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138 クマの罠、集う悪 その1

 昼過ぎ。

 夏の強い日差し。

「ダメよ、ジュディス。上のいいつけに従いなさいな」

「嫌よ。あの大熊だけは絶対許せない」

 とある街角。

 東宮ひがしみや市の住宅街。

 小柄な一人の少女が誰かと通話している。

 少女は十代中盤ぐらいの年齢。金色の髪、茶色の瞳。怖い目つきだが美しい少女だった。

 東宮聖霊ひがしみやせいれい学園の女子生徒の制服を着ている。

「確かに、あの少年があの怪物と何らかのかかわりがあることはわかっているわ。でも、その辺りは警戒も厳重で安易なことはできないのよ」

「私なら何とかなるわ。妹の爆弾攻撃なんかに頼ったからあいつを殺せなかったのよ」

「あなたの怪光線が通用するとは思えないわ」

「バカにしないで! 私はこれでもセラフィムシスターズよ。有名ヒーローを三人もやっつけたことがあるのよ」

「ご主人様のバリアがなかったら……」

 その少女は通話の途中で切ってしまう。

御剣山翔一みつるぎやま しょういち。あいつね。あいつが怪物の弟分、治癒クマー……) 

 住宅の影からバス停を見る少女。

 バスがやってきて、一人の少年が降りていた。

 傷だらけの顔。

 鋭い目線。

 目が合いそうになって、ジュディスと呼ばれた少女は慌てて引っ込む。

(あいつ、すごい目つきね。それに勘がいいわ。距離を取らないと危険)


 小柄な少年は、背筋を伸ばしてすたすたと歩く。

 近所の住民に出会うと、礼儀正しく挨拶をした。

 中年の女性に頭を下げる。

「こんにちは、小山さん」

「あら、翔一君。学校は終わりなの? さっき、熊さん先生と出会ったわよ」

 彼女の指す方向に礼をいって向かう少年。

(熊さん先生?)

 少年の向かう方向は住宅街ではなく、裏山の方である。

(好都合ね、人気のない場所に行けばこっそりれるわ)

 かわいらしい顔を笑いでゆがめる。

 少年は時折立ち止まって、キョロキョロしている。

 そのたびに、さっと物陰に隠れるジュディス。

(なんなのかしら。さっさと人気のない所に行きなさいよ)

 尾行しながらイライラする少女。

 少年の行く方角には、丘のような山がある。

(山に入った時点でお前は死ぬ。でも、すぐには殺さないわ。じっくり苦しめてやる。そして、大熊のことを吐かせてやるわ)

 顔に似合わない残虐な思いを抱きつつ、少年を追う。


 田畑を抜け、山に入って行く交差点にきた時点で、御剣山翔一は突然走り始めた。

 驚くほど速い。

「おい! 逃げたぞ! 捕まえろ!」

 低い男の声が響く。

「おう!」

 目つきの悪い男たちが走って行く。

 がっしりした体形の男ばかり六人。リーダ格一人を除き全員五分刈り頭。

 服装は作業着やジャージ。二人が大きなゴルフバッグを持っている。

(なんなの、あいつらも御剣山を追っていたの?)

 ジュディスは彼らに見つからないようにこっそり後を追った。

(私以外にもあいつを殺したい奴がいるのね)

 ふと、周囲を警戒する。

 背筋にぞっとするような感覚が走った。

(嫌な予感。気のせいかしら)

 迷いを解くように頭を振ると、ジュディスは御剣山翔一と男たちを追う。


 やがて、細いアスファルトの道は急な上り坂になり、両側に鬱蒼と樹木が生い茂る。

 山の側には金網のフェンスが設置され、入れないようになっている。

加納かのう兄貴、どうしやす。あのガキ、門から入ったみたいですよ」

 加納と呼ばれた男は白い長袖シャツに白いスラックス。シャツは筋肉でパンパンに膨れ上がっている。

 そして、怖い目つき。首筋に入れ墨が少し見えていた。

 道の先には門があり、インターフォンが設置されている。

「ここには奴の仲間が住んでいるという噂だ。正面から行けば罠にかかるようなもの。金網を乗り越えて、森を突っ切るぞ。油断したあのガキを背後から脅してゲロってもらう」

 ニヤッと笑う男。

「へへ。さすが兄貴」

 五分刈りの弟分たちは作業着である。

「武器を用意しろ」

「へえ」

 ゴルフバッグを下し、中身を出す。

 刀と拳銃。ショットガンなど。

 各自、刀を腰に挿し、銃を手に取る。

「大クマーには銃が効かないと聞いた。弾が出なくなるんだとよ。弟分も同じ能力を持っているかもしれない。ガキが剣城で暴れたって噂もある。てめぇらは弾が出なかったら、すぐに刀を抜くんだ」

 兄貴分の言葉にうなずく五分刈りたち。

 男たちから汗のにおいがする。

 暑いのに、ジャケットを着こみ、その下にはぶ厚い防具をつけているのだ。

(あいつらと熊をぶつけて、油断したところに私の光線を……フフ)

 フェンスを乗り越えようとした男たちだったが、

「兄貴、おあつらえ向きに、ここの金網が破れてますぜ」

「よし、そこから入るぞ」

 金網が枠から外れている箇所があった。引っ張ると人が通れるぐらいの隙間になる。

 男たちは羊歯などを踏みしめ、森に入って行く。

 ジュディスも十分な距離を取ってから金網をくぐる。

「クマクマ」

「え?」

 少女は一瞬、おかしな音を聞いた。

 きょろきょろと辺りを見回しても、静かで暗い森があるだけだ。

「気のせいかしら……」

 

 森の中は下生えがあり、歩きやすいとはいえなかったが突っ切れないほどではなかった。

「いいか、大クマーが出たら俺がやる」

 ジュディスの耳に声が聞こえる。

「兄貴、しかし」

国虎くにとらの兄弟がやられて黙ってられねぇよ」

「ウッス」

「大クマーは一匹で乗り込んで大勢を倒したっていうじゃねぇか。しかも、死人は出てない」

「とんでもねぇ怪物なんでしょ」

「俺の剣術で一騎打ちをやる。よぇやつばかりでうんざりしていたところだ」

「かたき討ちといいながら、本当は腕試しなんですか」

「バカ野郎、口を慎め」

 男たちは少し笑う。

「ん、霧が出てきたな」

「かなり濃いですぜ、兄貴」

 男たちの気配はやがて遠くなっていく。

 ジュディスは警戒していたので、一歩遅くなり彼らを見失ってしまう。

(ち、何なのこの霧)


 森は昼なのに暗く、鬱蒼としていた。

 ジュディスは一人になった不安で少し震える。 

 ガサガサ。

「誰!」

 振り向くが、羊歯が少し揺れている。

 右手に念を込め、いつでもエネルギーを発射できる体制になり、そっと葉をどける。

「?」

 しかし、そこには誰もいなかった。

「クマクマ」

 背後に微かな声。

「そこね!」

 ボシュ!

 物体を分解する恐ろしい超能力が発射された。

 草と落ち葉が舞う。

 地にこぶし大の穴が開いたが、そこには誰もいなかった。

 ガサ!

 霧の中に、茶色の毛皮が見える。

「ち、逃がさないわ」

 走るジュディス。

 そこに突撃したが、誰もいない。

「クマクマ」

 少し離れた場所に、また気配。

「くそ! もてあそんでるつもりなの!」

 怒りに目を吊り上げながら、気配を追う。

 暗く、霧の深い森の中を全力で走る少女。

 いつしか、方向感覚がなくなり、完全に自分の居場所が分からなくなっていた。


 どのくらい走り回っただろうか。

 毛皮の存在が微かに気配を出すのだが、いくら追っても、はっきりした存在に辿り着くことはなかった。

「はぁはぁ。完全に遊ばれているわ。くそ。見つけたら、バラバラにして殺してやる!」

 顔に合わず、狂暴なことを口にする。

 汗と埃できれいな顔と衣装は汚れいていたが、気にしている余裕はなかった。

 きょろきょろする。

「……ここ、どこかしら」

 急に不安になるジュディス。

 強力な超能力者だったが、まだ、子供なのも事実だ。

「おい、これ見ろよ」

 不意に声が聞こえる。

(さっきのヤクザ者ね。助かったわ)

 なぜかそう思うと、彼女は声のする方向に向かった。

 そこは思ったより近かった。

 

 森の中にポツンとある、木が生えていない小さな広場。

 円形になっている。

 中央に人とも魔物と思えないような不気味な存在が立っている。

 しかし、それはよくみると、大きな粘土の像だった。

(埴輪? でも、不気味だわ)

 人間の武人のような埴輪だったが、顔が不気味に崩れ手足は触手のような形状。

 これは粘土の像に薪を重ねて燃やし原始的な素焼きにしたものだ。

 それを男たちが興味深げに見ている。

 しばらく見ていたが、男たちは呑まれたように無言で、じっと像を見つめていた。

 ジュディスは焦れる。

(なんなの、これ)

 男たちが固まったように動かないので、結局、好奇心に負けた。

「ちょっと、見るだけよ」

 怯えた子猫のように、そっと広場に入る。

 近づくと、像の圧倒的な存在感に魅入られた。

「なんて気持ち悪い。でも、何なの、こいつ」

 思わず声が出た。

 しかし、男たちは痺れたように唖然として、少女に振り向こうともしない。

「キヒヒ」

 ふと、不気味な笑い声が聞こえたが、ジュディスも心をそれにとられたように反応しなかった。


 どのくらいそうしていただろうか、

 男たちと少女、彼らの反対側の地面がゆっくりと盛り上がる。

 ズル。

 泥まみれの白い手が地面から生える。

 その手は、土をかき分けてゆっくりと全体を表す。

 ボコ。

 地面が割れ、黒い頭が地面から出てくる。

 やがて、一人の人間が大地から這い出てきた。

 泥まみれで裸の男。

 汚い長髪、青白い顔。

「おい、お前ら」

 男は声を出した。しゃがれた声。

 はっと気が付く、ヤクザ者とジュディス。

「あ、あんたは、何者だ」

 加納がかろうじて声を出す。

「俺のことはどうでもいい。熊の怪物の縁者をお前たちは見ていないか」

「御剣山の小僧の事か。俺たちも追ってきたが見ていない」

「ふん、どういうことだ」

 泥を吐き出しながら、男はしゃべる。

 男の目は赤く光り、犬歯が異様に長い。

 よくみると、男の体にはあちこちに傷があり、そこから膿が噴出している。

「その像は何だ」

「わからないわ、あなたは」

 ジュディスが答える。

 ぎょっとして男たちは、ようやく少女の存在に気が付いた。

「貴様、普通の人間じゃないな……」 

 泥まみれの男は目が光る。

「あんたもね」

「おい、武器を構えろ」

 ヤクザたちは慌てて銃を少女と男に向ける。

「私に銃を向けるのね、死ぬつもりなの」

 小さな少女からは想像もできない狂暴な気配。ヤクザの弟分は思わず、狙いを外す。

「小娘、貴様、セラフィムシスターズの一人だな」

 裸の男。

「……あんたも、オーガスタスの下僕の一人ね」

「ああそうだ、日本で殺されたと聞いて、かたき討ちにきたのだ」

「あんたら外人なのか。日本語がうまいな」

 加納が呆れる。今、人種に気が付いたのだ。

「適当なやつの脳を食べて知識を盗っただけだ」

「私は、テレパスの仲間に知識を注入してもらったの」

「こいつら、まともな奴らじゃありませんぜ、兄貴」

「わかってる。油断するな」

 ヤクザと少女と泥まみれの男。

 三すくみになる。

「キヒヒ」

 どこかで、微かな笑い声が聞こえた。


「にらみ合っていても仕方がないぜ、俺たちの敵は同じ。大クマーだ。そうだろう」

 加納が声をかけ、銃を下す。

「いいだろう、今この瞬間だけ共闘してやる」

「ふん」

 ジュディスは何もいわなかったが、否定もしない。

 三者は構えを解く。

「兄貴、ここでぼうっとしていても仕方がないですぜ」

「ああ、奴はどこに行ったんだ」

「……」

 そうはいうが、なぜか、「ここから出て探す」という言葉が出ない。

 思わず、座り込む。

 全員距離を取って座った。

 気が付くと暗くなってきた。

「腹が減りましたね」

「つまらねぇこというな」

 弟分を叱る加納。

「確かに、腹が減った」

 ニヤッと笑う泥まみれの男。

 長い犬歯が光る。

「な、何だよ」

「俺は血を吸わねばならない。お前たちかセラフィムシスターズ、どちらか、血を吸わせろ」

「やるつもり?」

 鋭い目でにらみつけるジュディス。

「断るといったら?」

 加納は刀の鯉口を切る。

「無理やり吸うまで。お前が無能な部下を一匹潰せば円満に収まる」

「……そうね。どうせあんたらなんてヤクザ者。社会のゴミでしょ。あいつに一匹やりなさいよ」

「何いってやがる。この小娘、舐めんじゃねぇぞ!」

 加納が激怒して刀を抜く。

 全員立ち上がり、睨み合いが始まる。

 先ほどとは違い、生存がかかっていた。




2022/5/7 微修正 

5/19 ジュディスの容姿訂正しました

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