144 悪夢の館 その4
「フー凄い雨だった」
雨から逃れるように屋敷に入る治癒クマー翔一と聖美沙。
「まって! ブルブルってするつもりでしょ」
「動物だから基本クマ」
「狭い所で、やめて下さらない?」
「わかったクマ」
諦めてウォーターエレメンタルの小ぶりなのを呼ぶ。
彼に水気を吸ってもらって、急速に乾く。
「私もずぶ濡れよ、頼んでいいかしら」
聖美沙も雨に濡れていた。
白いブラウスが透けて下着が見えている。
思わず目を逸らす翔一。少年の姿なら顔が赤くなっているのがばれただろう。
少女の甘い匂いを意識してしまった。
(今はそんなことを考えている場合じゃないクマ)
意識を切り替え、話題を変える。
エレメンタルは美沙も乾かしていく。
「数字を辿らされて、それを全部集めると地下に誘導されるクマ。数字は暗号でインフェルノになる」
「し! そういう言葉は口にしないほうがいいわ。敵に呪術の因果を強くさせるだけよ。……そういう呪術はあるわ。ある意味普遍的ね」
「言葉を完成させることで、罠にはめる?」
「そうよ、普通につぶやくのとは違って、自分で呪詛を完成させるの。そして、それは非常に強力なものとなり、あなたはなすすべもなくなる」
「この術の目的は何だと思うクマ」
「まちがいないわ。あなたを倒すこと」
「え。僕は……」
「私の見立てでは、あなたがいないと大クマーさんはこないわよね」
「そう、です」
「あなたを倒せば、奴らは大きな敵を消せるわ」
「……ではどうしたら」
「術を破壊するしかないわね」
「なら、いきなり最後の場所に行って呪術を破壊したらどうだろう」
「……うーん、ちょっと安易すぎるけど、試す価値はあるわ」
廊下の突き当りにある地下への階段に向かう。
階段を下りる。
駐車場への木の扉には不気味な装飾もない。
しかし、
「あれ、開かないクマ」
クマの怪力で押しても引いてもびくともしない。
「ダメね、結界の一部となっているわ。呪術が完成しないと開かない仕組みなのよ」
「僕たちが外に出たら呪術は破壊されるだろうか」
「ええ、でも、この手の結界は罠にかかった人間の力も利用しているのよ。あなたが怪力なら、その分の力で押し返してくるような。呪詛だから鍵を解かないと抜けない」
「理不尽すぎるクマ」
「そうね、これは上位の悪魔の仕業かも。神の理に重大な挑戦をしているともいえるわ」
「神に祈れ、前のループでそういわれたクマ」
前の記憶にある警官の言葉。
「……」
「僕はこんな複雑な因果にはどうしたいいかわからないよ。美沙さんなら何かわからない?」
「たぶん、時間もゆがめているわ。少し話し合いましょう」
この屋敷は部屋が多い。
美沙と子熊の翔一は適当な部屋で話し合うことにした。
「あなたの最初の記憶のことを教えて」
「うん」
翔一は最初のループのことを詳しく語った。
猫をひろい、室町すずと出会い、警官と出会って屋敷に入ったこと。すぐに人々は消えていき、邪悪な場所巡り。
最後の地下駐車場。そして、そこで起きたことと見たこと。
「たぶん、その悪魔教の男がセンターキャスターだわ。でも、その男は自分の命と引き換えに非常に上級の悪魔を呼んだのよ」
「あいつは死んでから一日二日ぐらいたってると思う」
「今朝には既に術は発動しているのね……」
考え込む美沙。
「対抗の魔術で」
翔一は思いつく。
「そうね、ちょっとやってみるわ」
「僕も精霊界と接触してみる」
二人してじっと集中する。
ぶつぶつと魔術を唱える聖美沙の美しい顔に一瞬見とれたが、それどころじゃないと頭を振って精霊界を見た。
(すごく霞んでいる。子猫は……どこに行ったんだろう。そういえばあの子を保持する呪力を使っていなかったクマ。いつの間に……)
精霊界ポケットは健在だったが、それを超える距離には深い霞がかかり、どこにも行けそうもなかった。
(しかし、つながりが切れたわけじゃないから、宿精ならこれるかも)
「ダーク君」
集中して分身を呼ぶ。
見ると、霞の中から黒い影。
丸い耳とちょっと細身の黒い子熊。
「うわ、何だこれ。何があったんだ」
元気そうな宿精の声にほっとする翔一。
「僕、今、敵の結界の中にいるんだ」
「……だろうな。すげぇ嫌な雰囲気だ」
「子猫見てないかい?」
「子猫……そういえば鳴き声を聞いたが」
「よかった、精霊界に迷い込んだだけみたいだね。後で探すの手伝って」
「んなことより結界から脱出できないのかよ」
「かなり高度な黒魔術でちょっと難しいんだ」
「ふうむ、何かよくわからんが手伝ってやるぜ。ちょっと現実界と障壁がきついからな。出たほうが楽だ」
いきなりズイっと黒い子熊のぬいぐるみ、ダーク翔一が出てくる。
「きゃ!」
「よう、美人のお姉ちゃん、よろしくな」
「何なのこの子!」
「彼は僕の宿精、ダーク君」
「聖美沙だよな。知ってるぜ、偉い偉い生徒会長様で大人気ヒーローだ」
少し意地悪そうな顔で美沙に声をかけるダーク翔一。
「私はそんなに偉い人じゃないわ。普通の女よ」
「こんな屋敷に飛び込むのが普通の女の訳ないぜ」
「フン。……宿精って聞いたことがあるわ、高位の祈祷師に目覚める精霊界の別人格だって」
「そう、つまり俺様は偉大な存在ってことだ」
モフ手をモフ腰に当てて胸を張る黒い子熊。
「偉いかどうかはともかく、いつも翔一君の後ろでうろうろしていたわよね。はっきりは見えなかったけど」
「うろうろとは失礼な。お前ら学生を俺が守ってやってたんだぜ」
「美沙さん、ダーク君。話はあとで。今はこの状況を」
「そうね。とにかく宿精さんなら何かわかる?」
「そうだなぁ」
きょろきょろする黒い子熊。
「あ、こんなところに数字が書いてある。『二階奥和室 九』なんだこれ?」
木の柱の裏に文字が彫り込んであった。
「……あーあ」
あきれ声の聖美沙。
「んだよ、俺は何も悪くないぞ。むしろ被害者」
「たぶん、文字は探索をすればいやでも目にはいって呪術が始まるようになってると思うクマ」
「そうよね……」
翔一は邪悪な呪術のあらましを宿精に語る。
「サッサとおまえと知識を共有すればよかったぜ」
「……今思ったけど、二階奥の和室以外は呪術が進まずに探索できるわ」
「確かに。何か情報が得られるかも。敵の油断があるかもしれない」
三人は腰を上げると、その部屋以外をざっと見て回ることとなった。
廃屋はがらんとしていて、大したものもない。
さすがに、死骸のある寝室は最初に見たいという気持ちが起きず、二階を探索してから一階に降りてその部屋を調べ、最後に何もなければ次の数字のある部屋に行くということとなった。
「何でんなややこしい動きするんだよ」
宿精はぶつくさいうが、だからといって逆らうほどでもない。
「死骸とか見たくないでしょ、極力」
美沙。
「俺は平気だぜ。翔一と一緒にいたらんなもんぐらいでビビるはずもない」
「どういうこと? クマちゃん実戦経験豊富なの?」
「ダーク君」
「おっと。詳しいことは秘密だ」
「……」
二階は空室が多く、大したものはなかった。
しかし、小さな一室がまだ家具や本などがかなり残っていた。
ベッドもある。
「二階はここだけは誰かが住んでいた形跡がある。若い人の部屋かしら。でも、埃被ってる」
「見た感じちょっと古いな」
早速、物色する黒い子熊。
「息子さんか孫の部屋って感じね」
「ゲーム機。ゲームソフトは少ないな。でも映画とドラマのソフトがいっぱいあるぜ。これは一財産だ」
「僕たちは泥棒じゃないよ」
ダーク翔一が棚を開いて見つけたのは大量の映像ソフト。黒い子熊が取り出してベッドの上に並べる。
そんなに古いものではないが、五年以上前のものが多い。
「海外ドラマ。日本のドラマ。映画……これ面白いのよ」
聖美沙が手にしたのは日本のドラマだった。
「『愛しい君と、青空の下で』! それ、何年前のソフトクマ?」
母が持っていた台本と同じ題名だった。
「これ、十年ぐらい前のドラマよ」
「美沙さんはまだ子供だったですよね」
「リアルタイムの放送見たわけじゃないわ。動画配信で見たの」
「そ、そうですか。僕のお母さんが台本持ってたから」
「人気あったみたいよ。もしかしたらリメイクなの?」
ちょっとうれしそうな聖美沙だった。
(リメイク……人気作ならその可能性もあるか……)
「あ、そういえばあなたのお母さんがキャストされていたわ」
治癒クマーはごまかしていたが、彼女は翔一の正体を知っているのだ。
「普通、同じキャストとか使わないですよね。十年前なら年齢も増えてるから」
「さあ、でも御剣山詩乃さん凄い演技してたわよ」
美沙の話では詩乃はわき役だったが、名演をして人気が出たらしく。それからバイプレイヤーとしてどこにでも顔を出す女優になったという。
「そんなことどうでもいいだろう、今は」
若干、イライラした宿精が文句をつける。
「そうだね、とにかく主人の寝室に行こうよ」
前のループでは寝室には死骸があった。
二人を残して翔一がまず偵察する。
そっと開けた。
「?」
しかし、そこにはベッドといくつかの家具があるだけで悪魔教徒の死骸はなかった。
「死骸がないよ」
「順番がきたら現れるのかしら。幻影に近いものかも。……私が聖別しておくわ。邪術の力を弱めるの」
ベッドの上に十字架を描き、聖なる力を籠める。
少しホッとする。
敵はここに邪悪を施せないだろう。
「先回りして術をかけてやるわ」
「じゃあ、僕も聖性精霊を宿しておくよ」
部屋を出ると、二人して前の記憶にある移動させられる場所に術を施していく。
主だった部屋に術を施すと、聖美沙は少し疲れた顔になった。
「魔力を使ったわ。少し休憩したい」
そういうと、応接間のソファーに座る。
前の時はここに陰惨なオブジェがあったのだが、今はない。
「僕も。そうだ、どうぞ、お菓子とジュースです」
いつも常備しているおやつを出す。
「ありがとう、いつも持ち歩いているの?」
「ええ、食料がない苦しみが怖いから」
「……飢えたことがあるのね。現代日本ではあまり聞かないわ」
「……」
「普段なら、こういうものは口にしないけど。こんな場所じゃ糖分を口にしたほうがいいわね」
かわいい口で栄養補助食品要素のあるお菓子をかじり、甘さ控えめのジュースを飲む。
翔一もパクパクと平らげる。
ジュースで流し込む。
「ゴクゴク。ふー」
「おいしそうに食べるのね」
「お腹が空いているクマ」
「こんな所で怖くないの? 私は意識して無理に食べてるのに」
「……慣れ、かな。戦いの場で栄養を取っておかないとギリギリで動けなくなるクマ」
「あなた、変な世知があるわ」
「と、とにかく次はどうしよう」
「部屋は概ね巡ったわよね」
「あ、バルコニーに行っていない」
陰惨な光景があった場所なので無意識に避けていたのかもしれない。
「じゃあ、そこで何かあるかも」
食べきれないお菓子とジュースを置くと、彼女は腰を上げる。
翔一も後に続いた。
バルコニーは雨で濡れているが、降りは弱くなっている。
おぞましいオブジェクトはない。
外が見えるが、暗く霞んでごく近くもはっきりとしない。
「やっぱり、景色がおかしいわ。たぶん、私たちは現実界から切り離されてこの小さな空間に閉じ込めらている」
「いつからだろう」
「わからない、因果のつながりだけをいえば私が朝目覚めた時からかしら」
「僕は起きるの遅かったけど、草取り前から時間ループしたので、そこからかも」
「この小世界はどういったものなのかしら。邪悪な奴の罠なのは間違いないけど、どこか現実感がないわ」
「夢の中をさまよってるみたいクマだね」
「そう、それも悪夢。悪夢に感じる現実感が拡大されたみたい……ここで起きたことは本当なのかしら」
聖美沙のつぶやきは最後には自問自答のようになる。
濡れたバルコニーに出るつもりのない黒い子熊は、屋内に寝転んでポテチを食べている。
「んで、次はどうするつもりだ」
「暗号文字は見つからない。ダーク君は何かわからないクマ」
「俺は調べないぜ、俺は関係ない」
そういって、消える。
ダーク翔一は退屈になると精霊界に戻ったりしている。気まぐれなのだ。
「キュー!」
チビクマが何かを発見したようだ。
「バケットちゃん、何を見つけたの?」
聖美沙は仮契約のチビクマに勝手に名前を付けていた。
「バケットちゃん?」
「キュー」
見ると鉄の柵に『寝室 十四』とある。
「『二階奥和室 九』は飛ばされたわ……」
「結局、因果を捻じ曲げても敵のいいように……。否が応でも術に巻き込まれていくクマ」
「手がかりのない滑り台みたいね。もがいても落ちていく」
「こうなったら、最後まで行ってあの部屋で敵と対峙するしかないと思うクマ」
「そうね、そうするしかないかも」
美沙は釈然としない感じだったが、他にいい案もないのだろう。
「やっぱり他の手段を考えるクマ?」
「……いいの、私も思いつかないから。でも、不安だわ」
「僕が君を守るクマ」
「ありがとう、だけど、自分の身は自分で守るわ」
暗号を拾いながら、屋敷をめぐる。
先ほどにはなかったような箇所に文字が記されている。
一回目のような陰惨な光景はなかったが、どんどん暗く異様な雰囲気が増して行った。
「昼間と思えないほど暗いクマ」
「明かりをつけるわね」
聖なる力を宿したナイフを取り出し、光の精を纏わせる美沙。
優しい灯。
美しい少女の顔が浮かび上がった。
しかし、少女の表情は不安に翳っている。
「心配するなねーちゃん。俺がお前を守ってやるぜ」
黒い子熊がモフ手を上げる。
「ありがとう。凄く頼りなさそうだけど、気持ちだけでもうれしいわ」
「もしかして、俺に惚れた? その気持ちわからんでもないぜ」
「……」
ちょっと頬がぴくぴくする聖美沙だった。
2022/5/28 6/19 微修正




