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135 魔となる人 その5

 暗い倉庫で叫んでいた久保田好美くぼた よしみはクタッと倒れていた。

「あの人は操作されていたんだ。若木君、奴を捕らえるクマ!」

「騙された!」

 走る、二匹の子熊。

 闇の塊りは件のバンに向かって飛んでいく。


 街灯の下に静かにたたずむ白いバン。

「熊殿が上手くやってくれたらよいが。わらわがそれまでついていてやるぞよ」

 バンの周りをふわふわと浮く大絹姫。

 後部の座席に美しい浅河遥香あさかわ はるかが寝息を立てている。

 彼女が昼寝をしたときに、少しそれを強化して眠りを深くしたのだ。

(起きていては守りにくいからのう)

 ふわふわと浮いていたが、ぴたりと止まる。

「……」

 大絹姫は無言。

 迫ってくる気配に気が付いたのだ。

 車の前に浮かび、オーラを開放する。

「悪しき魔物め。わらわが相手じゃ。正体を『申せ』」

 可愛い人形の前に、漆黒の人影が立つ。

 目だけが爛々と輝く。

「人形。私と同じような存在ね、霊が憑いてる」

わらわは善意で人形に宿り、人を守るためにここにいる。お主は浅ましき根性で現世に執着する『魔物』じゃ」

「なんとでもいいなよ。私はその女を乗っ取って生きる。好きなだけ人を乗っ取って未来永劫生きるのよ」

「お主は今まで何人の人間を使い捨てにして生きてきたのじゃ『真実を申せ』」

「フフ。私は元はフランス人だった。数は覚えていないわ……三十人くらいね。三百年は生きたかしら。百年ほど前に日本にきたのよ」

 完璧な日本語を話す女の幽体。

「なぜ祖国を捨てた? 正義の者たちに追い詰められたのじゃな」

「小賢しき白魔術学院の奴ら。でも、ここには奴らはいない」

「残念じゃの。日の本にも悪しき怪魔を調伏する術者はおるのじゃ」

「私は人間。魔物ではない」

「それも残念じゃの。お主は人の心を失い、悪に耽溺し、人を蔑ろにした。しかも、本来の実体すら失っておる。故に『お主は魔物』じゃ」

「私は魔術師コンスタンス・ベルジェ。人間だ」

「諦めろ」

「そう、君が人間のつもりでも、もう化け物だよ」

 背後から翔一の声がする。

「君の負けだ」

 若木金剛もいる。

 いつの間にか、チョークを持ったチビクマが飛び交い、周囲に魔方陣まで描かれていた。

「な、何を」

わらわの言霊に引っかかったのじゃ。言葉がすなわち魔術と化す。日の本の術も捨てたものではなかろう」

「どういうこと!」

「会話させられたんだよ。コンスタンスさん。言霊によって、あなたは会話させられ、『魔物』としての本性を得たんだ。元々、それに近かったから簡単にそうなった」

 若木が説明する。

 黒い影は髪を振り乱して爪を伸ばすシルエットと化す。まるで魔物のように。

「クソ、こうなったらその女だけでも道連れにしてやる!」

 コンスタンスはそういいながら古代言語を唱え始める。

「若木君、一緒に悪霊封印の術を唱えて!」

「はい、勇者様!」

 二匹の子熊は悪霊を封じるために術を詠唱するが、コンスタンスの方が一歩速かった。

「死ね! 傀儡人形!」

 逆十字を空中に描き、瘴気の塊りを投げつけようとする悪霊。

 邪悪の魔力に中てられ一瞬動きが鈍くなる大絹姫。

 しかし、

「私のお姫様に何するの!」

 いつの間にか、車から降りた浅河遥香が光る何かを投げつけた。

 それは瘴気を投げつける前にコンスタンスに命中する。

「ギャアアアアアア!」

 ひるむ怪物。

「今じゃ! 術をなせ!」

 叫ぶ、大絹姫。

「祖霊の皆さん、悪魔をこの瓶に封じてほしいクマ!」

 翔一が瓶を掲げると、怒り狂った祖霊が集結してコンスタンスを瓶の中に叩き込む。

「待って! 私は、まだ。まだ、生きたいの!」

 コンスタンスは叫びながら、瓶に吸い取られる。

 全部が入った時点で、慌てて、蓋をする子熊。


「ふう。思った以上に大変だったクマ」

「ありがとう勇者様」

「若木君も頼りになるクマ。そして、姫ちゃんはやっぱりえらいクマ」

「当然じゃぞ」

 胸を張る、可愛い人形。

「えーっと、どういうこと。ぬいぐるみのクマちゃんとお姫ちゃんが喋って動いているわ……」

 寝ぼけた頭で咄嗟に行動した遥香だったが、可愛がっていた人形たちが生きているように動いていることに、改めて驚きこわごわと聞く。

「この二人は人形だけど、本当は正義のために戦う霊存在クマ。遥香さんを守りたいって志願してくれたんです」

「そ、そうだったのね、ありがとう」

「あーあ。熊殿のお守り壊れたぞよ」

 遥香が咄嗟に投げたのは翡翠の勾玉だった。

 強力な聖性精霊が呪祚されていたのだ。悪しき魔物が喰らえばダメージがあっただろう。

「私の姫ちゃん、守りたくて……」

「また作ってあげるクマ」

「で、でも、今の何だったの」

 急に怖くなったのだろう、遥香は治癒クマーのモフ腕を取る。

 白い手が震えていた。

「ちょっとした悪者だったけど、もう心配ないクマー。これに封印したから」

 インスタントコーヒーの空き瓶を見せる。

 中には黒い何らかの存在が蠢いていた。

「きゃ!」

「熊殿、一般の人にそんなものを見せてはいかんぞよ」

「そ、そうだね。ごめんなさい。このことは忘れてほしいクマ」

「え、ええ。でも、どうして私、こんな夜に。ここ、撮影所の裏手、よね」

「何かの勘違いできてしまったクマ。明日は重要な日。頑張ってね遥香お姉ちゃん」

 黒魔術による日時に対する認識のゆがみも解消されたようだ。

「ええ、そうね。明日はクランクアップで、みんなと打ち上げするの。クマちゃんもきてほしいのだけど……」

「僕は学校があるから。それに、もう危険は去ったクマ」

「そ、そうよ、ね」

 蒼い顔をした遥香をなだめながら、車に乗せる。

 待っていると、連絡を聞いたマネージャーが乗用車で駆けつけてきた。

「何をしてたの遥香ちゃん。突然連絡なくなったから心配してたのよの!」

「私にも、わからないの」

「もう危機は去ったクマ。マネージャーさん、遥香さんをよろしく」

「警備のクマさん……何かあったのね」

 そういいながらもマネージャーは遥香を引き取って帰ってしまう。

「さて、これからちょっと面倒クマだよね。久保田好美さんはどうしようか」

「何とかなるぞよ」

 ふと見ると、強いオーラを持った美しい女三人が立っていた。

 激戦で荒い息のレッドムーンこと緋月零ひづき れい。にやにやしている湘南しょうなんキトラ。そして、謎の微笑を浮かべるイヴァンカ。

「魔女団……クマ」

 チビクマシールドベアラーを金髪の美女イヴァンカがうれしそうに手に持っている。

「キューキュー」

 ふわっと飛んで治癒クマーの頭の上に乗った。



 数日後。

 学校。

 御剣山翔一みつるぎやま しょういち緋月零ひづき れいは休み時間にこっそり話し合う。

「緋月さん、久保田好美さんのその後はどうです」

「大人になってからの記憶があいまいね。子供時代で彼女の知能は止まっていたわ」

「……酷い」

「悪いことばかりでもないのよ。あの子、あのコンスタンスと知識を共有していたから」

「え、じゃあ」

「知識はある。頭でっかちの子供みたいな感じね。あの魔物は肉体に飽きたら新しいのに乗り換えて、古い肉体は殺していた」

「……」

「だから、恐怖におびえた魂になっているわ。自分の将来を知っていたのよ」

「可哀そうに」

「心配しないで。あの人は魔女団のアメリカ本部に送られる。彼女の面倒はこちらで見るわ。その代わりといっては何だけど……」

「?」

「コンスタンスの封印物を私たちに預けてくれないかしら」

「んん。どうしようかな。実は、まだ、防衛会議に詳しい報告はしてないのですよ。悪霊を追っ払ったとだけで」

「それなら、私たちが報告してもいいわよ」

「魔物退治は魔女団がやったことにしてください。その条件を飲むのなら渡します」

「いいけど、手柄にしたくないの?」

「治癒クマー君の目的は正義。名声や財産じゃないから」

「何か事情がありそうね」

「……今渡しますか?」

「そうね、じゃあ、お願い」

 翔一は教室に人気がない瞬間を狙って、例の物品を取り出し、緋月に渡す。

「う、すごい瘴気。本当にこれが人間なの? まるで悪魔」

「まさしく悪魔の所業に耽溺してた奴です。すぐにしまってください」

「ええ、そうするわ。ありがとう」

 アストラル界にしまう。

「そんなものを手に入れてどうするんですか。僕は先生に頼んでこいつを常世の無間地獄に捨ててもらおうと思っていたんですけど」

 常世と呼ばれる魂の行き先にも、いくつかレベルのようなものが存在しているらしい。

 極悪人の行き先は決まっているのだ。

「先生って土壁源庵つちかべ げんあんの事? そんなことできるの? まるで半神じゃない」

「それはいいすぎですよ。大祖霊ではありますけど、最近は面白クマさんと化してます」

「なんとなくわかるわ。正義クママントだったかしら」

 ププッと笑う緋月。

 稀に見せる笑顔が可愛い。

「あれはちょっとやめてほしいのですが。先生はすごく気に入っているみたいで……」

「いいじゃない。可愛いし強いわ。それに『祈祷師ゼロ』の評価も術者界隈ではすごく上がっているわ」

「そんな評判あるんですね」

「ネットでこっそり情報交換しているの。素人は知らない場所で」

「魔術師もネットを使うんだ」

「当たり前でしょ」

「悪口もかかれてそうですね」

「それはないとはいわないわ。術者ってのは嫉妬深いの。でも、もっと重要なこともあるわ」

「?」

「注目しているのは善勢力だけじゃないってこと。敵に注目されていることも知っておいて」

「ええ。わかります」

 そこまでいうと、緋月は教室を出ていく。

 無言で見送る翔一。

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