535.魔伝通信首開発、三日目 午前
2026/10/16 修正しました。
ドシューーー!
「お、すげえ」
三日目、早朝。
「伝書水魚」で、ディラシックへこちらの状況を伝える。
クノンに言われた通りに操作し、カイユが飛ばしてみた。
魔道具はちゃんと機能している。
これで、もしクノンが動けない時でも、問題はないだろう
空の彼方に消えた水魚を見送り。
さて、とクノンとカイユが向き合う。
「どうしましょうか、先輩」
「……もう少し話そう」
「まだ話します?
僕、あまり長いことここにはいられないんですが……」
早く開発に取り掛かりたいところだが。
「色々あんだよ。事情が。マジで」
――昨日。
二日目は、これまでの開発の話をした。
半年以上積み重ねてきただけに、話すことは多かった。
一日では足りない。
まだまだ話すことがあると思う。
だが、大筋はちゃんと話し合えたと思う。
あとは開発しながらでもいいだろう。
そして昨夜。
侍女もエリアも遊び疲れて寝ていた、星の瞬く深夜。
とある論点に結論が出ないまま、就寝することになった。
そして三日目の今日。
「もう一度聞く」
朝食を食べて。
今日もカイユの研究室へ直行する。
ソファに座り向かい合う。
ローテーブルには、昨日クノンがメモしまくった紙の束が増え。
ウインクおっさんの首が乗っている。
風で飛ばないように。
冷静に、こうして見ると、結構キュート……。
いや、無理か。
見えないクノンでもこれをキュートとは認めたくない。
ちなみに侍女とエリアは、今日も観光だそうだ。
せっかくなので楽しんでほしい。
「おまえは無理だと思うんだな?」
昨夜。
結論が出なかったので一時解散した、その続きからである。
「ええ、無理だと思います。
そもそも僕はまだ全然、予想もできないくらい、空間に関してはわからないんです。
でも僕の勘では、魔道具に組み込むのは難しい技術だと思います」
論点は、「いかに対の首に音を届けるか」だ。
そう。
教師クロディウスに教えてもらった、闇――空間の技術。
これを使って通信を行う。
カイユは、そういう方針で進めたいそうだ。
対するクノンは、それ以外の方法を探した方がいいと考えている。
もっとも、クノンは空間の技術を知らないから、という面も大きいのだが。
というか九割はそれが原因なのだが。
知らない技術は使えない。
そういうことだ。
使えなさそうと思うのは、あくまでもクノンの勘だ。
実際どうかは、試してみないとわからない。
だが試すだけでも時間が掛かるだろう。
滞在期間では終わらないほど、途方もない時間が。
「カイユ先輩はわかるんですか? 空間」
「うーん……理屈では、なんとなく、な……」
それはすごい。
やはりこの人も、クノンの先を行く優秀な魔術師である。
「でもおまえ、教わるなって言われただろ? 俺も言われたし」
「はい、言われました。
自力でどうにかしろ、って」
「なら、俺の方針だと開発に協力ができなくなる、か?」
「それを差し引いても、って感じです。
あれはとても難しそうだし、属性が――あ……」
言いかけて、クノンは気づいた。
――闇だけではないのか、と。
カイユがわかるなら。
きっと空間は、闇属性だけしか使えない、という技術ではない、のかも。
そういえば。
アイオンも魔属性だ。
ロジーも魔属性である。
なのに空間のことを知っていたし、使えるみたいなことも言っていた、ような……。
そうだ。
もし属性によって使える使えないが区別されるなら。
別にクノンには話してもいいじゃないか。
属性違いなら使えないのだから。
でも、そういう口調ではなかった。
あの遠ざけぶりは、まるでクノンでも……水属性でも辿り着ける、かのような……。
そんな論調ではなかっただろうか。
だとしたら?
「どうした?」
「い、いえ……なんでもないです」
――何かが繋がりそうだ。
――大変なことに気づきそうだ。
でも、今考えるべきは、そこじゃない。
ひとまず、この閃きは頭の隅に置いておく。
空間に関しては、何も思いつかないのは事実なのだ。
ならば今はいい。
落ち着いて考えたいから。
「カイユ先輩の方針で開発するなら、首に空間の付与が必要になります。
僕は手伝えない範囲になるから……カイユ先輩できます?」
「俺は怪しい。つか無理。
でもクロディウス先生ならどうだ? あの朽黒の魔術師だぜ?」
なるほど、盲点だった。
「ちょっと忘れてました。
今回はクロディウス先生も関係者なんですよね」
この魔伝通信首は、カイユが主導で開発が進んでいる。
開発当初から、今もだ。
だからカイユがなんとかするしかない。
そう思っていたのだが。
それは違う。
今回この開発チームには、クロディウスが参加しているのである。
あの朽黒の魔術師が。
グレイ・ルーヴァの直弟子が。
彼なら、空間の付与くらいはできそうだ。
ただ、そうなるとだ。
「でも空間は音は通らないそうですよ。あの調子だと魔力も通らないんじゃないかな」
「そこはほら、おまえ音を記憶する魔道具造ってただろ? 小鳥の。
あれの応用でなんとかならないか?」
「それは僕も考えました」
音を記憶する小鳥だ。
確かに造ったし、ディラシックの家にある。
造ろうと思えば、こちらでもすぐに用意できる。
できる、が。
「何か物質に音を込めて送ろうって感じですよね?
でもそれって主旨と外れませんか?」
「え?」
「造るのは、離れた相手と会話をする魔道具、でしょう?
さっきの案を極端に言うなら。
ただ空間を通して、音を入れた小鳥を相手に渡すだけになりませんか?
それじゃ首を介する必要がないじゃないですか」
「……あ、そうか」
カイユは立ち上がり、ずらりと並ぶおっさんの生首の前に立つ。
「会話をするためにこいつらを使うんだよな。
音を込めた魔道具を送るんじゃ、確かにこいつらを使う必要がねえな」
そうだ。
むしろ邪魔になってしまう。
魔力コストを考えると。
中間マージンを取られて無駄に魔力を消費するだけ、みたいなことになってしまう。
「機能の拡張ってあったじゃないですか。
僕、あれにはかなりの可能性を感じました。あれでどうにかなりませんかね」
と、クノンも立ち上がり、カイユの隣に立つ。
「拡張なぁ……あれも行き詰まってるんだよなぁ」
ずらりと並ぶおっさんたちの首。
めくるめくおっさんたちの表情。
その一つ一つが、脂の乗った中年男性の物語を連想させる。
――疲れた顔は、家庭や仕事に悩んでいそうだ。
――満面の笑顔は、給料が上がったか。
あるいは、「今日は嫁が帰って来ないからゆっくり晩酌しよう、ちょっといいつまみでも買って帰ろう」なんて。
そんなことを考えているかもしれない。
――今にも泣きだしそうな顔は。
これはきっと財布を落としたんだろう。
男が泣いていいのは、片付けが嫌な時と財布を落としたときだけだ。
――やけに前歯を強調して笑っている顔は。
なんか腹が立つ。顔の理由なんてどうでもよくなる。
実に個性的。
実に多種多様。
いろんなおっさんがいる。
「カイユ先輩はどの子が好みですか?」
「どの子とか言うなよ。
……俺はこの哀愁を感じさせる寂しげなおっさんがいい」
「わかります。カイユ先輩が好きそうなおじさんですよね」
「俺が好きそうなおっさんってなんだよ」
「その子、ちょっとロジー先生に似てますから」
「…………くそ。言われたら本当に先生に見えてきた。もっと髪型がこうなら……」
「ああ、似てる似てる。今より少し若い頃の先生ですね」
「おまえはどれが好みなんだよ」
「僕は紳士だから、中年男性なんて選びませんよ。
でも強いていうならこの子ですね」
「なんか普通のおっさんだな」
「だからですよ。
この何を考えているのかわからないところ、ミステリアスでよくないですか?
今夜の夕飯のことを考えていそうだし。
案外、魔術の深淵に思いを馳せているかもしれないし」
「……うーん。よくわかんねぇわ」
おっさんたちを品定めする、うら若き少年たち。
その姿はまるで、おっさんたちの人生に思いを馳せるような。
あるいは、ショーウィンドウに飾られた人形にはしゃぐ少女たちのようにも見えなくもないような。
頭を使いすぎて疲れた、束の間の休息。
人はそれを現実逃避とも呼ぶのかもしれない。
――そんな二人を、ウインクするおっさんの首が見ていた。





