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140 クマの罠、集う悪 その3

「おい、起きろ」

 加納かのうとヤクザの子分の計六人は、朝日の河原で目を覚ます。

 彼らは気を失っていたようだ。

 目の前には黒い子熊のぬいぐるみが立っていた。

「こ、ここは」

 加納は頭を振る。

 全身が打撲と筋肉痛。しかも、泥まみれである。

「げ、ぬいぐるみ」「あ、兄貴、ここは」「に、にげないと」

 しかし、彼らはもがくだけで動けなかった。

 見ると、ひもで縛られいてる。

「あんたらの罰はお仕置きアーティストの俺が担当することとなった。警察に渡さないだけ感謝しろよ」

「しゃべりやがって、このぬいぐるみ」

「そんなこといっていいのか、じゃーん、これを見ろ」

 見ると、彼の手には彼らに模した小さな人形があった。

「なんだよ、それ」

「これは呪いの人形だ。効果を教えてやる」

 ピンっと、適当な人形の股間を木の枝ではじく。

「う」 

 前かがみになる子分の一人。

「なんだそれ、そんなもので。う、ぐ」

 加納は鳩尾に打撃を受けて言葉に詰まった。

 見ると、黒い子熊はモフ指で人形の胸をぐりぐりしている。

「この人形を虐待すれば、お前らは地獄の苦しみを受ける。しかし、今後、お前らがおとなしく生きるのなら心配することもない」

「……」

「約束しろ、二度と悪事はしないと。生ぬるいと思うがな。大クマーはお前らが死ぬようなのは望んでいない」

「ちっ」「舐めやがって」

 男たちの中にはつばを吐くような奴もいる。

「いいんだぜ。約束しないのなら俺はその方が歓迎だ。火あぶりにしたり、五寸刻みにしたりするからな。楽しみだ」

 黒い子熊はにやりと笑う。

 ぎゅっと一人の人形を握りしめると、子分の一人が苦しみ始める。

「……わかった、俺たちは御剣山に関わらない。大クマーをつけ狙わない」

 加納がそういうと、他も渋々うなずく。

 黒い子熊は握りしめを止めた。

「残念だが、仕方がないな。この紙に署名しろ。血判も押せ。二度と悪事はしませんってな。偽の名前書いても無駄だぜ。俺はお前たちの名前と認識した。呪力的にはごまかしても意味はねぇよ」

 黒い子熊は一人づつ開放して、署名させる。

「じゃあな。二度とつら見せるな」

 そういうとふっと消えた。

「くそ!」

 加納は地面の石を蹴る。

「兄貴、もう帰りましょう」「そうっすよ。俺たちが関わらないほうがいい世界もあるんすよ」「国虎くにとらの奴らが妙におとなしいのもこういう理由だったんじゃ」

「……そうだな」

 ボロボロになった彼らは河原を歩く。

「でも、死ぬかと思ったぜ……あの、吸血鬼……」

 今になって恐ろしくなったのか、加納は蒼い顔になる。

「俺たち、運がよかったと思いますぜ。あいつらが助けてくれなかったら血を吸われて……」

 ため息をつく男たち。

 とぼとぼ歩く背中は森に消えた。




「放しなさいよ! 変態! あたしをどうする気!」

 縛られた少女、ジュディスは捕らえられた野生動物のように牙をむいて怒り狂っている。

「キヒヒ」

 少女を気持ち悪い笑顔で眺める半裸の男。半ズボンに腰蓑という異常な姿。

 ここは祈祷所の中庭である。

 ぞろぞろと集まっている子熊軍団。

 半裸の男、少年は彼らの仲間なのだろうか。

「何じゃ、このおなご。気が強いうえに凶暴じゃの」

 ふわふわと可愛いお姫様の人形もやってくる。

「それ、自分の事じゃね?」

 黒い子熊がお姫様に突っ込みを入れる。

「何じゃと! 駄熊の分際で何をいうか! 生意気な口をふさいでほしいのか」

「やっぱり、狂暴じゃないか。というか、駄熊いうな」

 口喧嘩をする二人。

 その後ろで、御剣山翔一みつるぎやま しょういちが電話をしていた。

「……ええ、襲われました。暴力団の人は二度と悪事はしないという約束で追い払いました。武器を取り上げましたので防衛会議で……」

 どこかに電話している。

「……わかりました。……女の子はアシュレイの関係者のようです」

「ち」

 身元がばれたことにしたうちするジュディス。

「この娘どうする」

 ぼさぼさの髪を振り乱した少年が聞く。

「どうもしないさ。日本防衛会議に引き渡すだけだ」

 腕を組んだ土器面のぬいぐるみこと、土壁源庵つちかべ げんあんが返事する。

「キヒヒ。僕の呼んだ邪神に引っかかったね」

「よくやったぞたける。でも、今日も土偶や埴輪を作るんじゃなかったのか」

 ぼさぼさ髪の少年は超人クラブの宗像猛むなかた たけるだった。

「そうだ。先生。今日もいっぱい作ります」

 そういうと、鼻歌をしながらご機嫌で山に消える。

 地金剛がうなずいて彼の後を追う。どうやら、彼が少年の面倒を見ているようだ。

「大丈夫なんですか、宗像さんのあの様子……」

 電話を終えた翔一が聞く。

「邪神を見てから、しばらくしてああなったのだ。暴れる感情を抑えるために土偶埴輪づくりを教えたんだが……今はそれに傾倒している」

「病院に……」

「定期的に行っている。医者も無理にやめさせるより、作業をさせたほうがいいといっているそうだ。ご両親も止めさせると暴れだすと仰り……」

「そうですか」

 異界の神を見て正気でいられる保証はない。

 彼は超能力者だったが、恐怖への耐性は通常以下だったのかもしれない。

「だが、彼には才能がある。彼の作る像は異常だが呪力や精霊、異界の存在にとってとても宿りやすいのだ。彼もそのことに満足している」

「まあ、猛さんが納得しているのなら……しかし、学校には行ってるのですか」

「創作に励んだら落ち着く。ちゃんと通ってるよ。芸術系の大学を目指すとご両親にはいっているそうだ」

「それなら大丈夫かな……」

「それより、この娘をどうするかだ」

 源庵と翔一は少女を見る。

 にらみ返す少女。

「この娘は物をバラバラにする呪力を発する」

 鋼金剛が説明してくれる。

「今は対消滅精霊を呪詛して能力を抑えているが、永久に持つわけではないな」

「さすが源庵殿だ」

「君の名前は?」

 翔一が優しく問う。

「ふん」

 横を向くジュディス。

「セラフィムシスターズの一人だね」

「……」

「君の目的は?」

「大クマーとその仲間を殺す」

 ぎらぎらする目で少年をにらむ少女。

「なぜ君たちは人を、子供をさらっているんだ」

「それは、賢人会議の指示で子供を助けているのよ」

「どういうこと?」

「私たちが保護した子供は特別な力を持つ。賢人会議はその子供たちを慈しんでより良い人間にするの」

「子供をさらわれた親たちは嘆き悲しんでいるよ。子供たちもお母さんのもとに帰りたいだろう」

「子供たちは幸せなのよ」

「おかしいと思わないの?」

「子供たちは幸せなの!」

 彼女はいらいらしているようだが、返事に変わりがない。

「翔一君。その賢人会議というやつらが洗脳しているんだよ」

 源庵が哀しげにいう。

 あまり聞いたことがないような声だった。

「賢人会議のことを教えてくれないか」

「あの人たちは世界の指導者よ。すごく賢くて、地位があって、お金持ちなの」

 賢人会議のことを話す時、彼女の顔は優し気になった。

「顔や名前は?」

「し、しらない、わ」

 頭を振る。

 源庵と顔を見合わせる翔一。

「観相精霊をぶつけたが、何も出てこない。何かやってるのか本当に知らないのか」

 源庵が小声でつぶやいた。

「……異星人、グレイとの関係は?」

「異星人は故郷を失った可哀そうな人たちよ。賢人会議とは協力関係にあるわ。馬鹿な人殺しどもに狙われているわ」

「人殺し?」

「アメリカのヒーローどもの事よ」

「ああ」


「僕たちがこれ以上尋問してもなにも出ないでしょうね」

「不思議なことに、あの娘には祖霊がいない」

「え? そんな人間いるわけが……」

「お前の親友のタマゴロボもそうだったな」

 ダーク翔一が異世界の友人を思い出す。

「もしかしたら、クローン人間なのかも」

「何だそれ」

 源庵。

「おっちゃん、クローンのことも知らんのか。やれやれ」

 肩を竦める黒い子熊。

「クローンというのは人工的に作った人間のことで、親がいません」

「ふうむ、どうもわからないが、依り代人形のようなものか」

「そうですね、もしかしたら、それに近いのかも」

 電話がかかってくる。

「暗黒だ」

「御剣山です。あの娘の件ですね」

「うむ。文科省の超常能力研究所で引き取ることになった」

「僕たちも呪術的に調べました。彼女は祖霊がいません。普通の人間ではないようです。たぶん、クローン人間」

「ふむ。あり得る話だ。グレイは我々よりはるかに技術が高い。それに属する組織も」

「賢人会議というやつらの指示で動いているようです」

「賢人会議……アメリカあたりから聞く名前だ。何かわかったのかね」

「彼女は彼らを信じていますが、具体的なことは何も知らないということがわかりました」

「高度な洗脳を受けている。これもよくあること。そして、使い捨ての駒には何も教えない」

「……」

「彼女を引き取るとはいったが、超能力を制御できそうもないのなら……」

「それは大丈夫です。祈祷術の受祚じゅそで彼女の能力を封印すると源庵先生が」

「さすが祈祷師ゼロ。非常に助かるよ。護送に会議の者を派遣する」

「夕方以降にきてください。能力封印はそれなりな儀式になるそうです」

「わかった。感謝する」

「よろしくお願いします」




 祈祷所の中庭に御剣山翔一と金髪の小柄な少女、そして、土器面の子熊が立っている。

 人を待っているのか。

「ねぇ、傷だらけのお兄ちゃん。私怖いの」

「大丈夫だよ。優しい人ばかりだから」

「お兄ちゃん、名前教えて」

「僕は翔一。君はジュディスちゃんだね」

「うん」

 ぶるぶる震える小さな少女は、少年の筋肉質の腕にしがみつく。

 祈祷所に何台も車がやってくる。

 黒いワゴン。

 物々しい装備の男たちが降りてくる。彼らに混じって、軍服姿の美しいゾーヤがいた。

「ゾーヤさん」

「翔一君。その子ね」

 少女は脅えて翔一の背中にしがみついた。

「この子は現在、邪悪な影響が切れています。脳にチップがありましたが源庵先生が精霊で機能停止させました。超能力も精霊を受祚じゅそして抑えています」

「あの狂暴なセラフィムシスターズの一人と思えないわね」

「彼女は何かされていたんですよ。本当は大人しくてかわいい子なんです。優しくしてくださいね」

「ええ、大丈夫よ」

 ゾーヤが美しい笑顔でにこっと微笑むと、ジュディスは恐る恐る彼女と目を合わせる。

 何かの波動。

 前にも増して強力になったテレパスで彼女を落ち着かせたのだ。

「ゾーヤよ。よろしくね」

「……はい」

 二人は車に乗った。

「娘、これをやるぞ」

 扉を閉める前に、源庵がクマのぬいぐるみを少女に渡す。

「ありがとう、クマさん。クマさんがクマさんくれた」

 ぎゅっと抱きしめるジュディス。

 車は行ってしまう。

「あれは?」

「若木金剛」

「大丈夫なんですか」

「しばらく話し相手になってやりたいって。四天王の中で一番心が優しい奴だ」

「ありがとうございます、先生」

 何か用事があるのか、そのまま裏山に行ってしまう源庵。

 翔一は無言で毛皮の背中を見送った。

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