132 魔となる人 その2
二日後。
撮影所に背が高く美しい少女と小さな熊が並んで歩いている。
少女は学生服、短いスカート。
子熊はいつもの治癒クマー。
「珍しいわね、クマちゃんから私と一緒に仕事したいなんて」
緋月零こと三級上位レッドムーンなのだが、身分を隠して撮影所のパトロール任務に就いている。
この任務自体は、表向きは警戒警備任務だが、要は監督が浅河遥香のご機嫌を取るために防衛会議に要請したのだ。
当然のように会議にそれ相応の寄付をしたという話である。
防衛会議は個人から金は徴収しないが、組織や企業からは防衛支援金という名目で「寄付」を受けている。
「僕一人では任務を受けられないですから。しかし、実はそれだけじゃなくて、ちょっと、緋月さんに調べてほしいことがあるクマです」
四級は単独任務禁止だが、組む相手を要望できないこともない。
上が認めれば通ることも多い。要は暗黒司令や油上司などの考え次第だった。
「ふーん、まあいいけど。あなたといるといつもトラブル起きるわよね」
「そ、そんなことないクマだよ。調べてほしいというのは。あの女優さん、久保田好美という人です」
翔一が指す先には久保田好美がいた。
スタジオ内で幾人かの俳優とリハーサル中である。
浅河遥香もおり、子熊に手を振る。
「クマちゃん!」
翔一も手を振り返した。
「やだ、美人女優と友達なの?」
「そ、それより、早く、お願いします」
「ま、いいけど。後で詳しく関係を教えてね」
緋月の目が光る。
暗いスタジオ内にいくつもの霊力がほのかに光る。
もちろん、この光が見えるのは緋月だけだが、一瞬、久保田の目が泳いだ。
(緋月さんの術に気が付いた?)
「確かに、あの女はすごい魔力ね……」
ぎろっとにらむ久保田。
緋月は一歩下がった。
「どうしたクマです」
「あの女……何者なの、術者よ。たぶん」
スタジオを出ると、喫茶スペースで資料を見る。
「大神さんが送ってくれたクマです」
「大神って、二級下位の人よね。……ふーん」
現実として、ヒーローたちは公式にしていない個人情報を知っている場合がある。大神もそれほど自分の素性を隠すことに熱心でもない。
二人して久保田の資料に目を通す。
久保田には目立った経歴はない。子供時代に子役。大人になるまで、若干、ブランクがあるが、ドラマのわき役に抜擢され抜群の演技力を示したという。
「演技がうまいというのが突出しているクマ」
「そうね、天性の才能かしら、それ以外は特徴ないわ。顔もびっくりするほどきれいでもない、芸能人から見たら平凡よ」
「特殊情報として、久保田の事務所は新興宗教の『聖人寺院』というのがバッククマ」
「聖人寺院。いきなり胡散臭いのがきたわね」
「知ってるクマですか」
「一応ね。洗脳してお金巻き上げるよくあるカルト宗教よ。私たち魔女団もそういうのは敵視しているから。それに、たいがいはインチキだけど時々本物の魔術者が居たりするからね」
「でも、子役時代はあまり目立ってないクマですね」
「親が宗教に入ってから、再び芸能界。本人の実力もあるけど、宗教が推したのもあるのかしら」
二人して、経歴を眺めて話し合う。
子役時代のエピソードとして、すぐに泣いたり、台詞が覚えられないなどのパッとしない証言がある。
「普通にダメな子役よね……」
「でも今は、見違えるように演技派クマ」
「ブランクの間に何かあったのかしら」
誰かがやってくる。
「クマちゃん」
浅河遥香がちょっと遠慮気味にやってきたのだ。
「おねぇちゃん」
「一緒に、ご飯でもどうかしらと思って」
「私、用事があるから」
緋月は立ち上がる。
「ごめんなさいね」
「いいのよ。私すこしパトロールするから、クマちゃんは休憩していて」
「一人で大丈夫クマ?」
「私は三級上位よ。ご心配なく」
遥香と入れ替わるように去る緋月。
「クマちゃんっておにぎり大好きだって詩乃姉さんから聞いたから。作ってきたの」
お弁当箱を置いて、ぎっしり詰まったおにぎりを見せる。
「わあ、おいしそうクマー!」
二人で仲良くおにぎりを食べる。
「おいしいクマー。鮭が入ってるクマクマ」
「ウフフ。ご飯粒ついているわ」
遥香が子熊の口の端から米粒を取る。
「遥香お姉ちゃん、いいお嫁さんになるクマ」
「え? 駄目よ、まだ私、結婚するつもりないの。でも、クマちゃんのお嫁さんなら考えてもいいわ」
美しい笑顔で子熊に微笑む。
「あわわ。クマクマ」
何となく焦る治癒クマー。
「ウフフ。はい、お茶をどうぞ」
「ありがとうクマ」
仲良く、食事をした。
緋月はなんとなく観光気分で撮影所をぶらぶらする。
(たまには、こういうのも悪くはないわね)
何かのドラマの撮影風景、セット、行きかうスタッフ。
雑談している人たちが有名な俳優だったり、少しわくわくするような場所だった。
(ん?)
ふと、妙な気配が視界の隅に入る。
見ると、そこは大きな建物に挟まれた小さな路地だった。
緋月は異様なものがあることに気が付いた。
(マネキン?)
一見、人が立っているように見えたが、それはマネキンだった。撮影所にはよくある物でもある。
しかし、それが異様なのは、通路をふさぐように立ち、手に光るものがあるのだ。
緋月は左手に小さなロザリオを持って、それに近づく。
女のマネキン。
乱雑に何かの服を巻き付けらており、手には、
「剃刀」
思わず、つぶやく。
一歩退く緋月。
ギリギリとマネキンのプラスチックの瞼が開き、充血した目が出現した。
まるで人間の目のようだ。
(誰かが操っている!)
ゆっくりと腕が上がり、かみそりに陽の光が当たる。
緋月はアストラル界から、炎の剣を呼び寄せた。
ずっしりとした重い剣を手に掴むと、心が落ち着く。
「誰! 出てきなさい! 何の術者なの!」
大きな声を出すが、
(ち、結界されたわね)
魔力が周囲を囲んでいる。
ガタ。
背後を見ると、箒の柄に鋭い鋏を針金で巻いたもの、即席の槍を持ったマネキンが立っていた。
これは男のマネキンである。
ヒュンヒュン、
隙を付くようにかみそりが迫る。
(挟まれたわ)
稲妻のように回避した背中に、背後から槍が迫った。
「舐めないで! 『聖炎』!」
見もしないで背後にロザリオをかざす。
槍のマネキンはぼっと燃え上がった。
爆発するように、ばらばらになる男のマネキン。
しかし、前から剃刀が迫ってきた。
ガキ!
炎の剣で剃刀を受け流す。
もとより、武器でもなんでもない日常道具は、魔剣にぶつかって砕け散った。
輝く剃刀の破片。
「はぁ!」
返す刀で袈裟懸けに薙ぐ。
次の瞬間には、燃える剣が女のマネキンを真っ二つにしていた。
崩れ落ちるマネキン。
「ふう」
一瞬の油断だった。
キラ!
マネキンの背後から何かが飛んでくる。
緋月は狙い定めたその一撃を躱しきれなかった。
「う!」
制服を貫いて腹部に衝撃。
「ホホホ」
不気味な女の笑い声。
建物の影に気配。
「鋲」
緋月はわき腹に刺さったその物体を見る。
抜くと、ひし形の手裏剣のようなものだった。
影に潜む女に剣をかざしながら、緋月は後退する。
ふっと消える気配。
「や、やられたわ」
ふらふらとした足取りで緋月も路地を後にした。
膨れたモフ腹をポンポンしていた翔一は、ふと、血の匂いを嗅いだ。
「そろそろ、休憩も終わりだから、私行くわね」
遥香がお弁当箱を片付けている。
「ありがとうクマ、遥香お姉ちゃん」
「しばらくしたらリハーサルやるから、第三スタジオに見にきてよ」
「うん。パトロール任務済ませたら行くクマです」
遥香に手を振って、匂いの方向に向かう。
四足になって急いで駆けた。
(気のせいであればいいけど……)
少し行くと、血の匂いが強くなった。
見ると、ふらふらした緋月がゆっくり歩いている。
「緋月さん!」
「治癒クマーちゃん」
「どうしたんです! 救急車呼ばないと」
スマホを出す翔一。
「待って、普通に病院に行っても治らないわ。呪詛が乗ってる」
「え……本当だ」
霊視すると漆黒の呪力が彼女を蝕んでいる。
翔一が過去に受けた魔竜の無自覚な呪詛とは違い、明らかに、人を害する目的の邪悪さがあった。
「見せるクマ」
人気のない所に座らせると、治癒クマーは傷口を見せてもらう。
小さいのに傷口が閉じることもなく、だらだらと出血が続いている。
「大丈夫よ、魔女団で何とかするわ」
「援軍待ってる間に、どんどん消耗するクマ。僕に任せて」
形代の埴輪を一個置き、大型の聖性精霊を呼ぶ。
「あ、あなた」
「むん!」
呪詛に精霊をたたきつけた。
一気に浄化され、呪詛は消え去る。呪詛の残滓は埴輪に吸い取られた。
「浄化して、形代に移したクマ。この埴輪を壊せば本体に呪詛は帰るけど、返し程度でやられる奴じゃないと思うクマです」
呪詛は解除されると本体に返しとして戻る。
「あなた、呪詛の専門家だったのね。確かに、消すだけじゃ因果は残るわ」
「土壁源庵先生の教えクマです」
「あの人、変人っぽい雰囲気だけど実力はあるのね。……考えてみたら、人ですらないわ」
「この埴輪は僕が預かるクマ?」
「いいえ、貰えると助かる。ついでに、けがも治して」
「そうだった。治癒精霊クマ」
傷自体は小さなものだったので、小ぶりの精霊が纏うだけで出血は収まる。
「ふぅ。助かったわ。でも、あなたの呪文って変わってるわね。精霊を呼ぶだけなの?」
「呪術っぽいのもあるクマだけど、基本は精霊界から仲のいいのを呼んでくる以外のことはしないクマ」
「楽そうね。私のは古代語を詠唱しないと駄目。事前準備しておけばいらないけど」
「精霊さんたちは個性があるから思ったようにいかないことも多いクマだよ」
そういいながら、消毒してガーゼを当てる。
「ありがとう」
「お医者さんに行ってほしいクマ」
「そうするわ。私の方で報告と援軍要請しておくから」
「ところで、何があったクマ?」
翔一に聞かれ、緋月はマネキンと謎の女のことを告げる。
「人形を操り、呪詛。色々と香ばしいクマ」
「魔女団に要請するわ」
「誰がくるクマ」
「たぶんキトラ姉さん」
「そ、それはちょっとまずいかもしれませんクマだよ」
「大丈夫よたぶん」
湘南キトラは超絶レベルで空気の読めない女性なのだ。
翔一の懸念をよそにスマホを出す緋月。
「僕は遥香さんのリハーサル見学するクマ。緋月さんも援軍がくるまで一緒にいてほしい」
「ええ、そうね。あの女の狙いが浅河遥香って可能性は十分にあるわ……キトラ姉さん」
電話に出たキトラと会話を始める緋月。
どうやら、一時間後にくることになったようだ。
しかし、その日はそれ以上のことは起きず、リハーサルも和気あいあいとした雰囲気で終わった。




