3.戦場
プシュー、シュー……。
ガスマスクの排気弁から出る規則的な音が、ヘルメットの内に響く。
視界のすべてが白だった。
吹き荒れる猛吹雪は、まるで世界の終わりを告げるカーテンのように『セクター7』の廃墟を覆い隠している。
ガイガーカウンターは、まるで不機嫌なジャズのドラムのように、チリチリと不吉な音を刻み続けていた。
「視界は最悪、気温は氷点下、おまけに空気は毒入りか。
ハワイのビーチが恋しくなるな」
俺は防護服のフードを深く被り直し、サプレッサー付きのアサルトライフルを低く構えた。
雪に埋もれた通りを進む。
錆びついた車の残骸、崩壊したビルのコンクリート。
かつてここにあった文明は、今やただの凍りついた墓標だ。
その時、猛吹雪の風音が、一瞬だけ異質な音を孕んだ。
――グルルル、ァァオオオ……。
雪の壁の向こうから、複数の影が立ち上がってくる。
衣服はボロボロに裂け、皮膚は凍傷と放射能で青黒く変色している。
肉が削げ落ちた顔の中で、濁った瞳だけがこちらの生肉を求めてぎらついていた。
歩く死体どもだ。それも、1匹や2匹じゃない。
「お前ら、そんな格好じゃ風邪をひくぞ」
俺は素早く照準を合わせ、トリガーを絞った。
パシュ、パシュ、パシュ。
サプレッサーが発射音をくぐもった金属音に変える。
弾丸は正確に先頭の3匹の眉間を撃ち抜き、脳漿を雪原にぶちまけた。
倒れる死体。
だが、その銃声――いくら静かとはいえ――が、周囲の雪の中に潜んでいた連中の「空腹を報せる鐘」をならしてしまったらしい。
地中から、車の影から、雪の斜面から、無数のゾンビが這い出てくる。
瞬く間に、俺の周囲は死体の群れによって完全に包囲されていた。
「チッ、数だけは一丁前だな」
アサルトライフルの弾倉が空になる。
リロードする時間はない。
距離を詰めてきた大男のゾンビが、凍りついた爪を俺の顔面に突き出してきた。
俺は半身をかわすと同時に、ライフルの銃身で奴の腕を弾き飛ばし、そのままステップを踏んで懐に潜り込んだ。
右ストレートが奴の腐った顎を直撃する。
バキッ
という凄まじい音が響き、大男の頭部が不自然な方向に折れ曲がって吹き飛んだ。
間髪入れず、背後から襲いかかってきた別の奴の作業服を掴み、柔道の要領で一本背負い。
硬いアスファルトの雪に叩きつけられた死体の頭を、俺のタクティカルブーツの踵が容赦なく踏み砕く。
だが、包囲網はさらに狭まる。
死体どもが折り重なるようにして、俺を圧殺しようと群がってきた。
「まとめて地獄へ戻りやがれ!」
俺は背中の防弾ベストから、ピンを抜いた手榴弾を引っ掴んだ。
それを目の前のゾンビの群れの中心へ放り投げると同時に、近くにあったワンボックスカーのボンネットの裏へとスライディングで滑り込む。
数秒後。
ズガアアアアン!!
激しい爆発音がセクター7の静寂を切り裂いた。
爆風で雪と、凍りついた死体の肉片が四方八方に飛び散る。
ワンボックスカーの車体が激しく揺れ、頭上を無数の破片が通り過ぎていった。
煙が立ち込める中、俺はボンネットの陰から立ち上がった。
あたりには、バラバラになった死体の山が転がっている。
動いているものはもういない。
俺はアサルトライフルのボルトを一度引き、新しい弾倉を叩き込んだ。
ガスマスクのキャニスターを叩き、フィルターの残量を確認する。
まだ大丈夫だ。
「いいウォーミングアップになった」
俺は首の骨をパキリと鳴らすと、手元のナビゲーターが示す「軍の通信施設」の座標へと向かって、再び猛吹雪の中を歩き始めた。
記憶の断片が、この血と硝煙の匂いの中で、少しずつ繋がり始めようとしているのを感じながら。




