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137 チビクマ三昧と男の宿命 その2

「ふーん。面白そうなことやってるな」

 いつの間にか、黒い子熊、宿精のダーク翔一がやってきている。

「はー、がっかりだ。結局、クマクマ源庵に変化なしか……」

 ぶつぶついいながら、元のぬいぐるみに宿る土壁源庵つちかべ げんあん

「じゃあ、他にいないのならチビクマ作るクマ」

「ふむ、それなら今あるチビクマを源物質に溶かし込めば、そのままの魂で簡単に強化されるぞ」

 提案する源庵。

「それって、以前、クマクマ三兄弟を作った時に起きたことですクマ?」

「む、鋭いな。実はそうだ」

「それなら、ひな形のあるのを入れたら強いクマ」

「ただし、混沌の源物質だ。何が起きるかわからない面もある。悪霊がやってこないように結界を張ってからだな」

「源庵殿、よい提案ですよ」

 日下部蓮くさかべ むらじがうなずく。


 早速、魔方陣が描かれ鍋を中心に結界が作られた。

「じゃあ、何匹か入れるクマ」

 光弾を撃つタイプは使用頻度も高い。三体ほど源物質に入れる。

 ぶるっと吸い込まれると、やがて、もぞもぞと物質から小さな塊りが這い出てくる。

 それは形を成すと、小さな熊になった。

「キューキュー」「キューキュー」「クマクマ」

「普段よりちょっと大きくないか」

「チビクマ三兄弟くらいあるクマ」

 黒い子熊と翔一が検分する。

 呪力は高くなったが、飛翔能力が失われてしまったようだ。

「飛べなくなったクマ。そういえばどういう理由でいつも飛んでいるクマ?」

「半分精霊みたいなものだから、物理法則無視してるだけだ」

「それなら、存在はしっかりしたけど損している部分もあるクマーだね」

「お前ら、何か能力あるか」

 黒い子熊が聞く。

「キューキュー、オシエテ」

「お、しゃべるクマ」

「普段のより高い知性、色々と覚えることができそうだな」

 源庵がうなずく。

「俺が教えてやるぜ」

 ダーク翔一が悪そうな笑顔。

「駄熊だけは近寄らせてはならぬ。怠け熊が合計四匹になったら世界にダメージがあるぞよ」

 大絹姫おおぎぬひめ

「駄熊いうな。というか、ダメになるの決定なのかよ。俺は偉大な存在なんだぞ」

「その者たち可愛げではあるが、強力な存在でもある。私が教育したいがよろしいか」

 日下部が笑顔で提案する。

「いいだろう、闇のカルナ。お前が責任もて」

「この三体は私のものです」

 日下部は嬉しそうに子熊と手をつないで離れた場所にいざない、言葉を教え始める。


「ちょっと物質の量が多すぎたと思うクマ。ステンレス製バッドに少量ずつ移して、そこで同化させたらいいと思うクマです」

「なるほど、道理だ」

 うなずく宿精。

 翔一の提案でさっそく実行される。

「シールドベアラー、合体するクマ」

 鏡を外して、一番愛着のあるチビクマを物質に溶かし込む。

 一度プルンとした塊りに戻るが、すぐにチビクマになる。

「キューキュー」

「君はシールドベアラーだよ。今後もよろしくクマ」

 この方法で今まであったチビクマたちは何体かが強い存在となった。

 翔一はシールドベアラー含め、三体を専用のチビクマとして名前を付けて契約した。

「君はロックブラスト、君はアローホーク」

「何かかっこつけな名前ばかりだな」

「かっこよくないと活躍できないクマだよ。ダーク君は作らないクマ?」

「ああ、俺はいいよ。呪力も今はないし、特に目的もないから。魔術研究には興味あるけど」

わらわのチビクマ。名前はそうじゃのう……きなこ丸じゃ」

「キューキュー」

 大絹姫もよく抱っこしているチビクマを強化して名付けた。

「そういえば、翔一。あの娘たちに作るんじゃなかったか」

「源物質使うとチビ君たち強すぎるクマだよね」

「大丈夫だろ、あいつら人獣じゃん。……でも、心配なら、ごくわずかにしておけよ」

「そうするクマ」

 わずかに残った物質を取ろうと鍋を覗き込む。

 物質は完全に水分を失い、結晶化していた。

 結晶は薄いピンクの物質。

「あれ? これって……」

「賢者の石じゃないか」

 唖然とする翔一と黒い子熊。

「これを核に使ったらどうなるクマ」

「わからんけど試してみようぜ。どのみち、ちょっといいのが欲しかったんだろ」

 小さな砂粒程度の結晶を取り出し、海水で粘土をこねて石を核とする。

 チビクマの原型を置く。

「熊の精霊よ、宿りたまえ」

 杖に念じると、子熊の精霊が宿り、チビクマとなる。

「キューキュー」「キューキュー」

「どう思うクマ」

「うーん、普通かなぁ」

「じゃあ、あとは必要な精霊を追加して……」

 注文通り、冷気や幽霊祓いの精霊を付加する。

「できたクマ。後は女の子たちに渡すだけ」

 新しいチビクマを引き連れ、現実界に戻る。


 出ると、景色のいい小高い山の上だった。

「あ、ここは白姫しらひめ様の座所だったところクマ」

「この辺で異界とのつながりが一番強いのはここになるわな」

 黒い子熊のダーク翔一と大絹姫もついてきている。

 丘には頂上から質素な階段が作られており、降りた場所は切り拓かれ、ちょっとした広場になっていた。

 そこを浄化して、魔方陣を描いている源庵。

「先生、儀式の準備クマですか」

「ああ、あの大神君の依頼を果たさないとな」

「お手伝いしましょうか」

「じゃあ、受祚された埴輪を必要な位置においてくれ」

 海岸に置いた埴輪とは違う、もっと大きくて雰囲気が怖い感じの物がいくつも並べて置いてある。 

「よいしょ。って、結構大きな埴輪クマーですね。というか、かなり不気味な埴輪クマ」

 確かに、人間であるような形はしているが不気味な触手が生えている埴輪。

「それはあの天才が作っているんだ」

「天才?」

「君も知っている人だよ。それより、ここに守護精霊を呼んでくれないか」

 源庵の指示で必要な精霊を複数呼ぶ。

「すごい大掛かりクマですね」

「祖霊の警告があった、彼はそういう運命とかかわっているのだ」

「……」

「俺たちはいいよな、力仕事向きじゃないし」

 倒木に座り込む黒い子熊。

「ああ、でも、儀式には宿精殿と大絹姫は参加してほしいぞ。手が足りんのだ」

「あの日下部蓮を呼べばよいのでは? 呪力は宿精ならあんたと一緒だろ」

「あいつはいるとイライラするからな。役に立つどころか逆に儀式の邪魔なのだ」

 露骨に嫌そうな声を出す源庵。

「聞こえてますよ、源庵殿」

 涼やかな微笑を浮かべて、子熊を連れてやってくる日下部。

 近くで子熊たちに楽器を教えていたようだ。

 子熊たちは竹で作った笛などを吹いている。

「うわ、いたのか」

「それはいますよ。ここが社の建設予定地ですよね」

 丘の頂上を指す日下部。

「そ、そうだった」

「それより、埴輪の位置は東西南北をもっと意識したほうがいいですよ」

「あー、はいはいそうですね、日下部先生」

「『はい』は一回ですよね」

 微笑を浮かべているが、頬がぴくぴくしている。

「あーはいはい」

「あなたそうやっていつもいいかげんなんです!」

「多少方角が違う程度で大して変わらんだろうが!」

「それは違います!」

「あのーお二人、喧嘩しないでほしいクマ」

「何千年もほとんど会わない理由が分かったな」

 呆れかえっている黒い子熊。


 やがてやってくる大神恭平おおがみ きょうへい

 儀式は完全に陽が暮れてから行われることとなった。

 センターキャスターの土壁源庵。その前に大神がひざまずき、四方を、翔一、ダーク翔一、大絹姫、日下部蓮が囲み、呪術の手助けをする。

「君が呼ぼうとしている者は常に君を見守っている。これは霊視力があれば簡単にわかる」

 石槍を手にした源庵が厳かに告げる。

「なら、こんな大それた儀式臭いことしなくてもいいのじゃないか」

「それはそうもいかない。巨大な山のような悪意が君に連なる祖先の繋がりを覆っている」

「俺は捨て子だ。そんな因縁なんて知らないぜ。俺を捨てた家系なんてな」

 吐き捨てるようにいう大神。

「これ、先祖にそんなことを申してはいかんぞ」

 説教臭い日下部の言葉。

 イラっとしている大神。しかし、ここは抑えたようだ。

「俺を見守っているなんてちょっと信じられないが、話をしてみたい、あの女と」

「わかった、この儀式は君の何かを変える。それだけは心してくれ」

 古代語でその女性を呼び始めた。

 その人物とは、以前、キャンプ場で大神恭平に姿を見せた霊だった。

 いきなり風が吹き、埴輪が軋む。

「妨害がきましたよ、天神祖霊の加護を皆で祈りましょう」 

 日下部が促して四方の存在が守護精霊を呼ぶ。

 呪術を妨害しようとする悪意は強烈で、想像を絶する圧力だった。

「何なんだ、女の幽霊一体呼ぶだけでこれは!」

 叫ぶダーク翔一。

「寒い。人形のわらわがここまで寒さを感じるとは!」

 いつの間にか儀式の場は極寒の冷気に包まれている。

「くるぞ!」

 警告を発する源庵。

 巨大で黒く、赤い瞳。

 山のような毛皮の存在。

 混沌の圧倒的な気配。

「超巨大な人狼……」

 翔一はつぶやいた。

 いつの間にか人々を見下ろしている。

「クソ『黒き草薙』!」

 大神は剣を出した。

「その剣で奴を!」 

 源庵が叫ぶ。

 儀式を破壊しようと巨大な爪の付いた掌を振り下ろす怪物。

 精霊を宿した埴輪が怪物のオーラに屈して全て砕け散る。

「うおおおお!」

 剣を投げた。

 神剣は迷いなく敵の眉間の位置を貫く。

「ギャオオオオオオオオン!」 

 ブワっと巨大な気配が消え去り、一気に初夏の暖かい空気が儀式の場を取りまいた。

 ザ!

 地面に突き刺さる剣。

 衝撃のあまり無言になる人々。

 訪れる静寂。

「きょう、へい」

 暖かい空気のように優しい声が響く。

 見ると、そこには美しい女性が立っていた。

 以前見たように、いかにも普通の主婦のような女性だった。

 儚げに、時々明滅する。

「あ、あんたは、以前出てきた」

「わ、たし、は。おそろしい、……で……」

 まるで魂が砕けてしまったかのように、不安定だった。

「彼女の魂は誰かに引き裂かれている」

 源庵が告げる。

「……」

「おおきく、なった、のね。わ、わたし、の、子」 

 ぽろぽろと涙を流す女。

「大きくなった? あんたは俺の母親なのか。俺を捨てたくせに何をいっている!」

 大神は大声を出す。

 いつもはニヒルな男だが、これは本心の叫びだった。

「捨てていないわ。わたしは、殺され、た」

「何があった」

「てき」

「……敵に殺されたんだな」

 大神の言葉にうなずく女。

「敵、混沌、巨大」

「……今の奴だな」

「せかいの、破滅。『天の肉塊』」

「『天の肉塊』? なんだそれ」

「せかいを一つにする、の」

「? あの怪物はなんだ」

「『氷原の悪魔』」

 そこまでいうと、幽体の胸がぽつっと赤くなり、どんどん出血が広がって行く。

 己が殺された瞬間を再演しているのだ。

 再演しながら、すーっと輪郭がぼやけていく。

「待て! 訳の分からんことばかりいいやがって!」

「きょう、へい、あい、している」

 女は必死に大神の方へ手を伸ばすが、薄くなって消える。

 最後の言葉は小声過ぎて動物の知覚を持つ大神と翔一以外には聞こえなかった。


 大神は一歩も動かなかった。

 誰もが無言。

 そして、翔一以外のものは闇に消えていく。

 月下にたたずむ狼の男。

「俺にも母親がいたんだ。こんな、俺にも」 

 微かに聞こえるつぶやき。

「俺は捨てられていなかった」

 絞るような声。

「俺は恨んでいた。俺を捨てた親を、残酷な世間もな。……でも、あの女の優しい声!」

「大神さん」

「俺は愛されていた。俺は捨てられていなかった! ざまぁみろ! 俺を捨て子と馬鹿にした奴ら。俺は違ったぞ!」

 男は空に拳を向けた。

 ぽと、ぽと。 

 地に水滴が落ちる。

 男は跪く。

 そして、いきなり駆け出した。

「……」

 男は一瞬で巨大な灰色の狼となり、険しい山を風のように跳ぶ。


 月夜に狼の遠吠え。


 その夜、それはいつまでも続いた。




 学校の放課後。

 御剣山翔一みつるぎやま しょういち源雪みなもと ゆき菜奈なな姉妹と人気のない教室で会っていた。

「ご要望通りのチビクマ持ってきたよ」

 期待に目をくりくりとさせる可愛い姉妹。同じ表情をすると双子のようにそっくりである。

 人がこないうちにさっさと仕事を終えたかったので、すぐにチビクマを出す。

「キューキュー」「キューキュー」

 コロコロとしたとても小さな子熊が飛び出してくる。

 興味津々で姉妹を見つめる。

「かわいい!」

「菜奈ちゃん、大声出したらダメじゃない」

 妹を注意している雪の声も若干大きい。彼女も少し興奮しているのだ。

「白っぽいのが雪ちゃんのだよ。ちょっと濃いベージュが菜奈ちゃんの。名前を決めたらちょっと噛まれるけど、それで契約成立だから」

「か、噛まれるの?」

 菜奈が少し怯える。

「そんなことぐらい我慢しなさいな。そうね、あなたは大福。よろしくね」

 雪は前もって決めていたのかもしれない。白いチビクマはかぷっと指を噛むと微かに血が滲む。

「つっ。ちょっと痛いけど大丈夫よ」

「消毒と絆創膏だよ」

「ありがとう、翔一さん。でも、いらないわ」

 微笑む雪。

 彼女は人獣であり、即座に小傷は治る。

 彼女の肩には大福がちょこんと座った。

「噛まれるの怖いわ。でも、かわいいわよね……じゃあ、あなたはムギちゃんよ。よろしく」

 そういってこわごわ指を出す。そして、ムギはかぷっと白い指を噛んだ。

 目をつぶった菜奈だが、

「……大したことないわ」

 けがはすぐに治る。

 ムギは菜奈の手の上に乗って、ごろっと横になる。

「きゃー。かわいい」

 ニコニコ笑顔になる菜奈。

「この子たちの最大の能力はご主人様を呪的に守ること。そういう守護の意識があるから、悪意ある人にも反応するかもしれない。制御することも覚えておいてね」

「ええ」「大丈夫、心配しないで」

 雪は真剣に聞いているが菜奈はかわいいチビクマに興奮して上の空だ。

「そして、普段は人目につかないようにして。そして、僕からもらったことは誰にもいわないで」

「わかったわ、菜奈ちゃん聞いてる?」

「大丈夫よ。私が人獣だってこともちゃんと秘密にしているでしょ。私も口は堅い女なのよ」

「何でも喋っちゃうくせに」

「そんなことないもん」

 可愛い姉妹は談笑する。

(……気のせいかな。二人の気配が変わったような気がする)

 オーラを見ても変わりはない。

 かわいくて白いオーラ。

 ふと、全員無言になる。 

 チビクマ二匹は動きを止め、じっと一点を見つめいていた。

 翔一もそこを見る。

 放課後の廊下。暗い影が微かに揺らめく。

「……」

「ワルイヤツガミテルヨ」

「え?」

 思わず、大福を見る三人。

「ワルイヤツガミテル」

 ムギも言葉を発した。

「き、君たち、喋るの?」

 翔一が驚いて話しかけるが、

「キューキュー」「キューキュー」

「チビクマちゃんって喋るの?」

 雪が聞く。

「日本語は無理だと思う。テレパシー会話みたいなのだけ」

「でも、今喋ったよね」

 しかし、三人が話しかけても、チビクマたちがそれ以上喋ることはなかった。


 釈然としないまま帰途につく三人。

(二人を更に巻き込んでしまったのかな。なんというか、戦いの運命みたいなものに……)

 漠然とした自責の念に襲われる。

 少女たちと別れ、一人むなしく歩く。

「キュー! クマクマ」

 モフ手で肩を叩かれた。

「あ、君たち」

 海岸で契約した三匹のチビクマ。翔一に元気出せといわんばかりに出てきたのだ。

「心配してくれたんだね、ありがとう」

「キューキュー」

 背筋をまっすぐにして自宅に帰る。




2022/5/19 9/16 微修正

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