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103 クマキャンプ、太陽の巫女 その4 【食事中注意】

今回投稿、食事中閲覧にはご注意ください。




 黒い人狼ゲイルは森の中を走っていた。

 丘の頂上に向かい、アケミと合流するのだ。

「やはり、人狼以外は屑だな。くその役にも立たねぇ!」

 二対一で戦えば、勝てる可能性はゼロではなかった。しかし、ゲイルは作戦が上手く行かなかったことで自ら士気崩壊していたのだ。

 そして、部下を盾にして自分だけが助かるという最低の選択をした。

 その罪悪感をごまかすために、部下を罵り続ける。

 人狼の体力で全力疾走すれば、森を抜けすぐに丘の頂上に出た。

「アケミ! 逃げるぞ!」

「……あんた、ユウキはどうしたんだい」

 人狼女は銃を腰だめに構えていた。

 血の匂いがする。

 女の足元を見ると、タヌキ人獣の遼が血まみれになってこと切れていた。ピクリとも動かない。

「そ、そいつはお前が殺したのか」

 体が銃撃でバラバラになっている。

 全く治っていないところを見ると、銀の銃弾で殺したのだ。

「……」 

 鋭い目線を返すだけの女。

「遼は敵前逃亡しやがった。アケミ、お前のやったことは正しい」

「だから、ユウキは?」

 アケミは殺意を込めて構えた銃口をピクリとも動かさない。

「ユウキは大神おおがみにやられた。俺は勝てないと考えて撤退したんだ」

「あんたも、敵前逃亡だろう」

「待て、俺は兄貴分、いうなれば上官だぞ。反逆するのか」

「上官もくそも、味方を捨てて敵から逃げるような野郎は腰抜けのゴミだ」

「落ち着け、大神が迫っている、仲間割れをしている場合じゃない」

「大神は私がやる。お前は今死ね」

「あ! 大神がきた!」

 アケミの背後を指さすゲイル。

 幼稚な作戦だった。

 しかし、アケミは一瞬迷う。

 その隙が命取りだった。

 ゲイルの刀がアケミの首に刺さっていた。

「やりや、がった、な!」

 血反吐を吐きながら、叫ぶアケミ。

「わるいな。へへ」

 そのまま、首を斬り落とす。

 噴水のように血をまき散らして死ぬ人狼女。

「フウ。馬鹿め。頑固すぎんだよ、クソ女!」

 胴体を蹴飛ばすゲイル。

 部下の血で血まみれになる黒い人狼。

「へえ、勝手に仲間割れで死んでくれたのか」 

 背後を見ると、木にもたれかかって、皮肉そうな大神恭平おおがみ きょうへいが立っていた。




 舞台を見ると、岩の壁から光が漏れている。

 音楽と舞は最高潮で、大いに盛り上がり、観客の霊魂たちも沸き立っていた。

 光は黒蛇に当たり、ゆっくりと薄く消えていくようだった。

「いまだ! 熊の男、岩戸を開け!」

 心の中で琵琶の男の声が響く。

 翔一は跳ぶように岩壁に向かうと、細い隙間に指を入れる。

 そして、渾身の力で隙間を広げようとした。

 その岩は巨大すぎて到底動くようには見えない。

 しかし、全身の力を籠め、丸太より太い腕で岩に力を籠める。

「ガア! ガア!」

 苦しい。

 戦いの直後にこの難行だった。

 しかし、何かに突き動かされたように、大熊は岩戸を引っ張る。

 バリ、

 床の岩が割れる。

 すさまじい力。

 だが、びくともしない。

(本当に、動くのか)

 一瞬迷いそうになった。しかし、翔一はその弱気を振り払って逆に力を入れる。

 いつの間にか、音楽は已み、皆が無言で見守っていた。

「グオオオオオ!」

 ズイ。

 ほんの少し動く。

「おい、嘘だろ。いくらなんでもあんな巨石が」

 ダーク翔一の声が聞こえた。

 少し動けば、あとはゆっくりと動く。

 ズズズとその隙間は人が一人通れるぐらいの亀裂となる。

 亀裂から漏れる強烈な光。

 何かが出てきた。

 舞台は圧倒的なその存在の輝きに包まれ、何も見えない。

 全てが真っ白となる。


 一瞬、意識を失っていた。

 雪の顔を見ると、彼女も呆然としている。

(いつの間にか、子熊形態に戻っているクマ)

 大熊で成し遂げたことが嘘だったかのように、翔一は子熊になっていた。

 洞窟には太陽光が入り、多少明るい。そして、空間全体は儀式が始まる前に感じた広さはない。

(思ったより、狭い洞窟だった?)

 岩の割れ目は坂道になっており、そのまま外につながっているようである。

 そこら中に礫が転がり埃っぽい場所だった。

 先ほどまで大勢いた霊魂たちは消え去り、源雪みなもと ゆきと琵琶を持った男だけだ。

 男はスーッと薄くなっていく。

「剣がある。拾っていきなさい」

「……はいクマ」

 見ると、蛇は消え、代わりに金属の光が見える。

 手に取ると、黒い鉄の剣だった。

 大ぶりで武骨な古代の剣。

 異常な頑健さが感じられる。そして、すさまじい呪力。

「これも『草薙剣くさなぎのつるぎ』?」

「翔ちゃん、何があったの」

 雪は舞を舞っていた間は記憶があいまいらしい。

 頭を振っている。

「もう終わったクマだよ、キャンプに帰ろう」

「うん」

 雪はうなずくと、朱の鉾をふわっと勾玉の中に消す。

「それ、どこにしまっているクマ?」

「精霊界の箱があるんですって、琵琶の男の人が教えてくれたわ」

「不思議な人だったね、あの象の怪人も」

「象の方はわからないけど、琵琶の人は土器面ぬいぐるみの御仁によろしくっていっていたわ」

「土器面ぬいぐるみなんて全宇宙に一人しかいないクマ。先生の知り合いなのかな」

 苦笑しながら、狭い坂を上る。

 階段が刻んであり、問題なく上に抜けた。




 抜けた場所は丘の上だった。

「古墳だったクマ? 違うような……」

「ねえ、変な音がするわ」

 丘の上はあまり木は生えていない。

 そして、誰かが闘争しているような音がする。

 走り回る音、荒い息遣い。

 バババ!

 発砲音。

「雪ちゃん! 身を伏せていて!」

「どうする?」

「僕がこっそり見てくるよ、動いちゃだめだよ」

「大丈夫なの?」

「これでも実戦経験豊富だから」

 隠密精霊を纏い、こっそり接近する。

 二匹の人狼が戦っていた。

 一人は灰色の人狼。

 もう一人は黒の人狼。

 灰色は無手だが、黒はアサルトライフルを構えている。しかも、背中に刀。

「大神さん」

 大神は銃を乱射する黒い狼に手を焼いているようだ。

 接近することができない。

 岩陰などに隠れているが、一方的に攻撃されている。

「ハハハ! 終わりだ大神。このライフルには銀の弾が入っている。それに対して、貴様は武器もない」

「弾が尽きたら倒す。調子に乗るな」

 大神はいい返すが。

「弾はたくさんあるぜ。お前一人十分仕留められるぐらいにな」

 確かに、いくつもマガジンを持っているようだった。

 半分開いた大きなボストンバッグに入っているようだが、その横には血まみれの死骸。

(どういう状況なんだろう。でも、見てる場合じゃないよね。黒い人狼は絶対悪者だよ)

 機械精霊の強めのを呼び、銃に纏わせる。

 物理法則が否定され、銃は機能しなくなった。

 カチ、カチ!

「ち! どうなってる、弾が出ないぞ」

「どうやら状況は逆転したみたいだな」

 大神がゆっくり出てくる。

 黒い狼は銃を捨て刀を抜く。

「まだ、俺には刀がある。これも名刀だぜ、そして、俺は古陰流の達人だ」

 確かに剣の構えは本物だった。

 接敵した大神だったが、すさまじい剣の連続に躱すのがやっとの状況。

「ち、斧を持ってきたらよかったぜ」

 何度か剣が体を掠め、薄いけがを負う。

 傷自体はすぐに治るが、状況が不利なのは間違いない。

(大神さんって剣爪つかえないんだ。その分、他の能力があるのかも……武器は得意だよね)

 大神も爪を伸ばしているが、ナイフサイズである。その辺りは翔一と似ている。

「喰らえ! 毒霧!」

 ブっと黒い人狼は瘴気の霧を吐く。

 大神は慌てて引くが、そこに疾風のような斬撃が襲い掛かる。

「大神さん! これを使って」

 飛んでくる黒い波動。

 大神は咄嗟にその金属を掴むと必殺の刀を受ける。

 ギン!

 砕け散る、黒い狼の刀。

 はじかれて、大きく体が開いた。

 大神は返す刀で胸を薙ぐ。

 バリ!

 黒い狼の胸がざっくりと斬られる。

 よろめく怪物。

 次の瞬間には大神の黒剣が狼の首を斬り落としていた。




 ヘッドライトをつけ、夜道を行くバン。

 人狼協会のメンバーが乗っている。

 運転は大神。助手席には明日香。

「あの剣は『草薙剣』というらしい。突然飛んできたんだ。そして、持った瞬間名前が浮かんだ」

「何よ、そんなことあるのかしら」

 大神の言葉に半信半疑の赤嶺明日香あかみね あすか。トランクの方を見る。剣が布に巻かれて置いてあるのだ。

 バンには朝乗っていたメンバーがいる。

 猪田いのだ池袋いけぶくろは別の車だったが、彼らも後続している。

 山道はガタガタと揺れる。

「おかげで助かったが、代わりに、愛用の斧を無くした」

「ネズミ野郎の死骸は見たわ。最後にいい仕事をしたのよ」

 二人して、斧を探したがどこに消えたのか全く見つからない。

 そして、結局、キャンプは中止になったのだ。

 混沌同盟の人狼の襲撃を受けてのんびり遊んでいる場合じゃないだろうということである。

 赤嶺泰造あかみね たいぞうは状況を知って、日本防衛会議に報告した。

 会議はすぐに治安部隊と現場検証班を送ってくれたが、人狼協会は街に帰ることになった。

 他のキャンプ客も身元を確認したうえで防衛会議が帰宅を促した。

「鑑識が見つけてくれたらいいんだが」

「あの人たちに見つけられないなら、もう諦めたほうがいいわよ」

「あれは人に借りた物なんだぜ」

「誠心誠意、謝るのね。その人に」

「それが一番嫌な仕事なんだっての」

「あんた、たまには人に頭下げなさい」

「はいはい」


 後部座席では翔一と雪がこっそり話し合っている。

「あの、太陽の開放というのはいったいどういう意味だったのかしら」

天岩戸あまのいわどを再演したみたいクマだったね」

「でも、今の世界は闇の中だったの? 何が変わったということも感じないけど」

「『浸食』は悪いことばかり起きるけど、本当はそうじゃないということかも、たぶん、何かが変わったクマ」

「陽の光が解放されたのなら、悪者は困りそうね」

「事実、雪ちゃんも大神さんも新しい力を手にしたクマ。いいことに使ってね」

「うふふ。ご心配なく。でも、クマちゃんが優しくしてくれないとぐれちゃうかもよ」

 くりくりとかわいい目で子熊を見る美少女。

「それは困るクマ」

「あのチビクマちゃんをくれたら真面目になる」

「ダーク君の作る物だけど、いいの?」

「あれだけは信用してあげる。洞窟では役に立っていたから。それにかわいいわ」

「そういえば、ダーク君、どこ行ったのかな」

 車は悪路を抜け、舗装された道路に入った。

 ヘッドライトが両脇の雑草を照らす。




 夜道を走る高級ワゴン車。

 イキった感じの装飾が随所にみられる、無駄なサイズ感。

「ち、まだ胸が痛いぜ」

 茶髪男Aが運転しながら胸をさする。片手にタバコ、少し窓を開けていた。

 タバコを吸うと痛みが走る。

「お前は胸だろ、俺は股間だぜ。使いものにならなくなったらどうするんだ」

 助手席の茶髪Bが不満顔で股間を見る。

 衝撃だけだったが、激しい苦痛が通り過ぎたことは忘れられない。 

「サツがいっぱいきやがって、キャンプは中止。つまんねぇなぁ。何があったか説明もしやがらねぇ。使えねぇ奴らだぜ、クソ公務員」

 茶髪Aが毒づく。

「仕方がねぇっすよ兄貴」「サツに喧嘩も売れねぇっしょ」

 後部座席にはキョロCとキョロD。

 いつもの仲間だ。

 ABCDの四人で普段から馬鹿をやっている。

 イライラして、Aはタバコを窓から投げ捨てた。火はついたままだ。

「ん、前に人がいる」

 夜の山道、ふらふらと人影が出てきた。

 老婆のように見える。

 ギュインっと、人影のギリギリを猛スピードですり抜けた。

「制限速度三十キロの狭い道で、さすがすごいっすよAさん。婆さんビビッて腰抜かしたんじゃないっすか」

 キョロCが説明的に茶髪Aを褒めたたえる。

「へへ、歩行者なんざ殺すぐらいの気持ちで運転してるんだぜ」

「気のせいか、今のババア、すげえ不気味だったな」

 キョロDがつぶやく。

 老婆は幽鬼のような姿だった。

 しばらく行く。

「おい、A止まれ」

 Bがにやにやしながら告げたので、急ブレーキを踏む。

「なんだよ」

「あのガードレールに俺たちの青春のあかしを残して行こうぜ」

 そういうと、スプレー缶を取り出す。

「さすがBさん、キレキレっすよ」「やっぱ、かっけーわ」

 CDが褒める。

 車を降りると、Bは手慣れた手つきでスプレー缶を操り、技巧的な文様を描く。一応、無駄に才能はあるようだ。

「へへ、ここらあたりは俺たちのシマだ」

 やがて、車は再び出発する。

「ん、なんだ、腹がごろごろしてきやがった」

 腹の異変を感じるB。

「お、おい、あれを見ろ!」 

「ババアだ!」「さっき追い越したよな」

 前方、先ほどと同じような位置に不気味な老婆。

 猛スピードですり抜ける車。

「ハァハァ、何だ、あのババアは。双子じゃねぇよな」

 汗をぬぐうA。

「ぐぐ、やべぇ。これは」

 違う理由で脂汗を流すB。

 腹を抑えている。

「A兄貴、ババアが! ババアが超高速で迫ってきます!」

 後ろを見ると、車のすぐ後ろに老婆がいた。

 異常な速度で走ってくる。

「や、やべえ!」

 Aは山道でアクセルを全開にした。

「もう、無理、止めろA!」

 叫ぶB。

「状況わかってるのか! ババアが、ババアが!」 

 迫りくる老婆、切迫する尻。

 二つの狂気が若者たちの車に訪れていた。

 やがて、

 ブモォォォ!

「ぎゃあああああああああ!」「うわー!」「グエー!」




「んで、君たち、何でスピード違反してたの……何キロオーバーだ、これ」

 非常に嫌そうな顔をして、違反切符を切る白バイ警官。悪臭に顔をゆがめる。

 車から降りてきた男たち。

 恐怖で青ざめたACD。げっそりした顔のB。

 彼らは全員汚物まみれだった。

 Bはぎりぎりの状況の中、車内でズボンを下すという最悪の選択をしたのだ。

 しかも、中腰の噴射スタイル。

 自分のズボンを汚したくないという、咄嗟の利己主義判断である。しかし、その判断は車内全体を茶色に染め上げた。

「ババアが、ババアが」

 警官に聞かれたAとCDは同じ言葉を繰り返す。

 Bは完全に脱力していた。 

「お婆さんがいた? それじゃわからないだろ。結局、何があったんだ」

 全員顔を見合わせる。

 そして、同時に同じセリフを口にした。

「俺たち、呪われたんです」

 彼らの脳に何かがよぎったのか。

 それとも、本能で理解したのか。


「フフフ、法を破れば呪いが降りかかる。Aは恐怖婆。Bは腹下し。奴らは教訓を得ただろう、そして、今後法律違反は一切できない。俺はいいことをした、今日も気分がいい!」

 闇に潜む黒い子熊とチビクマ数匹。

 彼らは茶髪男たちの様子を見ていた。

「キューキュー!」

 拍手するチビクマたち。

「ちなみに、Aの仲間には恐怖婆が見える。共犯にも天罰は下るのだ」

「キューキュー!」

「フ。俺のお仕置きアートはこれからも続く」

 ニヒルな笑いを浮かべ、黒い子熊は闇に消えた。




2021/9/5 微修正

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