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142 悪夢の館 その2

 そっと階段を上がる子熊の翔一。

 全身の毛を逆立て、物音一つ立てない。

 二階にきてぞっとした。

 ふと、血の匂いがしたのだ。

 木刀を取り出す。

 精霊界が少し霞んでいたが、そんなことを気にしている場合ではない。

(一番奥の和室……)

 奇麗な板張りの廊下をゆっくり進む。

 やがて、和室の前にきた。

 ザー

 屋外では強い雨が降っている音。

 和室の襖を開ける。

 むっと血の匂い。

 ガっと一気に襖を開けて木刀を構えたが、そこには誰もいなかった。

 しかし、畳には今出したばかりの血液がしたって赤く染まっている。

「どういうこと?」

 犠牲者もおらず、雨の音以外何も聞こえない。

 和室は家具も全くなく、何の変哲もない部屋だったが、血に染まっていることだけが異様だった。

「犠牲者がいるのなら」

 霊視するが奇妙なくらいに何も見えない。翔一の霊視能力がなくなったのかと疑うほど変化がなかった。

(普通の廃墟なら幽霊ぐらいいても不思議じゃないのに……)

 不気味な程に誰もいない。

 ふと、床の間を見ると白いメモ紙が落ちていた。

 拾って読む。

『縁側。十四』

「……また数字がある」


 いやな気配は強かったが、好奇心に負けた。

 木刀を構えつつ、一階に降りて縁側に向かった。 

 全く人々の気配がない。

(みんなどこに行ったんだ。故意に隠れたとしてもここまで僕の知覚から消えるなんてできないはず)

 縁側の外は雨だった。

 庭の緑と灌木。高い塀。

 昼間と思えない暗さだ。

「あ」

 小さな金属のプレートが落ちている。

 見るとトラ子の名札だった。

 数滴の血液。

「動物の血、だよね」

 しかし、トラ子も、そして、何者かの気配もない。

 全身がぞわぞわする感覚だけはある。

 木の床に爪でひっかいたような文字。

『一階洋間。六』

「ダーク君」

 そっと呼ぶ、しかし、宿精がくる様子はなかった。

「また昼寝かなぁ。仕方がない」

 血液などは本物である。無視はできなかった。

 洋間に向かう。

 

 洋間は玄関近くにある。

 応接間だったのだろうか。

 家具がいくつもあり、白いシーツが掛かっている。

 絵画や装飾のいくつかは盗まれたような雰囲気もあった。

 ソファーの前に白いテーブル。

 立派なガラスの灰皿。

 灰皿の中に赤黒い何かが入っていた。

「……」

 不気味なごった煮のような状態で灰皿にみっちり入っている。

 何かの生き物の一部。

「内臓に見えるけど」

 キラ。

 灰皿の中で何かが光った。

 翔一は木刀で内臓を掻きまわしてその光るものを見る。

 つまんで取り出す。

「拳銃……」

 銃弾を撃ちきったように、遊底が後ろにスライドして止まっている。

 そして、

(!)

 拳銃は誰かの手が握っていた。

 手首から乱雑に切断された手が残っていたのだ。

 手の甲には『五』の文字が刻まれている。

 まるで獣が食いちぎったような状態。

 白い骨が見えていた。

「五。どういう意味なんだろう。数字に意味があるのか。確か、九、十四、六、そして、五。うーん、何かの暗号とか。こういうの苦手クマー」

 首を振る。

 そして、ぎょっとして木刀をかざした。

 背後に警官が立っていたのだ。

 しかし、匂いも音もしない。

「おじさん、さっきの警官さんだよね。上杉さんか成田さん」

 警官の顔は真っ暗で見えない。

 そこだけ異常に闇が深いのだ。

「主人の寝室」

 それだけいうと、警官は消えた。

「消えた。霊魂だったのか」

 翔一はつぶやく。

(もう、毒を食ったら皿までだ。それに、もうみんなは……この残虐な遊びみたいなことが始まった時点で……)

 心の中に嫌な思いが広がる。

 

 主人の寝室は一階の奥、すぐに見つかった。

 老人だったのか、介護器具の類が転がっていたからだ。

 大きな電動式のベッド。

 その上に、一人の男が横たわっていた。

 一目で死骸とわかる。

 胸にぎざぎざのナイフが突き立っていた。

(……)

 木刀を構えるが、部屋にそれ以外の存在や気配はない。

 改めて男を見る。

 その男は初めて見る相手ではあったが、何者かはわかっていた。

 吊り上がった眼、禿頭、薄い唇、尖った耳。

「悪魔教のクローン人間!」

 手足などには死体特有の硬直が始まっている。

 死臭も薄く、まだ、死んでから日は経っていない。だが、今、先ほど死んだわけでもないようだ。

 ざっと部屋を見るが、目立ったものはない。

(ベッドは大きすぎて、ご主人がいなくなってから放棄したクマ?)

 小さな家具の類は撤去された形跡があった。

 他に見るものもないのでベッドに乗り、死骸を調べる。

 黒いスーツ。白いシャツに逆十字のネックレス。

 呪物の類はないようだ。

(数字らしきものもない。ここにこさせるのが目的? 違うような)

 そう考えていると、不意に死骸の腕が動く。

「?」

 ガっと腕を掴まれた。

「クソ、生きていた?」

 もう片方の手で木刀を握ると振りかざす。

 バキ!

 肩に木刀を振り下ろして骨を砕いた。

 しかし、

「……単なる死骸、だよね」

 生きて抵抗する人間を叩いた感触はなかった。

「あ」

 微かに死骸の口が動いている。

「……バ……ルコニー。十……八……」

「バルコニー、十八」

 微かにつぶやくと死骸は完全に無反応となる。

 手を外して、ベッドから降りた。


 バルコニーは先ほどきた和室の隣の部屋に連結してある。

 洗濯物を干していたのだろうか。

 それなりに広い空間だった。

(くそ!)

 バルコニーにあったものを見て、翔一は怒りで歯ぎしりをする。

 木刀をしまい『念焔剣』を鞘ごと出した。

 目の前には人間が物干し竿から吊り下げられている。

 雨に打たれ、ずぶ濡れだったが、警官の一人ということだけは理解できた。

 全身を切り裂かれ、食いちぎられ、右手がない。

 拳銃のホルスターも空っぽだった。

 足首に紐を巻き、竿にかけて吊り下げている。

(まるで、タロットカードの『吊られた男』だ……)

 警戒をするが、この場にそれ以上のものや気配はないようだった。

 雨は少し弱くなっているが、毛皮は濡れそぼって行く。

 ここはそれなりに見晴らしがいいが、敷地の外は雨で暗く霞み見えない。

(結界空間になってるクマ。たぶん、家に入った時にはすでにそうだったと思う。そして!)

 警官を見る。

 顔は獣が食いちぎったような恐ろしい状態で、誰かわからない。

 紐は手すりに結わえてあり、引っ張れば簡単にほどけるようだ。

「今、降ろしてあげるクマ」

 ほどいてゆっくり降ろす。

 ぐちゃ。

 濡れた体と飛び出した内臓がコンクリートの床に降りる。

「……何があったんです」

 死骸に声をかけるが、幽霊もいない。

 まだ残っている左手を取る。

 冷たく硬い。

「僕が仇を取ります」

 そういうと、死骸の顎がゆっくり動き始めた。

 むき出しになった歯をカチカチさせて何かつぶやいている。

「み、えない、ものに……気をつけろ」

「え? はい。僕はどうしたら」

「神に……いの」

「……」

「り、を」

 そういうと、死骸は動きを止める。

「もう、数字はないのか」

 雨に濡れるバルコニーを見る。

 ふと足元に、釘で削り込んだような文字が見えた。

『地下駐車場、十四』

「地下駐車場」

 死骸を置き気持ちを切り替えて進む。


 地下駐車場は屋敷の南側にある。

 翔一たちは北側の玄関から入ったが、北側は一段地面が高く、南から入れば地下ではない。

 厳密には半地下の駐車場だった。

(外から回り込むことは、たぶん、できないクマ)

 そう考えて無駄な努力はせず、屋敷内から入り口を探す。

 入り口はすぐに見つかった。

 逆コの字の廊下。

 一番奥に下に降りる階段。

 階段を降りたところで木の扉があった。

 駐車場につながるのだろう。

 扉には何かの生き物の腸が釘で打ち付けられており、円を描いている。

(……生き物の命を弄ぶ)

 ぎゅっと『念焔剣』を掴む。

 抜いて行くか、居合で戦うか微かに迷った。

「にゃー」

 かわいい猫の鳴き声が扉の向こうから聞こえる。

「トラ子ちゃん!」

 怪力でバリっと扉を破って飛び込んだ。

 そこは広いコンクリートの一室であり、車はない。

 そして、床一面に血で描いた巨大な魔方陣とロウソクの列。

 中央に黄色い毛皮が見えた。

 急いで駆けよる。

「クソ! なんて酷いことを!」

 そこには切り開かれた子猫の死骸。

 死骸の傍に『おめでとう! 十五』の文字がコンクリートの床に血で描かれている。

(十五。魔方陣の中央に。明らかに何らかの呪術だけど……)

 哀れな子猫の額を撫でた。

 ガタ。

 カツカツ。

 誰かが背後からやってくる。階段を降りる複数人の足音。

 子熊は『念焔剣』を抜いて下段に構えた。

 いつしか、守りの姿勢になっている。

 三人の人間。 

 しかし、それは人間ではない。元人間。

 一人目は警官の成田。胸を巨大な爪で切り裂かれて、内臓が抜け落ちて引きずっていた。

 二人目は先程バルコニーで吊られていた警官。消去法で上杉だろう。死んだはずなのに動いている。

 そして三人目は。

「すずちゃん!」

 室町すずだった。

 しかし、彼女の姿は無残だった。首が半分斬られて折れ、頸動脈からの血液で服が真っ赤に染まり、生きているはずがない。

 だが、ぶらぶら揺れる彼女の首は笑顔で引きつり、極限まで目を見開いている。

「ひひひ。クマちゃん。やっときてくれたのね」

 やさしいすずの狂った声。

「嫌だ! こんなこと。嫌だ!」

「何を泣いているの。一緒になりましょう、クマちゃん」

 気がつかない間に泣いていたようだ。

 あまりに残虐すぎる。

「すずちゃん、今、楽にしてあげる」

 スッと剣を肩に担ぐように構える。

「楽になるのはあなたよ」

「え?」

 ガブ!

 翔一は右腕と左脚を何か巨大な生き物に噛まれた感触を感じた。

「クソ、後ろから!」

 気配も姿も全くなかった。しかし、何かがいる。

 慌てて振り返った。

 ボム!

 面前には真っ赤に燃える炎。




2022/6/26 屋敷の北側が高い位置になります。修正しました。

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