125 暴力団と熊 その3
数日後、夕暮れ時。
『お兄さんから黒い宝石のことは聞きました。国虎組では大騒ぎになってます』
翔一はスマホの連絡に目を通す。
安藤からのメッセージ。
『喧嘩の事じゃないですよ。武部龍児のことです。どうやら、あいつ、宝石を飲み込んだようです。そして、拝み屋を動員して何かやってますね』
『宝石を飲んだのですか……』
返信を書く。
『体が変貌して、大暴れ。今は土蔵に閉じ込められているそうです』
『かなりまずい状況だと思います。よほどの実力者じゃないと、宝石の呪詛は越えられません』
『あいつら、大クマーさんを探していますよ。いずれ、翔一さんのところにもくると思います』
治癒クマーが翔一だということはそれなりに広まってしまっている。
(それに、平野さんは暴力団にすごまれたら全部喋るだろうね)
『助けるのは構わないですけど、家族には知られたくないですね。ヤクザと関係してるなんて』
『では、また何かわかったら連絡します』
『ありがとう、安藤さん』
スマホをしまう。
今は学校がちょうど終わった時間だった。
友人たちと校門を出ると、目つきの悪い黒いスーツ男が二人待っていた。
生徒たちは、いかにもという雰囲気の男たちと目を合わせないようにして、逃げるように学校を出ている。
「おい、あつだぜ」「ああ」
男たちは翔一を見ると、近づいてくる。
一人の男の顔にはガーゼが貼ってあった。服の下は包帯を巻いている気配がある。
(この人たち、あの場にいたんだ……)
「お前が御剣山か」
「京市君、菜奈ちゃん。先に帰って」
友人の少年と少女は心配そうに見るが、
「大丈夫だよ。いいから」
促す少年に、結局、二人は行ってしまう。
「何の御用です?」
「こちらにこい」
男二人に案内される。
少し離れた人気のない場所に大きな黒い外車。
赤いドレスを着た女が降りてくる。
鋭い目つきの美女。
姐さんこと、国虎組の組長代理だった。
「初めまして、御剣山翔一です。こんにちわ」
初対面ではないが、そうであるかのように頭を下げた。
「武部絹よ。あんた、大クマーの弟分だね」
「はい。しかし、一応違法行為になりますよ、それを調べるのは」
正当な理由もなくヒーローの身元を調べると、その時点で違法になる。
「ふん。いまさら何よ。あんたの兄貴がやったことは違法じゃないのかい」
「正当防衛だと聞いてますが」
「……まあ、いいわ。とにかくあんたの兄貴に伝えてほしい。あの黒い宝石を返すからとりにきな」
腰に手を当てて上から目線の命令。
美しく誇り高いが、
「お断りします」
翔一はそう告げた。
「なんだと! このガキ!」「なめんじゃねぇぞ!」
黒いスーツの男に胸倉をつかまれた。
冷たい目で見返す。
「やめな!」
絹の一喝で、男たちは手を放して引く。
「じゃあ、用事もないので」
背を向ける。
「待って! 助けてください。お願いします」
武部絹は固いアスファルトに手を突くと、土下座した。
「あ、姐さん!」「何もそんなことまでしなくても」
「……」
「龍児を助けてください。お願いします!」
額を地面につける。
「姐さん、義理の息子にそこまで……」
男の一人が絶句した。
「人の物を暴力で取り上げて、自分のものだといい張る。それだけじゃない、息子さんは弱い者いじめや犯罪に手を染めていた。密売詐欺、高利貸し。あなたたちの権威を使って誰も逆らえない。そんな人間を助けたら、それこそ兄の方が悪者になってしまう。自業自得ですよ」
「何でそんなことを知ってやがるんだ、このガキ!」
「それでも、それでもお願いします! 助けてやってください」
さらに、額を地面につける。
「龍児さんもあなた方も、二度と違法ビジネスはしない、弱い者いじめはしないと誓えば兄に話をします」
「おい、俺たちはすでに合法化しているぜ」
今やほとんどの暴力団は通常の企業活動が主な資金源になっている。
「それでも、龍児さんは悪に手を染めていた。全員が正しいと断言できるのですか?」
「……」
目を背ける黒スーツたち。
「誓います。任侠に生きます。弱い者いじめはしません。龍児にもいい聞かせます」
絹は頭を下げたまま、はっきりと述べた。
「……わかりました。お母さんの願いに免じて兄に話します」
翔一は背を向けて去った。
翌日、昼。
翔一は国虎組の近くにいた。
人通りはそれなりにあるが、多くはない。
(人気のない所で精霊界に入って、門の前で大熊状態になって出よう)
そう考えて、実行する。
突如、門の前に現れる大クマー。前と同じサイズ。
驚く三下。
門は開いており、数人の男たちが警備していた。
「だ、大クマー」「くそ、この熊野郎!」
身構えるジャージ二人。
「おい、やめろ」
スーツサングラスの男が二人を止めると、
「熊の旦那、こちらです」
サングラスが案内してくれる。
すぐに連絡がいったのだろう、ぞろぞろと男たちが出てきた。
刺青、スキンヘッド、パンチパーマ。カタギと思えないスーツ。
手に武器は持っていない。
けが人は思ったより少なかった。
(他から援軍呼んだクマ。かな?)
彼らから若干の金属臭がする。
(薄手の金属製防具着ているかもね)
世間では、服の下に着用できる薄手のチタン製防具が飛ぶように売れている。彼らもそれを買ったのだろうか。
たぶん、あの練習用の木刀なら耐えられる。
(まあ、また喧嘩になってもいいクマだね、結構、楽しかった)
「お兄さん、喧嘩、楽しかったクマだよね」
「はぁ? 調子に乗るなよ熊公!」
額に青筋を立てるサングラスの男、本音はこんな感じだろう。
ギロっと、にらみつけてくる男たち。
「そ、そこまで怒らなくてもいいと思うクマ」
「ち!」
中庭で待っていると、武部絹が出てくる。
今日は着物姿で凛々しく美しい。
「姐さん、いいんですかこの熊野郎を入れて」
「今日はご足労いただきありがとうございます。大クマーさん」
頭を下げる絹。
渋々、頭を下げる男たち。
かなりの数がその姿勢をするだけでうめき声をあげる。まだけがは治っていないのだ。
「さっそく、龍児君と会いたいクマ」
「こっちにこい」
サングラスが案内してくれる。
そこは土蔵だった。
その入り口付近に、数人の胡散臭い男たちがいた。術者とその弟子が十人ばかり。
土蔵を取り囲んで術を唱えている。
土蔵には符や紙の人形など様々な呪術が施されていた。
「ドーマンセーマン、ドーマンセーマン」「臨・兵・闘・者・皆……」
陰陽師系の呪術者が多いようだ。
(ん? 嫌なにおいがするクマ)
一人の術者と目が合った。
山伏のような男だ。五十ぐらいだろう。ギロッとにらみつけてくる。男の後ろに薄くて小さな影が複数。
(子供……の幽霊?)
「おい、拝み屋ども、大クマーさんに場所を開けろ」
「大クマー……」
山伏はギリっと歯を食いしばる。
犬歯が長いようだ。
他の拝み屋たちは巨大な熊に驚き、下がる。
「あれはなんだ」「とんでもない怪物だぞ」「魔物だ、間違いない」
「ち、てめぇら。全然効果出てないだろう。払った金の価値ねえだろうが」
「さ、最初から、効かないかもしれませんとは申し上げたはず」
一人の呪術者が答える。
「まあいい、熊の旦那。見てくれ」
サングラスが土蔵を開ける。
びりびりと破れる符やその他呪術。
土蔵は漆黒の闇だった。
ギロッと二つの光がにらみつける。
それは天井付近からだった。
「龍児君クマ? 出てくるクマ」
「キヒヒ、キヒヒ」
よだれが落ちてくる。
牙が長い。
いくつも鋭い爪の付いた足が見える。
「暗くてよく見えないクマ」
ポっと光が灯る。小さな光の精霊を出したのだ。
天井に巨大で不気味な生き物がいる。
牙と複眼。体は人間のそれだが、わき腹から爪の生えた節くれだった脚。
どうみても、巨大な蜘蛛のような男だった。
「だからいったのに、欲をかくからだよ」
「キシャー!」
毒が飛んでくる。
「チビクマ!」
鏡を持ったチビクマが飛び出して、毒を反射した。
毒は正確に龍児に返ったが、怪物は素早い動きで躱す。
溶ける天井。
「ガー!」
跳び掛かってくる怪物。
「逃げろ!」「土蔵を閉めてくれ!」
叫ぶ拝み屋たち。
「ほいっと、おとなしくするクマ!」
牙をひらりと躱して、巨大な拳で蜘蛛の顔面を殴った。
ボコ!
「ギャー!」
「まだまだ殴るクマ!」
ガシっと大蜘蛛人間を片手で掴む大クマー。
ボコ、ボコ!
腹を胸を、顔面を丸太より太い腕で殴りまくる。
見える者にはわかるが、手には聖性精霊を纏わせていた。
不気味な蜘蛛の脚が飛び散り、複眼がつぶれ、牙が折れる。
「ギャー! ギャー!」
「な、なんて無茶苦茶だ」「こんな調伏見たことないぞ!」
叫ぶ、拝み屋。
サングラスの男も、他のヤクザも、そして、絹も唖然と見つめる。
「おい、見ろ!」
殴られ続ける怪物は、やがて、何も抵抗できず、魔物部分が飛び散って消えてしまう。
徐々に体は元の人間に戻って行く。
「よいしょっと」
人間の青年らしくなってきた体を大きな庭石の上に置いた。
うつ伏せにして、尻を突き出すような形にする。
「サッサと、出すクマ」
布団みたいな大きな手で、青年の尻をバシバシ叩きまくる。
服はすぐに破れ、汚い尻がむき出しになり、真っ赤に腫れ上がった。
「さあ、さっさと出さないと、一生座れなくなるクマー!」
「や、やめて、すみません」
武部龍児は泣きながら、げぼっと何かを吐き出す。
それは黒い宝石だった。
黒く邪悪な輝きを見せる。
「二度と悪時には手を出さないと誓うクマ」
バシバシ尻を叩く。
すさまじい威力だった。龍児の体が激しすぎる張り手に震え、骨が軋む。
「ひ、ひ、すみません。すみません」
「返事は?」
「はいいいいい!」
「……とりあえず、今は許すクマ」
ぴたっと、尻を叩く手を止める。
宝石を拾う大クマー。
「これは混沌の塊り。魅入られた直後だから、彼には人間が残っていたクマ」
占い袋を出して、宝石を戻す。
「救急車を呼べ、お坊ちゃんを入院させるんだ!」
サングラスが叫ぶ。
「へい!」
男たちが走る。
「ありがとうございました。大クマー様」
美しい所作で、頭を下げる武部絹。
「龍児君はなぜ、あれを飲み込んだクマです?」
「あの後、気になって渡すように伝えました。そうしたら、半狂乱になって子供みたいに暴れだしたのです。男たちが取り押さえようとしたらあれを飲み込んで……」
「あれは非常に強力な呪力がないと制御できないクマ。僕は呪詛があまり効かないし色々あるから大丈夫だけど」
「すみません。あの時素直に返しておけば」
「反省しているなら、もう何もいわないクマ」
門に向かう。
「熊の旦那。これは些少ですが」
サングラスが何か包みを出す。お金の匂いがしたが、
「僕は動物。お金なんていらないクマ」
首を振って屋敷を出ようとする。
「待て!」
門の前に山伏風の拝み屋が立っていた。
「君は?」
「おい、熊旦那の邪魔をするな、館川」
大声を出すサングラス。
その男は館川というらしい。
「喝! 貴様ぁ! ご主人様を殺したな!」
男が『喝!』と叫んだ時点で、何の呪力も持たないヤクザたちは動きが止まる。
「……」
「わからぬか。貴様は榊原宗一郎様を殺した。なぜ、復活せぬ? あの方は仙人。貴様、何をした!」
「榊原さんは兄弟子さんに罰を受けているクマ。もう永久に復活はないと思う」
「兄弟子……もしかして、天界の」
「諦めるクマ。助けたかったら、天界に行くんだね」
「クソ。ならばもうご主人様は……こうなったら、ここで貴様を倒す!」
錫杖を構え、すっと仕込み刀を抜く。
ぞっとするような呪力に満ちていた。
「その刀。どうやって作った」
翔一も刀を出す。鞘に入った『念焔剣』。
「無垢な子供を贄にした。その強力な呪力がこもっている。いかなる魔物も殺せる力があるのだ。死骨仙人の偉大な呪術!」
「そんなくだらないもののために人を殺したんだな」
(子供たちの幽霊。意味がわかったよ)
哀れな小さい犠牲者たちは男を恨みのこもった眼でにらみつけている。
「これは他に代えがたいものだ、宝石より価値がある!」
吼える男。
邪剣を正眼に構える。
刀を抜かずに柄に手を添える大熊。
「手加減はしない」
「こ」
何かをいいかけたが、館川は永久に次の言葉を発することはできなかった。
ズン!
飛びあがる首。
邪悪な山伏の背後に大クマーが立っていた。
「白虎一剣、迅雷」
邪剣は折れ、首のない胴体がゆっくり崩れ落ちる。
石畳に転がる首。
首と胴体は切り口から燃え始め、同時に折れた刀も燃え上がる。
大熊の手にはオーラに燃える刀があった。
門が開き、大熊はくぐったと同時にスーッと消えてしまう。
「……い、いま、のは?」「何が、あった……」
驚愕の男たち。
「おい、早く門を閉めろ! こんなもの世間に見られたらことだ」
サングラスが大慌で指示を出す。
館川の死骸は黒焦げになり、原形をとどめていない。
「いいかいお前ら。あの熊は恩人だ。そして、この件はこれで終わり。誰にも公言すんじゃないよ」
絹がドスの利いた声で告げる。
「へい!」
「わかったらさっさと片付けるぞ。救急車がくる」
サングラスの命令。
男たちは急いで動き出した。
「おい、あの熊公」「ああ、かなり手加減してくれていたんだ」「喧嘩をあの刀でやられてたら……全員死んでいたな」「あいつの剣筋見えたか?」「いいや全く」
「無駄口叩いてんじゃねぇ! さっさと手ぇ動かせ!」
サングラスに怒鳴られて、慌てる男たち。
「ききましたよ。お兄さんの活躍」
安藤からの電話。
「龍児さんはその後どうなったんです」
「今は入院してますが、すっかりおとなしくなったみたいですよ」
「国虎組は?」
「どうやら、完全に合法事業だけやるって宣言したそうです。まあ、本来、当たり前のことですがね」
「ええ、そう思います」
(さすが情報屋さんだ。情報が早い)
「ところで、どうして、大クマーさんはあの山伏野郎を?」
「あの山伏は邪悪に手を染め、子供を殺していました。兄の話だと、あいつを恨んでついて回っている子供の霊がいたそうです」
「そ、そっすか。幽霊が見えるんすね」
「それに、あいつは刀を抜いて襲い掛かってきましたから、仕方なく」
「まあ、そんな野郎なら当然ですね。死骸は組の方できれいさっぱりにしたって」
「そうですか。……ところで、情報料ですが」
「治癒クマーさんは兄貴の命の恩人。一銭も貰えませんよ。それに、俺の方は……」
「そういえば、連絡のすぐ後にヤクザさんがきましたよね」
「あ、そ、そうでしたか。ハハハ」
笑ってごまかす安藤。
「でも、ありがとう、安藤さん。大沢さんにもよろしく」
「こちらこそ。困ったときはいつでも連絡してください」
電話は切れる。
「ねぇ、翔ちゃん、誰と話してたの」
女装した美少年、京市が話しかけてくる。
今は昼休みだ。
「まあ、ちょっとしたことだよ」
「気のせいか物騒なこといってなかった?」
妖しい目線、下手な女の子よりも美しい。
「そ、そんなことないよ」
ふと見ると、教室の外に平野稜がいる。
「京市くん、ちょっとあの先輩と話があるから」
「いろいろ秘密あるよね。翔ちゃんって」
不信の目をくれる親友。
「あの宝石の件は黙っていてくれないか。金なら払うから」
校舎の裏、人気のない場所で頭を下げる平野。
「……二度と盗みなんてしないと約束してくれるなら」
「はい、もう、しないよ」
「じゃあ、これ見て」
翔一はズボンのポケットから宝石を取り出す。
「あ、こ、これは。どうやってとり戻し……」
「ある人に頼みました。これは呪われているから。耐性のない人が持っていたら恐ろしいことになります」
「そ、そうなんだ」
何となく、魅入られた目をする平野。
すぐに隠した。
「……変な魅力ありますよね? でも、忘れてほしい、本当に身を亡ぼします。龍児さんも一時呪われていました」
「わかったよ……」
「そういえば、細野さんは? 最近見ないような」
「知らないのか。あいつあの直後、一人になったところを公園で刺されたんだ。女の子妊娠させて、それを捨てた……それで恨まれて」
「……」
「一応、生きているよ。今は病院。でも、学校は退学するって」
学校が終わり、校舎を出る。
安達美雪と姉の御剣山園が楽し気に会話しながら校門を出る姿が見えた。
放課後は街に行くのか。
少女たちのお遊びが招いた事件を思い出してため息をつく。
(本当に無邪気なものだ。僕の苦労も知らないで)
「翔ちゃん、どうしたのため息なんてついて」
源雪が校門で待っていた。
「いろいろあったんだよ」
「よかったら話してよ」
「君にならいいかなぁ。誰にもいっちゃだめだよ」
少女と仲良く帰宅する翔一だった。




