136 チビクマ三昧と男の宿命 その1
「お願い、絶対欲しいの」
「ずるーい。私も欲しい!」
源雪と源菜奈が御剣山翔一に迫る。
放課後、学校の帰りである。
「雪ちゃん、チビクマ君のこと菜奈ちゃんも教えたの?」
「……私だけもらうのも悪いと思って」
「一応、あれは術者の物で、それ以外の人は扱いにくいよ」
「そういうことなら。菜奈ちゃんは諦めなさい」
「嫌よ。聖倫ちゃんも貰ったっていうじゃない。あの子は術者じゃないわ」
「あ、あれは、偶然、何かの拍子にチビクマが……」
彼女にチビクマが渡った経緯は口にできないので言葉に詰まる。
「あの子は白魔術の家系でしょ」
「私たちは巫女の家系よ。聖徳太子様に帰依してるわ。だから、大丈夫」
菜奈が誇らしげに胸を張る。
「へぇ、そうなんだ。初めて聞いたよ」
「猫人間の家系は仏教を守るために聖徳太子様に唐から連れてこられたって話なの」
雪の補足。
「源さんの家って由緒正しい歴史があるんだね」
「翔ちゃん、大丈夫だから、一匹ちょうだい。私ならチビクマちゃんのお母さんになれるわ」
翔一の手を取って懇願する菜奈。
「まあ、お、落ち着いて。過去にも魔術師以外にもあげたことあるから何とかなるかも。どういったのがいいのかご要望だけ聞いておくよ。僕の宿精と相談するから。しばらく待って」
「なるべく急いでね。私が欲しいのは……」
雪が考え込む。
「ピンクとか水玉模様はできる?」
菜奈が無邪気に聞いてくる。
「自然のクマさんの色以外は無理。パンダとかも止めてね。精霊の捕獲が大変すぎるから」
「菜奈ちゃんは変なこといわないの。普通っぽいので色々と能力を決めるべきなのよ」
「試しに聞いただけよ」
「あまり多機能は無理だよ、通常タイプは災いの変換消滅、魔法弾を二種類くらい」
二人は思いついたことをいくつも上げるので、慌ててメモを取る翔一。
「要は、おしゃべり能力、魔力消去、幽霊退散、ああ、そうだ、チビクマ君は字が読めないよ、たぶんおしゃべり能力つけても幼稚園児ぐらいかな」
「それだと、テストのときに使えないわね」
「菜奈ちゃん、何考えてるのよ」
菜奈の言葉に呆れる雪。
「魔法弾を諦めたら、多少は自由が利くかも。どうしても欲しい能力を一つだけ決めてくれないか」
「考えてみたら、私は普通のでいいわ。魔法弾は電撃と冷気で」
雪は太陽の巫女として、光や熱の神力を持っている。
「やっぱり、おしゃべり能力が欲しい。だって、かわいいじゃない?」
「すごい毒舌だったら嫌になるでしょ。動物の知能なのよ? 考えていることなんて知らぬが仏というじゃない」
「うーん、だったら、幽霊退散がいい。幽霊さん怖いから。それと、光弾はやっぱりいる」
「うん。わかったよ。霊退散と光弾だね」
翔一は二人と手を振って別れる。
(とりあえず、祈祷所に行こう)
電話を掛けようとスマホを見ると大神恭平から着信があった。
返信する。
「おう、翔一か」
「大神さん、何の御用でしょう」
「以前、あんたの先生に頼みごとをしただろう、準備は数日で整うと聞いたからな、もういいだろう。今日行きたいが先生に聞いてくれないか」
「わかりました、すぐに聞いてみます」
(直接やり取りしたらいいのに)
そう思わなくもないが、大神は変なところで繊細な男なのかもしれない。
電話する。
「翔一君」
「先生、大神さんが今日行きたいって仰ってますけど」
「今日はちょっと大掛かりなことやってるからなぁ。……夕方ならいいよ」
「わかりました」
翔一は大神に再び連絡を入れる。
「そうか、ならば夕方にそちらに向かう」
大神も手短に返答して電話を切った。
子熊になって祈祷所を訪れる。
「こんにちわ。ダーク君はいる?」
「熊殿。駄熊は昼寝じゃ」
大絹姫がふわふわ浮いている。
応接間に行くと、いつものソファーでぐうぐう寝る黒い子熊のぬいぐるみ。
「ダーク君、起きて。チビクマ作ってほしいクマ」
「ああ、翔一か。俺は朝から源庵のおっさんの手伝いしてたから、呪力がない」
「ご飯食べたらいいクマ」
「俺たちの呪力は人間と同じで、食えば疲労回復ってほど単純じゃないんだ。食ったほうがいいのは間違いないがな」
「うーん、どうしたらいいんだろう」
「たまには自分で作ったらどうだ。作り方は知ってるだろう」
「知識としてはね。やったことはないクマ」
「とにかく、俺は疲れたから寝る。道具は貸してやるぞ」
呪物を練り込んだ若木の杖を貸してくれる。
「それに呪が入っているから、あとは材料揃えて、泥コネて、精霊呼んで、呪力与えたら終わりだ。簡単だろ」
「精霊界に行く必要あるクマ」
「あの『海岸』でおっさんが何かやってるからあいつに分けてもらえよ。……おやすみ」
「ほんに、駄熊じゃのう。そうじゃ、妾も手伝うぞよ。妾専用のチビクマを作るのじゃ」
「いつも抱っこしてるのは違うクマ?」
「いつも抱っこしているのは、その時々で適当に捕まえたやつでしかない」
「そうだったんだ。お気に入りがいるのかと思ったクマ」
「いいから、精霊界じゃ」
二人して精霊界に入る。
海岸はいつものような静けさと、波の音。
そして、例の大鍋がセットされていた。
薪が積まれているが、火はつけられていない。
土壁源庵が、チラシの裏に油性ペンで呪紋を描いて思案にふけっていた。
「先生、また何か作るのですか」
「おお、翔一君。これを見てくれ」
チラシの文様はかなり複雑な術式だ。
「んん。難しいクマ。神様か何かを呼ぶつもりクマ?」
「暗黒司令に頼まれたのだ。以前、科学装備研究所が怪魔の禍に遭いかけただろう」
「ええ、あの時は先生の活躍で難を逃れましたクマ」
「しかし、いつもヒーローが駆けつけるとは限らないし、恒常的な防御も必要だ」
「魔術オカルト方面に関して、防衛会議は苦手クマですからね」
「そうだ、だから司令の依頼であの研究所とその他いくつかの箇所に魔術的結界を仕込むことになったのだ」
「先生が結界張れば、雑魚にはどうしようもないと思います」
「ただ、そうもいっていられない。雑魚を止めるだけではダメなのだよ。最近、特にあのオーガスタスの残した物品が問題なのだが……防衛会議では扱いきれないし、保管もままならない」
「わかります」
(吸血鬼とその部下たちの武具や装飾品。全部放ってきたけど、まずかったクマかな……いつもならダーク君が興味本位で拾ってしまうから考えたこともなかったね)
あの時、宿精は別件で忙しかったのだ。
「複数作るのは面倒じゃ。一か所に強力な倉院を作ればよい」
大絹姫もチラシを見ながらいう。
「ふうむ、それがいいかなぁ。呪物の守りと施設の守りはまた別のものとしたほうが無難だな」
「研究所と防衛会議ビルなどには大型の友好精霊を受祚したらいいと思うクマ」
「ふむ、そして、宝物を置かないようにすれば、魔物や黒魔術師には面白みはないだろう。呪物の管理、やはりこれが問題だ」
うなずく源庵。
「そういえば、研究所には吸血鬼とかモンスターの留置所もあるクマ」
「これはこれで別にやったほうがいいな。面倒だが」
「白魔術師協会とか、魔女団、陰陽師とかは何しているクマ」
「暗黒殿が話はしているらしいが、よこしまな物品の管理となると、魔女団以外は二の足だよ」
「魔女団はやる気クマ」
「それが心配なんだよ。あの女たちには妙な野心を感じる」
「大女祭様は立派な人だと思うクマ。一応、大丈夫かなぁ」
「大女祭?」
「確定じゃないけど、ガラエルさん」
「あのお方が率いているなら……信用してもいいのかも。凄い美人でスタイルも抜群」
邪念込みの思案をするモフ源庵。
「具体的にはどうするのじゃ」
「防衛会議ビルや留置所などは守護埴輪を設置して精霊を宿らせる。物品は特別な場所を作る」
「場所とな?」
「物品は精霊界のさらに深奥に置く。祖霊に導かれるものだけが辿り着ける場所だ」
「それ、必要になった時どうするつもりじゃ」
「ざっと見たけど、邪悪の物品ばかりだったぞ。必要になること自体ほとんどない」
(榊原の剣、先生に託したらよかったクマ。今更、返せともいえないからなぁ)
やっぱり軽率だったかもと、反省する治癒クマー翔一。
「こうしよう、倉院はガーディアンに守らせる。そして、その奥にはゲートを作って、精霊界の保管場所へと続く。普通の人は自身の祖霊に導かれてそこに辿り着くのだ」
「祖霊がこない人はどうなるクマ?」
「邪霊がやってくる」
「ほう」
「そして、精霊界で魔性だけがいる地域に導かれる」
「それって、地獄クマ?」
「まあ、そんなようなものだ。でも、真の地獄は常世の果ての無限虚無だぞ」
「それは怖いクマ」
「祖霊に守られていたら気にすることもないぞ」
「僕は正義に生きるクマ」
「妾も」
やがて、坂東力士四天王たちがぶよぶよした混沌の塊りを背負ってやってきた。
「大祖霊殿、これでよろしいか」
巨大な混沌源物質を背負った鋼金剛が問う。
「さすがですな。鋼殿の物質だけでも十分だ」
うなずく源庵。
「僕たちも頑張ったんだよ」
若木金剛の持っているものが一番小ぶりだ。
「ちょっと張り切りすぎたな」「悔しいが、風殿のより私の方が小さい」
風金剛と地金剛がぶよぶよした荷物を降ろしながら話す。
「物質があまりそうなら、それでチビクマをたくさん作りたいクマ」
「それは大丈夫だろう。四天王たちも何かご要望はありますか」
源庵の言葉に顔を見合わせる四天王たち。
「われら、このぬいぐるみの肉体で十分であると考えております」
鋼金剛がそう答える。
「ふむ、しかし、手足が短い感じはするがな」
風金剛がなんとなくつぶやいた。
「なら、風殿だけ肉体を所望しますが」
「よし、そうしよう。ガーディアンは超熊の精霊を。その他の地点には知性のある守護精霊。風金剛は余った物質で人間体を作る。ちなみに私もイケメン転生をついでに果たすのだ!」
「大熊に、人間二人分。守護精霊三四体……多少余りますな」
鋼金剛の目算。
山のような源物質があるのだ。
「余った分でチビクマ作るクマ」
儀式は開始される。
以前やったように鍋に物質が投下され、ぐつぐつと煮立つ。
「最初は守護精霊だな」
木の枝に埴輪を何個かぶら下げて液に浸す。
引き上げると、ぶよぶよとした物質のまとわりついた埴輪になった。
「普通の埴輪とちょっと違うクマ?」
「出でよ、守りの魂たちよ!」
源庵が彼方に叫ぶと、光り輝く精霊たちが埴輪に宿る。
埴輪に精が宿ると、物質は埴輪に吸収され元の状態になり、ぴょこぴょこと動き出す。
「我ら、魂の守護者」
唱和する埴輪。
「お、埴輪が喋ったクマ!」
「お主たちに頼みたいのは場所の保護だ。邪悪な魔術、精霊、悪霊、超能力、そういった魔の仕業から人の生きる場所を守護してほしい」
センターキャスターである源庵が答える。
「いいだろう、敬意を持って我らを扱うのだ」
「暫く海岸で休んでいてくれ。すぐにその場所に案内する」
「わかった」
埴輪たちはそう答えると動かなくなる。
「風通しのいい場所に安置してくれ」
「こちらに運ぶクマ」
翔一がモフっと持ち上げて、砂浜の気分のいい場所に並べて置く。
「次は倉の守護霊を呼ぶ。超熊だ」
「超熊守護精霊さんに会いたいクマー」
源庵が古代語呪文を唱え始めると、すぐに物質は人間形態をとる。
「?」
「あれれ。凄く速いクマ」
「おかしい、何者だ!」
どろどろの物質は半透明ながら人間の形をとり、ふわっと砂浜に降り立つ。
「面妖な!」「気をつけろ!」
鋼と地が叫び、武器を出して戦いの構えを取る。
すっと手を上げる半透明の男。
そう、それは男の姿をしていた。
落ち着けという仕草。
「戦うつもりはありませんよ皆さん。カルナ殿、お久しぶりです。お久しぶりでは済まないぐらいの年月ですが」
その男は土器面の子熊に話しかけてくる。
「あ、あー! お前……見たことがある。というか、私の宿精?」
源庵が大声を出す。
「そうですよ、カルナ殿。私はあなたの宿精、闇のカルナ。今は日下部蓮と称しています」
「あ、おじさん見たことあるクマ! お世話様になったクマ」
そう、彼は以前、古墳の胎道で出会った古代の霊魂だった。
徐々に普通の人間の姿になって行く。
四十代くらいの、穏やかな男性の姿に。服装も古代のものだった。
「フフ、勇者殿。こちらこそ」
「というか、カルナって私の事?」
「なんと。ご自分の名前を忘れるとは……さすがに呆れましたぞ」
嘆息する日下部。
「今は土壁源庵だからどうでもいいことだ」
「どうでもいいなんてことはありませんよ」
「一々、説教臭い。思い出してきたぞ。確かに闇のカルナだ。うぜー、超うぜー」
「あなたは地位に比べて非常にいいかげんなのです」
同じ個であるのに二人はそりが合わないようだ。
お互い、別の方向を見る。
「まあまあ、日下部さんはなぜやってきたクマです」
「既に熊の守護精霊は勇者殿を守っています。この一件はまた違う方向性。となれば、縁の深い私がくるのはある意味必然」
「呼んでもいないのに」
何となく、ぶぜんとする源庵。
「おじさんはいい人だからきてくれてうれしいクマー」
「勇者殿にはご理解いただけたようです」
「しかし、わかっているのだろうな。異界との入り口を作って宝物を守る仕事だぞ」
「倉院を社としていただきたい。私はこの身をもってそこに宿りましょうぞ」
「それがいいと思うぞよ。異界の道を単なる蔵では呪力の問題もある」
大絹姫が賛同する。
「フム、そうすると、このまま裏山に作るかな。社となると儀式も欠かせない」
源庵のつぶやき。
「残った材料を入れるぞ」
地金剛が次々と物質を投入して、再びぐつぐつと煮立ち始めた。
「儀式も面倒だな。日下部式で俺も実体を持とうぞ」
風金剛はそういうと、ぬいぐるみを捨てて魂魄となり、現物質に飛び込む。
「風殿、儀式をしないと……」
「面倒だ」
鋼金剛の苦言を無視して現物質を取り込む。
日下部と同じように、それは人型となり、鍋から半透明の男が飛び出してくる。
「ふー! 確かに、己がしっかり確立していないとこれは難しいな。しかし」
風金剛の強力な意志の力は混沌の奔流を抑え込み、肉体として形を成す。
無言で見守る人々。
やがて、着物を着た男が立っていた。
長い髪を後ろで束ね、切れ長の瞳、決然とした男らしい顔。
「うむ、どうやら、実体を持ったようだ」
風金剛の男は顔を撫でる。
「そ、その方、違和感はないのかえ」
大絹姫が問う。
「生前と同じ形のようだ。しっくりくる」
「わ、妾」
なぜか、顔を赤くして翔一の後ろに引っ込む。
「? 姫ちゃん、どうしたクマ?」
「な、何でもないぞよ」
しかし、慌てているような、焦っているような感じだった。
「風金剛さん、かっこいいクマー」
確かに、かなりのイケメンだった。
「よし、次は私だ!」
残った現物質に飛び込もうとぬいぐるみから離れる源庵。
倒れる熊のぬいぐるみ。
出てきた魂体はあまり変わり映えのしない直立歩行の子熊だった。
「あ、あの、先生」
「どうした」
飛び込む準備運動を開始する源庵。
「どう見ても子熊ちゃんクマ」
チビクマシールドベアラーがやってきて源庵に姿をみせる。
「ど、どういうことだ! 私は子熊じゃないぞ!」
「土壁源庵。あなたはかなり長い間本来の実体を忘れていて、子熊形態に馴染みすぎていた。その結果、魂のイメージがそれになったのです」
日下部の説明。
「そ、そんな。じゃあ、私の超イケメン計画は……」
「挫折したクマ」
ぱた。
倒れる子熊源庵の霊魂。
2022/4/30 微修正




