531.まずやることは
ひとまず家に通された。
「あーあー、これはこれは……」
その惨状を見て、侍女が漏らす。
自分の仕事になりそうだ。
そんな確信を得たかのような、呆れた声だった。
――そう、家の中は大変なことになっていた。
テーブルや床は、弁当の残骸の山。
台所は使いっぱなしの食器類が放置され。
空き瓶もごろごろしている。
控えめに言って、ひどい。
「散らかってるね」
まるで自分の研究室のようだ、とクノンは思った。
妙な安心感がある。
これくらい散らかっていてもいいじゃない、とさえ少し思った。
言ったら侍女に怒られそうだから言わないが。
まあ、謎の異臭は、気になるが。
「カイユ先輩……」
が、エリアはそうじゃなかったらしい。
「仕方ないだろ、開発に掛かり切りなんだから」
「それにしてもこれは……」
ひどい。
ひどすぎる。
もはや人の生活する場所じゃない。
……なんて、エリアの心の声が聞こえるようだ。
「先輩そういうタイプじゃなかったって聞いてますけど」
それはクノンも同意見だ。
カイユは身の回りは結構綺麗にしていた。
「開発のことで手一杯で、他に回す余力がないんだよ。
家政婦だのメイドだの雇うことも考えた。
でも、ここはディラシックじゃない。
魔術師に理解がある、触れちゃいけない範囲がわかる人が少ないんだ。
もっと言うと、研究が盗まれたら本当にシャレにならない。
迂闊に第三者を入れられない。
そう考えると、かなり人を選ぶんだ。探す余裕なんてもっとねぇよ」
魔術師ならわかる理屈だ。
加えて。
今カイユが携わっているものは、造魔に関わる。
世間的には禁忌で知られている造魔。
どうしても、秘密が漏れるのは避けたいだろう。
「リンコ」
クノンが呼ぶと、侍女は頷く。
「わかりました。
遊んでばかりというわけにもいきませんから、私が片付けますね」
侍女は悟っていた。
本当に旅行気分ではあったが。
まあ、何かはしないと、さすがに心苦しい。
ゴージャスなディナーは仕事の後で。
仕事さえすれば、大手を振って行きやすい。
「仕方ないなぁ」
エリアも覚悟を決めたようだ。
実に付き合いのいい先輩である。
だが。
クノンはダメだ。
掃除が嫌いだから、その覚悟ができない。
だから触れないでおくとして。
「カイユ先輩、お風呂の準備をしますね。場所はどうします?」
「どこでもいい」
「じゃあ、ついでに少し休んだらどうです? 僕もまずやることがありますから」
「……わかった。
正直風呂は裸で入りたいし、ゆっくりしたい。
二徹目だから頭がずっとぼんやりしてるし。
風呂入ってちょっと休むわ」
それがいい。
カイユは明らかに、顔も恰好もくたびれている。
今無理に急ぐ必要はないから、仮眠を取ってもらおう。
「久しぶりに会ったなぁ。何年ぶりだろ」
カイユの寝室に風呂用水球を出して、クノンは戻ってきた。
玄関ドアを開けると、すぐにリビングだ。
そこで、エリアと侍女が片付けをしながら話している。
「カイユ様とお知り合いなんですね」
「知り合いっていうか、卒業生が来る集まりみたいなのがあってね。そこで一度だけ顔を合わせたことがあるの。
だから、かろうじてお互い顔は知ってるかなーくらいの浅い関係なんだけど。
でもカイユ先輩は有名だったから。
噂みたいなのは聞いたことがあったのよ」
「へえ。有名なんですか?」
「あの見た目でしょ? 男にも女にもモテモテだった、って」
「ははあ、なるほど。
でもうちのクノン様には負けるでしょ? クノン様もモテモテでしょ?」
「えっ? あー…………そうだね!」
明らかに気を遣われた。
若干エリアの優しさに心が痛いが。
「こっちのこと、任せていいかな?」
とにかく今は、やることをやらねば。
「お任せください」
「クノン君、掃除とか整頓とか無理だもんね」
即座に返事が返ってきた。
二人ともクノンには期待してなかったようだ。
「ふがいない紳士でごめんね、レディたち。
せめて近くで見守るくらいはしたいんだけど、見えないからそれも無理なんだ。
ああ、働くあなたたちもきっと美しいことだろうね」
「働いても働かなくてもいつも美しいですから大丈夫ですよ。ねえエリア様?」
「あ? ああ、うん、そうそう。
だから気にしないでいいよ。
クノン君は何かすることあるんでしょ? 本当に気にしなくていいよ」
この家、奥へ細長い構造になっているようだ。
正面から見たらわからないが。
小さいながら庭もある。
庭に出て、クノンは「水球」で箱を作り。
持ってきた木の板で蓋をする。
これで、簡易的ながら魔道具「伝書水魚」ができた。
本来なら水を貯める箱。
いわば容器となるものが必要だが。
どれくらい大きな容器が必要か、まだわからないので。
今はこれでいい。
ちなみに蓋に仕掛けがしてある。
今、届け先であるディラシックで。
ロジーかクロディウスが、向こうの「伝書水魚」を見ていてくれている予定だ。
クノンが送る「伝書水魚」を待っているはずだ。
「……よし」
水は推進力。
わかりやすく言えば、燃料だ。
ここゴージュから。
ディラシックまで。
どれだけ燃料があれば。手紙を届けられるのか。
速度は出る。
「飛行」よりは速い。
だが、やはり少し、到着に時間が掛かるだろう。
――それでもきっと、最速で届くだろう。
瞬間移動を除けば。
「まずは……」
「水球」で机と椅子を出し、座り。
箱のサイズを書き、これを「水球」の筒に入れて。
「伝書水魚」の箱に水を満たし、送る。
ドシュー!
水は巨大な魚となり。
とんでもない速度でゴージュの空を駆けて行った。
よし。
これだけ距離が離れていても、互いを繋ぐ帰巣本能は機能している。
あの水魚は、ディラシックへと飛んでいった。
正確には、対となる「伝書水魚」へと。
方向からして間違いないだろう。
燃料が足りなくて落ちることはあっても。
関係ない場所に飛んでいく、ということはないはず。
あとは、どれだけ燃料が必要か。
箱のサイズをメモして送り。
どれくらいの燃料があれば届くかを伝える。
伝わって。
メモ通りの箱を向こうで用意してもらえば。
今後は簡単に連絡を取り合うことができるだろう。
まず、連絡方法を確立する。
これがクノンの最優先だ。





