106 浸食された学園、聖なる魔女と悪魔教団 その3
去って行く聖倫と小田原。身を隠しながら、静かに移動している。
彼らが一階に降りたのを確認したのち、
「よし、クマクマっと、変身クマ!」
治癒クマーはボンっと大型の熊、大クマーになる。
そして、稲妻精霊を呼んだ。
「あの二人について行って、デーモン出たら倒すクマ」
そう命令を受けると、精霊はふわふわと滑るように動く。
そして、自分は『念焔剣』を出した。
片手に鞘ごと剣を持って走る。三階に行くのだ。
「白虎一剣、迅雷!」
途中、出会うデーモンたちは片っ端から居合で仕留めた。
オーラの炎で魂を焼かれては、怪物たちも抵抗できず消滅に至る。
デーモンたちは霊や精に近い。実体を持った怪物であるが、存在としては希薄である。そのため、オーラの炎には肉体の守りも薄く、すぐに燃え上がる。
間合いに入った怪物は全て切り捨てていく。
三階南、会議室の前にきた。
ここにまでに、大型を含め十体ほどのデーモンを仕留めた。
「クマクマ……」
会議室の前で小さくなる。
扉は開けっ放し。丸い耳を出して、そっと覗く。
この会議室はかなり広い。
そして、ここにはかなりの人数がいた。
まず、五人の男たち。
黒いスーツ、黒い手袋。手袋には五芒星が描かれている。頭髪が一本もなく、尖った耳、尖った顎、薄い唇、眉がなく小さく酷薄な目。
人種はわからないが黒人ではない。肌は白い。彼らはまるでコピーのような人間だった。そっくりである。
手にはぎざぎざのナイフがある。
リーダー格らしき男は同じ姿だが、首にジャラジャラと黄金製のネックレスをかけている。
彼らの背後には十数人の生徒。
隅に座らされて、いかにも人質という風情である。
(あ、京市君いるクマ)
京市は普通の男子生徒の格好だが、気丈に頑張っている雰囲気。他の生徒は涙を流して命乞いをしているのもいる。
「お願い、殺さないで!」
「許して、まだ死にたくない!」
冴えない感じの女生徒二人は黒服の足元にすがらんばかりだ。
黒服は薄笑いでその人質を見ている。
そして、黒服と人質たちの前に、聖美沙とニルソン修一が剣を抜いて立っていた。
美沙は儀式に使う短く細い小剣。ニルソンが持つのは本格的なサーベルで、以前、出会った時と同じものに見える。
「ようやくお出ましだな、聖家の小娘と小僧」
リーダー格の男が声を出す。
「あなたたち、まさか、悪魔教団の黒魔導士」
聖美沙は小剣を逆手に持って構える。
「フフ。大昔からの因縁というやつだ。お前たちの先祖が竜を裏切った時からのな」
「何のこと?」
「黒魔導士どもが何の用だ!」
ニルソンが問う。
「お前たちが、どれだけ腑抜けになったのかちょっと腕試しにきたのだ」
「ふざけないで」
目を爛々と怒りに輝かせる美沙。
「目的をいえ! 悪党ども!」
ニルソンは色々と問題のある人物だが、ここでは頼もしかった。
「フフ、教えてやる。俺たちはお前たちと違って、親切で心が広いのだ」
「悪魔に仕えて、よくいうわ」
「神は心が狭い。俺たちは心が広い。単純な理屈だ。……お前たちが知らされているかどうかわからないが『鏡の迷宮』が解放され主が殺された。我々はこれをチャンスと考えている。今、聖家を始末すれば、主の亡骸を我らの物とできる。竜の心臓を手に入れるのだ」
「それって……」
美沙は何かを思いついたようだ。
「何をいっている。意味が分からないぞ!」
ニルソンは怒りの声をあげる。
「知らぬのなら、ご勝手に。お前たちの親は子に何も教えないのか。呆れた一家だ」
「お父様や叔母様にはお考えがあるのよ」
美沙が家族を擁護する。
「そろそろ、お喋りにも飽きた。人質連中もつまらない会話にうんざりだろう? 少し魔術合戦をしようではないか、白魔術師殿」
にやりと笑う男。
その言葉を合図にしたかのように、男たちは一斉に呪文を唱え始める。
「美沙、僕たちも」
「ええ」
対抗するように二人も何らかの魔術を唱え始めた。
彼ら双方とも、古代の中東からヨーロッパの言語であり、何をいっているのかはわからない。
やがて、彼らが何を呼んだのかはっきりする。
「いでよ、サタンの眷属」
男の自信に満ちた声。
五体の先ほどと似た感じのデーモン。角の付いた不気味な人型の怪物。
「聖なる光の剣、悪を討ち給え」
美沙の周りに光り輝く剣が何本も現れた。
「聖霊よ、剣に宿り、悪を討ち果たせ」
ニルソンの剣には強力な聖性の存在が宿る。
戦いはすぐに始まった。
聖美沙に殺到するデーモンたち。
しかし、先頭の怪物は剣で串刺しになった。
もう一匹は剣をはじき返し、後に続く者は受けたり躱したりする。
「かかってこい! 怪物ども」
ニルソンは剣を抜いて、デーモン一体と丁々発止のやり取りを始めた。
彼の剣の腕前はかなり確かではあるが、パワフルなデーモンをやや持て余している。
「デーモンには互角。では、そこに魔力弾を撃てばどうなりますかな」
そういうと、黒服たちは呪術を唱えながら、暗黒の弾をビシビシ撃ってくる。
美沙は殺到するデーモンを躱しつつ、防御魔術で暗黒弾を弾いた。
「ハハハ。何とも必死な姿だな」
嗤う金ネックレス。
ネックレスはよく見ると、ロザリオの束だ。彼が倒してきた神の信徒の持ち物だったのか。
「卑怯よ、数が多すぎるわ」
「くそ!」
「お前たちはエリート主義で仲間を作らない。自業自得だ」
戦いは速やかに防戦一方になっていた。
(まずいクマかな。ちょっと援軍送るクマ)
ふわふわと対消滅精霊を送る。天井付近に這わせて、致命傷になりそうな暗黒弾を消した。
「ん、今、術が消えなかったか?」
黒服の一人がつぶやく。
「うむ、確かに消えたぞ」
彼らは異変に気が付いたが、それに対処する前に背後で動きがある。
「お、お願いします。私たちは関係ない! 助けてください!」
一人の黒服の足に先ほどの女たちがしがみつく。
「ええい、うるさいぞ。死にたいのか」
「どうせ殺すんでしょ」
突然、女の声は低くなる。
「なに?」
「だったら、こちらからやってやるよ」
その台詞と同時に、黒服の胸に剣が立つ。ぼっと燃え上がる炎。
「ぐあああああああ!」
「邪魔だよあんた」
バン! バン!
もう一人の女も黒服の胸に何かを打ち込んだ。
炎の剣を敵に突き立てたのは緋月零、黒服を棘弾で撃ち抜いたのは湘南キトラだったのだ。
何らかの変装魔術を使っていたらしい。
黒服二人はふらふらとしたが、致命傷を負っても死なず、逆にナイフを構える。
「小娘ども、魔女か!」
「やるよ姉さん」
「ええ、妹」
二人は魔を呼んで憑依させると、強力な肉弾攻撃を展開する。
キトラは俊敏、緋月は剛力。黒服に次々とダメージを与えていく。
黒服五人組とデーモン軍対聖家二人と魔女団二人。
状況は一進一退のようだが、会議室には恐ろしい魔術が吹き荒れることとなった。
人質たちは机などを盾にして必死に身を守るが、少しでも運が悪ければ被害は免れられないだろう。
(魔術師たちは大丈夫としても、人質助けるクマ)
翔一は窓から外に出ると、鋭い爪を立てて外壁を人質の傍まで伝っていく。
そして、フライングシールドを横にして空中に置いた。
窓をそっと開ける。
機械精霊で鍵の物理法則を無視したのだ。
「京市君。こっちクマ」
「え? 翔ちゃん?」
彼は窓の外から声をかけられるなどと考えていなかったのだろう、思わずキョロキョロする。
そして、子熊と目が合った。
「ひ!」
「しー。僕は治癒クマー。元ヒーロー。今のうちクマ、窓から逃げて」
「逃げてといっても……」
「この板の上に乗って、五人ぐらいは行けるから。考えている暇はないクマ」
子熊の後ろ、窓の外には大きな板が宙に浮いている。
「うん」
人質たちには奇跡的に被害は出ていなかったが、いずれ運は尽きるだろう。
女生徒たちから脱出させる。
「クマクマ、大丈夫、信じて。裏門から逃げられると思う」
こわごわと板に乗る少女たち。揺れもせず安定していることを知ると、彼女たちは落ち着いたようだ。
そして、最初は上手く行った。フワっと降りる大楯。
少女たちは地上に降りると、慌てて草むらに身を隠す。
二度目、男子。
最後に京市が乗ろうとしたとき、
「見ろ! 人質が逃げるぞ」
黒服の一人に気づかれる。
大ぶりの聖性受祚の石を取り出すと、渾身の力で投げつけた。
石は男の頭蓋をボコッと破壊する。
強力な聖なる力に耐えられるわけもなく、男は斃れた。
「今のうち、早く!」
「うん!」
残りの人質たちも速やかに地上に降りた。
さっと壁の外に、窓の後ろに隠れる翔一。
「人質は誰かが助けてくれたのね。そして、あなたたちは一人減ったわ」
聖美沙が髪を振り乱し、目を輝かせて宙に浮く。
「それがどうした」
リーダーが答える。
「私に強力な魔術を使う余裕ができたということよ」
「黒魔導士を甘く見るなよ!」
聖美沙と首魁が共に強力な呪術を開始した。
「あたしもいるわ、無視しないで」
緋月も何らかの魔術。どうやらムトを呼ぶらしい。
「妹、守りはませろ」
キトラの声。
「美沙は僕が守る!」
ニルソンも答えた。
(ここは、たぶん、大丈夫クマ)
敵はここまでにデーモンを三体失い、翔一に頭蓋を破壊された男は魂魄が抜けている。対して、聖家と魔女たちは健在だった。
ふと見ると、チビクマが戻っている。
「キューキュー」
「教室の先生たちが危ない。わかったクマ」
翔一は壁を走って高速で向かう。
職員室の周りにはどこから湧いたのか、小型のデーモンに取り囲まれていた。
外はもちろん、中の廊下側もである。
教師たちと一部生徒たちが中に閉じ込められているようだった。
こっそり近づくと、怪物の侵入を止めるために、必死にシスターたちが聖水を撒き、ロザリオをかざしていた。
(やっぱり、あの先生たち只者じゃなかったクマ)
中でも、学園長のアンジェラは白い光を発するレイピアを持っていた。
「悪魔ども、学園から去りなさい!」
入ろうとするデーモンを片っ端から剣で倒す。
「異端審問官アンジェラ。貴様だけは殺す」
不気味なローブの男が外側のデーモンたちの中にいる。怪物を指揮しているようだった。
窓の外に、男を発見したアンジェラが答える。
「『罪深き男』ね。今さら何の用なの。私は戦いから退いたの」
「貴様がやってきたことの罪を償ってもらう」
「私は悪党に厳しかった。それだけよ、罪は犯していないわ」
「それで十分だ。現に貴様は罪悪感を感じて審問官を辞めた」
「……」
「いいか、中の者どもよ。その女、アンジェラ。俺の目的はそいつの命だ。お前たちが差し出せば許してやる」
動揺が広がる。
教師と生徒たちは顔を合わせた。
「聞いてはダメよ! こいつの言葉は悪魔の声なの!」
アンジェラは必死に叫ぶ。
(……たしかに、呪力がこもっているクマ。この男の声は一種の呪詛)
「その女は悪党だ。このご時世に異端審問官をやって大勢の罪のない人をこっそり殺したのだ」
「嘘よ! 私が倒したのは悪党と魔物だけ!」
弁明するアンジェラだが『異端審問官』という時代錯誤な響きは人々にアンジェラを疑う気持ちにさせた。
彼女の必死さが逆に焦っているように見せたのだ。
「学園長……本当ですか」
シスターの一人が疑念を捨てきれず、問いかける。
「私は罪を犯していません。少なくともこのことでは」
「その女は偽善者だ、正体は極悪人。その女を差し出しても、お前たちは何の罪にもならない。俺が保証する」
男の言葉は甘い蜜。
怪魔に取り囲まれ、命は風前の灯火だった。
その言葉は溺れる者がつかむ藁。
「お、俺は死にたくない」
「私もよ」
「僕も、まだ、若いんだよ」
人々は誰かをきっかけに、口々に本音を暴露する。
次の言葉が出るまでに、時間はかからなかった。
「学園長を差し出そう。この女は死んでもいい人間だ」
「……」
無言の同意。
その時、アンジェラの周りは全員が敵になった。
刺すような人々の目。
早く死んでくれという懇願。
アンジェラはため息をついた。
「わかりました。これが私の宿命。神の試練なのでしょう」
窓を開ける。
デーモンたちは不気味な声をあげるが、なだれ込んだりはしない。
「『罪深き男』この人たちは助けてください。投降します」
「フフフ。簡単だったな」
嗤う男。
窓枠を乗り越えるアンジェラ。
少し距離を開けて、勇敢なシスターを取り囲む怪物たち。
「待て! デーモンを率いて人を圧迫するような奴の言葉を信じるのか!」
デーモンたちの群れの後ろに、大クマーがいた。
凄まじい肺活量で響かせる声。
「ち、とんでもない奴が現れたぞ」
男がつぶやく。
「彼女を見捨てたら、永久に後悔するぞ。怪物に脅されて人を犠牲にしたと!」
「しかし」「僕たちは誰かを犠牲にするしかないんです」「彼女は悪人かも」「私、死にたくない」
人々は口々に反駁する。
だが、その声は力がなかった。
「僕は戦う。僕は君たちが絶望しないように悪を倒す。まず、それを見てくれ」
大クマーはそういうと『水竜剣』を出した。燃える剣と二刀流である。
「聖水ブレス!」
群がる怪物たちにかけられる大雨のような呪力。
「ギャアアアアアアアアアアア!」「キシャアアアアア!」
吼える怪物たち、体がどろどろと溶けていく。
「グオオオオオオオ!」
大クマーは二本の巨剣を振り回して、怪物たちを蹴散らしていく。
アンジェラも剣を振りかざして怪物に突撃していた。
「人々をやらせません!」
剣術と聖なる力で怪物たちを屠って行く。
彼女も相当な戦士だった。
「これは、不利だ」
ローブをかぶった男はふっと消える。
まだ、かなりのデーモンがいるが、即座に見切ったのだ。
「戦いましょう。人々を守るのです」
シスターの一人が力強く告げると、彼女たちもデーモンと戦い始めた。
急速に数を減らす怪物。
2021/9/25 2025/12/6 微修正




