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538.魔伝通信首開発、四日目 午後





 昼食を済ませ、外へ行く準備をする。


「どうする? 俺が行くか?」


 ウインクするおっさんの生首。

 これから、これが瞬間移動できる距離を計る実験を行う。


 この研究室と。

 ゴージュの街と。


 どちらか……というか、ここが起点だ。


 片方はこちらにいて。

 もう片方がゴージュの街を転々とすることになる。


 もうとにかく、ありとあらゆる場所へ行き。

 おっさんを瞬間移動させるのだ。


 ――クノンは少し迷ったが。


「僕が行きます」


 クノンは見えないし、馴染みのない街だ。


 でも、不安はない。


 ディラシックでの生活で自信がついた。

 どこででもやっていけると思う。


 しかし効率の面で迷った。


 見えないし馴染みのないクノンより。

 クノンよりは馴染みがあるだろう、カイユの方が身軽に動けるとは思うが。


 これは実験である。


 影の術式に、おっさんの構造。

 カイユはこれをちゃんと把握している。


 ならば、カイユの方が多く記録を取ってくれるはず。


 要するに。


 足を使うのは助手の仕事ってことだ。

 この開発をメインで動かしているのは、カイユだから。


「いいのか? 大丈夫か?」


「はい。『伝書水魚』、僕は道具なしで使えますから」


「伝書水魚」の術式はすぐに描けるので、今その辺の紙に描けばいい。

 残りは全部「水球」で再現できる。


 おっさんが送れない、または研究室から返って来ない。

 そんな時に手軽に連絡が取れる。


「それに、せっかくゴージュに来ましたからね。

 僕も少しは見て回りたいんですよ。見えないけど」


 やってきた夜に、ちょっといいレストランに行ったきり。

 それ以外、クノンは表に出ていない。


 せっかくの異国で、知らない街だ。

 何があるか、ちょっとくらい見て回ってもいいだろう。


 侍女はとても満喫しているし。

 とても楽しそうだし。


「先輩は記録をお願いします。僕は移動に専念しますので」


「そうか。わかった」


 で、だ。


「ルートはどうしましょう? どこかランドマーク的な場所ってあります?」





 ゴージュの特徴的な場所を聞く。


 と言っても、カイユもあまり詳しくないらしいが。


 数ヵ月住んでいるが。

 基本的に家から出ないし、行動範囲も狭かったらしい。


 とりあえず、メインストリート添いにまっすぐ行くことになった。


 今日のところは街から出ないが。


 ゆくゆくは街の中と外で。

 おっさんの首をやり取りすることになるだろう。


「――よし。じゃあ言っていきますね」


 ウインクするおっさん。

 ロジーに似たおっさん。

 ちょっと一部が寂しくなったおっさんが三つ。

 逆にふさふさすぎるおっさん。


 そんな複数の首を袋に入れて、クノンは家を出た。


 全部少しずつ構造が違うのだ。

 送るものによる変化なども、一緒に調べる予定だ。


 カイユは言っていた。


「この手の実験では、だいたい毛から影響が出る」と。

 ふさふさすぎるおっさんに要注目だ。


 なお、前歯を強調したおっさんは、クノンが拒否した。

 なんだか腹が立ったから。





◆





 その日。

 ゴージュの街を守る自警団詰所に、恐るべき目撃情報が舞い込んだ。


「な、生首を持ち歩く少年……?」


 最初は誰も理解できなかった。


 生首を、持ち歩く。


 何だそれは、と。

 何を言っているんだおまえは、と。


 およそ理解不能すぎて、「目の錯覚」とか「見間違い」と言って目撃者を帰らせた――


 の、だが。


 目撃情報は続いた。

 時が経つほどに、増えていった。


 曰く、魔術師風の少年が持っている袋から生首を出していた。


 曰く、生首をどんどん消していた。

 曰く、消したと思えばまた出てきた。

 曰く、どんどん首が増えた。

 曰く、あれはおっさんだった、おっさんの首だ、間違いなくおっさんだった。


 理解はできなかった。

 できるわけがない。


 だが、理解はできないまでも、これほど目撃情報があるのだ。


 何かはあるのだろう。

 それこそ、生首を持ち歩く少年は、実在する可能性が高い。


 意味はわからないが。


 でも。


 そんな怪しいことをする奴は碌な奴じゃないだろう。


 確かめる必要がある。

 いくら理解できなくとも。


 もし本当なら、あまりにも危険人物すぎる。


 仮に違法性はないにしても。

 首が造りものであっても。


 何が目的かくらいは確認しておくべきだろう。

 何かあってからでは民が危ない。


「――魔術師絡みか……本当に連中はよくわからんことをする」


「――そうっすね、ロクさん」


 勤続四十年のベテラン団員、ロクサー。

 もう新人とは呼ばせない、勤続二年目の新人タークス。


 親子くらい年の差がある二人が、この件の調査に乗り出した。


 鎧は着ない。

 剣を持ち、帽子をかぶり、外套をまとう。


 今はあくまでも調査。

 身軽さ優先だ。


「あ、ロクさん。

『魔王の呪い』って言うの、なしですからね」


「知ってるよ。

 ディラシックが近いんだ、魔術師なんてこの街では珍しくもない。


 その手の発言で大惨事を起こした連中は、たっぷり見てきた」


「ほんとっすか? 話のネタに困らないっすねー。

 嫌味な上司が起こした大惨事とかあります?」


「あるある。すげぇあるよ。

 いいか新人、魔術師と話す時は口の利き方に気をつけろよ。連中、へそ曲げると大変だからよ」


「もう新人じゃないっすけどね。

 ロクさんも俺のこと気を付けてくださいよね。そういうとこっすよ。俺はもう二年目ですからね」


「俺からすりゃ二年目なんぞ充分新人だけどな」


 と、そんな話をしながら詰め所を出た。


「タークス。情報は整理したか?」


「はい。まず――」


 ――集まった目撃情報を整理すると。


「容疑者は、眼帯をつけた魔術師風の少年。

 まだ疑惑止まりっすけど、十中八九、本物の魔術師っすね」


 そうだな、と老団員は頷く。


「杖を持っていて、目立った刃物等は見られない。

 大きな袋を担いでいて、中に人の生首が入っている。


 路地裏などに入り、目立たないところで生首を出す。

 出した生首を出したり消したりする。この辺はほんと意味わかんないっすねー。


 ……という奇行を繰り返しているそうっす」


 なるほど、と老団員は頷く。


「奇行としか言いようがないな。悪魔召喚でもしてんのか?」


「さあ……俺も魔術には詳しくないんで。


 ただ、これだけ目撃情報が多いと、こっそり何かしてるって感じじゃないすね」


 それもそうだ、と老団員は頷く。


「隠れてやるなら、夜だよな。

 こんな昼飯食った直後みたいな時間にはやらんよな」


「そうっすね。

 こそこそはしてないから、やましいことしてるって感じじゃないすね。少なくとも本人の認識では」


 それは言える、と老団員は頷く。


「目撃情報自体は多いから、魔術師はこそこそ動いているわけではない。


 同感だ。


 実に大胆な奴だ。

 若さゆえってやつか? こういうのが一番危ないんだ。悪いことを悪いと思ってない」


「まあ、生首を持ち歩てる時点で危ない奴には違いないっすけどね」


「わからんぞ、新人。


 生首を持ち歩くことくらい平気だ、普通のことだ。

 そんな認識をしている奴かもしれん」


「そりゃ、……もっと危ないっすね」


 タークスの顔が引き締まる。


 見た目に目立つ。

 隠れて動いている様子もない。


 だから、すぐに見つけることはできるだろう。


 だが、見つけたあとは……。


「慎重にいくぞ。

 こいつは思ったより厄介な事件になるかもしれん」


 ベテランとルーキーの足が、心なしか早くなった。





◆





「え?」


 十一ヵ所のポイントを回ったところで。


「少々よろしいですか?」


 暗い路地から大通りに出たところで、クノンは声を掛けられた。


 初老の男と、若い男だ。


 長い帽子と、青い外套。

 胸にある刺繡はゴージュの街章だろうか。


「自警団の人ですか?」


 明らかに制服だ。

 人込みでも目立つこういう格好は、だいたい自警団か憲兵、民兵だ。


「はい。ただいま見回りの最中でして」


 と、若い男が愛想よく笑う。


「見回りご苦労様です。僕に何か?」


「いえ、用事はありません。

 ただ、この街では見かけたことがない方でしたので声を掛けさせていただきました。


 旅行者ですか?」


「見かけたことがない」は、当然だと思う。

 初日以外は家から出ていないから。


「あー……知り合いに会いにきました。今そこに滞在しています」


 厳密に言うと、旅行ではない。

 が……正確にはなんと言うべきか。


 まあ、旅行でいいのかもしれないが。


「お知り合いの家に。その方はどこにお勤めですか?」


 ――どこにお勤め。


「えーと……勤めてはいませんね」


 本人に聞いたことはないが。


 恐らくは、ディラシックに住んでいるロジー・ロクソンの弟子だ。

 職業で言えば無職になるのか。


 いや、魔術学校教師の助手、か?


「……ん?」


 今。

 若い男の横にいた初老の男が、半歩ほど距離を詰めた。


 さり気なく、足音もなく。


 気のせいだろうか。

 もしくは、ただ体制を変えただけだろうか。


「ずいぶん大きな荷物をお持ちですね。重くはないですか?」


「え? ええ、大丈夫です。

 こう見えても力は意外とありますからね。紳士なので身体も鍛えていますよ」


 これでも杖術を習っていたのだ。

 最近だいぶさぼっているのは内緒だが。


「……失礼ですが、中を検めさせていただいても?」


「え? この中を?」


 それは……まずい。


「あ、僕用事を思い出した」


「待ちなさい」


 素早く逃げようとしたが、肩を掴まれた。


 初老の男の手だ。

 いつの間にか、彼は距離を詰めていた。


 ここでようやく、クノンは気づいた。


 ――職務質問だ、と。


 新王国では「英雄の傷跡」は「魔王の呪い」と言われて忌避されている。


 きっとクノンの眼帯姿を見て、思ったのだろう。

「こいつは怪しいぞ、魔王の呪いだし」と。


 にこやかに人当たり良く話しかけてきたのも罠か。

 なんてことだ。


 これだから男は。

 男を信じようとした結果がこれだ。


 かつての侍女イコの言う通りだった。


 髪を上だけ染めて下を刈り上げているようなチャラついた愛想のいい男は信じるな、と言っていた通りだ。

 彼が髪を染めて刈り上げているかは知らないが。


 ああ、なんてことだ。


 せめて女性に騙されたかったのに。

 女性に騙されるなら、すべてが納得できたのに。


 紳士として納得できるのに!


「目撃情報がある。

 君が、人の生首をたくさん持ち歩いているというものだ。


 我々はそれを確かめねばならん。もちろん理由もな」


 初老の男の落ち着いた声に、ひとまず理解はした。


 そりゃ確かめに来るよな。

 その目撃情報を聞けば、と。


「あっ」


 初老の男に気を取られている隙に、若い男がクノンの持つ袋を掴んだ。


 なんて連携だ。

 そうか。

 職務質問とは、こんなにも厄介なものなのか。


「すみませんが、ご協力をお願いします――」


 若い男はそんなことを言った、と思うが。


 袋を触られた瞬間。

 クノンは反射的に叫んでいた。


「――僕のおじさんに触らないで!」


 まずい。

 まずい!


 こんなにも造魔造魔したもの、見られるわけにはいかないのだ。


 やましいことはないが。

 見られて困るものでしかない。


 ウインクするおっさんを始めとした、たくさんのおっさんが。

 今袋の中にいるのである。


 見られるのはまずい。


「お、おじさん?――」


「確保だタークス!!」


「うわっ!?」


 クノンの視界がぐるっと回った。

 見えないが。


 初老の男に投げられ、地面に押さえつけられたのだ。


 その拍子に。

 背負っていた袋が、クノンの手から離れた。









「――きゃーーーーーーー!……!?」


「――ひっ、人の頭だ!」


「――うわあああああああぁぁぁぁ!!」


 若い男の持ちどころが悪かったのだろう。


 勢いよくクノンが倒され。

 変な場所を持たれていたせいで。


 多くの人が行き交い。

 クノンの眼帯姿の異様さが目を引き。

 事情聴取の姿も注目を集めていて。


 そんな多くの視線が集まる中。


 たくさんのおっさんの首が、宙を舞った。





 あまりにも猟奇的。

 ただの殺人ではない、異質極まりない事実。


 このセンセーショナルな事件は、俗に「生首事件」と呼ばれた。

 その衝撃は、一夜にしてゴージュの街に広まるほどだった。


 クノンは逮捕された。

 初逮捕だった。


 これはとても悲しい出来事だった。





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― 新着の感想 ―
正直転移にミスって、おっさんの生首だけが降ってきて事件になるのかと思ってた
着々と師匠の後を歩んでます
 ──僕のおじさんに触らないで! この言葉が、ますますアレ何だよなあ……
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