119 哀しき痕跡、闇の蠢き その4
人間の大人ぐらいの熊になって、『念焔剣』を鞘ごと出す。
あまり広い場所ではない。
モフ、モフっと階段を上る。
三階は元々倉庫として使われていたようだった。
大きな部屋と小さな部屋があるが、小さな方からは人の気配がない。
大きな部屋に入る。
下着姿のゾーヤが天井からつるされていた。
彼女を薄ら笑いで眺める男たちが、だらしがない姿勢で座っている。
床全体に血が飛び散り吸血された死骸が転がっていた。
男たちは直立熊が入ってくると立ち上がって身構える。
赤く光る眼の男たち。リーダー格と二人の部下。
全員、洒落たスーツだったが、殺伐とした気配。
元は裏社会の人間だったのか。
「熊。巨大な熊。熊の剣士。聞いたことがある。島の基地を襲撃した奴らにそのような怪物がいたと」
リーダーの男。白人の美青年。
ゾーヤは苦しそうだった。
見た感じは縛られただけで、外傷はない。しかし、首筋に微かに血の痕跡があった。
「人身売買組織。そして、改心する気もない吸血鬼」
「ふん。それがどうした」
鼻で笑う男たち。
「悪魔教団との関係は? いないみたいだけど」
「……妙なことを知ってやがるぜ、この熊」
部下の一人がつぶやく。
「教える意味もない。お前はこの場で死ぬ」
「話し合う余地はないクマだね、倒すしかない」
「ひひ、大きく出たな。我らは負けたことすらないのだぞ」
部下が日本刀を鞘ごと持つ。
もう一人は四五口径。
リーダーは大斧を拾う。
翔一は鞘に納めた剣を構える。
「熊のくせに爪牙じゃなくて居合なのか。確かにこいつは卑怯だ」
拳銃の男が呆れた声。
「翔一、拳銃は魔力があって機械精霊は無理だ」
ダーク翔一の声。
「わかった」
「なにをつぶやいて、いる!」
日本刀の男が一歩踏み込んで居合を放つ、翔一も同時に構えて居合で抜く。
ズバ!
刀の男は刀ごと真っ二つにされていた。
へし折られて、転がる刀の先端。
「そ、そんな、はやす、ぎ」
オーラに焼かれて霧にもならない。
「……」
「クソ!」
四五口径が火を噴く。
ブワっとフライングシールドが現れ、弾が弾かれる。
「なに!」
男は逃げようとしたが遅かった。
盾は軽快に動き、少し沈む。そこから剣が突き出される。
オーラの炎が顔面を貫く。
突き出した剣で顔面を真っ二つにされて、存在が破滅した。
「ひ、ひぃ、魂が燃える」
叫びながら、消える男。
塵と化す。
ブン
斧が降りてくる。
ガンと受け止めた。さっと引くが、背中に壁がモフっと当たる。
(ちょっと狭いクマ)
斧の連打が叩きこまれるが、盾と正派剣術で何とか凌いだ。
微かに手がしびれる。
吸血鬼の斧はとんでもない威力だったのだ。
(普通の剣だったら折れてたクマ)
盾にも大きな傷が入っている。
「クマクマ」
数匹のチビクマが出てきて、光弾を打つ。
「ち!」
光弾は躱されたが、微かに男の肩口を焼いた。
赤い目の男はつられたゾーヤの陰に隠れる。
弾は発射できなくなった。
「卑怯者!」
「何とでもいえ」
「悪の組織のことを白状するんだ。そうしたら、存在の消滅は許してやる!」
翔一は怒り叫ぶ。
「どうやってここがわかった」
「あんたの部下が全部教えてくれた」
「ち、あの無能共」
唾を吐く男。
ぐっと、ゾーヤの首を握る。
「月並みだがな、この女の命と引き換えに俺を見逃せ。十分に距離を取ったら解放してやる」
「やはり、卑怯な奴だ。名前は?」
「いうわけがないだろう。貴様は術もできる」
一瞬のにらみ合いがあったが、すぐにそれは終わった。
横の窓から黄金の光。
思わず、男は腕をかざしたが、黄金の軌跡は腕を斬り飛ばした。
同時に翔一も突撃し、斧を持った手首を斬りおとす。
「ギャー! ぐは、よ、よくも!」
窓から飛び込んだのは天城曹長だった。
「観念しろ。怪物め!」
黄金の聖なる光とオーラの炎を突き付けられて、吸血鬼は降伏した。
「わかった、殺すな。俺もやりたくてやったわけじゃない。上に命令されたんだ」
男の両腕からは血がどくどくと流れている。
あまりやりたくはなかったが、治癒精霊を当てると、止血できた。
しかし、彼の腕は再生しない。
「名前をいえ、所属は?」
「グッドべルだ。アルフォンソ様の部下だったが、彼は死んだらしい」
「ああ、あいつの手下か。なぜ、人攫いの部下なんだ」
「金で雇われたんだ。それと、人間の血が吸い放題だからな」
「なんてゴミ野郎だ」
蹴りを入れる天城。
天城が尋問を続ける間、翔一はゾーヤを介抱する。
紐を引きちぎり、腕に抱いた。
「あ、ああ、クマちゃん。私、もう」
「どうしたんです、外傷もない」
「私、あいつの血を注入されたの。わ、私、人間、じゃ、なくなる! 血が飲みたい」
「そ、そんな……」
「殺して。怪物になる前に。殺して……」
翔一は血走った目で霊視した。
確かに彼女の魂は混沌と死の力で歪み始めている。
「でも、まだ、変容は全部じゃない!」
翔一は聖性精霊の巨大なものを呼ぶと彼女に憑依させた。
「精霊よ、彼女を守って!」
ズンと彼女の魂の許容を越えて精霊を纏わせたが、魔の力はそう簡単には消えない。
変容はじわじわと増していく。
「どうしようもないのか!」
「おい、翔一。あれを使え。あれしかない」
ダーク翔一の声。
「わかった、でも、どれだけ与えれば……」
「とりあえず、スプーン一杯飲ませろ」
「やってみる」
翔一は心臓の霊薬を取り出すと、スプーン一杯分をゾーヤの口に入れた。
「う、ぐ!」
目を見開き、もだえ始める。
ぐっと抱きしめた。
魂の変容が止まる。
「もう一杯!」
さらに激しく暴れる。
しかし、彼女のオーラの光は輝きだした。
「三杯目、もうこれ以上は人間には無理だよ!」
もう一杯を口に入れると、ゾーヤは動かなくなった。
毛皮にぎゅっと抱きしめる。
「神様!」
翔一は何に祈ったのか。
だれか見守っている者がいるなら、彼女を助けてくれと心から願う。
咄嗟に、迷宮で貰った宝石のロザリオを彼女の首にかける。
「おい、何をしている。大丈夫か」
何かを感じたのか、天城とグッドベルが凝視していた。
沈黙が続く。
「まさか」
吸血鬼が何かを感じた。
驚愕の顔。
ドク。
翔一の耳にはっきり聞こえた。
「ゾーヤさん」
彼女の顔にゆっくりと赤みが増す。
死臭が消えて行く。
「気絶したようだ。人間になったぞ、翔一! ……よかった。本当によかった」
精霊界で黒い子熊が柄になく泣いている。
「ぎりぎり間に合ったんだよ……」
思わず、天井を見上げる翔一。
神様がいるなら、彼女を見守って助けてくれた。
そんなふうに感じたのだ。
「俺は、奇跡を見た。神の意思……なのか。そんなものが、まさか……」
グッドベルがつぶやいた。
遠くからサイレンの音が聞こえる。
派手な銃声が響いたのだ、警察が集結しているのだろう。
「少佐、敵を確保したが、こいつらは傭兵だ……」
天城が滝田少佐と連絡を取っている。
穏やかな顔になったゾーヤを床に寝かせておくのも可哀そうに感じ、隣の部屋に行く。
思った通り、小さな控室のような部屋だった。
机とベッド。
机の上にはノートパソコンが置いてある。
ゾーヤをベッドに横たえ、パソコンを見た。
「僕にハッキングは無理だよね」
翔一は未来のタッチパッドを出す。
「リリーちゃん、これ、ハッキングできる」
「うーん、思ったより頑強よ……え? 電話、だわ」
リリーの端末が振動し、誰かから連絡がきたのだ。
「これには……この世界では誰からも連絡こないよね」
「でも、きている……心当たりのないアドレスよ」
「出るよ、知らずにいられない」
タッチパッドを耳に当てた。
「翔一」
男の声。合成した声だろうか。
「誰です?」
「時間がない、アプリを送った。それでそのパソコンをハックしろ」
「え? ど、どうすれば」
「リリーに許可を出すだけでいい。クマのくせにもたもたするな」
そういうと、プチッと通話は切れる。
「考えている暇はないわよ」
「うん、やって」
今まで、このような敵の端末は情報を発掘する前に自動的にデータが消滅していたのだ。それが捜査が行き詰まる理由でもある。
情報を消去する敵のAIが監視しているという話だった。AIは異変を感じるとデータを消す、そして、事前に通信を切れば今度はパソコンの保全機能がデータを消してしまう。敵は情報を取られることを極端に恐れていた。
「嘘みたいにウォールを抜いたわ」
データが即座にダウンロードされていく。
そして、ぷつっとパソコンが切れる。
「あれ?」
「敵のAIに気が付かれたのよ。敵も相当な奴らね」
「でも、それなりに分かったよね」
「全部は無理だったわ。でも、一部見せてあげる」
画面に映った何らかの情報。
数字と記号の羅列。法則性はあるが……。
「なにこれ」
「たぶん、アナログな暗号よ」
「うーん、全く意味が分からないクマ」
太いモフ指で画面を送るが、理解できる情報はない。
「そ、それは、情報解析にかけないと駄目なものよ」
ゾーヤが声を出す。
意識を取り戻したのだ。
「ゾーヤさん」
「大クマーさんね。あなたが助けてくれた」
「頑張ったクマ。最後は霊薬のおかげだよ。体はどう、大丈夫クマ?」
「ええ、気分がよくなったわ。……ところで、その情報、私に預けてくれないかしら」
「……ええ、はい」
「何か端末はない? 情報をそれに移すわ」
リリーの提案。
「じゃあ、僕の……じゃなくて、治癒クマー君の音楽用端末に落とし込んで」
「はい」
リリーは音楽専用の端末に暗号情報を入れた。少年は音楽を専用の装置で聴く主義だったのだ。
そして、ゾーヤに渡す。
「あ、ありがとう」
受け取ったゾーヤだが、まだ、少しもうろうとしているようだ。
階下で大勢の人間の声と気配。
生き残った戦意のない半グレたちは降伏し、公安と警察がなだれ込んでくる。
「味方もきたみたいだから、僕はこれで」
「待って、これはあなたの物なの」
胸に輝くロザリオを手に取る。ズシリと重い。
「はい。でも差し上げますクマ」
「ごめんなさい、私には重すぎるわ」
首から外すゾーヤ。
うなずくと、モフ手に受け取る。
そして、すっと消える大クマー。
「消えたわ。本当に不思議な子」
そうつぶやくと、ゾーヤはベッドに座り気を整えた。
「なぜ君は、単なる学生の身分で、そこまで危険なことに首を突っ込んだんだ」
油上司に聞かれる。
ここは防衛会議本部の一室。
油上司と滝田少佐。そして、モニター越しに暗黒司令。
この三人が翔一と面談していた。
あの事件から三日経っている。
「まだ大勢の子供たちが攫われています。僕は何かしたかったのです」
「しかし、ね、君。一介の少年が関わるような話じゃないよ。敵は世界規模だとわかっているんだ」
油は否定的。
「まあ、しかしだ。彼の活躍のおかげで敵の一端を掴んだ。子供に残虐行為をした奴の正体も何れわかる。そして、あのアジトで捕まった奴らを締めあげれば、さらに多くの悪人を逮捕できるようになる」
滝田が成果を挙げてくれた。
(パソコンのデータの事はどうなったんだろう?)
「彼の兄と天城君のおかげで生きた吸血鬼を捕らえたのも大きい。あれを解析して新装備の開発につなげることができるだろう。ヒーローたちも大いに助かる」
暗黒司令。
吸血鬼には白魔術師協会が施術し、動きを完全に封じている。
安全な状態を保つようにしたのだ。
最悪、霧になって逃げられないように、密封された空間で彼を調べているとのこと。
「ゾーヤさんは大丈夫ですか、それが心配で」
「君の兄は彼女に何か与えたのかね。天城君と吸血鬼の話では、何か飲ませていたというが」
「わかりません」
「またそれか」
油上司が呆れる。
「いいじゃない、私はとても元気よ」
扉が開き、ゾーヤが入ってくる。
元々、美人だったが更に磨きがかかっているようだった。
気のせいか、更に女性的な肉体となったようだ。
しかも、強調するように、かなり短いスカートに、胸元が開いたスーツ。シャツは着ていないらしい。
「お、おお。き、君、今夜食事でもどうだ」
油がよだれを垂らしそうな顔になる。
(油さんって美少女好きじゃなかった? 美人ならだれでもいいのかな。というか、結婚してるよね)
油の指には金の指輪が嵌っていた。
ゾーヤは翔一にウインクすると、滝田にしなだれかかる。
「う、ウォッホン。とにかくだ、彼は大いなる成果を上げた。君が学業を終えたら私のところにきてくれ。いつでも大歓迎だ。というか、防衛会議が彼をいらないなら、今すぐでも特殊部隊の協力者として雇いたい」
少佐が珍しく、慌てている。
「フフフ。滝田君。彼はやはりヒーローが似合うよ。私は理事会に彼の復権を進言しようと思う。母上にも三級以下ならという条件で許可をもらったのだ。よかったら、翔一君。また治癒クマーとして帰ってきてくれたまえ」
「ありがとうございます! 司令」
やはり、気持ちは隠せない。ヒーローに戻れると思うと嬉しい感情が顔に出た。
「残念だったね、少佐。彼はやはりヒーローなのだよ」
「国家や人々のために働いてくれるのなら、私も賛成しますよ、司令」
少佐はそういうと、ゾーヤと連れ立って会議室を退室する。
「翔ちゃん、荷物きたわよ」
翔一が自室でモフっとくつろいでいると、母が小包を渡してくれる。
「おお、きたクマー」
「何よそれ」
目ざとく気がついた園が部屋に入ってくる。
「姉ちゃんには見せないクマ」
「けち臭いわね。ちょっとぐらいいいでしょ」
箱を開ける。
幾つかの荷物と手紙が出てきた。
「貴殿を四級ヒーローとして再認定する。クマー」
不満の声を上げる翔一。
「キャハハ。やっぱり、また四級じゃない」
背後から毛皮に乗りかかる園。
頭をポンポンと叩く。
「あ、でも追記がある」
「えっと、個人所有の武器やその他アイテムに関して、防衛会議は適切使用に制限を加えることはない。どういうこと」
勝手に読む姉。
「たぶん、持ってる武器やアイテムは使ってもいいけど適切にねってことクマ」
(霊薬のことをいってるのかな? どういう意味なんだろう)
「あんた、警棒ぐらいじゃなかったっけ」
「ま、まあ、そうかもクマ」
封筒には使い慣れたヒーロー端末、件の警棒なども入っていた。
ふと、精霊界を見る。
ごちゃごちゃと積みあがった物品の山。
明らかにダーク翔一が勝手に拾ったものもある。
(ちょっと、いらない物が多すぎるクマだね、あの呪詛の塊だけでもどうにかしたい)
翔一は嫌な気配を放つ榊原の剣をちらっと見た。




