524.彼の素顔
「縁があるなぁ」
昼過ぎ。
クノンはロジー邸の前にいた。
教師ロジー・ロクソンの屋敷だ。
この前の夏休みは、ほぼ毎日通っていた場所である。
「調和の派閥」代表シロト・ロクソン。
彼女と、毎日のように魔術戦を行ったのだ。
――あれは幸運だった。本当に。
勝てない相手と、約一ヵ月。
己が師ゼオンリーより遠くなく、しかし確実にクノンより上。
そんな相手と。
試行錯誤を重ねに重ねた、濃密な一ヵ月。
しかも教師サトリにも相手をしてもらった。
素晴らしい夏だった。
何度思い出しても、そう思う。
唯一悔いていることがあるとすれば――
やはり、一度は勝ちたかった。
クノン個人は「勉強になった!」で済むが。
教えてくれていたサトリのメンツを潰したかもしれない。
そこを考慮すると。
ラサミン・アウリッツの魔術の速度。
これさえ手に入れば、クノンの戦術の幅も広がると思う。
シロトとの再戦があれば、勝機も生まれそうだが……。
いや、今はいい。
今は目の前のことだ。
――クロディウスとは、昼ここで再会する約束をした。
クノンは門を開き、敷地に入る。
ロジーの下で造魔学を学ぶ。
それが決まってからは、勝手に入っていいと言われている。
来客に対応するのも面倒なのだそうだ。
いつもなら、門番代わりの造魔犬や造魔猫がこの辺にいるのだが。
まあ、いない時もあるわけだ。
「あ、クノン君。いらっしゃい」
玄関前に、背の高い女性が立っていた。
アイオンである。
クノンにとってはかなり上の先輩にあたる、非常に優秀な魔属性だ。
犬と遊んでいたのか。
彼女の周りを、造魔犬グルミが駆け回っている。
門番はここにいた。
「こんにちはレディ。今日も美しいですね。あなたの美しさに、ほら、犬もこんなにはしゃいでる。まるで好物を見ているようだ」
「うん、私今エサ持ってるからね……」
どうやら遊んでいるのではなく。
犬の食事の時間だったようだ。
「――クロディウス先輩から聞いてるよ。クノン君が来る、って」
犬ががつがつ食べているのを眺めつつ、アイオンは言う。
「呼ばれた理由も、だいたい察しがついてるでしょ?」
「魔伝通信首ですよね?」
秘匿している「伝達水魚」と、アイオン。
そして待ち合わせ場所にロクソン邸
これらを重ねるなら。
やはりロジーが開発している、魔伝通信首が共通項になるだろう。
クノンはそう考えていたが。
果たしてアイオンは、「そう」と頷く。
「あるいはアイオンさんが僕に会いたくなった、とか?」
「まあ……否定はしないけど」
――この子は今日もいつも通りだな、と思いつつアイオンは続ける。
「魔道具でのアプローチも考慮したいんだって」
「らしいですね。
僕は正式な魔技師じゃないので、どこまで力になれるかわかりませんが……。
肝心の通信首の進展はどうですか?」
「難しいみたい。
私はよく知らないから、詳しくはクロディウス先輩に聞いて……」
「あれ? アイオンさんは関係者じゃないんですか?」
「違うんだよね。
私は仲介役であって、あんまり関わってないから……」
あまり関わっていない。
「そんなことないでしょ」
「え?」
「開発チームに女性がいないと、僕はとても困るんですが。女性がいないなんて考えられませんよ。やる気が九割減っちゃいますけど。いいんですか?」
「それは困るなぁ……グレイちゃんを呼ぶ? もしかしたら暇してるかも……」
「今回は我慢します。断腸の思いで」
グレイ・ルーヴァを呼ぶのはなしだろう。
恐れ多くて萎縮してしまう。
玄関先でアイオンと話していると。
「早いな」
巨大な猫を連れた男――クロディウスがやってきた。
庭の方から来たので、散歩でもしていたのかもしれない。
隣の巨大猫は造魔猫ウルタである。
門番のはずだが……。
かっこいい男が好き。
そんな人情味ある猫だから仕方ない。
「後から気にされても面倒だ。だから先に見せる」
と、クロディウスはフードを取った。
特に男の素顔に興味がないクノンではあるが。
なんならアイオンの素顔の方が気になるクノンではあるが。
見ろというなら、見るしかない。
なんだろう、と思えば。
「派手なタトゥーですね」
クロディウスの顔に、黒い模様が入っている。
まじない。
魔除け。
伝統に風習。
そんな理由でタトゥーを入れている魔術師は多い。
「合理」のサンドラもそうだ。
タトゥーではないと思うが、何かのまじないで顔にペイントをしている。
魔術師は不思議なものに触れる。
神秘性に触れる。
それだけに、験担ぎや占い、運勢。
そういった神秘を信じる者も多いのだ。
まあ、顔にがっつり、というのはさすがに珍しいが。
「タトゥーじゃない。闇だ」
「え?」
「おまえと同じ、英雄の……いや、俺のは魔王の呪いと呼ぶべきか」
英雄の傷跡、ではなく。
魔王の呪い。
つまり――
「この話なら知っているか?
――年月が経つにつれ、闇が身体を侵食していく」
知っている。
その特徴は、知っている。
「……朽黒の魔術師……」
クノンも噂で聞いたことがある。
有名な名だ。
恐らく、学校の外でも。
グレイ・ルーヴァは世界一の魔女。
世界中に知られる、生きる伝説である。
そして。
彼女ほどではないが、有名な魔術師は他にもいる。
その中の一人が、「朽黒の魔術師」。
色々な逸話はあるが。
やはり一番有名なのは、このフレーズだろう。
――グレイ・ルーヴァを止められる、唯一の魔術師。





