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110 ショッピングセンター襲撃、黒きファラオの呪いクマ その1

 ある晴れの日の休日。

 一台のワゴン車が広い駐車場に止まる。

 扉が開き、二人の人物が降りる。

 背の高い女性と小柄な少年。

「お母さん、僕たち目立つと思うけど大丈夫?」

 少年は帽子をかぶり、暑いのに長袖シャツ。顔面には傷跡が走っている。

「大丈夫よ、心配性ね。ここは高級店はないけど、こだわりの店が多いの。面白い所よ」

 答える、三十代後半の女。整った顔立ち。ハットに丸くて大きなサングラス。白いブラウスにホットパンツ、白い太ももがまぶしい。ハイヒールを履いて、ただでさえ少年より背が高いのに、さらに高くなっている。

 御剣山翔一みつるぎやま しょういち詩乃しの。息子と母親だった。

「広くていい所だね。繁盛もしているみたい」

 駐車場は広いが、七割以上埋まっている。

「でしょ。飽きないのよ、ここは」

 薄手のカーディガンに袖を通しながら、詩乃が答えた。

 モノリスアヤメ。

 駐車場の先に大きなショッピングモール。

 大勢の客が出入りしている。


 三階のそれなりに高級なレストランに行く。

 細身の女性が待っていた。

 二十歳くらいの色白の女。

 丸い顔に切れ長の目。弥生顔の美女。長い手足。

 モデルだろうか。

 ボブヘアー、フリフリのシャツにチェックガラのミニスカート。丸くて大きなブーツ。

「詩乃さーん」

 手を振ってくる。

「すずちゃん。待った?」

「ううん。今きたの。この子が翔一君?」

 翔一の怖い顔を見ても笑顔。

「ええ、翔一、この子はうちの事務所の後輩。室町むろまちすずちゃん」

「御剣山翔一です」

 深く頭を下げる翔一。

「こちらこそよろしく」

 翔一より深く頭を下げる室町すず。

「ここのイタリアンがいいのよね。京都の本店ほどじゃないけど」

 三人はこじんまりとしたレストランに入る。

 オシャレな内装、穏やかな音楽、絶品の料理。

「おいしいね!」

 すずは口の端にソースをつけながらしゃべる。

「お口、汚れてるわよ」

 詩乃が拭いてあげる。

「詩乃さんありがとう」

 すずは子供のような顔で礼をいう。

 翔一は初対面の女性に緊張しながらゆっくり食べる。

(本当においしい。ランチでこれならディナーだとどうなるんだろう)

 景色もいい。

 気分のいい、楽しい食事だった。


「これよ、これ。これが見たかったの」

 詩乃が嬉しそうに展示会場に案内してくれる。

「日本エジプト友好展。ふーん」

 翔一はキョロキョロする。客入りはそこそこだろう。

 今のご時世らしく、武装した青い制服の警備兵が立っている。腰には大型の拳銃。

 詩乃はどこで手に入れたのか、割引チケットを提示して三人のチケットを買う。

 ずらりと並ぶ、重厚な古代の遺品の数々。

「ねえ、お母さん、どうして後輩さんと一緒にきたの?」

 翔一は小声で聞く。

「あの子、面白いしかわいいでしょ。それに、あなたも若い女の子とデートできたほうがいいじゃない?」

 要は元気のない少年への配慮だったようだ。

(お母さんに心配させたんだね、反省しよう)

 すずは子供のようにキャッキャとはしゃぐ。

「ねぇねぇ、これ面白い!」

 動物が人を乗せるような形に作られた輿がある。

「これはファラオの乗り物よ。第三王朝の物ね。あら、意匠がセトよね、普通ホルスじゃない?」

 なぜか、妙に詳しい詩乃だった。

「お母さん、エジプト詳しいの?」

「私、歴史が好きなの。それに、若い時、エジプトに三回も行ったのよ。一度はお父さんと……」 

 離婚した夫との話になると顔が曇る。

 三人でファラオの棺や冠、黄金の王座などを眺めて歩く。

「やっぱり、エジプトはすごい文明だね」

「すごいでしょ。もう少し平和になったら、みんなで行きましょうよ」 

 ふと見ると、すずがいない。

 彼女は好奇心の塊りで、一人でどんどん行ってしまう。

「すずさんいないね」

「どこに行ったのかしら、あの子は小さな子供みたいよね。かわいい子」

「僕が探してみるよ」

 翔一は母と離れて、すずの匂いを探す。

 すぐに見つかる。

 少し雰囲気の違うコーナーで彼女は立ち止まっていた。

「すずさん、ここにいたんだ。『謎のファラオ、暗黒の化身』……」

「ねえ、翔一君。ここだけ何か違うわ」

 細い腕を抱くすず。

 最近見つかった考古学的成果の展示だ。

 墓所の写真。壁一面に刻まれたヒエログリフ。

 正面にはセトをかたどった黒と黄金の仮面。

 黒の部分は皮で作られ、黒い犬のような顔にかたどられている。

 その他黄金製の装飾品。ファラオの装身具だろう。

 翔一は霊視する。

 やはり、セトの仮面は漆黒のオーラに包まれていた。いつの時代の存在かわからない無数の霊体が背後に蠢いている。

「近寄らないほうがいいよ。この仮面はダメだ」

 すずを引き寄せる。

「うん」


「そろそろ出ましょう」

「そうだね」

 詩乃にうなずく翔一。

 午後一時半。

 それは突然起きる。

 展示会場の窓から見える駐車場に、黒いバンが何台も現れる。よく見ると、駐車場だけではなく、ショッピングモールの出入り口全てにバンがいるようだ。

「あれは」

 バンの扉が開くと、黒覆面、黒っぽい戦闘服。SMGやアサルトライフルを持った兵士らしき人間たちが次々と降りてくる。

 民間の警備員が止めるが、覆面の一人が銃を向け撃つ。

 うずくまるようにして倒れる警備員。

 防弾チョッキのおかげで血は出ないが動けないようだ。

 黒覆面たちは彼を放置して、ショッピングモールに殺到する。

 客たちの悲鳴。

 けたたましい警報が鳴る。

「当モールに不審者の集団が侵入しました。武器を持っています! 無理な抵抗をせずに、冷静に対処してください。逃げられる人はすぐに逃げて!」

 ショッピングモールの管理者の声だろう。非常に切迫している。

 ちらっと展示場の入り口を見ると、拳銃を持った警備員がいる。

 彼らは自衛隊の予備官であり、最近は人の集まる場所を武装して警備に当たるようになっているのである。

 慌てて大型のライフルを用意している。

 昆虫人間対策の大型銃器があるようだ。

 ヘリの音がする。

「屋上も抑えられたよ、テロリストがなだれ込んでくるよ」

「ど、どうしよう、翔ちゃん」

 翔一は自分一人なら、敵を突破するのはたやすいと思ったが、この二人や周りの一般の人々を守るのはどうすればいいのか迷った。

「二人に受祚をするから、手を出して!」

 厳しい顔の翔一に驚いて、二人の女は手を出す。

 翔一は油性マジックで手の甲に呪紋を描き、精霊を呼ぶ。

「鋼体精霊。銃弾が当たっても耐えられる。無限じゃないけど」

「何をいっているの、翔ちゃん?」

 詩乃は驚いているが、すずは、

「え、何なの、何か感じるわ」

 緊急事態なのに、嬉しそうな態度。手をくるくると回して目をぱちぱちとさせる。

「お客さんたちは動かないで、物陰でじっとしていて!」

 古いボルトアクションのライフルを持った警備兵が叫ぶ。

 銃撃音が響く。

 人々の叫び声。大勢の人間が逃げ惑う音。


 エジプト展の会場前は少し広いエリアだったが、机や商品の陳列棚を並べて、即席のバリケードにしている。

 奥まった場所にあるここには敵の到達が遅かったのが幸いした。

 警備兵は正面に五人。裏口にも二人の警備員が立つ。

 裏口は二階の屋上につながっており、花壇があって人々が散策する場所となっているが、そこにいた人たちは展示会場に逃げ込んだ。

(警備兵の武器は大型拳銃とライフル。敵はSMGとアサルトライフル……)

 翔一の懸念は当たった。

 黒覆面たちは現代的な兵装で、小口径の銃弾をばらまく兵器を持っていた。

 ごく最近までは世界での標準装備だったが、昆虫人と半魚人の出現が小口径武器を完全に時代遅れにしている。

 しかし、現状は軽装の警備兵相手なら、非常に有効な武器といえた。

 散発的な抵抗が行われても、テロリスト軍の方が多く武装も効果的だった。

 急速にモール全体が静かになって行く。

 やがて、

「こちら、宇宙人類解放戦線。私が家畜管理官の渡辺わたなべだ。このショッピングモールは我々の支配下にある。無駄な抵抗を続ける警備兵は投降しなさい。勝ち目はないぞ」

 このような放送が流れる。

「何なの、人類解放とか家畜管理?」

 詩乃が怯えるすずを抱きしめながら、翔一を見る。

 翔一はヒーローだったこともあり、テロリストの現状について何度かレクチャーを受けていた。

「宇宙人類解放戦線というのは、グレイを信奉する一派で、人類は彼らの奴隷になるべきだって主張してるんだ。気が狂ったやつらだよ」

 そういいながら、心に焦りが生じる。

 連中はあまり話し合いができる相手ではない、グレイの支援も受けているので、テロリストの構成員には超能力者と昆虫人がいる可能性がある。そして、狂信者らしく狂暴な奴らである。

「スマホは……無理ね」

「中継器をつぶされているんだ。連中は手慣れているよ」

 バババ!

 いきなり、展示会場のバリケード前で銃撃戦が始まる。

 身を伏せる人々。

 警備兵たちは必死に反撃している。

「一発撃ったら二十発ぐらい反撃されてるわ」

 詩乃がなぜか冷静に分析する。

 どう見ても劣勢ではあるが、警備兵たちは思ったより重装甲で被害者はいない、敵も無理には突っ込んでこないようだ。

 精霊界を見る。

 黒い子熊と目が合った。

「お困りのようだな。どうするよ。やっぱり困ったときは妖術じゃないか?」

「何をするにしても情報が必要だね。チビクマに隠密精霊を纏わせて偵察してほしい。敵の守りが手薄な場所、人質が固まっている場所の情報がいるよ」

「ここは結構広い建物だ。今いるチビクマを総動員したとしても、二十分くらいはかかるとおもうぞ」

「情報もなくうろうろするより絶対にいいと思う」

「わかった、俺は精霊界で作業をする」

 ダーク翔一が隠密精霊を召喚し始めたので、保存食と水をすべて取り出す。

「え? どこから出したの、それ」

 すずに見られていたようだ。

「いいから、長丁場になるかもしれないから、食料と水を持っていて」

 そして、物陰に入る。

 クマッと治癒クマーになった。

「翔ちゃん……」

「え? え? どういうこと。翔一君が消えたわ」

 視界から隠れて変身したとはいえ、翔一の正体に全く気が付かない室町すず。

 超天然系だった。

「僕は元ヒーローの治癒クマー。お姉ちゃんたちは隠れていて。僕が助けを呼んでくるクマ」

「きゃ! 熊が喋ったわ。それに、ヤダ、超かわいい!」

 背後で戦闘が行われているのに、子熊を撫でる室町すず。

「お母ちゃん。じっとしていてね。ここに結界張って行くから、雑魚は入ってこれないと思う。僕は人々を救うよ」

 詩乃は少年を止めたかったが、それは口にすれば手前勝手な欲望かもしれない。

 何もいえず、長いまつ毛の視線を床に落とす。

 その時、カランカランと煙を上げるグレネードが放り込まれてきた。

「機械精霊」

 とっさに機械精霊を呼んで、グレネードの化学反応を止める。

 そして、瞬息で走って投げ返した。

 階段の柵やベンチの陰に隠れるテロリスト軍団が煙に包まれる。

 敵はマスクをつけていたので被害はなかったが、視界がなくなるのを恐れて後退する。

「今の間クマ!」

 急いで精霊を呼び、会場の四隅に封印する。

「君、何をやっているのだ」

 警備兵の隊長に呼び止められる。

 四十代ぐらいの、がっしりした髭の男。

「僕は元ヒーローの治癒クマーです。僕の魔術でこの部屋に結界を張ります」

「それはどういうものかね」

「稲妻精霊と移動阻止です。結界に突撃する敵は稲妻を喰らい、敵意持つ者は通過時に動きを止められます」

「バリケード内も含められるかね」

「ええ、そうします。僕は結界を張ったら、隠密で捕虜や逃げ遅れている人を助けに行きます」

「連絡が取れない。軍や警察はもう気が付いていると思いたいが、連絡を取ってくれないか」

「はい……何かないか調べます」

「もし見つからなければ、君一人でも脱出して援軍を呼んでくれ」

「わかりました」

「しかし、どうやって結界は敵と味方を判別するんだ?」

「祖霊に頼んでます」

「? よくわからないが、それで上手く行くのなら悩んでいる場合じゃないな。頼んだぞ、治癒クマー」

 翔一は術の最後に友好的で知性がしっかりしている祖霊に結界の運用を頼む。

(天井の排気ダクトを通るかな。狭いけど、僕ならいけそうだ)

 天井までするすると登ると、バリっと柵を外す。

 ふと、会場を見渡すと、母と室町すずが治癒クマー翔一をじっと見ていることに気が付いた。

 同時に、二十数人の見学客たちも彼を見ている。

「僕は元ヒーローの治癒クマー。この部屋には精霊で守りをつけましたクマ。あわてず騒がず、警備隊長さんの指示に従って救援を待ってほしいです。僕は何かできないか様子を見てきます」

 無言でうなずく人々。

(まだ、人々は落ちついている。早くどうにかしないと……ん?)

 あの黒と黄金の仮面の辺りが黒いオーラに包まれていた。

(気にはなるけど、今はどうしようもないね)


 治癒クマーは人々にモフ手を振ってからダクトに消える。




2025/12/6 微修正

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