534.魔伝通信首開発、二日目 午後
2026/10/16 修正しました。
少々散らかっているカイユの実験室……いや。
単純に物が多いだけか。
元々散らかすタイプではないカイユである。
ここだけはできるだけ整理整頓も、掃除もしていたらしい。
魔術関係だけちゃんとしていた。
そんな感じだろう。
一人用ソファに座り。
小さなローテーブルを挟んで、カイユと向き合う。
「――音の変換かぁ」
魔伝通信首の原理。
それは音を聞き、その音を発することだ。
それで話をすることができる。
簡単に言うと、離れた二人の会話を。
通信首が中継してくれるわけだ。
首が発する音は二種類。
相手の声と。
自分の声を遠くへ届ける音。
後者は特殊な音で、人の耳には聞こえない。
だが、首の鼓膜なら聴けるそうだ。
――特殊な音波で仲間とコミュニケーションを取る。
そんな動物がいると、クノンも何かの本で読んだことがある。
有名なのは犬笛だろうか。
人には聴こえない音を発し、犬は聴き分けることができるとか。
その辺の理屈に近い。
ただし――
「魔属性らしいって言えばいいんでしょうか?」
「そうだな。俺も最初そう思った」
特殊な音は、音なのだ。
距離によっては弱くなる。
障害物に当たっても弱くなる。
音は物理に干渉する。
物理も音に影響を与える。
ただの音では、聴こえる距離など知れている。
建物の中と外なら、もっと聴こえなくなる。
ただ音を飛ばすだけ。
それではこの魔伝通信首は成立しないのだ。
その音の問題を。
ロジーは、音を魔力に変換することで解決した。
クノンは考えたこともなかった発想だ。
本当に驚いた。
資料やレポートを捲る手が止まらなくなったほどに。
魔力は、気体よりも希薄だ。
空気より薄く。
影響力もなく。
魔術師じゃなければ、あるかどうかもわからない。
その魔力に、音を変換して飛ばすことを考えた。
通信首に音を入れて。
魔力として飛ばして。
魔力を受け取った通信首が、魔力を音に戻して吐き出す。
……という原理で、魔伝通信首は会話を可能としていた。
随所に見られる造魔学の知識と技術。
それらに裏打ちされた発想。
造魔学は深い。
生命を創り出すと言えば一言だ。
だがそこへ至るまでのプロセスは多岐に渡り、またその先も大変な技術に繋がっている。
すごい人だと思う。
恐ろしい人だとも思うが。
――あの時言っていたあんなことこんなこと本気でできるんだろうな、と。
再確認した気がする。
知りたくもなかった事実だが。
「で、カイユ先輩はそこから色々考えたり試したりしたと」
「そうだ。でもなんつーか……自分で言うのもなんだが。
これといった進展が、ない気がする」
それは……クノンもそう思った。
いや、語弊がある。
「カイユ先輩、僕はわかりますよ」
と、クノンは立ち上がり、ずらっと並ぶ生首たちの前に立つ。
一つ手に取る。
ウインクしているおっさんみたいな首だ。
おっさんじゃなければキュートだったかもしれない。
「音の拡張、声帯や聴力の強化、音の変換率と変換圧の調整、魔力の出力の調整、デザイン性による性能の模索、聴力や声帯を増やす、首を大きくすることで全体的な機能の底上げ、頭にウィッグ型の外付け拡張パーツで状況に合わせた機能拡張を可能とし、鼻をつまむことで目を光らせて夜間でのちょっとした活動をサポートするお助け機能の追加、手触りにこだわった柔らかくきめ細やかな肌質、使っていて不快にならないようほのかに香るいい匂い……。
資料を読んだ僕は、すべてを知っています。
カイユ先輩の努力を、全部知っています」
初期より少し大きくなったが。
見た目こそあまり変わらないが。
でも、中身は違う。
もはや別物ってくらいのおっさんに仕上がっている。
「クノン……俺の苦労をわかってくれるか……」
「あたりまえですよ」
苦悩。
苦心。
迷走。
あの膨大な資料とレポート。
あれはカイユの努力の結晶である。
歩む道がわからず迷走する。
それも開発者にはよくあること。
しかし。
迷走してもなお、迷走したまま開発は進めていた。
そして形にしていた。
そこに兄弟子の実力を。
意地やプライドを、垣間見ることができた。
特にウィッグ型の外付け拡張パーツだ。
状況に合わせて機能を追加・強化できるなど、非常に画期的だと思う。
こんなの応用の塊ではないか。
……さて。
クノンが唸ったウィッグはどれだろう。
この毛が抜けるのだろうか。
もしかしてヒゲの方か。
……眉毛?
「やめろ何やってるんだ! 毛が抜けるだろ!」
「え? 外付け拡張ウィッグはどれかな、って……」
「その毛は元々あるやつ! 抜けたらもう生えてこないんだぞ!」
ウィッグではないらしい。
元々ある毛は抜けないらしい。
全然見分けがつかない。
まあ、クノンはそもそも見えないが。
話をしている途中で、侍女とエリアが帰ってきた。
随分長いこと話していたらしい。
だが、それでも。
止まることはなかった。
この日のクノンとカイユは、ずっと話をしていた。
意見の交換、擦り合わせ。
そして新たな仮説と開発方針。
思いつくまま、二人で構想を練り上げる。
どんな荒唐無稽な発想でも。
ちゃんと考えて意見した。
少しでも力になれるなら。
そんなクノンの気持ちは、きっとカイユにも届いているだろう。
クノンの真摯な気持ちと。
一歩でも先に進もうと貪欲に発想を求めるカイユ。
若き二人の魔術師は、あがいていた。
真正面から、堂々と。
――その二人の姿を、ウインクしたおっさんの首が見ていた。





