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122 四級ヒーローの宿命 その3

「やめろ! なんて酷いことをするんだ!」 

「ん。お前は? どこから現れた。熊の怪物?」

 アシュレイ・バルフォアの前に突如現れた大熊。

 手に刀を持っている。

 翔一は隠密精霊を纏い、全力疾走した。

 焦るあまり、無意識に精霊界を移動して、彼の前に立つ直前に大熊と化して現れた。

 アシュレイの目には突如現れたように見えたかもしれない。

「そんなことはどうでもいい! 人をさらい、人を殺す。君は何様なんだ!」

「ふん。僕は神に選ばれた超人。何をしようが、心のままに自由にできる」

「それは思いあがった考え方だ。自分は悪事を許されるというのか」

「そうだ、僕はだれにも止められない無敵の超人。いうなれば神だ。何をやってもいい」

「お前みたいな邪悪な奴は単なる悪魔。僕が止める」 

 大熊は『念焔剣』を抜き、肩に担ぐような構えを取る。

「聞いたことがあるよ、剣術と魔術を使う大熊がいるって。ワーベアーの類だろうけど、僕にかなうわけもないよ」

 アシュレイはポケットに手を突っ込みながら、ぐっと念力を籠める。

 強い風を受けたように、大熊はなんらかの力で押し付けるような圧力を感じた。

「まだまだ序の口だよ、君は何もできず、動けず、僕に引き裂かれて死ぬ。魔術も通用しない。僕のバリアは魔力とやらを阻害するからね」

 彼も超能力者の例にもれず、魔術やオカルトというものを小馬鹿にしている。

 笑顔を浮かべる少年。

「怪力が自慢なんだろう? でも、僕の前に無力だ」

 圧力はさらに増す。

 アスファルトの地面が放射状にひび割れ、大クマーはくるぶし一つ分地面に沈む。

「ぐ」

「ハハハ! どうだ。手も足も出ないだろう。所詮は剣士。僕の力の前では何もできず死ぬだけなんだ」

「こうやって、何人も殺してきたのか」

「そうだ、それがどうした。虫けらをつぶしただけだ。君も同じになる!」

「まるで魔王だ」

「魔王。そうだ。僕は魔王だ。誰も僕を止められない。僕は人々に君臨する!」

「魔王というのはいいかえれば奴隷だよ」

「負け惜しみか? そいつと同じ死に方をさせてやる」

 少年は大沢を指さす。

 フワフワと無数の棒状の物体が浮く。

 窓枠、鉄筋、手すり……ご丁寧に、全ての先端が即席の槍のように尖っている。

「白虎……」

「なにがいいたい」

 美少年の顔に嫌味な笑顔が張り付く。

 ボっと、いきなり剣が燃え上がる。

 燃え上がるオーラの炎は念力を焼いた。

 少年の念力が破れる。

「え?」

 一斉に大熊に向かう槍。しかし、それは空をきった。

「……一剣」

 ブワっと風が少年を掠める。

 風は毛皮の気配とともに背後にあった。

 ゴト。

 少年の左腕が、アスファルトの地面に落ちた。

 噴き出す血液、そして、切断されて残った上腕部と剣が掠った左上半身が燃え上がる。

「そ、そんな。僕が、はぁああ。ガハ!」

 膝をつく少年。

「……お命頂戴いたします」

 首筋を狙って、剣を水平に構える。

「魂が! 魂が燃える! ぐああああああああ!」

 転げまわる。

 大熊が少年の肩に手をかけて動きを止めようとした瞬間、手は空を切る。

 少年が消えたのだ。

「!」

「やらせませんわ」

 十メートルほど先に三人の少女。いずれもメイド服。

 そして、苦痛にもだえるアシュレイが彼女たちの背後にいた。

「テレポート?」

「そうよ、怪物。ご主人様にこれ以上手を出させないわ」

 中央の少女が合図すると、空中に多数の手りゅう弾が浮く。

(三十個はある……)

「……なぜ、君たちはそんな極悪な奴に手を貸す?」

「アシュレイ様は帝王になるお方。お前のような動物が手を出していい人ではない」

 少年は念力を全力で傾けて魂の炎上を抑制している。

「その帝王が、なぜ子供をさらう」

「さらう? 違うわ。下僕にしてあげるのよ。感謝してほしいくらい」

「君たちは頭がおかしい」

「うるさい! 怪物め!」「殺すしかないわ!」

 後ろの二人が吼える。

「任せろ」

 ダーク翔一が一機にチビクマたちを現実界に出した。

「クマクマ」「クマクマ」

「ん。なんなの。動物が動物を出したわ」

 一瞬のにらみ合い。

「ダークボルト!」

 チビクマのうち四匹が同時に魔力の塊りを撃つ。

「念動バリア!」

 苦しみながらもアシュレイがバリアを張った。ぎりぎりで命中せず、消える闇の弾。

「死ね、怪物!」 

 ピンが消え、手りゅう弾は一斉に起爆状態になる。

 そして、手りゅう弾は辺りにばらまかれた。

「終わりよ、大熊!」

 割れたアスファルトの上に転がる。

 しかし、なにも起きない。

 大クマーは微動だにしない。

「? どういうこと」

「お姉さま……」 

 手りゅう弾は一つも爆発しなかった。

「そんな小技、僕には通用しない」

「もういい、逃げよう。セラフィムシスターズ」

「はい。ご主人様。……覚えておきなさい、大熊。アシュレイ様に大けがをさせた償いは、いずれさせてやるから」

 アシュレイと三人の少女は薄くなって消えていく。

(倒すべきだったか……しかし)

 精霊で阻害すれば、テレポートを妨害できそうだったがあえてしなかった。

 翔一の後ろで声がしたのだ。


「あ、ああ。俺、死んだのか……」

 振り向くと真っ白な顔をした大沢の魂がぼーっと立っている。

 大クマーは子熊になった。

「おじさん、ありがとう。子供たちは助かったよ」

「ああ、そうか、よかった」

「おじさんはまだ、戦いたいクマ? それとも先祖の世界に行きたい?」

「わからん。まだやり残したことがあるような気がする」

「おじさんはすごく勇敢で、これから大活躍する人だと思うよ」

 会話を無視し、ダーク翔一がエレメンタルを使って鉄の棒を全部抜いている。これ以上出血しないように強力な治癒精霊を纏わせながら。

「俺は死ぬのか。まだ、なんにも成し遂げていないのにな」

 寂しく苦笑する大沢。

「おじさんはなぜヒーローになったの?」

「何かやり遂げたかったんだ。どうせ、俺みたいな将来性のない男が失うものは命だけだからな」

「まだ、やれるとしたら?」

「そうだな、チャンスがあるならものにして見せるぜ。でも、もう無理だろう。ここまで体がぶっ壊れて生きられるわけがない」

 血の海に浸った自分の体を指さす。

 普通の人間なら十回ぐらい死んでいる傷だ。

 大沢の霊魂はそれ以上語らなかった。


「そ、そんなぁ。兄貴! 死ぬな!」

 ボロボロ涙を流しながら、血まみれの大沢を抱きかかえる安藤。

 安藤も大沢の血で血まみれになる。

 治癒クマーは大量の治癒精霊を呼び、治療を図る。

「応援は呼びました。応急手当でできることはこれが限界」

「あんた治癒クマーだろ。名前通りの仕事してくれよ!」

 涙と鼻水を流しながら、安藤が叫ぶ。

「……」

「兄貴。俺がふがいないばっかりに。ムショでもいつも助けてくれたのに……俺は、何にもできない……」

「安藤さん……僕がすることを、誰にもいわないと約束してくれませんか」

「な、なんだよ、急に」

「約束してください」

「わかったよ。拷問されても絶対吐かないぜ。何をするつもりだ」

「術を。……刺青を彫れますか」

「ムショでやったことがある」

「すぐに胸の傷がないところにこのマークを入れてください。僕は魔方陣を描きます」

 翔一は爪で地面に円形の象形文字を描く。

 安藤は何もいわず、原始的な入れ墨道具を受け取ると、それを見て大沢の胸に彫り始めた。

 彼が入れたのは祖霊の古代文字。

 その間に、地面に魔方陣を描き彼の周りに結界を張る。

 精霊の宿った埴輪をいくつか、囲むように置く。

「じゃあ、彼の手を握ってください。復活を願って。僕は精霊界に行きます。彼を守る祖霊を探します」

「わかった、何かわからんが頼むぜ」

 そういうと、治癒クマーは大沢の足元で横になると意識を失う。

「術って普通、呪文とか唱えるんじゃないのかよ」

 安藤の声を背中に聞きながら、翔一は精霊界に跳んだ。

 

「おっさんは霊魂離れてるから一緒に連れて行こうぜ」

 ダーク翔一が大沢の手を引いて祖霊の世界に向かう。

 翔一も大沢と手をつないだ。

「だれか呼んでるクマ」

「かなり強い存在だな」

 そこは巨岩が転がり草ひとつ生えていない荒涼とした場所、暗い空、強い風とぱらつく雨。

 丘のような岩山。

 巨岩が頂上にあり、その上に大きな怪物、巨人が座っていた。

 巨人は目が三つあり、角も三本生えている。

「巨人……というか、鬼みたいだな」

「……」

 三人と巨人は見つめ合った。

「お前たち、何の用だ」

 巨人が声を出す。雷のように響く声。

「この人はあなたの子孫です! 彼を助けてください!」

「こ奴、死にかけておるのか。死んでおるのか。弱弱しい奴だ」

 馬鹿にしたように巨人は見下ろす。

「でも、心は強いんです。死にかけていても敵から逃げませんでした!」

「ほう、そうなのか」

 巨人は真ん中の目でまじまじと大沢を見る。

 大沢は無言で見つめ返した。

「ふむ、目はいいな。しかし、俺が手を貸す義理もない。俺の子孫だとしてもだ。そんなのは無数にいるではないか」

「代償を上げるクマ。僕が持っているものでよかったら」

「……確かに、いろいろと持っておるな。……まさか、お主……神殺しではないか。獣よ」

「仕方なく。そんなことより、彼を」

「神殺しが助けたい男に興味がわいてきたわ。よかろう、手を貸そう。これを持って行け」

 ぽんと、放り投げた金属の塊。

 大型の金棒だった。

 大地に突き立っている。

 六角形で握りに獣の皮が巻いてある。黒くて武骨で巨大。先端が尖っていた。

「それを握れば、お前と俺はつながる。お前が弱い奴なら、いつかお前の心は俺が持って行ってしまう。お前が耐え忍んだのなら、お前はお前のままだろう。それが代償だ」

 大沢はそう聞いても躊躇しなかった。

 子熊二人の手を離すと、ぐっと金棒を握る。

 ブワっと、意識が引き戻された。


「え、うわ、なにこれ!」

 安藤は突然現れたものに驚愕。

 魔方陣の端に金棒が立ったのだ。

 砕け散る埴輪。

 治癒クマーがむくりと起き上がる。

 見ると大沢の胸の古代象形文字に角が生えていた。

「しかし、まだ、体が壊れすぎだ」

 ダーク翔一が精霊界でつぶやく。

「僕は彼を死なせない」

 安藤を少し下がらせると、翔一は壺を取り出す。

「クマさん、それは?」

「霊薬が入っています」

「すごい匂いっすね」

 翔一はスプーンに一杯、黒い蜂蜜を掬うと、大沢の口に流し込む。

「……」

 見つめる三人。

 大沢に変化はないが、

「効いてない、の、では」

 安藤が不安な顔をする。

 ぴく。

 大沢の指がかすかに動いた。

「今、動いた!」

 安藤は兄貴分を目を皿のようにしてみていたのだ。

「う、ごふ!」

 大沢は小さく息をした。

「あ、兄貴!」

「さあ、ちょうど仲間がきたクマですよ。大沢さんについてあげてください」

 すごいスピードで大型車が走ってくる。

「もちろんっすよ。治癒クマー先生。ありがとうございます!」

 土下座する安藤。

「くれぐれも、このことは内密に。金棒は僕が預かっておきますから、大沢さんが元気になったら渡します」

「ええ、絶対しゃべりません。ありがとう。ありがとう」

 涙を流しながら、安藤は礼を述べ続けた。

 金棒は翔一が精霊界に入れる。


 やがて救急車とヒーロー軍団がやってくる。

「四級ヒーロー三人組だな。子供たちは無事保護された。君たち、大活躍だったな」

 さわやかな声。アイマスクとマント、アメコミヒーロー風スーツの男が笑顔で称賛してくれる。

 バスターフレイムというそこそこ有名なヒーローだった。

 救急隊員が大沢を担架にてきぱきと乗せる。安藤はそれに同乗した。

「お兄さん、あの廃屋に一人、敵の捕虜がいますクマ。それと、ここは不発の手りゅう弾がいっぱい転がってますから、すぐに退避お願いします。大クマー兄が魔術で抑えているので切れる前に」

「わかった、私に任せたまえ」

 バスターフレイムはぐっと親指を立てて、白い歯を見せた。




「今日のニュースです。新ヒーロー大活躍の話題です」

「心強いニュースが飛び込んできましたね」

 キャスターの話に解説員がうなずく。

「今日未明、M野市某市営公園に出現したゾウムシ怪人を新進気鋭の『金剛鬼人』スティールバットが文字通り粉砕したという情報です」

「スティールバットですか。新型の怪人を倒すとは相当な実力ですね、彼はどのような存在なのですか」

「彼は元は四級で何の能力もなかったのですが、偶然手に入れた金棒の魔力で鬼人覚醒し、ヒーローとして立ち上がったということです」

「経歴のほうはよくわかりませんが、強いヒーローなら文句もいえません。彼と日本防衛会議、警察、自衛隊の活躍を今後も期待しましょう」

「では、次のニュースです」

 プチっとテレビを消す。

 晩御飯をパクパクと食べてしまう。

「お母ちゃん、おいしかったクマー。僕、お風呂に入るよ」

「ウフフ。泳いだらだめよ」

「わかったクマ」

 詩乃に笑顔で注意されて、うなずく翔一。

 湯船につかる。

「キュー、クマクマ」

 チビクマの中でも風呂を好きな者が、一緒に湯船につかる。

「大沢さんもあれでよかったクマだろうか。死ぬよりはいいと思うけど」

 大沢があまり生に執着がなかったのが気にかかった。

 それが彼の強みともいえるが。どうも無鉄砲な感じはする。

「安藤さんは……」 

 安藤は誘拐事件の後、すぐにヒーローをやめてしまった。

(実力がないから無理だって)

 彼は裏社会に戻って情報屋をやっているという。

(悪党たちの情報を集めてヒーロー側に情報支援する専門の情報屋だというクマ。たしかに、安藤さんは戦闘能力より、それで頑張ったほうがいいだろうね)

 武骨な大沢に替わって、交渉役はいつも彼がやっていたのだ。

 湯船につかり、ふと、精霊界ポケットを見る。

 竜の心臓の蜜漬けは異様な生命力を発しながら鎮座していた。

(どうやら、多少減ったみたい。黒い蜜)

 心臓だけではなく、蜜にも強力な力があった。

 互いに補完しあうアーティファクトなのだ。

(この霊薬を使えば、治る以上の結果になる。すごく強くなる。でも、これを大勢の人に飲ませたらどうなるだろう)

(確かに、強い人間が増える。しかし、それがよいことなのかは疑問)

 翔一の中に、この竜の霊薬を人々に飲ませることに不安があったのは事実だった。

(戦いが増えれば増えるほど、これを飲む人は増える。増えた結果、何か最悪のことは起きないのだろうか。もしそうなら罠だ)

(しかし、ゾーヤさんや大沢さんのような人が目の前にいたら……)

 首を振る。

 考えがまとまらない。

「難しく考えるのはやめよう、考えるだけ無駄クマ。運命に任せよう」

 翔一はそうつぶやくと湯船を出た。




2021/11/6 2022/10/14 微修正

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