107 浸食された学園、聖なる魔女と悪魔教団 その4
日は完全に落ち、学園は闇に包まれている。
校舎裏の裏口付近の林。
身をかがめ、息を殺して隠れる人々。
「二十人以上。いつ怪物どもに気が付かれても不思議じゃない」
小田原が草の陰でつぶやく。
「どこからか、脱出口を見つけないと」
聖倫が必死に辺りを見回す。
二人の元には途中で見つけた生徒たちと、会議室からフライングシールドで脱出した人たちなどが集まっていた。
占いを信じて裏門まできたが、鉄格子の門は閉じ、何をやってもびくともしない。
「柵も乗り越えられないんだ」
恨めしそうに学校の柵を眺める。
頑張れば乗り越えられるようなものだが、なぜか途中ではじき返される。
「結界なのよ。悪者の魔術だわ」
聖倫の説明も、小田原は心の奥底では納得してない。自分の不運は誰かの責任だと思う気持ちが強い。
結果、彼は聖倫に怒りを感じるようになっていた。
「魔術なんて。悪魔だ。悪魔の技術だ。聖家もそうなんだろ」
「何なの、今そんなこといってる場合じゃないでしょ」
「おい、声を抑えろ、気が付かれるだろ」
誰かの声。
生徒たちは暗闇の中、目だけをきょろきょろさせる。
時折、デーモンの集団がうろついているのだ。
見つかったら万事休すである。
「し、誰かくる」
軽い足音。
細身長身の男女。
聖美沙とニルソン修一だった。
「お姉ちゃんよ」
思わず、ほっとする聖倫。
戦いのためにボロボロだったが、一応、足取りは確かだ。
「みんな大丈夫? 敵は何とか追い払ったわ」
美沙の声に安どのため息をつく人々。
「なら、もう出られるんですよね」
小田原が裏門を指す。
美沙は裏門に近寄って、何かの術を唱える。
「待って……だめね、よっぽど強力な結界よ。まだ消えていないわ」
聖美沙の言葉に肩を落とす人々。
「裏口から逃げられるって、あの熊公がいったよな」「治癒クマーでしょ、でも嘘だった」
会議室からの脱出組は翔一の言葉を頼りにここまできたのだ。
「あいつ、ヒーロー首になったのはこういうことだったのか、詐欺熊野郎!」
怒りの声をあげる者もいる。
「し! 静かに」
静止の声に口をつぐむ。
「また、誰かくる。今度はかなりの数よ」
「化け物じゃないのか」
複数の足音に身を固くする人々。
玉砂利を踏んで近づいてくる。
「こっちクマ」
「ありがとう、治癒クマーちゃん。お兄さんにもお礼をいっておいてね」
「クマクマ」
アンジェラ学園長を案内する治癒クマー。そして、教職員と学生二十人ほど。
「学園長だ」「治癒クマーもいるぜ」
「おい、治癒クマー。裏門開かないぞ。どうしたらいいんだ」
「あれ、おかしいクマーだね」
人々の声に、霊視する。
確かに、結界は強力に空間を閉じていた。
「力技でやってみるクマ」
対消滅精霊を呼んだ。
しかし、
「うーん、開かないクマ。結構強いよこの結界」
「おい、見ろ!」
ぞろぞろと、大小さまざまなデーモンたちがこちらを目指して歩いてくる。
「包囲されているぞ!」
見ると、校舎の右側からも左側からもよだれを垂らしながら、不気味な怪物たちが迫っていた。
「戦えない人をみんなで守って」
聖美沙の言葉に、戦士たちは武器を構えた。
美沙と修一は向かって右側を、アンジェラとシスター軍は左側を。
「戦える人はこれあげます、首にかけて」
「ロザリオは持っているわ」
輝くナイフを抜きながら答えるシスターの一人。
「いいから、特別な力持ってると聞いたクマ」
「よくわからないのね、でも、今はどんな助けも必要」
聖美沙が首にかけると、戦える者たちは同じようにした。
戦いは再び始まる。
デーモンたちが全力で走ってきた。
戦士たちは強敵との戦いで魔力を使い果たし、疲れ切っていたが、必死に怪物たちを押し返す。
若干の違いではあるが、デーモンたちはロザリオを持った相手に手数が少なくなるようだった。
それでも、数は多い。
「諦めないで! 正義は私たちにある!」
聖美沙の叫び。
「クソ、クソ! 僕はこんなところで死ぬ男じゃない!」
ニルソンの叫び。
狂ったように剣をふるう。
二人の横ではベージュの熊が怪物を叩き伏せる。
「クマクマ!」
「モフちゃん、頑張って!」
応援する聖倫。モフ熊は聖性精霊を宿しているのでデーモンとは相性がよく、爪の一撃でどんどん倒していく。
そして、その横では小田原が木刀を構えて硬直していた。
デーモンの一匹が迫る。
攻撃を必死に木刀で受ける小田原。剣道をやっていたようだ。
「無、無理だ、僕たちは死ぬ!」
ロザリオの力で魔力的な恐怖攻撃が効かない。必死な彼はそれに気が付かないようだ。
「くそ! キエエエ!」
ボコ!
木刀がデーモンの頭蓋を叩く。鍛えた膂力で敵は昏倒した。
「ハァハァハァ」
小田原は徐々に戦う男の目に変わって行く。
一方の側では、
「神の試練に耐えるのです。姉妹たち、武器を掲げよ!」
アンジェラのシスターたちは試練を乗り越えて一体感があった。
祝福された武器を抜き、片手にロザリオを持つ。
組織的な守りを行う。
こちらはアンジェラ中心にチームワークがよく、危なげない。
激しい乱戦が始まる。
「クマクマ」
翔一は稲妻のように走り回って、治癒精霊を送り続ける。
チビクマには鏡の盾を持たせて敵の魔力攻撃を反射させ続けた。
(チビクマ・シールドベアラーだ。熊だけに)
なんとか戦線は維持できるようだ。
(しかし、このままじゃいずれジリ貧になる。大クマー登場させるしかないか……)
戦えない人々は必死に小さくなって木陰などに隠れている。
この場で変身すれば、正体は完全に露見するだろう。
だが、人々が負けそうなら、それは諦めるしかない。このことで、人の犠牲を強いるわけにはいかない。
(覚悟を決めるクマ……)
赤い精霊をこっそり呼ぶ。
喰らえば巨大化するのはわかっている。
噛みつこうとした瞬間、ふと、優しい匂いがした。
「みんな、助かったクマ!」
チビクマ・シールドベアラーを戻す。
「?」
「裏門を見ないで! 目をつぶって!」
大声で叫ぶ、次の瞬間、
「『太陽爆光』!」
ブワっとすさまじい光に包まれた。
光に消滅する、闇の怪物たち。
裏門が開く。
外には赤い鉾を手にした白猫人獣が立っていた。勾玉の首飾りと金の冠をつけている。
門は治癒クマーが開けたのだ。
「この子は太陽の巫女さんクマ。怪物を駆逐したのは彼女です。さあ、急いで結界の外に」
治癒クマーは人々に外へ出ることを促す。
「みんな、早く出るにゃん」
白猫人獣は源雪だった。
「にゃん? クマ」
「雰囲気よ。重要でしょ」
人々はぞろぞろと学校の敷地の外に出た。
「助かった……」「何だったんだ、今のことは」
安どのあまり、座り込む生徒もいる。
「美沙、助かったよ僕たち」
ニルソンは汚れた顔を拭きながらつぶやく。
「ええ」
聖美沙は助かったのに、釈然としない顔だった。
「美沙さん、今は無理よ。力を使い果たしたでしょ?」
アンジェラ学園長は彼女の気持ちに気が付いていた。
「ええ。学園長も」
「私もそうよ、衰えたわ……」
首を振る。彼女の豊満な肉体は戦士としてのそれではない。やはり、引退した姿なのだ。
「みんな、とにかくここから離れてほしいクマ」
治癒クマーは一人、裏門をくぐっていなかった。
「おい、治癒クマー。さっさと出ろ」
ニルソンが厳しくいう。
「クマちゃん。ここは脱出しましょう」
雪が心配そうな顔。
「なぜ……出ないの」
聖美沙に問われる。
問いながら、彼女は答えを知っていたのかもしれない。
「……まだ、悪党を倒していないクマ」
そういって裏門を閉じる翔一。
「おい! 馬鹿かお前! 一人で勝てるわけがないだろう!」
ニルソンは裏門を開けようとしたが、びくともしなかった。
「もう一度結界を破れる?」
「無理よ、あの術は連発できないの」
美沙の問いに首を振る雪。
毛皮の小さな背中はすぐに校舎の闇に消える。
ポト
聖美沙の黒髪が雨滴に濡れた。
「雨ね。空気が湿ってきたわ」
暗い空を見上げる。
星一つない。
闇に建つ黒い校舎。
見上げる治癒クマー。
「ようやく追いついたぜ」
黒い子熊、ダーク翔一が精霊界に見える。
「大変だったクマー」
「学校の結界の所為で合流できなかったんだぜ。猫姉ちゃんの術で穴が開いたからようやくって感じだ」
「結界をやったのはかなりの強敵クマ」
意を決すると、雨どいを伝ってするすると校舎を上って行く。
「忘れたのか、お前には援軍がいるんだ」
「先生とかかな」
「おっさんは直接にはこない。精霊界で援軍を探したら、例のあいつらがやってきた。急遽、その援軍を送る呪術をやっている」
「……援軍って、あの人たちだよね」
「準備はできているぜ」
「ありがとう、ダーク君」
ぽつぽつと雨が降ってくる。
屋上に上がる直前で雨脚が強くなってきた。
大クマーになって柵を乗り越える。
雨の屋上には数体の存在が対峙していた。
手前には二人の魔女。
ゴリラのような大女、湘南キトラの変化した姿。オーラの周りに翔一から貰った武器などを複数浮かべている。
そして、白い翼と黒い蝙蝠の羽を一対づつ背中に出した緋月零。手には炎の剣。顔は半分が燃え上がるような白いオーラ、半分が鱗に覆われた不気味な顔。天使と悪魔が合体したかのような存在だった。
対して、奥には、三体の存在。
左に、今までで最大の巨大デーモン。デーモンロードとでもいうべきだろうか。首に会議室で見た男の金鎖をつけている。
右に、『罪深き男』。ローブのフードをあげて顔を晒している。片目の美男子で、目のない部分からは不気味なウジのような触手が生えていた。
そして、中央に白い仮面と襤褸を纏った男。
「加藤」
「また、お前か。熊の怪物」
呆れかえったような声をあげる白仮面。
「何が目的だ、なぜ、こんなことをした!」
「聖美沙とアンジェラの抹殺。の、つもりでしたが、目的には逃げられ、敵には迫られ……やれやれ」
肩をすくめる。
「貴様、何がいいたい」
デーモンロードが不満げに問う。
「聖美沙ごときの暗殺に失敗したあなたたちに、期待することは何もないということです。蛆の君もだ」
「……」
ローブの『罪深き男』は無言。
「せめて、魔女と熊は倒してください」
そういうと、スーッと消えていく。
(また黒幕が逃げる。でも、今は追えない。目の前に怪物が二匹もいる)
大クマーはそう考えて剣を抜く。
「今は、目の前の悪者倒すクマ」
燃え上がる『念焔剣』。同時に『水竜剣』も出す。
「大クマーだな。聞いたことがある。お粗末な実力で調子に乗っている能天気なヒーローどもの一人だ」
デーモンロードが答えた。
「大クマー。きてくれてありがとう」
緋月がちらっと見てうなずく。
ニヤッと笑うキトラ。
ムトはいない。先ほどの戦いで傷つき異界に撤退したようだ。今は緋月の守護霊として魔力を送っている。
「血膿の神よ、今、再びあなたの力を呼び起こす」
天に向かって叫ぶ『罪深き男』。
「無駄だ。あいつは滅んだ」
「貴様、何を知っている!」
「異界で、遠い星であいつは封じられた。無数の英雄の怒りを買って」
「人間の怒りなど宇宙に於いては混沌のあぶくですらない。いま、われが神の力を再現する!」
ブワっと顔から触手をあふれさせる男。
それが合図になったかのように、いきなり戦いは始まる。
「眷属よ、地獄の軍勢よ出でよ」
デーモンロードが吼えると、いくつもゲートが開いて小型のデーモンがあふれ出てくる。
「行くよ! 剣嵐!」
キトラが叫ぶと、浮かぶ剣が嵐のように回転して怪物たちを切り刻む。
「炎の剣」
緋月は炎の剣を何倍にも燃え上がらせ、蛆とデーモンを焼き殺す。
「チビクマ結界、総出撃だ」
叫ぶ宿精。
ブワっと大クマーの周りに二十ほどのチビクマが出現し、光の弾を連射し始める。
「クマクマ!」「クマクマ!」「クマクマ!」
光と闇、聖と邪、正義と悪。
力と力が渦になって荒れ狂う。
翔一はこの時の記憶があいまいである。
両手に一本づつ剣を握り、怪物を叩きのめし続けた。
光と闇の奔流、忘我の境地だったのだ。
気が付くと、戦場は屋上ではなく、見たこともない無限の荒野だった。
明るくもなく暗くもない大地。
どこかの異界。
正面からデーモン軍が迫っている。
(数が多すぎる!)
「翔一、お前にも援軍はいるぞ」
誰かの声。
大クマーは背後に光を感じて振り返る。
銃や剣をもった戦士たちが大勢やってきた。
「撃て! 怪物どもを倒せ!」
「勇者に続け!」
サーベルを持った老紳士が率いている。
顔面がつぶれ、手足が折れ、内臓がはみ出た勇者たち。死しても尚、正義のために戦う『名もなき英雄』たちの援軍。
マシンガンやライフルが火を噴き、矢が宙を舞う。
バタバタとデーモンを打ち倒す。
戦士たちが突撃し、斬り倒される触手の束。
「聖魔炎!」
緋月の必殺技が大勢の魔を焼き尽くす。
「うおおお!」
キトラが大剣を振りまわして小デーモンたち吹き飛ばしている。
「首魁を撃て! ファイアー!」
リーダーの老紳士がサーベルをあげて戦士を指揮し、デーモンロードに一斉射撃をした。
怪物の全身が弾の直撃を喰らって埃をあげる。
しかし、巨大怪物は倒れることもなく宙に浮いていた。
風が吹き、大雨が降り注ぐ。
デーモンロードは最大の魔術を行おうとしていた。
よく見ると、無数の銃弾のために苦しみ、顔が歪んでいる。『名もなき英雄』たちの武器は破魔の力が宿る。
しかし、術を止めようとはしない。
大クマーは全力で阻止に向かう。
炎で崩れかけている『罪深き男』が血の塊りをブッと吐いた。
「クマクマ!」
鏡を背負ったチビクマが飛び出し、綺麗に反射。反射された呪詛は『罪深き男』に命中して、上半身を吹き飛ばす。
何もいわず、怪物は四散した。
「ありがとう、チビクマ君!」
突進する大クマー。
デーモンロードの掲げた手に闇の魔力が集まる。
「やらせないぞ!」
翔一は跳ぶ。
「剛刃素戔嗚!!!」
ぎゅっと『念焔剣』を握りしめた。燃え上がるオーラ。
大クマーは雷光と化す。
雷鳴が響き、辺りは光に包まれた。
御剣山家、朝。
「次のニュースです。野生化したアライグマが東宮聖霊学園に進入し、大捕物となりました。一昨日の豪雨の中、野生化したアライグマの集団が学校の校舎に進入。学園の発表では、扉や壁に穴をあけ、約三十万円の被害を出したということです」
女キャスターが無感動にニュースを読む。
画面には穴の開いた壁、壊れた扉、捕獲された無邪気な動物の姿などが映る。
「アライグマですか」
解説員が問う。
「近年、ペットとして輸入し、飼い切れず山野に放たれたアライグマが野生化。家屋を破壊する被害が増えています」
「しかし、群れで鉄筋の建物を破壊するなんてありえるのでしょうか」
「専門家の話では非常に珍しいケースであり、今後も調査を続ける必要があると」
テレビのニュース。
「アライグマ、クマ?」
パクパクと朝ご飯を食べる翔一。
ズズっと、味噌汁を飲む。
「お母ちゃん、おいしいクマー」
「お揚げとワカメの味噌汁よ。香りがいいでしょ」
「クマクマ」
かわいい子熊の様子に笑顔をこぼす詩乃。
「行ってきます」
「気を付けるのよ」
人間形で家を出る翔一。
道の向かい側には時代がかったスーツを着た人物が立っていた。白髪白髭、白人の壮年男性。
その、英国紳士のような人物はハットを取ると、笑顔で会釈してくれる。
翔一は深く頭を下げた。
バスに乗って、学校の前で降りる。
可愛らしい女の子、の姿をした少年が待っていた。
「翔ちゃん。おはよう」
「うん。おはよう」
京市だった。
何となく、手をつないで歩く。
校門をくぐると、パタパタと走ってくる二人の少女。
源雪と菜奈姉妹。
「おはよう、翔一君」
「おはよう翔ちゃん。京市君、男でしょ、翔ちゃんから離れて」
菜奈が京市を引っ張る。
「嫌だよ」
「二人とも、おはよう」
クラスに入る前に、二人の男女の視線を浴びる。
聖美沙とニルソン修一。あまり友好的な目ではない。
軽く会釈だけして通り過ぎる。
「ねえ、聞いた」
「うん? 何のこと」
「生徒会の小田原君、休学するんだって」
「へぇ、何かあったのかな」
京市と翔一の何気ない会話。
輝く朝日の中、いつもの日常が始まる。
2021/11/06 微修正




