108 最凶道場破り、襲来クマ! その1
とある日。
晴れの日の祈祷所の中庭。
「何クマ、このSNS」
スマホをいじる子熊の翔一。
彼は何か気になることがあるのか、とある投稿を熱心に見ていた。
『今日はN県にある、知る人ぞ知るキャンプサイト某にきています。利用料も割高な分、気持ちのいい所です』
『五十万する僕のスノービームテントを建てた直後、なんと、有名なヒーロー治癒クマー君と遭遇。彼は活動を休止中ということですが、楽しくキャンプをしているようです』
薪を割る子熊の姿が写真に撮られている。
(いつの間に撮ったクマ?)
『作業の手を休めて、彼は僕に話しかけてきました』
「お兄さん、そのテントすごく立派クマ」
「わかるぅ? これは豪雨にも雪にも耐えられる最高級品なんだ。僕はキャンパー潤。君は治癒クマー君だね。今日はキャンプかい?」
「そうクマ。僕は素人なのでいろいろ教えてほしいクマ」
「じゃあ、焚火から教えるよ、この焚火台もスノービーム製、オークションサイトで十万円もしたんだよ」
「すごいクマー」
「じゃあ火をつけるね……一発だ。このファイアスターターもオスコの一万円だよ」
「すごいすごい。立派な道具持ってる潤さんもすごい人クマ。意識の低い人は安物で満足するクマ」
「フフッ。君も本物がわかるクマさんだね。今度僕の家にこないか。百五十万のアメリカ製薪ストーブを使って御馳走するよ、骨董品の価値がある凄いストーブなんだ」
「潤さん凄いクマー。ありがとうクマ」
『僕たちはその後、夕方まで語り合いました。いやぁ、有意義な一日だった』
「何これ! こんな人と話をしたこともないクマ!」
「何を叫んでおるのじゃ、熊殿。今日は部活とやらに行くのではなかったのか」
ふわふわと大絹姫が浮いてくる。
「僕がこのキャンパー潤とかいう人と親しくしたって、この人が勝手にネットに載せてるクマ」
「いいではないか、それぐらい」
「一応、ヒーローには肖像権があるクマ。日本防衛会議が管理……」
「お主はもう、所属しておらぬのでは?」
「しかし、どうなるんだろう。一応、元ヒーローもヒーローだったという点でプライバシーなどは保護対象クマだよ」
「何のことかわからぬが、暗黒の主に聞けばよかろう」
「それもそうクマ」
防衛会議に電話する翔一。
「はい、日本防衛会議東京本部です」
女性オペレーターが出る。
「元四級ヒーローの治癒クマーですクマ」
「あら、治癒クマちゃんなの。首になったって聞いたけど大丈夫? お姉さん心配してたのよ」
「ご心配には及びませんクマ。普通に生活してます」
「そ、そうよね、中身の人は人間なのよね」
「ちょっとぉ、三好さん」
上司らしい人物がオペレーターを注意する。
「ごめんなさい。確認しますね。……ご本人の端末ですが、かけているのはご本人ですね」
「そうクマ」
「通話は録音されますので御了承を。どのような御用件です?」
「ネットで勝手に僕と会話したとして写真を載せている人がいるクマ。キャンプ場に行った時のことだよ」
「交渉があったけど、勝手に載せられたということですか」
「違うクマ。目が合っただけで一言もしゃべってない。キャンプ場にいたのは事実だけど、僕と会話したように勝手に創作してる人がいるクマ」
「なるほど、ステルスマーケティング的な案件ですね。肖像権キャラクター商標などは日本防衛会議がまだ持っています。後ほどご連絡しますので、そのSNSのことを教えて下さい」
「キャンパー潤という人クマ。某SNSにアカウントがあるよ。ヒヨコみたいな頭の人。ちなみに、僕は彼にマウンティングキャンパー・ヒヨコと名前をつけたクマ」
「キャンパー潤ですね。たぶんそれでわかります……出ました。……確かに、勝手に写真も撮ってますね。調査の後、ご連絡いたします」
「よろしく頼むクマ」
電話は切れる。
「問題は解決したのか?」
「とりあえず、伝えはしたクマ」
「それなら大丈夫じゃ、あの暗黒は信頼できる。ところで、部活はどうした」
「……ちょっと無理みたい」
いいよどむ。
体育系部活で入部許可をくれる所がなかったのだ。
アンジェラ学園長は顧問たちに話しはしたが、強く説得したわけではないようだ。
特別扱いはしないという方針かもしれない。
「そうなのか」
「僕は生徒会にも嫌われているからね、仕方がない。えり好みしなかったら入れないこともないけど……」
生徒会は先日の審問以来、御剣山翔一を警戒し、毛嫌いしているという噂である。
東宮聖霊学園では生徒会の権威は非常に強い。
新任の学園長よりは上である。
「友達も増えるぞよ、何かに入れば。似たようなものがあるのだろう?」
「進学に意味がないなら趣味と一緒クマ。それなら、個人的に非公認ヒーローやってたほうがいいよ。世のためにもなる」
「それもそうじゃのう」
しょんぼりする子熊のモフ背中を撫でる大絹姫。
「お主は勇者。部活ぐらい小さなことじゃ」
「ありがとう、姫ちゃん」
ふと、何か戦うような音が聞こえる。
見ると、廃墟集落の一角がきれいな建物になり、そこで数人の人間が気合を入れるような声を立てていた。
球磨川風月斎の道場である。
「そうか、今日は稽古の日だね」
「最近は頻繁に集まっておるのう。汗臭いのは、苦手じゃ」
「ちょっと見てくるクマ」
集落の方に階段を降りていく。
「ふむ。『風雲道場』クマ」
いろいろと忙しく、今まで球磨川風月斎の道場を訪れたことはなかった。
道場は廃集落の端、川沿いにある。
看板には立派な墨書と可愛い熊の絵が描いてあった。
何となく気が引けて、ちらっと玄関から覗く。
「えーい、えい、えい、えい!」
とても小柄な少年が立ち木を叩いている。
そして、同じく可愛らしい少女が小太刀の構えを練習。
超人クラブの山内直斗と下道彩友美が正座して、二人の練習を見ている。
「こんにちわ」
翔一が声をかけると、
「あ、治癒クマーだ」
「一番弟子さんだよ、治癒クマーさんっていわなきゃダメ」
小さな少女が小さな少年を諫める。
「治癒クマーちゃん。お久しぶり」
下道彩友美がうなずく。すっかり落ち着いた美少女と化している。
「やあ、こんにちわ」
笑顔の山内直斗。歯が白い。
爽やか好青年である。
彼ら二人は、あの事件の後、球磨川風月斎に弟子入りしたのだ。
「上がってもいいクマ」
「ええどうぞ」
彩友美に促され、クマっと正座する。
「風月斎先生はいないクマ?」
「先生はパトロールに出かけたのよ」
彩友美が教えてくれる。
どうやら、以前の襲撃事件以降、彼は近隣をパトロールし、治安維持に貢献しているようだ。
「先生、そんなことやってたクマ」
「この辺りで知らない人はいないよ。熊さん先生のことみんな大好きみたい」
近隣での知名度人気含め風月斎は信頼が高いという。
「こちらのお二人はどなたクマ。僕は治癒クマークマ」
翔一は二人の小学生を見る。
「僕は森口俊一です」
ぺこりと頭を下げる、細い少年。
「私、夏目裕子」
同じく頭を下げる小さな女の子。
「よろしくクマ」
翔一も頭を下げた。
「この子たちは近所の子よ。先生が有望な子なら無償で教えるって」
翔一は霊視する。
確かに、この二人の子供は奇麗なオーラだった。肉体も俊敏そうである。
「クマクマ。先生の教えを迷わず頑張ると立派な大人になるクマ」
「はい!」「はい!」
二人が大声で答える。小さな体から大きな声で翔一は嬉しくなった。
「一番弟子として、一撃を受けてみたいクマ」
翔一がそういうと、竹刀を渡される。
担ぐように構える翔一。
まずは、俊一が剣を構える。
「えーい!」
迷わず突っ込んでくる少年。
(うん、すごい打ち込みクマ!)
バーン!
竹刀を胸に受ける。
「見事、クマ!」
「やった!」
ガッツポーズを決める俊一。
「こら! 礼をしろ。俊君」
直斗に怒られて、慌てて頭を下げる少年。
「次は裕子」
直斗に促され、小太刀を構える少女。
「キエエエエエエ!」
思った以上の踏み込みだった。
翔一はモフ腹に小さな竹刀を受ける。
パシーン!
「お見事、クマ!」
「ありがとうございました、一番弟子さん!」
頭を下げる少女。
かわいいのでうんうんうなずく。
彩友美がお茶を持ってきた。
「ありがとうクマ、彩友美さん」
「いいのよ。武骨な子ばかりだから、私がやらないと」
「そういえば、宗像猛君はどうしたクマ」
お茶をすする。
「あいつはあの土器面のクマさんに弟子入りして……」
直斗はいい難そうにする。
「源庵先生に?」
「山の中で土器づくりに熱中しているわ。腰蓑つけて、半裸で」
「だ、大丈夫クマ?」
「作る土器も気持ち悪いの。『黒山羊が、大宇宙の魔王がー』っていいながら、名状しがたい形の土偶をいっぱい作ってるのよ」
「ああ、なんかさすがに僕も気持ち悪い。ちょっと、今は距離を置いているよ」
「コズミックホラークマ」
「あいつ、変な才能だけはあるよ。土で窯を作って、木炭も自作。僕はついて行けない」
「いろいろあるクマー。でも、もしかしたら何かに熱中することはいいことかも。青春の特権クマ」
茶をすする。
練習も終わったのか、小さな二人はスマホをいじりだした。
直斗と彩友美が片付けを始めようとしたとき、治癒クマーの丸い耳が動く。
「誰かやってくるクマ」
複数の足音。
重い感じだった。
「先生じゃないわ」
ガラッと玄関の引き戸が開く。
「頼もう」
大柄でボディビルダーのような肉体をした三人の男が立っていた。
道場には専用の出入り用の通路があり、祈祷所の敷地に立ち入らずに入ることができる。川沿いにある砂利の小路。
彼らはそこを通ってやってきたのだ。
「お茶をどうぞ」
彩友美がお茶を三人の前に置く。
男たちのうち二人は正座。
正面上座に翔一が同じく正座して座った。
最も体の大きな男は玄関付近で腕を組んで、薄ら笑いで立っている。
「俺たちは武術家だ」
「見た感じわかります」
直斗が答える。彼は横で正座している。
翔一は冷める前に茶をすすった
「俺は格闘家の上田仁勇。後ろのはランディ武田、後ろで立ってるのは海原我神」
上田は五分刈りで顔面が傷だらけ、鼻が何度も潰れて扁平になっている。武田は浅黒い肌にもじゃもじゃの黒髪を後ろで縛っている。
海原は大きな顔に長髪をオールバックにしている。
三人とも、タンクトップやTシャツにスウェットのパンツという動き易いスタイルだった。
「上田は空手、武田は刀の達人。海原は初めて聞くわ」
彩友美がこそっと直斗に告げる。
直斗はかすかにうなずいた。
「そのお三方がどのような御用件です」
「ご用件も何も、武術家が道場にくれば目的は一つ。聞くまでもあるまい」
上田が筋肉をゆがめて答える。
笑顔も非常に怖い。
「クマクマ」
茶をすする翔一。
上田は無手。
ランディは横に刀を置く。
海原も無手だった。
「彼が球磨川先生か」
上田が翔一を指す。
「違います。一番弟子の治癒クマー君です」
直斗が答えた。
「クマガワ先生と戦いたい」
ランディは黒人とのハーフであろう。肌と骨格が日本人離れしており、言葉も訛っている。
「俺は大クマーというやつとやる。いないなら帰る」
海原はあくびをする。
グローブのような手で口を押えた。
「皆さんは極悪クマ?」
治癒クマーが声を出す。
顔を見合わせる男たち。
「フフ。俺たちは善悪なんて興味ないぜ。ただ、武の道を究めたい。男として無敵になりたい。それだけだ」
上田が答える。
「大クマー兄は悪者を倒す時以外剣を抜かないクマ。風月斎先生もそれは同じ。お帰り下さい」
治癒クマーはモフ手をついて頭を下げる。
「フフ。精神論ってやつか。ザ武道だ。武に正義も悪もあるまい。強いか弱いかだけだ」
海原が小馬鹿にしたかのように肩をすくめる。
「礼儀を守れ、法を守れ、弱者を守れ。本当につまらん」
上田も同じ考えなのか。
「我々は互いの強さを確認したいだけなのです」
武田も無表情に告げる。
「なんてやつらなの」
彩友美が眉を顰める。
「おじさんたちは相手が自分より強かった逃げるクマ?」
「何をいうか、仮定の話には答えられん」
上田が顔を笑いにゆがめたまま答える。
「強いか弱いかだけクマ。例えば、相手が恐竜なら人間では勝てないクマ」
「……」
千葉に上陸する恐竜怪物は自衛隊のミサイルや戦車の火砲で倒している。ヒーローや対人戦闘部隊の出番は少ない。
「それなら恐竜見たら逃げるクマ」
「俺たちが弱いというのか!」
上田が激高する。
ぬっと立ち上がる。身長は百九十はあるだろうか。それでもこの三人の中では一番低い。
慌てて、直斗が治癒クマーとの間に割り込む。
「お、落ち着いてください。仮定の話をしているだけですよ」
「ふん」
上田相手に細い直斗では全く勝てそうになかった。
胡坐をかく。
ふと、横を見ると、控室の戸の後ろから小学生二人がこわごわ状況を見ていた。
「何がいいたいのだ、治癒クマー」
海原はニヤつきを変えず問う。
「おじさんたちは守る物もないから、負けても死んでも降参しても許される。だから弱いクマ」
さすがに、この言葉は男たちを激怒させた。
「なんだと! だったら、負けが許されないヒーローの強さを見せてもらおうか!」
「俺たちを舐めて、ただで済むと思うな!」
上田と武田は激昂しているが、海原は皮肉な笑顔を変えない。
しかし、拳は鳴らしている。
「ち、治癒クマーちゃん」
「いいすぎだよ!」
「彩友美さんと直斗君は下がっていてくださいクマ」
「しかし」
二人は治癒クマーを守りたかったが、激怒する二人の男の気迫と、微動だにしない治癒クマーの気配に圧されて脇に下がる。
「こい! クマ野郎」
上田が吼える。
カチ、
武田が刀の鯉口を切った。
治癒クマーは無言で茶をすすっている。
「待たれよ!」
玄関の外から大声が聞こえた。
全員が見る。
傘を被ったぬいぐるみ、球磨川風月斎が立っていた。
「弟子が無礼をした。師の拙者が謝ろう。今日はお引き取り下さい」
風月斎がきたので、翔一は上座を譲った。
頭を下げる風月斎。
気まずそうな二人。
「俺たちは試合をしたいだけだ。あんたが勝負してくれ」
「そうだ、弟子はとても無礼だったぞ。相手をすべきだ」
筋肉を盛り上げて、腕を組む上田と武田。
「……お断り申す。お引き取り下さい」
ぬいぐるみの顔は表情がない。声にも感情が一切なかった。
「もう話し合いは無駄だ。俺たちが悪党ならやってくれるんだろう。だったら、これならどうだ」
いつの間にか、海原が看板を取り外してバリっと割る。
「あ、クマちゃん先生の絵が……」
裕子の涙声。
熊の絵は二人の小学生が書いたのか。
「あんたらが負けたら、そこのガキを殺す。戦わなくても殺す。もういい逃れできぬぞ」
「……」
上田の言葉には本気の殺意があった。
彩友美と直斗は思わず後ずさって、小学生たちの盾になる。
「すぐに逃げなさい!」
「でも」
直斗の言葉に不満な俊一。
「これ以上は問答無用と仰るのか」
不思議と穏やかな風月斎の声。
「そうだ」
「武に狂う、悲しき宿命」
「なに」
ボコ!
上田のみぞおちに何かが当たった。
ごろっと床板に落ちる。
こぶし大の石。
うずくまる上田。
いつの間に用意したのか、治癒クマーが石を投げつけたのだ。
「卑怯者!」
武田が瞬息の居合で風月斎に斬りつける。
しかし、同時に風月斎も抜く。
ガキン!
すさまじい膂力で抜かれた剣は、はるかに速い剛剣が薙ぐ。
バキッと飛んだ刀の半分は横の柱に突き刺さった。
「くそ!」
武田はしかし、折れた半分の刀で風月斎に迫る。
受ける風月斎。
走る火花。
力で押し付けるランディ。
しかし、ふっと、風月斎は消える。
「え?」
軸足を持たれていた。
懐に潜った風月斎にポンと投げられて、床にたたきつけられる。
起き上がろうとしたが、白い剣が走る。
ボコ!
胸を峰で打たれ、悶絶する武田。
返す刀で痛みから立ち直り、掴みかかろうとした上田の肩を撃つ。
振り返りもせず、無造作な一撃。
「ぐお!」
ボコっと剣の峰がめり込み、上田は声も出さずに意識を失う。
「隙だらけだな、どうする風月斎!」
とうとう海原が迫る。
しかし、彼はネコ科の大型動物のように、さっとステップして横に跳ぶ。
見ると、床に石礫が刺さっていた。
「貴様……」
ギロっと治癒クマーをにらむ海原。
2022/8/25 冒頭の説明不足改善。




