120 四級ヒーローの宿命 その1
休日の朝。
自宅。
ヒーロー端末が鳴る。
日本防衛会議からの電話だ。
「はい、治癒クマーですクマ」
子熊の翔一がモフっと出る。
「……」
「ヒーロー任務クマですね!」
治癒クマーの声が嬉しさに大きくなる。
「……」
「え? それって、うーん」
「……」
「はい、わかりましたクマ……すぐに向かいます」
やる気が一気に落ちた雰囲気の翔一。
「翔ちゃん、今日はどこかに行くの? お弁当作る?」
母の詩乃が声をかけてくる。
「じゃあ、お母ちゃん、お願いしますクマ」
「朝食も食べてしまいなさいな」
「うん」
ごはんやみそ汁、焼き魚。パクパクと食べる。
「お母ちゃん、おいしいクマー」
「ありがとう。それで、再任命後の初任務なのよね? 嬉しくないの?」
テーブルに座って、コーヒーを飲む詩乃。
「平和な任務クマー。僕みたいな生粋の戦士には不向きクマ。任務は警察署に行って……」
任務の簡単な概要を話す。
機密保持もかからない任務なのだ。
「あら、よかったわ。いいのよ、戦いなんてなくて」
翔一は食事を終えた後、ソファーに寝転がる。
「すぐに寝たらだめじゃない」
「寝てないクマ。気を統一してるクマー」
詩乃も横に座る。
「クマクマ」
頭を膝に乗せる子熊。
「もう、甘えん坊さんね。……私も後でちょっと見に行くわ、時間があるから」
「忙しいのに無理はしなくていいよ」
「大丈夫よ。私たちは会社員じゃないから、そんなにうるさくないのよ」
スマホをいじる詩乃。
休日の朝の一時。
「今日は日本防衛会議からヒーローのお二人にきていただきました」
ガヤガヤ。
幼稚園児など子供たちが期待に輝く目を向ける。
同時に、濁った目線でヒーローを見るデブのおっさん集団。
ここは近所の警察署。
その駐車場で、警察と日本防衛会議主催の子供向け啓発集会兼ヒーローショーだった。
「二級ヒーロー聖美沙さん、四級ヒーロー治癒クマー君です」
「皆さんごきげんよう」
美しく可愛らしく挨拶する美少女ヒロイン。
「クマクマ。治癒クマーです」
モフ手を振る治癒クマー翔一。
「えー、ストロングホーンは?」「女とかウゼー」「くまたんくまたん」
小さな子供たちの反応はある意味残酷でもあるが正直でもある。
それに対し、大きなお友達たちは気持ち悪い反応だった。
「ブヒヒ、聖さん、今日も綺麗な太腿ですね」「ステージのすぐ下で撮影したいブヒ」「ハァハァ」
大きなお友達たちは全員デブ、バンダナで髪の毛がこってりしている。
一様に眼鏡でもあった。ついでにいうと、息も非常に臭い。
(うわー、すごくキモいクマー!)
「オラ! 下がれ、コラ! マジで殺すぞ」
暴力犯罪者風の男二人が、キモいデブ軍団をステージ前から追っ払う。
一応、アイマスクをして、ヒーロー正体は隠している。
彼らは四級補助ヒーローだ。
以前、治安活動奉仕で功績を認められて、釈放された大沢友美と安藤卓の二人である。
彼らはなぜかヒーロー志願をした。
現在は功績次第で取り立てるという立場。しかし、信用がないので四級マイナス的状態からスタートなのだ。
「大沢兄貴。マジで地味すぎませんか、この仕事」
ぼやく安藤。
「いいから真面目にやれ。俺たちの目標は一級越えて超級だ」
「しかし、俺たち何の能力もないですよ」
「男が何かやるのにトップ目指さないでどうする。今は余計なことを考えずに働くんだ」
「はあ」
尚、四級補助はヒーローネームすら与えられていない。
人員整理をする二人。
基本的に小さな子供たちは喋りがうるさい程度で大人しい。
前にきたり、迷惑なのは大きいお友達だった。
「いいですか、このスマホの警戒音が鳴ったら、すぐに画面を見て指定の方向に逃げてください」
聖美沙が全スマホに搭載されたテロ警戒アプリの使い方を説明している。
政府自治体が警戒を出すと、現在位置のミニマップが表示され、避難する方角が示されるのだ。
「じゃあ、いまから悪い怪人さんがきます。みんなはスマホを出して、方角を確認してください」
司会の婦人警官が指示をする。
「クマー! 僕は悪者クマー! がおー」
角を付けた治癒クマーがステージ袖から現れる。
「はい、悪い怪人がきました、皆さん、スマホの方角は?」
「後ろ!」
一斉に返事する子供たち。
「じゃあ、後ろに下がりましょうね」
「わー!」
子供たちはキャッキャッと飛び跳ねながら、会場の後ろの方に詰める。
「てめぇらも下がるんだよ」
「やめてくださいブヒ。暴力反対ブヒ!」「フヒ! わ、わかりました」
大沢に怒られて、慌てて下がるデブ軍団。
「はい、よくできました。怪人やその他悪者はヒーローや警察自衛隊に任せて、皆さんは立ち止まらず逃げてください」
婦人警官はよどみなく指示。司会慣れしている。
何度もやっているショーなのだ。
「キャッキャ」
「じゃあ、ちゃんとスマホの指示に従った皆さんのために、我が東宮市が誇るヒーロー、聖美沙さんに悪い怪人を倒してもらいましょう」
「はい、頑張ります」
聖はそういうと、持っていた魔法のワンドで治癒クマーの毛皮の頭を軽くちょんと撫でる。
「えい!」
「うわー、やられたクマ―」
ふらふら、ぱたっと倒れる治癒クマー。
「悪者は倒されました。でも、いつも悪者が簡単に倒せるとは限りません。よいこは悪者に近寄ってはだめです。ヒーローや警察に任せて、逃げることを最優先にしてください。わかったかな?」
聖美沙が子供たちに話しかける。
「はーい!」
子供たちが元気よく答えた。
「ブヒ!」
デブ軍団も答える。
短いショーはそれで終わりになり、婦人警官がアプリの補足説明などをしている。
その光景を、大きなサングラスにマフラーとマスクという女性が見ていた。
ショーが終わって、子供たちに手を振っている婦人警官に喰ってかかる。
「どういうこと。なぜ、うちの翔……治癒クマーちゃんが悪者役なの!」
「え、そんなこといわれましても、適任だったとしか……」
困惑する婦人警官。
サングラスの女性は御剣山詩乃だった。
約束通り、仕事場に行く前に見学にきていたのだ。
「あの子は悪い子じゃないの。悪者役なんてさせないで」
「いや、あの、誰かがやらないとですね、保護者の方ですか?」
「え、えっと、違いますけど、ちょっと見ていられなくて……そうよ、悪者役なんて、あの人員整理の人にやってもらえばよかったのよ。目つきもすごく悪いわ」
詩乃は大沢と安藤を指さす。
「おい、いってくれるじゃねーか。奥さん、俺のどこが悪党だぁ?!」
切れ気味の大沢。
「兄貴、その態度はやばいっすよ」
「ンなこといわれて黙ってられっかよ」
「きゃ、何なの、この粗暴なのは」
「やめなさい。防衛会議に報告しますよ」
婦人警官に注意されて、おとなしくなる大沢。
「ち!」
「兄貴、俺たち目つき悪いのは事実だから仕方ないっすよ」
気まずくなる場。
「お母ちゃん、きてくれたクマ」
翔一がやってくる。
角は外したようだ。
「翔……治癒クマーちゃん。今日も偉かったわ」
「ありがとうクマ」
「治癒クマーさんのお母ちゃんって、人間だったんだ」
安藤がつぶやく。
「じゃあクマちゃん、私、防衛会議の宣伝撮影があるの。ごきげんよう」
聖美沙はお嬢様らしい挨拶をすると、彼女は迎えの車に乗る。
下手なアイドルより引っ張りだこの毎日なのだ。
警官が日当を持ってくる。
大沢たちは日払いバイトだった。
「えっと、これで三千円か。ちょっと厳しっすね。短時間とはいえ」
「不況だからな。戦いでもあれば、支払いは跳ね上がるが。誰でもできるような仕事じゃな」
「これは、生活も考えると素うどんぐらいしか食えませんぜ……」
脱力して、座り込む二人。
「大沢さん、安藤さん。一緒におにぎり食べるクマ?」
「悪い子と友達になったらだめよ、クマちゃん」
詩乃に注意される。
「あのね、奥さん。俺たちはこれでも防衛会議に所属してるんだぜ。一応、ヒーローの端くれなんだ」
大沢の反論。
「お母ちゃん。この二人は正義のために戦って命がけで人を助けたクマだよ。立派なヒーロークマ」
「そ、そうだったのね、それはごめんなさい。クマちゃんがおにぎりいっぱい持ってますから一緒に食べてあげて。私、もう行かないと。事務所から呼び出しかかったから……」
詩乃がスマホを確認している。
「お母ちゃん。お仕事頑張ってクマ」
「クマちゃん、無理はしないで」
そういうと、詩乃は車に乗り込んだ。
警察署に食堂があるので、三人はそこで食事をとる。
「おにぎりだけ恵んでもらうのもあれですから、三人でうどんでも追加しましょう」
安藤の提案で四級三人組はうどんとおにぎりという炭水化物セットを食べる。
「なかなかいけるな。おにぎり。あのお母ちゃんがつくってくれたのか?」
「そうですクマ。いつもお手伝いさんと一緒に」
ちなみに、お手伝いさんは美佐江さんという近所の主婦。
翔一が治癒クマーであることを知っている。
元々、芸能人の家に出入りしていた関係上、彼女は非常に口が堅いのだ。
「へえー。クマさんのおうちって、いいところなんですね」
安藤が感心しきり。
「でも、僕の中身の人はお母ちゃんに苦労掛けたから、ヒーロー活動頑張って、親孝行したいと思ってますクマ」
「しかし、四級じゃ稼ぎも少ないっすよ」
安藤はうどんをすすりながら、最低限の賃金を思い出して顔をしかめる。
「僕は受祚物を作ってお金もらってるクマ」
「なんだそれ?」
大沢、けげんな顔。
「精霊を入れた物品だよ。結構役に立つクマ」
「いくらぐらいになるんだ?」
「一番安いお守りで、十万円もらえるクマ」
「おい、まじか。それはすごいな」
驚愕する大沢。
「そ、それ、俺たちに作れませんかね」
安藤が思わず打算的な顔になる。
「精霊術は才能がすべてだから……あまり、現代の人には才能ないと思うクマです」
「俺たちに可能性はないのかよ」
大沢にいわれて、霊視する。
彼らは先祖の縁が薄い。やはり、神仏を思う気持ちがないような人には祖霊は親しまない。しかし、霊魂の強さ、オーラの強さは通常より上だった。
「オーラは一般人より強いです、でも、精霊術の才能はないと思うクマです。今の人は超能力とかそういう方向かなと」
「じゃあ、俺たちに超能力は?」
「それはわからないです」
「はあ。やっぱり、夢みたいな強さなんて、そうそう簡単にはないですねぇ」
ため息をつく安藤。
昼食を終え、茶を飲んでいると、何か騒然とした雰囲気が警察署にあった。
「なんですかね、何かあったんでしょうか」
「安藤、サツの旦那と親しいだろう。調べてみたらどうだ」
うなずいて、慌てている警官たちに話しかける安藤。
しばらくして。
「わかりましたよ。先ほどショーの見学にきていた幼稚園児が二人ほど行方不明になったようです」
「行方不明って、とんでもないことだぞ。俺たちも捜索を手伝おう」
大沢の言葉にうなずく、安藤と治癒クマー。
「僕は匂いが追えるクマ」
「サツの旦那にいいます」
安藤が岩みたいな怖い顔をした警部に翔一の能力を告げる。
「四級の治癒クマー殿ですか。動物の能力で子供を追えると?」
警部がやってきて尋ねる。
「たぶんできますクマ。警察犬を待っていたら、一歩遅くなると思います」
「誘拐なら一刻を争う。子供のカバンが落ちてました。匂いを追ってください」
警部が真剣な顔で頭を下げた。
「ヒーローとして、命がけで頑張ります」
「俺たちも手伝うぜ」
「もちろんですよ」
大沢と安藤もうなずいた。
治癒クマーは小さなカバンの匂いを嗅ぐと、急いで追い始める。
彼の後ろには大沢と安藤、十人ぐらいの警官。
時間を惜しんで四足になって走った。
匂いはまっすぐ郊外に向かっている。
「子供の足としたら、遠すぎるな。俺たちが食ってた時間考えても、ちょっと無理がある。迷子じゃないぜ、たぶん」
大沢が走りながら推測する。
「あ、ここで匂いが……」
人気のない商店街の裏路地で匂いが薄くなった。
「ち、ここで車に乗せられたんじゃないのか」
大沢が何か落ちていないか見ながらいう。
「やはり、そうか。誘拐と想定してすぐに非常線を張るぞ」
先ほどの警部がうなずき、連絡を取る。
「匂いが追えないのは残念だが、これは仕方がない。ご協力感謝する」
そういうと、警官たちは目撃情報などを探し始めた。
「ダーク君」
「わかってる、すぐにカバンを貸せ」
黒い子熊が精霊界で答える。
小さなカバンを宿精に渡した。
「……よし、きたぞ、追うんだ」
ダーク翔一は怨霊を呼ぶと、因果の味を覚えさせる。
辺りに異様な寒気がした。
「お、おい、なんかやったのか治癒クマ」
「なんだかぞっとしましたよ今」
大沢と安藤は鳥肌が立った。
強力な怨霊の気配は見えない人でも恐怖させる。
「怨霊呼んだクマ。因果に反応して目的地まで案内してくれるクマだよ」
「怨霊って、おい。んなもん居るのかよ」
一歩飛びのく大沢だった。
「敵に追跡を察知されないようにするには怨霊のほうがいい。しかし、敵の近くにきたらこいつは解放するからな。怨霊に気が付かれても同じことだからだ」
ダーク翔一が術の意義を教えてくれる。うなずく翔一。
怨霊は一つの方向に迷わず進み始める。
「こちらクマ」
四級ヒーローたちは警察と別れて走った。
「安藤、子供たちは絶対助けるぜ」
「はい、兄貴!」
地位は低くても、彼らの志に迷いはない。
2021/10/30 微修正




