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536.魔伝通信首開発、三日目 午後





「――うおわっ!? だっ誰!?」


 なんだどうした。


 ああでもない。

 こうでもない。


 クノンとカイユがずっと悩み、相談を重ね。

 時々脱線したりもしつつ。

 それでも、数多の仮定や仮説を立てていた時。


 侍女が、明らかに誰かに遭遇したと思しき声を上げた。

 焦った大声だった。


 冷静に考えるより早く、クノンの身体が動いていた。


「いたっ」


「いてっ」


 同じように飛び出したカイユにぶつかり。

 押し合いへし合い研究室を出て。


 そして、見た。


 問題の人物を。


 台所に立ち。

 夕食の準備をしている侍女が振り返り。


 そんな彼女の正面に、黒いフードの男が立っていた。


「え、誰!?」


 クノンたちと同じように、借りている部屋から出てきたエリアも驚く。


 見覚えがない、怪しい魔術師の姿に。


 ――まあ、知っている顔である。


「俺の知り合いだ。気にしないでくれ」


 多くは語らず。

 カイユは怪しい魔術師を促し、研究室へ戻った。


「僕らの関係者だよ。今度から歓迎してあげてね。


 驚く君たちも素敵だよ。まあいつも魅力的な君たちの魅力には驚かされっぱなしだけど、まさか驚いた表情さえ魅力的で驚かせてくれるとはね。あんまり僕を驚かせないでほしいな。驚きのあまりどうにかなっちゃうよ。


 じゃあね! 夕飯とそれに伴うエリア先輩の笑顔、楽しみにしてるよ!」


 いつもの薄いやつを入れて、クノンも後に続いた。





「今クノンたちも来てるんで、今後は出てくる場所は選んでくださいね」


 怪しい魔術師は、教師クロディウスである。


 空間で移動してきたのだろう。


 直接、家の中に。

 リビングに。


 そりゃ侍女も驚くだろう。


 台所に立っている時。

 いきなり背後に怪しい魔術師が現れたのだから。


 クロディウスを知っているクノンでも驚きそうな登場だ。


「ああ、今後は庭に出ることにする」


 それがいいだろう。

 気が弱い人だったら卒倒しかねない。


 リンコだったから、あれで済んだのだ。

「誰だ」くらいで済んだのだ。


 きっと今頃は「やーねー魔術師ってー」「ねー男の魔術師ってデリカシーないよねー」などとエリアと話しているに違いない。


 いや、エリアは知らないが。

 あの侍女ならきっとそうだ、そんな感じのこと言いそうだ、と。


 クノンは謎の確信があった。


「様子を見に来た。

 今朝の手紙では、方針に迷っているとあったが」


 午前中送った水魚で、こちらの状況を伝えたのだ。


 それを見て来てくれたらしい。


「状況は?」


 急な訪問だが、丁度いい。


「来てくれて助かりました」


 クノンと同じように、カイユも丁度いいと思ったみたいだ。


「あとでまた手紙を出して、明日にでも来てもらおうかと思っていました」


 カイユはそう言いながらソファを勧める。


 ちなみに、ソファは向かいあった一人用一対。

 なのでクノンは「水球」の椅子に座った。





「こいつのデザイン……いや、なんでもない。


 状況はどうなっている?」


 クロディウスは話を促す。


 紙の重しになっている、ウインクするおっさん首を気にしつつ。


「今は――」


 カイユとクノンは、現状を伝えた。


 まず、開発の方針が決まっていないこと。


 考えつく限りの仮説や仮定を吟味して。

 だが、どれもあまりピンと来ない。


 やはり、空間を使えれば。

 そうすれば距離の問題はなくなる。


 結果それが早いし確実ではないか……と。


 昨日の夜から今日の朝から。

 そして今まで。


 長々とした話し合いで、そういう方針に決まりつつあった。


 そこで、クロディウスの意見が聞きたかった。


 空間。

 これを魔伝通信首に付加することができるのか。


 可能なのかどうか、判断してほしかった。


「――影同士で繋げる……やはりその辺になったか」


 カイユの案である。


 クノンは反対したが。

 影……空間が付加できるのであれば、話は別だ。


 それができれば。

 一気に完成まで持っていけそうな気がする。


「試したことはないが、影の術式は知っている」


 その答えに、クノンは目の色を変えた。


 眼帯の下で。


「じゃあできるってことですか!?」


 魔道具造りの基礎は知っているクノンである。


 術式さえわかれば。

 あとは結構なんとかなるのだ。


 それこそ足りない部分は、試して試して試して、微調整して、試して。

 少しずつ完成に近づけていけばいい。


 いよいよ希望が見えてきた。


 見えないが。


「だが、音の問題は? 影には物質を伴わないものは通らない」


「それは空間が使えたら考えればいいんです!

 まず試しましょう! そこの問題がクリアできれば……!」


 クリアできれば。


 クノンの頭の中で、あらゆる構想が巡る。


 細々した問題や疑問、壁はある。

 だが、一番の問題は距離だ。


 どうやって距離を詰めるか。

 その一番の難問が解決するなら。


 ほかの問題は、きっとどうにかなると思う。


 今すぐは無理でも。

 時間さえあれば、どうにかなると思う。


「……わかった。試してみるか」


 興奮するクノンに、クロディウスは頷いて見せた。


「少々複雑だ。二人とも手伝え」


 もちろんである。

 いらないと言われても手を貸す所存だ。





 三日目、午後。


 朽黒の魔術師クロディウスの参上により、開発の方針が決定。


 夕食を取る時間も惜しんで。

 三人は「影」を使用する術式を描く。


 何枚も、何枚も。

 複雑で見覚えのない図で、何枚も失敗しつつ。


 頭と腕に、描き方を刻み込んでいく。


 各々五十枚以上を描いただろうか。

 失敗しているのもあるかもしれないが、成功しているものもあるだろう。


 気が付けば、もう深夜だった。


 疲れ果てた三人は……いや。


 倒れるように眠ったクノンとカイユを見届けて、クロディウスは退室。

 ディラシックへ帰った。


 ようやく進められた、大きな一歩。

 この日の眠りは、二人にとっては安堵を含んだものだった。


 やっと進めた。

 やっと進めたから。


 ――そんな二人を、ウインクするおっさんの首が……今日は見ていなかった。


 気味が悪いと思ったクロディウスが、反対を向かせたから。





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― 新着の感想 ―
2話続いた、ウインクするおっさんのオチはこれか クロウディウスは、ふつうの感覚の持ち主w
生首の行方を気にしなくなるのが訓練されたものだ(笑)
やっぱり普通の感覚はそうなんだw
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