532.魔伝通信首開発、一日目
「――クノン様ー、ちょっと来てー」
侍女に呼ばれた。
十三匹の水魚を見送ったところである。
燃料の量を調整しつつ。
ディラシックから返ってくるまで、これを続けるつもりだ。
すでに結構な燃料で送っている。
かなり大まかだが、概算も済ませているのだ。
これくらいで届くはず、なのだが。
……少し間を置いてもいいかもしれない。
到着まで少し時間が掛かるだろうから。
向こうも、こちらも。
「――どうしたのリンコ?」
庭から、家の中に戻ると。
「おお……」
クノンは驚いた。
惨状じゃない。
さっきまでごちゃごちゃっとしていたのに。
足の踏み場もなかったのに。
すっかり綺麗になっていた。
いつの間に――と、思ったが。
単にクノンが、時間を忘れていただけだ。
作業に集中していたから。
まあ、気が付けば時間が消し飛んでいる。
そんなのいつものことである。
二人掛かりで掃除している、というのも大きいか。
エリアの姿はないが。
彼女はきっと、別の部屋の掃除をしているのだろう。
「こう、ざざーっと埃とか汚れとか流してもらえます?」
「わかった」
いつもは捻った使い方が多いが。
こういう時こそ「洗泡」の出番である。
「え? ついでに僕とデートしたいって?」
「いいですねー。お掃除が済んだら豪華ディナーのデートに行きましょうね」
まあ、それくらいの報酬は出してもいいだろう。
「――うぁ、ちょ……! あぁ……!」
「ん?」
なんだ。
奥から、エリアの声らしきものが聞こえた。
聞いたことのない声だった。
戸惑いのあまりついつい出てしまった、みたいな。
なんだろう、と振り返るクノンと侍女の前に、彼女が出てきた。
「ああクノン君! よかった!」
「え? 先輩も僕とデートしたいって? うーん、今夜は両手に花だなぁアハハ」
いつもは構ってくれるが。
今のエリアには、そんな余裕はないらしい。
「お風呂場、その、一面にびっしりカビが」
なるほど。
さっきの声は、ショッキングなものを目撃したからか。
そして、カイユが風呂に入れなくなっていた理由はそれか。
まあ、それも「洗泡」の出番である。
二十六回目の水魚を送ったところで、向こうから返ってきた。
「――よし」
夕食に出そうなサイズ。
それくらいのお手頃な水魚が、空を駆け。
勢い良く、水球ごしらえの箱に飛び込んだ。
魚は水に戻り。
小さな木筒が水面に浮かぶ。
クノンは水球で、木筒に似たものを構成できるが。
ロジーとクロディウスは属性が違う。
だから、手紙を送る封筒代わりだ。
「だいたい概算通りかな」
木筒の中にあるメモを開く。
クノンが書いたサイズの数字に。
「これでいい」の返答が添えてあった。
二十三回目の水魚が、ディラシックに届いたらしい。
返答を待っている間に三回も送ってしまったが。
まあ、問題ないだろう。
とにかく、これで連絡を取り合うことができる。
向こうの教師二人の意見を聞くのも、手軽になるはずだ。
あとは、箱を用意するだけ。
水球の箱は、あくまでも間に合わせだから。
カイユも使うのだ。
燃料を入れ、また水魚を受ける容器が必要である。
簡単なものでいい。
木造でもいいので、大工に頼めばすぐに作ってくれるだろう。
「――クノン君、来てー」
エリアに呼ばれたので、クノンはメモをまとめて立ち上がる。
まずやるべきことは、一応終わった。
残るは、魔伝通信首の開発資料に目を通すだけだ。
こちらは誰を待たせることもないので、気楽なものである。
気がかりがあるとすれば。
やはり実験のレベルだ。
どこまで高度なことをしているのか。
果たして今のクノンが付いていけるか。
その一点のみだ。
まあ、その辺はさておき。
「お待たせレディ。あなたのクノンはここにいますよ」
――侍女とエリアが、本気で家の掃除を始めた。
「どうせなら」ってことらしい。
だから、クノンも何度か呼ばれている。
もちろん、女性だけ働かせるなんてとんでもない。
だからできることはやる。
紳士だから。
紳士らしく。
その夜。
起きてきたカイユが綺麗になった家に感激し、そのまま四人で近くのレストランへ。
食べながら近況報告と、今後の軽い打ち合わせをした。
クノンと侍女は、カイユの家で世話になることになった。
カイユ曰く「世話してくれ」とのことだが。
で、今日のところはエリアも泊まることになった。
見た目に寄らず奥に広い。
だから、三人増えても問題ないくらいには、空き部屋もあるのだ。
資料庫や素材庫……いわゆる倉庫になっている部屋も多いが。
――そして、夜中。
クノンは夜通し、資料を読みふけった。
何も知らないでは、協力しようがない。
早く概要を理解しないと。
魔伝通信首開発一日目は、こうして過ぎていくのだった。





