131 魔となる人 その1
夕方。
「ただいまー」
御剣山翔一は学校から帰宅し、玄関を開ける。
しかし誰もいないようだ。
プルルルル
スマホが鳴る。
「お母さん」
母の詩乃からの連絡。何の用だろうと思い電話に出る。
「もしもし」
「翔ちゃん、お願いがあるの。忘れ物しちゃった、今どこにいるの」
「家に帰ったところだよ」
「撮影の小道具を家に持って帰ってたの。ちょっと似てたから……」
母の話では、撮影用のスマホが自分のものと似ていたので、間違えて持って帰ったという。
言われた場所を見に行くと、それと思われる小道具のスマホが置いてあった。
つまり、今は撮影所にいて自分のスマホしか持っていないということだろう。
「似てるのなら、自分のでごまかすとか」
「監督さんがかなりピリピリしてるから。怖いのよね。そういうことするの」
今、彼女が出演しているドラマはあまり視聴率がよくなく、面白くないと批判を浴びている。
監督も必死なのだ。
「今から撮影所まで行くとすると……一時間はかかるよ」
「ロケ弁上げるから、お願い!」
「なるべく急ぐよ」
「タクシー使っていいから、清算するわ」
「うん」
翔一は小道具のスマホを手に取ると、急いで外出する。
撮影所は都内からかなり離れた場所にある。
最寄りの駅まで電車で向かい、そこからタクシーを使う。
一応、一時間程度で到着できた。
すぐに撮影所に入る。
守衛は詩乃の息子であることを告げると、ほとんど警戒する様子もなく通してくれた。
意外と広い撮影所。いくつも建物が並ぶ。
詩乃がどこにいるのか少し迷ってしまう。
「なによ、全然話が違うじゃない!」
女性の大声が響く。
思わず、何事かと様子をうかがうと、薄いひげの中年男性ととても美しい女性がどこかの建物の入り口付近で口論になっているようだ。
「遥香ちゃん、そういわれても、原作イメージした衣装だから……」
「ちょっと野暮ったすぎるわ」
「わかったよ、デザイナーと話するから」
「それと、このスタジオ、嫌な雰囲気がするの、別の場所に変えて」
(あ、女優の浅河遥香さんだ。確か、お母さんの事務所だったような)
浅河遥香は最近売り出し中の女優で、ドラマの主演に抜擢するほど人気は高い。翔一もそれなりに知っていた。
「そ、そういわれてもね。セットも設置したから、今更変えられないよ」
「あのスタジオ使うなら、私は次のシーンに出ません」
「ちょ、ちょっと、遥香ちゃん落ち着いて!」
マネージャーらしき男が慌てて会話に割り込んでくる。
そこまで見た時点で、ADらしき身なりの汚い男に、
「すみません、関係者以外はお引き取り下さい」
翔一は慌てて、その場を離れる。
しばらくきょろきょろしてから、ようやく母の楽屋がどこにあるか分かった。
楽屋をノックする。
「はい、あら、こんにちわ」
地味で若い女性、マネージャーの立脇さんが出てきた。
彼女は最近担当になったのだ、前の人は詩乃より売れっ子の担当になったと聞く。
「こんにちわ。母に頼まれて……」
「ええ、お伺いしてますわ。詩乃さん」
「翔ちゃん、ありがとう。ご飯用意したから、こっちいらっしゃいな」
翔一が楽屋に入ると、入れ替わりで立脇は出ていく。
「御用があれば連絡ください」
「ありがとう」
マネージャーはスマホで誰かと会話しながらどこかに行く。
かなり豪華な仕出し弁当が机に並べてあった。
「ちょっと奮発しちゃった。遠慮しないで食べて」
笑顔の母。
「はい」
翔一が箸を手に取ろうとすると、
「ねえねえ、いいからクマちゃんになって」
「しかし、こんなところでは……」
「大丈夫よ」
母にお願いされると、翔一はあまり逆らえない。
失踪していたことへの負い目もある。精霊界の子熊と体を入れ替えた。
「じゃあ、クマクマっと。変身しましたクマ」
現れるベージュ色の子熊。
「ウフフ。それじゃあ、あーんして」
「はい。あーんクマ」
詩乃は自分の弁当をどんどん翔一に食べさせる。
「こんなに食べたら、お母ちゃんの分がなくなるクマ」
「いいのよ。私は体型維持しないと駄目だから。このお弁当はちょっと多いのよね」
芸能人は好き勝手食べるのは厳禁である。
翔一は母のために、豪華なお弁当を全部平らげた。
「フフ。健啖なのはいいわよ。偉い人から可愛がられるから。遠慮して食べないのって、ごちそう用意した人からしたら気分悪いものなの」
「ご飯を残すのはちょっとできないクマです」
異世界で食うに困った人達と生きてきたのだ。
その時のことを思うと、食料を無駄にするのは下手な犯罪より許せない。
「でも太っちゃだめよ」
といいながら、
「デザートもあるの」
と、翔一に食べさせようとする詩乃だった。
「ふう、もうお腹いっぱいクマクマ」
膨れたモフ腹をポンポンと軽くたたくと、ごろっと横になる。
「翔ちゃん、もう一つお願いがあるんだけど」
「クマクマ」
「今撮影してるドラマ、後輩の浅河遥香ちゃんが主演してるんだけど……かなり落ち込んでるのよね」
浅河遥香は若手の人気女優だ。
母と同じ事務所の女優なので名前と顔は知っている。
今撮影中のドラマは男女の恋愛関係を描く物語だった。翔一はあまり興味もなかったが、母が上司役で出演しているので多少は気にしていた。
あまり視聴率がよくないというネットニュースを見た気がする。
「だから、撮影所見学にきた治癒クマちゃんとして、遥香ちゃんに会ってほしいの。彼女、あなたに会いたいって前にいってたから」
「さっき、ちらっと見たけど、すごくピリピリしてたクマだけど、大丈夫?」
髭の男性に怒っていたことを告げる。
「あの子監督とそりが合わないのよ。普段そんなことないのにね」
「それに、ヒーロー治癒クマーがここにいるというのも、おかしいような気がするクマ……」
「見学にきたのよ。よくくるでしょ、観光客が」
ヒーローが単独で撮影所見学という設定にかなり無理がある感じはしたが。治癒クマーは地元つながりで御剣山詩乃と知り合いであるということにするらしい。
「理由なんてどうでもいいのよ。あの子が元気出してくれたらそれで」
後輩思いの詩乃だった。
「わかりましたクマ」
「じゃあ、ちょっとアポ取るから」
連絡を取る詩乃。
「初めまして、僕は四級ヒーローの治癒クマーですクマ」
「キャー! ありがとう、きてくれて。詩乃さんのお友達なの?」
楽屋で台本に目を通していた浅河遥香を訪問する詩乃と治癒クマー翔一。
「ええ、以前、地元のヒーロー懇談会に参加したときに、友達になったのよねー」
地域住民とヒーローの交流は盛んだったりする。
戦いにおいて、住民の協力は不可欠なのだ。地方ほどその傾向は強い。
「クマクマ」
(そういえば、懇談会、今まで一度も参加したことなかったけど、ちょっと問題クマだよね)
「ねえ、ここに座って。私あなたのファンなのよ」
遥香は隣に座るように勧めた。
もぞもぞと座る。
「僕も遥香さんのドラマ見てますクマ。去年のホラーのがすごくおもしろかったです」
「ありがとう。私もあれは気に入っているのよ……それに比べて、ダメよね、今のドラマ」
ため息をつく遥香。
「ダメよ、遥香ちゃん、批判なんてしちゃ」
詩乃が諫める。
「でも、おかしいでしょ。恋人に借金があって浮気もしてるのに、主人公は愛の力で乗り越えるって頑張るのよね、絶対、頭悪いわ。脚本がおかしいのよ。原作改変してるってネットでも炎上しているわ」
思わず苦笑する詩乃。
「そういうときもあるわ。俳優は与えられた仕事を頑張るしかないのよ」
「でも、このまま面白くない話で終わったら、私、数字の取れない女ってレッテル張られるのよ」
「クマクマ」
「あら、ごめんなさい、愚痴なんて。治癒クマちゃんは普段どういう仕事しているの?」
遥香は慌てて話題を変える。
「主に戦う人たちへの治療サポートです。地域のために頑張ってますクマ」
「偉いわねぇ。中身の人がいるんでしょ。ヒーロー速報に書いてあったわ」
彼女も読んでいるらしい。
「学生さんなのよ」
詩乃が答える。
「じゃあ、東宮市のどこかに住んでいるのね」
「お、お母ちゃん、正体は秘密クマですよ」
思わず、詩乃のことをお母ちゃんといってしまう。
「お母ちゃん? 治癒クマちゃん、詩乃さんのことそう呼んでるの?」
「あわわ」
「キャー、ずるい、私もお姉ちゃんって呼んで」
「じゃ、じゃあ、遥香お姉ちゃんクマ」
「ありがとう、かわいい!」
存分にモフられる。
そのような他愛もない時間を過ごしていると、
「遥香さん、そろそろ……」
「……ええ、時間よね」
汚い身なりのADがやってきて出番を告げる。
「頑張って、お姉ちゃん」
「ありがとう、治癒クマちゃん」
「二人で見学してもいいかしら」
「ええ、もちろん。心強いわ、詩乃姉さん。私、あのスタジオちょっと苦手なの」
「治癒クマちゃんってお化けとか見えるから、いたら追っ払ってもらおうよ」
詩乃がさらに余計な提案をする。
「えー、そうなの! やっぱりいるわよね……芸能界はつきものだから。クマちゃん、私を守って」
ぎゅっと遥香に抱きしめられる治癒クマー。
「クマクマ」
結局、詩乃と翔一は遥香の撮影に付き合うことになった。
スタジオには豪邸の屋内セットが組まれている。
上流階級の義母と遥香扮する嫁が口論するシーンである。
そこに、義理の妹が嫁の手助けをするというような展開だった。
(あ、久保田好美さんだ)
久保田好美は若手女優。
女優なので、当然、美人ではあるが、顔より演技派ということで定評があった。
(特に問題もないけど……)
理由はわからないが、妙な違和感があった。
カットが終わるごとに、遥香が翔一に手を振る。
翔一もモフ手を上げて手を振った。
義母役の女優もスタッフもにこにこしている。
撮影は和気あいあいとした感じで終わるようだ。
一応、あたりを確認する。
(幽霊は……いるけど……悪意もない。上の方からぼんやり見てるだけクマ)
幽霊をいちいち追っ払っていたらきりがないので、悪質なもの以外は放置する主義だった。
「お母ちゃん」
「なあに」
「幽霊さんはいるけど、無害だと思うクマです」
「や、やっぱりいるのね……」
翔一の毛皮をつかんできょろきょろする詩乃。
さらに、念のために霊視する。
(あ、黒い影がある……遥香さんのオーラが強いから近寄れないけれど……呪詛クマ?)
そして、
(久保田好美!……この人のオーラはちょっと桁違いクマ。すごく歪んでいる……)
違和感はこれだったのかもしれない。
久保田のオーラは遥香より大きい。そして、歪み漆黒に近い。
異界の怪物のオーラのようだった、翔一は寒気がする。
久保田と目が合った。
他の人とは違い、冷酷なガラスのような瞳。
思わず、すぐに目をそらす。
他の人に見るべき人物はいなかった、監督などはみじめなくらいに小さなオーラ。
(あの人は能力に対して無理な役割背負ってると思うクマだね……ん、気のせいか誰かに似ているクマ)
そのように考えていると、
「やあ。治癒クマ君だっけ? 君がいてくれて助かったよ。遥香ちゃんもすごくご機嫌だ。ありがとう、しばらくここにきてくれないか」
帽子を脱いで監督がやってくる。
悲しいくらいに頭部に毛髪がなかった。ずんぐりした体形で背も低い。
(ヒヨコっぽいクマ……あ、この人、マウンティングキャンパーヒヨコにそっくりクマ。本人なのか?……微妙に違うクマ)
「そ、それは、ちょっと……色々と任務もありますクマ」
「監督さん。治癒クマちゃんはヒーローで忙しいのよ。今日も偶然きてくれただけなんだから」
さすがに、それは詩乃がとりなしてくれる。
「そうだよねー。はぁ。クマ君がいなくなったら、またすぐに怒り出すよ、彼女」
監督と遥香の性格的な相性もあるのかもしれない。
外はすでに暗くなっている。
監督が立ち去ると遥香がやってくる。
「もう、帰っちゃうの。またきて」
「クマクマ。今日はお姉ちゃんに会えてうれしかったです。これどうぞ」
翔一は自慢の一品、翡翠の勾玉ネックレスを差し出す。
見た目はどうということもないものだが、かなり強めの聖性受祚のお守りだった。
「あら、ありがとう」
「この子、ヒーローたちにお守り作ったりしてるのよ」
自慢げにおしゃべり魔人詩乃が秘密を喋る。
「あわわ、お母ちゃん、あまりそういうことは……」
「そ、そうだったわね」
「そうなの、えらいわねぇ。これはどういった力があるの?」
「魔除けクマです。悪意の力は防ぎます」
防護精霊の方が汎用性はあるが、彼女は呪いや悪霊の類が狙っている感じがあったので、聖性精霊の護符にしたのだ。
彼女もあまり悩まない質なのか、首にかける。
「いい感じね、気のせいか頭が軽いような気がするわ」
「でしょ、私もクマちゃんのお守り貰ってから、頭痛が全くなくなったわ」
おしゃべり魔人が自慢げに毛玉お守りを見せる。
「あ、かわいいわそれ。私、それほしい」
「クマちゃん、もう一つないの?」
「……ありますクマ」
結局、毛玉お守りも渡すことになる。
(効果が重複してるけど、二段構えにはなるかなぁ。彼女は有名女優さんだから、オーラもすごいし余裕で受容できるからいいクマかな?)
詩乃と翔一は浅河遥香に手を振って別れ、帰宅する。
離れていく車、遠くなっていく人々。
(氷のような目……)
異様に光る双眸が遥香を見ている。
彼女は気が付いていないが、久保田好美が背後から見つめているのだ。
不気味な熱心さで。
(久保田好美。ちょっと調べてみよう)
電話をする翔一。
「大神さん、すみません」
「お前からお願いなんて珍しいな。確かに俺はジャーナリストだから、芸能関係もそれなりに詳しいけどな」
大神恭平と話す。
「久保田好美。どうも気になって仕方がないんです。何かわかったら……」
「俺がわかるのは、裏の社会でどうつながっているかだな。オカルト事案だったら、あの、何とかという仮面のぬいぐるみが一番じゃないのか? お前の知り合いなんだろう?」
「ええ、そうですが、先生はちょっと古い術しか知らないから……」
「それだったら、あのいけ好かない住良木に頼めばいいだろう」
彼も住良木家は知っているようだが、当然、そりは合わないようだ。
「あの人に借りを作るのはちょっと」
「なら、自分で調べるしかないぜ。……とりあえず、俺がわかる範囲は調べてやるよ」
「報酬は支払います」
「気にするな、人狼協会の弟分の面倒見るのは当たり前だ……しかし、そうだな。精霊術の品に関して聞きたいことがあるから、何とか源庵に紹介してくれないか。面識はあるが、個人的なことを頼める関係でもないからな」
大神は何度か土壁源庵と会ったことはある。
個人的に親しくなるというようなことはなかったが。
「土壁源庵先生です。連絡しておきますよ」
「ああ、頼む。時間はこちらから連絡する」
「ええ、たぶん、いつでも大丈夫です。洗濯機に入っているとき以外」
「何? 洗濯機? どういう意味だ」
「先生のお気に入りなんです」
「……まあ、よくわからんがいいだろう」
そこで電話は切れる。




