134 魔となる人 その4
最終撮影は例のスタジオで行われるようだった。
学校が終わってからきているのですでに夕日が見えている。
(クランクアップって、夜にやるようなものなのだろうか。この後打ち上げパーティとかやるんだよね、普通)
遅くなる時間をかすかに疑問に思う。
例のスタジオは何度か通ううち幽霊の類は常世に還している。
どんよりした雰囲気はなくなり、居心地の良い職場になっていた。
赤いヒーロースーツに着替えたレッドムーンこと緋月零と歩く。
「またあそこね。まあ、前見た時よりはよくなったけど」
「僕が浄化しておいたクマ」
「それ、儀式の前にやることよね」
「そうだけど、悪意ネガティブ系の力は寄り付きにくくなるクマ」
「ちょっと、精霊術も興味沸いてきたわ」
「けがは大丈夫クマ」
「ええ、もう何も感じないわ」
「キトラさんはきてないクマ」
「呼んでないわ、何するかわからないから」
「たぶん、そのほうがいいと思うクマ。空気を全く読まないお人クマ」
以前、一度きてもらったが、芸能人を見て大興奮するので困ったことになるのだ。
スタジオの近くに休憩所があるので、そこに座って呼ばれるのを待つ。
緋月が白いふとももを惜しげもなく見せて、足を組む。
翔一はお茶を出すと、紙コップに注いだ。
「あら、気が利くわね」
「待機時間が意外と多いクマ」
「じゃあ、少しいただくわ」
「クッキー食べるクマ?」
「それは遠慮するわ」
三十分ほど待つと空がどんよりと曇って一気に暗くなる。
気が付くと、周辺に人がいない。
「? 嫌な感じクマ」
「そうね」
一人のADが歩いてくる。
撮影所のスタッフの服を着ているが、一切表情がなく、動きがぎこちなくゆっくりだった。
(見たことがある人のような気がするけど……身なりがこざっぱりとしてるクマ。汗臭さもない……)
「……」
治癒クマーとレッドムーンは無言で警戒している。
「監督がお呼びです。こちらへどうぞ」
「あ、ありがとうクマ」
緋月と目を合わせる。微かにうなずいて立つ二人。
男の案内で入り口に行く。
何度も入ったので案内はいらないのだが、男は何も考えていないのか。
「この人……」
「いいから、乗ってみましょう。準備はしているから」
一見何も持っていない彼女だが、アストラル界に呪物などが揃えてあるのだろう。
それは翔一も同じだった。
スタジオに足を踏み入れる。
既に撮影を終えた俳優やスタッフなどが集まって、浅河遥香の最終シーンが終わるのを待っていた。
(あれ? お母ちゃんいないクマ?)
律儀な女優、御剣山詩乃がいない。
よくみると、俳優たちやスタッフは誰も知らない人間だった。
それっぽい雰囲気だが、目が死んでいて、表情がない。
ヒヨコ監督も少しからだが大きく、肩幅の張った薄毛の男で見たこともない人間だった。
(特有のヲタク臭さがないクマ。この人は誰だ)
しきりに、遥香は頭を振っている。
不義理な夫に対し、別れと前向きな決意を口にするシーンである。
「憲一さん、わたし、これからは……自分の、人生を」
台詞が棒読みになっている、遥香は何かをされているのか。
「何がいいたいんだ。紹子」
相手の俳優も雰囲気がおかしい。
「自分の、人生を……」
「自分の人生を?」
遥香の顔は真っ青だ。
「……捧げます」
「捧げるのか、誰に」
男の俳優が感情を全く込めずに棒読み。
「あな……たに」
ニンマリと男の俳優が笑った。
バリっと何か皮が破れる。口元の皮膚が割れ、人間の皮を被った別人の一部が見えた。
カンっと、クランクが鳴る。
「はい、ここまで。ありがとう、みんな。撮影はこれで終わりです」
誇らしげに『監督』が告げた。
「終了おめでとう。浅河遥香さん」
口が引き裂けんばかりの笑顔で久保田好美が現れた。
手には真っ黒の花。花も茎も真っ黒の不気味な花束を持っている。
「終了おめでとう!」
ギャラリーが拍手をする。
見ると、手の甲で拍手をする裏拍手だった。
好美が花束を差し出す。
「終了おめでとう。人生終了ね遥香。今日で」
ゆっくり花束に手を伸ばす遥香。
(動けない! なんて呪力だ!)
眼球だけをきょろきょろと動かすと、緋月も同じ状態だった。
(ここは結界になっている!)
バスケットを探す。スタジオの端に置いてあるが、人形とぬいぐるみはなかった。
(どこに行ったんだ、姫ちゃんと若木君! 敵に正体がばれたのか)
遥香が花束を掴む。
(ダメだ!)
「ほう、傀儡の魂を殺してどうするつもりじゃ」
突如、大絹姫の声がする。
好美は驚愕してキョロキョロする。
「そうやって、人の魂を制して肉体を乗っ取ってきたのじゃな」
「な、なにを」
久保田好美が驚愕の顔。
「とう!」
突如、物陰から毛皮の塊りが好美の花束にとびかかる。
恐ろしく素早いそれは短い脚で花束を蹴飛ばした。
黒い花は木っ端みじんに飛び散り、好美はすっと一歩下がる。
花を破壊したのは毛皮のぬいぐるみ、若木金剛だった。
「ぬいぐるみ?!」
「若木金剛見参!」
ボーズを決める子熊のぬいぐるみ。
「そして、可愛いお人形。大絹姫さまの登場じゃ」
ふわーっと、天井の柱の影から大絹姫が現れる。
「あんたたち、遥香が持っていた人形じゃない。呪物だったのね」
「お前の陰謀などお見通しじゃ。最後の撮影日を地獄の儀式にする手はずだったのだ」
陰謀を暴かれ、ぎろっとガラス玉のような目でにらむ好美。
「なぜそれを……」
「妾、やろうと思えば人の心ぐらい読めるのじゃ」
「悪魔め」
「その言葉そのままお返しするぞよ。貴様、今まで何人の人間の肉体を乗っ取ってきたのだ」
「うるさい!」
「だが、お主の悪行もこれまでぞよ」
「もう遅い。遥香は私が手に入れたわ!」
クタッと倒れていた遥香の手を握る好美。しかし、好美が握った手は木製だった
「何?!」
「それは申したであろう。傀儡じゃ。そこの若木が作りし木人形」
「クソ!」
「お前だけが人形を使うの、得意ってわけじゃない」
「下僕ども、こいつらを殺せ」
ギャラリーたちは正体を現す。
やはり、それっぽい気配は何らかの幻覚魔術であり、彼らの正体は白っぽい作務衣を着て、白い仮面をかぶった者たちだった。
ナイフや警棒を片手に迫ってくる。
「麻痺!」
「睡眠精霊!」
レッドムーンと治癒クマーは動けるようになっていた。
同時に叫び、彼らを次々と足止めする。
「チ! 見つけ出してやるわ。遥香はこの撮影所のどこかにいる」
そういうと、好美はスーッと消えてしまった。
「とう! とう!」
「チェストーーー!」
二匹の子熊、若木金剛と治癒クマーは武器を手にして、当たるを幸い作務衣軍団を叩きのめす。
若木金剛は以前作った刀を逆に持って峰打ちで戦っている。
翔一はいつもの練習用木刀。
子熊たちは敵を殺すつもりはなかった。作務衣たちは洗脳されているが普通の人間である。
そして、彼らがいかに迫ろうとも歴戦の勇士である子熊に勝てなかった。
「勇者様、さすがです!」
「若木君も強いクマ」
若木金剛は通常の剣道のような動きを見せる。カウンター技が多い。
それに対し、翔一は迷いのない突撃技。
若木に迫った作務衣たちは斬りかかるが、跳ね返されて叩かれ、床に伏せる。
風のように暴れる翔一は、作務衣たちが反応する前にぶっ飛ばしていた。
彼らは声も出さず、無感動に迫ってきては気絶している。
あらかた倒した時点で状況を見る二人。
レッドムーンも離れた場所で何人か倒していた。
しかし、高位の術者と思しき目出し帽をかぶった三人の男が現れて、彼女と術をぶつけあっている。
互いに印形を結び、聖句を口にして異界の存在に助力を乞う。
「『聖人寺院』の司祭どもよ……やはり黒魔術が使えたのね。こいつらは私が止めるわ。あの女を追って!」
そういいながら炎の剣を出す。
恐ろしい魔剣の炎を畏れ、男たちは一瞬躊躇した。
(大丈夫そうだね)
緋月の自信満々の表情を見て咄嗟にそう判断する。
「レッドムーン、僕たちは行くよ。でも、援軍送るクマ」
チビクマのシールドベアラーを彼女の援護に送る。
「キューキュー」
「いいから行って!」
緋月の怒声。
走り出す子熊二匹。
完全に夜になった撮影所を駆ける。
「姫ちゃんいないクマ」
翔一はキョロキョロする。
「遥香さんを守りに行ったんです」
「今どこに」
「隠しています、それより首魁を捕えましょう。今夜あいつはこの撮影所から出られません」
「さすがだね」
「鋼金剛さんの結界術です」
「あいつは姫様の誘因に引っかかると思います」
「誘因?」
「悪しきものを誘う呪詛です」
「じゃあ、そこに向かうクマ」
「こちらです」
若木金剛の案内でその場所に向かう。
そこは大きな倉庫で、シャッターが開けっ放しになっていた。
そこにぽつんと一体のマネキンが立っている。
見ると、何となく遥香に似たような雰囲気の化粧が施され、それっぽい衣装を着ていた。
そして、それに向かって大声で話しかけている女が一人。
「見つけたわ、浅河遥香ァ! お前の肉体をいただくのよ。お前の魂は死ぬの。肉体を使ってやるわ!」
久保田好美だった。
「……」
子熊二人はこっそりと忍び寄る、
「あいつは何をやっているクマ」
「勇者様、あの者は魔術で肉体を乗っ取る黒魔術師です。何十年、あるいはもっと長い年月をああやって肉体を乗り換えて……」
「でも、あれはマネキンクマ」
「あいつは魔物です。元は人間かもしれませんが、今は魔物。魔を欺く術に完全に引っかかっています」
「さっきもそうだったクマ」
「ええ。本人をおとりに使うとか危なすぎますから」
ふと、陰気な気配が満ちる。
「遥香さんはどこに」
「避難させました。いつでも逃げだせるように、事務所のバンに」
「若木君! 今誰に答えたクマ!」
はっと気が付く若木金剛。
翔一は邪悪な気配に一瞬押し黙ったのだ。
その会話の流れを横取りするかのように、闇の中からの声が若木をだました。
「く! 誰だ!」
身構える若木。
「ホホホ、残念ね、私は魔物じゃない。簡単なトリックに引っかかってくれてありがとう。あの女は私がもらうわ」
闇の中に瞳が光る。
漆黒の闇のような幽体。
それは遥香の居場所に向かって、風のように駆け始めた。
「若木君、追うぞ!」
「はい!」
悪霊を追い、必死に走る子熊二匹。
2022/4/23 微修正




