109 最凶道場破り、襲来クマ! その2
にらみ合う子熊と大男。
「へえ、やっぱり、治癒クマー。お前はかなり強いな」
「……」
石礫を構える治癒クマー。
「俺をその石ころで倒せるかやってみろよ」
海原我神はにやにや笑いながらゆっくり迫ってくる。
ひゅん、ひゅん。
礫は当たるように見えたが、ぎりぎりで魔法のように躱す海原。
「見事」
球磨川風月斎が褒める。
「じゃあ、反撃させてもらうぜ」
肉薄した海原は必殺の蹴りを治癒クマーに叩き込む。
「!」
ボム!
小さな毛皮の体は壁にぶつかって跳ね返り、ボールのように海原の後ろまで転がって行く。
「治癒クマちゃん!」
叫ぶ下道彩友美。
立ち上がる子熊。
しかし、そこにも瞬息の回し蹴りが叩きこまれた。
海原の長い脚。
腹にめり込む。
ボールのように蹴り飛ばされる。
バリ!
板を割って、安普請の壁に半分嵌り込む。動けない。
「とどめ!」
海原の飛び蹴り。
治癒クマーに直撃し、薄い壁を破って、二人とも外にでる。
飛び散る木片。崩れる壁。
そして、埃の後ろには、地面に倒れ伏す子熊が見えた。
「ふう、弟子ではこんなものか」
粉塵を払い、道場に戻ろうとして踵を返す海原。
しかし、
「おじさんが僕の立場なら諦めるクマ? 強いか弱いかだけなら、もう決着したよね」
足が止まる。
「……」
「でも、僕たちは諦めない。諦めたら、あの小学生や彩友美ちゃんたちが殺される。ヒーローとはそういう存在」
ムクっと起き上がる。
「まだ立てるのか。俺の蹴りを喰らって。呆れたやつだ」
「そんな弱い蹴りで誰を倒すクマ」
「口だけは減らない野郎だぜ」
稲妻のような蹴りが治癒クマーの首を薙ぐ。
ブン。
「なに!?」
蹴りは空をきった。
残像を残して、子熊の姿は一歩後ろに下がったのだ。
(躱した? こいつ……)
「おじさんにお願いがあります。大クマー兄がおじさんと戦ってみたいといっています」
「……構わん。それが目的だ」
「じゃあ、こちらにきてください」
治癒クマーは迷いもなく林を抜け、人気のない河原に向かった。
海原が林を抜けると、河原があった。
巨大な熊が立っている。
手には長大な丸太。
「お前が大クマーか。あの小さいのはどうした」
無言で丸太を担ぐように構える大クマー。
「その図体で武器を使うとは呆れた怪物だ」
そういいながら両手を広げる海原。
大クマーは海原より頭は三つ上。体重に至っては三倍では済まない。
「グルウウウウゥ」
「こい!」
ブン。
巨大な影が走る。
「!」
二人の戦士の気迫がぶつかった。
「竜昇大上段!」
巨大な熊が空に浮かぶ、大男の海原でも小柄に見えた。
真っ向から振り下ろされる、一切迷いのない上段の剣。
今まで、この技を喰らって、まともに対処できた敵はいなかった。
しかし、
構えもしない、海原我神と目が合う。
(笑った?)
振り下ろされる丸太。三メートルはある、太さも三十センチはあるだろう。
大クマーが河原で拾った適当な流木だった。
その、湿り気を帯びた丸太は、生身で受ければ、微かに当たっても大けがをする。
微塵も恐怖のない瞳は、意外の行動をする、
巨大な毛皮の肉弾へ、決死の跳び蹴り。
ギリギリを掠める丸太、
海原の必殺の蹴りは、大クマーの顎を捉えるかのように見えた。
しかし、海原はぎりぎりで蹴りを止めて、両手で毛皮を突いてその勢いで転がって逃げる。
川砂利を叩く木刀、飛び散る、礫。
「ガアアアア!」
「チィ!」
舌打ちをする海原。
寸前で気が付いたのだ。安易な顔面への攻撃は足を食いちぎられるということに。
(こいつ、正確に俺の動きを見てやがる!)
巨熊は着地と同時に、片手でブンブン丸太を振り回す。
当たれば、一撃で致命傷だろう。
しかし、大ぶりの丸太は、海原からすれば、躱すのは容易だった。
素早いステップで下がる。
ひゅん!
躱した位置に石礫が飛んできた。
「おっと!」
転がって躱す。
追撃で石礫。
何度もバク転して、河原を高速で跳ねまわった。生身の人間とは思えないほどの機動力だ。
「丸太だけじゃなくて、石礫。おい、とんだ卑怯者だな、大ヒーロー!」
海原は追い詰められながらも、表情も声も変わらない。
見ると、大クマーは丸太を片手で回しながら、時々石ころを拾っているのだ。
「おじさんたちの理屈で卑怯なんて言葉を使うのは、おかしいクマだよ」
「ち、小賢しい野郎だ、動物のくせに」
流れるような動きで躱し続け、熊に肉薄する。
「我真掌!」
鈎爪のような掌打。
恐ろしい握力から繰り出す技は多彩であり、打撃、引きちぎり、突き、全てを兼ね備えていた。
残虐でありながら、無敵の掌術。
普通の人間に見切れる技ではない。海原畢竟の得意技。
しかし、手の動きを熊の瞳は正確に見ていた。
熊は頭蓋ぐらいの石を持ち、海原の掌に当てる。
ズン!
二つの怪力の焦点になり、砕け散る石。
「!」
同時に、振り下ろされる丸太。
海原は全力で転がって逃げる。
丸太が大地を叩いて、小さな礫が飛び散り、海原の体に刺さる。さすがに、それを回避することはできなかった。
「なんてやつだ」
にらみ合う大熊と大男。
丸太が天空から落ちてくる。
「ハァハァハァ!」
いつの間にか、海原は荒い息をついていた。
右手から、だらだらと血が流れる。
砕けた石が掌に刺さっていた。
その間も動き続ける。
彼はほとんど誰にも負けたことのない格闘家だったのだ。大抵の達人程度なら一撃で倒してきた。
その矜持が今大きく崩れようとしている。
「魔物でもない生身でここまで強い人は初めて見たクマ。敬意をこめて、本気の技をお見せします」
大クマーはそういうと、ワイヤーを丸太の端に結わえる。
ワイヤーは熊の右腕に装着されたリールから伸ばす。
「ワイヤー剣」
ワイヤーと丸太で河原全体をカバーできる間合いになった。
ビュンビュン振り回される丸太。
風を切るワイヤー。
海原は逃げ場所がないことを知る。
「本当に、貴様は、とんでも、ない。野郎だぜ!」
飛び、躱し、転がりながら叫ぶ。
時折、石礫も跳んでくるのだ。
とうとう、河原から逃げだして、大木の陰に思わず逃げ込んだ。
ドゴォ!
丸太がぶつかって、大木がメキメキと折れる。
さらに走って、逃げる。
海原も石を拾って投げつけるが、モフ左腕で簡単に叩き落とされた。
ひゅん、ひゅん。
さらに石礫。
バスバスと、体を掠める。
血まみれだった。
木に石に、大地に擦れ、皮膚が破れて鋼の肉体も赤く染まっていたのだ。
逃げるだけで精いっぱい。
体が一瞬ふらついた。
ブン!
丸太が直撃しそうになる。
「破極撃!」
崩れた体勢からの鬼神でも倒せそうな掌打。彼は格闘の天才だった。
丸太を粉砕する。
しかし、海原の力はそこで尽きた。
「お覚悟!」
気が付いた時には頭上に熊の毛皮があった。
ボン!
地にたたきつけられ、けた違いの体重がのしかかる。
「ウオオオオオオオ!」
地面にめり込む海原我神。
意識が遠くなっていく。
「うむ。見事にやられたね。どうだったかな、我が国の戦士たちは」
日本防衛会議の応接室。
ソファーに座る三人の大男。
道場破りの三人組である。
盛り上がった筋肉を黒いスーツの下に隠している。そして、あちこち絆創膏や包帯が巻いてあるようだ。
彼らの前には大型のモニターがあり、暗黒司令が映っている。
「にゃーん」
司令に体重を預けているトビ三毛が鳴く。
「ほとんどは大したこともなかったですが、風間とエリックは見どころがありました」
上田仁勇が答える。
「私もその意見に賛成です」
ランディ武田がうなずく。
体が妙に膨れている。包帯が巻かれているようだ。
「おいおい、お前たち二人、風月斎の道場で一瞬で倒されただろうが。それはいわないのか」
海原が面白そうに指摘。
「海原さんも、河原でのされたじゃないですか」
「私は不意打ちに負けたのです」
上田と武田が口を尖らせる。
「確かに俺も大クマーにやられた。あれほどの存在がいるとはね」
肩をすくめる海原。
彼のスーツの下はけがだらけのようだ。
「ほう、大クマー氏が出現したか。あの存在を出すだけでも君たちは相当な腕前だ」
暗黒司令が褒める。
「そういわれても、私は悔しくて夜も眠れませんぜ」
海原はそういいながら、タバコを取り出す。
「君たちに日本にきてもらったのは他でもない。君たちほどの存在が在野格闘家というのが惜しいと感じたのだ。どうかね、日本でヒーロー登録しては。……諸君の血筋は日本。祖国の危機は無視はできないだろう」
「……うむ」
上田は腕を組んで考え込む。
「……」
武田は興味もないのか答えない。
「ふむ。それも面白いかもしれん。アメリカにも飽きていたところだ」
海原がタバコを燻らせながら答える。
「防衛会議のために働くのは構わない。しかし、ヒーローはごめんだ」
上田が答える。
「そうだな、裏の工作員ならやってもいいぞ。第一、正義のヒーローは禁煙だろう。司令」
海原はソファーで伸びをしながら答えた。
「君たちがそれでいいならお願しよう。目立たず、裏で戦う要員はいつでも必要だ。……武田君はどうするかね」
「このままでは納得がいかない。日本で戦って自分なりの結論を出す。海原さんを手伝う」
「話は決まったようだ。これからよろしく頼む」
そういうと、画面が消える。
男たちは重い腰を上げると、部屋を去った。
宅配便が走って道場の呼び鈴を押す。
「ちわっす。お荷物ですよ」
「どうも、ありがとう。誰からだろう」
山内直斗が段ボール箱を手にする。
「薄くて大きな、板? 箱の形状がそうよね」
彩友美が怪訝な顔。
「お兄ちゃん、早く開けて!」「ダメよ、先生宛でしょ。勝手に見たら」
森口俊一と夏目裕子の小学生コンビがぴょんぴょん跳ねる。
「直斗殿、開けてください」
道場の上座で正座する球磨川風月斎が声を出す。
「あ、これは……」
看板だった。『風雲道場』と立派な筆致で描かれている。
「先生、これ」
「うむ。一廉の書家が記したものであろう」
「でも、変よ、これ。下の方が妙に開いているもの」
彩友美の指摘。その看板は下側半分くらいが空白になっている奇妙な板だった。
「えーっと、メモが入ってる。『余白に熊の絵を描かれよ』だって」
直斗が白い紙を読み上げる。
「せんせい! クマちゃんの絵が描きたい!」
裕子が大声を出す。
「好きにしなさい」
優し気な風月斎の声。
「あれ、熊が増えているクマ」
ある日。
風雲道場を訪れた翔一。
看板を見ると、刀の熊と、石を持っている熊の絵が描かれていた。
2022/7/30 微修正




