533.魔伝通信首開発、二日目 午前
「――どうだった?」
翌朝。
侍女とエリアの活躍により、綺麗になった家。
ゴミ一つないダイニング。
チリ一つ残っていないテーブル。
そして、そこに用意された朝食。
それらにひとしきり感激して、カイユが問う。
どうだった、と。
「おいしいよリンコ。カイユ先輩、この街のベーコンもいいですね」
「うん。で?」
別にふざけたわけではない。
挟みたかっただけだ。
侍女に対する紳士的な言葉を。
先に。
が、カイユはそんなのどうでもいいと言わんばかりだ。
――ちなみに、侍女は壁際に控え、エリアは同じテーブルに着いている。
「かなり難しいことをしてますね」
クノンは徹夜で資料に目を通した。
魔伝通信首の初期構造。
そこから辿る、開発の軌跡と展開、構想。
様々な仮説を立て。
試行をこなし。
改善を重ね。
そして今に至る、わけだが……。
「最近の方向性、ちょっとよくない気がします」
教師クロディウスが言っていた通りだ。
性能を上げるため。
高品質の素材を使うようになっている。
これでは完成品の価格が恐ろしいことになる。
無論、金に糸目をつけないなら、それでもいいのかもしれないが。
「そうか……俺もわかってはいるんだが、他に方法が思いつかなくてな」
それはクノンもわかるつもりだ。
難易度の差はあれど、クノンも実験や開発をしてきたのだ。
素材の厳選。
それは「こうすれば性能が伸びる」と最初からわかっている答えなのだ。
開発が進まない。
ならば、わかっている答えに頼りたくもなるだろう。
「初期構造についての意見は?」
「そうですね、やっぱりロジー先生はすごいなって感じです」
――ピタリとハマった気がした。
クノンは、ヒューグリア王国に直通の手紙を送る「亜空通信箱」という魔道具を持っている。
使用するために準備が必要で、手間とお金が掛かる。
だから普段使いできない緊急用だ。
ずっと使う機会がなかった。
だから思い出すこともほぼなかったのだが。
実はあれ、内部構造にわからない部分があるのだ。
造り方は教えてもらった。
外装などを造ったのはクノン自身だ。
だが、肝心の内部構造は違う。
できたものを父親から渡されたのである。
グリオン家に代々伝わる家宝で……とかなんとかで。
これだけは何があっても大切に持っていろ、と言われた。
当然、仕組みを探るべく解体、なんてできるわけもなく。
原理に対する考察もしなかった。
いずれわかるかも、と思っていた程度だ。
その答えが、魔伝通信首の初期構造にあった、気がする。
恐らくこの技術が、と。
あるいは応用で……と。
――まあ、グリオン家の家宝の情報なので、言えないが。
「もっと突っ込んだ話は、朝食のあとにしましょう。
エリア先輩もいますし」
「あ、私のことはお構いなく」
気がないフリをしているが。
エリアの視線は、発言する方に向くのである。
こんなの絶対に興味あるだろう。
「ダメですよ、先輩。
魔術師って一度気になるとずっと気になるんだから」
「そういう意味ならすでに手遅れだけど?
ロジーって、確か先生だよね? 何の専攻だったかな……」
カイユもまずいと思ったらしい。
「こっちは気にしないで遊んで来いよ。小遣いもやるから。そうだ、ベーコン買ってこいよベーコン。ほら、クノンが喜ぶから。こいつ喜ばせてやろうぜ」
と、この場での話を切り上げた。
「――じゃ、いってきまーす」
「――お昼には帰ってきますからねー」
朝食が終わると。
エリアと侍女はゴージュの街へと繰り出していった。
昨日の掃除で仲良くなり。
今日一緒に観光地へ行く約束をしていたそうだ。
――さすがリンコだな、とクノンは思った。
気が付けばご近所の奥様方の輪に入っていて。
知らない間に、クノンの交友関係とも仲良くなっているほどのコミュ力を持つ侍女だ。
誰かと仲良くなるなど造作もないのだろう。
加えて、エリアも人当たりがいい。
気が合わないわけがない。
まあ、そんな二人のことはともかく。
「やあ、ジーナ。久しぶりだね」
カイユの案内で、研究室として使っているという部屋へ向かうと。
様々な実験器具、水槽。
ずらっと並べられた生首。
書類や本。
乱雑なそれらの中に、ケージに入れられた黒ウサギを見つけた。
顔見知りの造魔ウサギだ。
まあ、クノンには一切懐いていないが。
というか顔も覚えていないみたいだが。
見向きもしないが。
「早速だが意見を聞かせてくれ」
「わかりました。まず――」
クノンは、資料を読んでいて気づいたことや疑問を述べ。
カイユはメモを取りながら、それらに返事をしていく。
遊びに行ったエリアと侍女が帰ってくるまで。
そのやり取りが崩れることはなかった。





