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523.男のナンパ





 図書館にやってきた。


 まず、いつも図書館にいる司書に質問する。

「醸造樽に関するレポートはあるか」と。


 ちなみに司書は男性である。

 年齢は二十代か三十代くらいだ。


 図書館に通っているだけに顔見知りではあるが。

 それ以上は何も知らない。


 大まかな情報を貰い、レポートが納められた棚へ移動する。


 ――ここからは注意だ。


 できるだけレポートを見てはならない。

 見えないが。


 ここのレポートも面白いのだ。

 本の魔性に負けず劣らず、とても魅力的なのだ。


 気になる題材や興味深いテーマ。

 本にするほどのことではないが、本にならないからこその実験や開発ばかり。


 迂闊に手に取ると、目が離せなくなる。

 時間がなくなる。

 実際クノンは、これまで何日もここで消えた。


 できるだけテーマだけ見て探していく。


 注意して。

 うっかり読んでしまわないように。


 レポートは、過去の特級生が残したものが多い。


 教師にしては雑だし荒いし。

 どうにもマニアックというか、ピンポイントというか。

 そういう印象が強い。


 そこもまた魅力的なのだ。


 ベテランとは着眼点と発想が違う。

 だからこそ、粗削りの才が輝いていると思う。


 見えないクノンでも、まばゆいと思えるほどに。


 ――多くを読んでいくとわかることがある。


 レポートは匿名希望ばかりなので、著者を追うことは難しいが。

 属性や傾向で追うと、筆跡でわかることがある。


 これもあの人の字だ、とか。

 あの人のレポートなら興味深いはずだ、とか。

 テーマが独特だと思ったまーたこの人か、とか。


 字が独特すぎて解読できない、とか。

 大事なところがわからない読める字で書いてくれ頼む、とか。


 この辺はよく思う。

 水属性で読み進めると、こんな感じである。


 それと経年劣化だ。


 かなり古いレポートもあるだけに。

 紙の端がボロボロになっていたり、何度も読まれた証である手垢の跡がついていたり。


 多くの人が手に取ったのだろう。

 多くの魔術師見習いに読まれてきたのだろう。


 クノンのレポートも、誰かがこれくらい読み込んでくれるだろうか。





 ――あった。


 醸造樽(主に酒)についてのレポートを見つけた。


 比較的新しい紙だ。

 きっと十年以内のものだろう。


「……え?」


 題名を読んで、棚から引っ張り出して。


 改めて確認して。

 驚いた。


 著者名に「アイオン」の名前があったから。


 アイオンと言えば。

 あの少々弱気な背の高いレディのことだろうか。


 それとも同名の別人か。


 レポートもいいが。

 やはり本人から話が聞けるのが理想的ではある。


 知り合いなら好都合というものだ。


 だが――まあ、とりあえずだ。


 著者は知り合いかもしれないが。

 話を聞くにしても、予備知識は入れておくべきだ。


 そもそもクノンはまだ酒が飲めない。


 味わうことは無理だが。

 情報として学ぶことはできる。


 まずはこのレポートを読んでみよう。


 本人に聞く聞かないは、それからだ。





 その場でレポートをめくる。


 文字に覚えがある。

 顔見知りのあのレディが書いた可能性が見えてきたが。


「ふうん……」


 醸造樽の構造は、さほど難しくない。


 要するに、温度だ。


 素材を樽に詰めて一定温度で放置。

 すると、素材として入れた果物や穀物の持つ「甘み」が酒精に変わる。


 そこから蒸留したり、更にしばらく放置することで、既存の酒になる、と。


 この工程を行うのが樽なわけだ。


 樽の造り方は簡単である。

 造ろうと思えば、今日明日にでも完成させられるだろう。


 酒の造り方も簡単だ。

 温度と時間の管理でできる。放置でも大丈夫だ。


「……」


 逆に厄介かも、とクノンは思った。


 造り方が簡単。

 でも、酒の種類は数百数千あると聞いたことがある。


 いや、種類というか。

 既存の売り物でもなければ、種類なんて存在しないかもしれない。


 造った酒こそ唯一無二。

 もはや千差万別と言えるかもしれない。


 非常に幅が広く。

 また、簡単だから奥深い。


 こういうものの追及は果てがない。

 こだわればこだわるだけ、続けることができる。


 そう、初級魔術のように。


 果たしてミリカは、どのくらいの酒を欲しているのだろう。


 というか、好みは?


 原料は何がいいのか。

 樽に使う木材も出来に影響するらしい。

 温度だって、原料に合わせて調整しないといけないし。


 ……。


 これはいよいよ、飲めないままでは進められないかもしれない。





 必要なことをメモして、クノンは図書館を出てきた。


 アイオンに話を聞きに行くべきか。

 それとも、今は諦めて別のことをするか。


 色々と迷うところだが――


「――クノンだな?」


 背後からの男の声に、驚いた。


「えっ?」


 すぐ真後ろ。

 人の気配はなかったはずだ――声がするまでは。


 振り返ると、背の高い男が立っていた。


 黒い服で。

 フードを目深にかぶった、怪しい大人の男。


 ――まあ魔術師なら珍しくもない格好だが。


 ここは魔術学校。

 胡散臭くて怪しい魔術師なんて山ほどいるから。


 生徒にも、教師にも。


 いや、それよりだ。


「……どこから来ました?」


 ここは図書館の入り口前。


 順当に考えれば、彼は……いや。

 立ち位置的に考えれば、彼も、図書館から出てきたはずだ。


 しかし、まるで気配を感じなかった。


 クノンは見えない分、五感は鋭い。

 近くにある人の気配くらいならわかるのだが。


 現に今は、目の前の男の気配を感知している。


 突然現れたように感じたが……。


「これを書いたのはおまえだな?」


 だが、彼はクノンの質問には答えず。


 レポートを見せてきた。


「あ、それ僕のですね」


 昨年度の単位の対象である「伝書水魚」。

 水と一緒に手紙を飛ばして送る、という通信機の魔道具だ。 


 指摘通り、クノンが書いたものである。


 ただ――


「非公開のはずですけど……」


 提出した教師サトリ・グルッケが言ったのだ。


「通信の類は、あとから面倒事になることが多いから秘匿しときな」と。


 欲しがる人が多くいて。

 利権を奪おうとする動きまであるそうだ。


 つまり、面倒臭いことになるわけだ。


 クノンは素直に受け入れて。

「伝書水魚」のレポートは、一部の者しか閲覧できないようになったのだが。


 それが今、ここにある。


「魔技師からの視点が欲しい。付き合え」


「え?」


 いきなりのお誘いである。


 が――クノンの勘が告げている。


 迷うな、と。

 付き合え、と。

 絶対に面白いから行け、と。


 だって、すでに興味が向いているから。

 魔技師の視点……クノンは魔技師ではないが、そこはさておき。


 魔技師が必要なら、魔道具方面の用事だ。

 気にならないわけがない。


 だが。


 クノンはアレだ。

 男性のナンパには付き合わないタイプだ。


 紳士として。

 断固として。


「……女性の協力者っています?」


 いるなら即答だ。

 さあどうだ。


「いる」


 ならば断わる理由はない。


「しかも知り合いだと聞いている」


「知り合い?」


「アイオンだ」


 今日は随分と縁のある名前だ。


 まあ、ならば。


 断わる理由など一切ない。


「えっと……あなたのお名前は? 教師でしょうか?」


 先日、教師の調査を行ったが。

 この人には会っていない。


「名はクロディウス。

 肩書は……一応教師だが、研究者が近いな」


 そうか。

 やはり教師ではあるのか。





 二度目、か。

 あるいは二人目か。


「鏡眼」で見えない。


 クロディウスと名乗った彼の傍には、何もない。

 背後にも、近くにも。


 教師クラヴィスと同じ、例外の人だ。


 ――やはり、このお誘いは面白くなりそうだ。





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― 新着の感想 ―
紳士として男のナンパにはのらない 冷静にみると意味がわからない文字列やなぁ
お酒に関してめちゃくちゃ詳しそう なんで知っているかって? 乙女に秘密を聞くのは野暮ですよ
アルコールも水ととらえれば分析できそう
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