525.闇とは
「俺と会った話はしていい。
だが、名前は広めないでくれ」
と、クロディウスはフードをかぶりなおした。
――朽黒の魔術師。
否定しない以上、正解ということだ。
「一目でわかる特徴だ、すでに学校でもディラシックでも動きづらくなっている。
この上、名まで知られるともっと困る」
「わ、わかりました」
確かに一目でわかる特徴だ。
わからないのは。
人の容姿など見えないクノンくらいだろう。
――実際、クロディウスの隣にもいるのだが。
アイオンの左目にある「呪紋」。
一目でわかる、呪詛師の特徴である。
少々付き合いも長くなるのに。
クノンは見えないままだ。
「あの……クロディウス、先生?」
「なんだ」
「グレイ・ルーヴァを止められる唯一の存在って、本当ですか?」
まず、一番気になる点を聞いてみた。
仕方ないだろう。
それが一番有名な逸話であり。
逆に言うと、クノンはそれくらいしか知らないのだから。
色々とあるらしいが。
属性が違うので、熱心に噂を集めたりもしなかった。
クノンは水で。
彼は闇だから。
もし同じ属性だったら、もっと興味を抱いたはずだ。
それこそ。
クノンにとっての雲の上の存在は、サトリ・グルッケだった。
派手な逸話はないが。
彼女の書いた本は、クノンの水魔術に大きな影響を与えている。
派手ではない。
だが後進のため、地に足のついた足掛かりを残してくれたと思う。
「過大評価だ」
クロディウスはきっぱりと答えた。
「確かにそれらしいことはあった。
だが、結果的にそうなっただけだ。
彼女が本気になれば、俺なんかでは止められない。
……弟子を総動員すればあるいは、といったところだな。
いや、それもグレイがどこまで本気かによるだろう」
なるほど。
「わかりました。
……ちょっと安心しました。グレイ・ルーヴァ並みにすごい人って言われると緊張しちゃいますからね
「それは安心していい。俺は彼女の足元くらいだ」
それも充分すごいのだが。
まあ、あまり萎縮しなくて済みそうだ。
ロジー邸の応接間に移動した。
少し長い話になる。
紅茶でも飲みながら……と、そういうことだ。
「アイオンから概要は聞いたか?」
馴染みあるソファに座り、クロディウスと向かい合う。
「魔伝通信首の件でしょう?」
クロディウスが「そうだ」と答えたところで。
「あの、先生。ちょっとお願いがあるんですけど」
ぐぐっと。
クノンはぐぐっと前のめりになる。
「なんだ?」
「アイオンさん、今回の関係者じゃないんですか?」
「ああ」
「なぜですか? 誘いましょうよ? 優秀ですよ彼女? 美人だし美しいし? あんなに背が高いし? 背が高い女性も素敵だし? ね? 誘いましょうよ?」
絡みつくようなクノンの言葉に、クロディウスは眉を寄せる。
「いらないだろう。
魔属性ならロジーがいる。間に合っているではないか」
「あ、ああそうか……! 一緒だったか……!」
二人とも魔属性だ。
そうだ、同じ属性は二人いらない。
希少属性相手になんだが、二人もいらないのだ。
「――ロジー先生、今は忙しくて動けないそうです」
アイオン参加が難しいことを悟り嘆いていると。
そのアイオンがやってきた。
トレイに紅茶と茶菓子を用意して。
彼女は、家主である教師ロジー・ロクソンを呼びに行ったのだが。
今は手が離せないようだ。
「わかった。おまえも座れ」
アイオンが座ると、彼は続けた。
「――まず報酬の話をする」
話が早い人である。
しかし、そう。
クノンはまだ手伝うとは返事をしていない。
まだ、話を聞いている段階だ。
内心少しほっとしている。
クロディウスは少々強引に話を進めるので、すでに了承を得ているつもりかと思っていた。
話如何によっては手伝えないかもしれないのだ。
あまり高度な開発実験では。
クノンは付いていけない可能性がある。
それこそ、朽黒の魔術師なんてとんでもない人が出張っているのだ。
きっと求められるレベルは高い。
「俺からは教えないが、おまえの知らない技術を披露する。
好きなだけ盗め。
好きなだけ観察していい。
ひとまず、報酬の一部はこれにする」
つまり、だ。
「助手ってことですね?」
師の傍にいて。
師の傍で学べる。
それはつまり助手、あるいは下積みだ。
「その認識でいい。
――先に一つ見せておこう」
と、彼は湯気が立つ紅茶のカップを取る。
「アイオン。おまえも『影』はまだだな?」
「はい。できないことはないですが、かなり不安定で……」
「ならば見ておけ」
クロディウスの視線が、クノンを向く。
「闇の特徴は?」
「え? えっと……衰退と、劣化?」
かつて、「合理の派閥」代表ルルォメットに教えてもらったことだ。
それ以来、闇属性とはほぼ関わりがなかった。
だから認識も変化がない。
「それが初歩だ。
いいか? 闇とは――」
クロディウスは右手でカップを上げて。
落とした。
――無造作に構えていた、左手に。
「……え?」
今の現象は、なんだ。
落下地点に左手はなかった。
まるで、落下するカップが急に移動したような……。
それも速度がどうとかいう話ではなく。
移動。
いや。
瞬間移動、か?
そう、カップが瞬時に移動したように見えた。
見えないが。
「闇は空間だ。
物質を1と考え、闇をゼロと考える。
闇はゼロを作り出す。
そして、ゼロとゼロは繋がっている。
――これが闇だ」
◆
眼帯をつけた少年は、驚いている。
言葉もなく。
――いい反応だ、とクロディウスは思う。
くだらない質問をするでもなく。
すぐに答えを求めるでもなく。
さすがは特級生。
今、少年の頭の中は、ありとあらゆる可能性が駆け巡っているに違いない。
空間。
この概念は、現代魔術にはない。
魔術に詳しく、入れ込んでいる者ほど戸惑うだろう。
言うなれば、新しい理論。
もしかしたら「新しい属性」とさえ言えるかもしれない。
造魔学などもかなり珍しいが。
あれはまだ、「生物を造る」というコンセプトがしっかりしている。
だから理解はしやすいだろう。
だが空間は違う。
それこそ、次元が違う話だ。
「あの……」
少年は考えがまとまったのか、緊張気味に口を開く。
さて。
――この技術を見ての第一声は、なんだ。
――何を考えて、どんな結論を出した。
大抵は降参して、素直に聞く。
自分もそうだった。
果たして、目の前の少年は何を言う。
「……召喚ですか?」
「――フッ」
クロディウスは納得した。
今回の件、他に優秀な魔術師がいるのに。
それこそ魔技師だっているのに。
わざわざ、アイオンとロジーは推してきたのだ。
この現役特級生を。
ここで。
彼女らがこの少年を推薦した理由に、納得した。
まさか候補を一つでも思いつくとは思わなかった。
ならば――恐らく。
この少年は、きっと、来る。
この次元に。





