がるから、と。
だが、空間を起動させるだけの要素は必要だ。
たとえば魔力とか。
恐らく、距離に応じて使う魔力は増えると思う。
もしくは空間の大きさ……空間を開く面積で増えるだろうか。
今は試しで、ウインクするおっさんの首を瞬間移動させているが。
理想は、音を瞬間移動させることだ。
「物体を送る」は成功しつつある。
「音を送る」は、苦戦するだろうか。
この辺の試行もやっていくことになるだろう。
「おまえ家の中どっか行け! なんかあったらメモしろよ!」
「わかりました!」
クノンは術式を持って、家の中を移動する。
「――家の中くらいは問題なさそうですね」
しばしの時を経て。
クノンが研究室に戻ってきた。
生首を持って。
十回ほどおっさんをやり取りして。
ひとまず、この家の中くらいの距離なら、安定して使えることがわかった。
おっさんにも変化はない。
キュートなウインクをしたおっさんである。
いや、キュートとはやはり認めたくない。
でも、このままずっと見ていたら……。
悔しいけど、認めてしまいそうだ……。
まあ、見えないが。
「短距離は問題ない。障害物があっても影響なし。
使用感は?
術式に負担が掛かってると思うか?」
「いえ、今のところは全然。負担なしです」
出力を増したり。
また、術式に問題があると、使用の際に違和感が出るのだが。
それもなかった。
つまり安定して使えるということだ。
そして、十回くらいの繰り返し使用にも耐えられるということだ。
距離は当然として。
耐久テストも行いたいところだ。
「じゃあ今度は……あ、もう昼近いな。
昼飯食ったら、午後はもっと距離を開けて試してみようぜ」
「そうしましょうか」
いい匂いが漂っている。
侍女が作っている昼食の匂いである。
もう昼である。
集中していたので、時間の経過が早い。
ちなみに今日の侍女とエリアは、午後からお出掛けする予定だとか。
侍女は、午前中は家のことをして。
エリアは、午前中は私用で外に出ると言っていた。
クノンらに昼食を食べさせたら。
二人は今日も、どこかへ行くのだろう。
まあ、せっかく新王国に来たのだ。
ゴージュの街を楽しんでほしい。
「今の内にディラシックに手紙を出しとくか。なんとか進みそうだって」
――クロディウスが進めた一歩は、とても大きい。
ぜひとも、このまま完成までこぎつけたいところだ。
しかし、この日。
四日目の午後。
とても悲しい事件が起こることになる。





