2.焦土
再び頭に鈍い痛みが走り、思わず指で触れる。
「開頭手術の痕よ。触らない方がいい」
Emmaの声に、俺は後頭部の感触を確かめていた右手を下ろした。
バリカンで雑に剃られた剃り跡をなぞると、生々しい縫い目の感触が指先に伝わる。
世界が完全に崩壊に向かう、あの最後の狂乱の最中――。
俺は意識不明の状態で、この『アーク』に運び込まれたのだという。
激しい頭痛の理由はそれだった。
数ヶ月に及ぶ生死の境を彷徨う昏睡状態、そして頭蓋内出血を止めるための緊急の開頭手術。
俺の頭には、文字通り死線をくぐり抜けた「傷跡」が刻まれていた。
「記憶がないのは、その手術か事故の衝撃のせいね。
生きてるのが奇跡よ、Jason」
Emmaはそう言って、医療用トレイの器具を片付けた。
「奇跡、ね。
俺の辞書にない言葉だ」
俺は小さく鼻で笑い、近くの机に置いてあったラッキーストライクのパックから最後の1本を抜き取った。
ジッポーのホイールを親指で弾き、小さな炎を引火させる。
紫煙を肺の奥まで吸い込み、ゆっくりと吐き出した。
頭の芯の痛みが、少しだけ和らぐ気がした。
部屋のドアが勢いよく開き、DavidとLukeと呼ばれていた眼鏡のひ弱そうな男が入ってきた。
Lukeの持つタブレットには、ノイズ混じりの波形が映し出されている。
「Jason、さっきの無線信号の解析が終わったぞ」
Davidが硬い声で言った。
「発信源はここから北へ数マイル。
地上の汚染区域『セクター7』にある古い軍の通信施設だ。
……そして、その信号の暗号キーには、お前が運ばれてきた時に持っていたドッグタグのIDと一致するコードが含まれていた」
「俺の過去が、その通信施設にあるってわけか」
俺はタバコを床に落とし、ブーツの踵で踏み消した。
「ああ。だが『セクター7』は今や完全な死の街だ」
Lukeが青ざめた顔でタブレットのデータを指し示す。
「核の冬による猛吹雪、通常の3倍を超える放射線、そして……うろついている歩く死体どもの数も尋常じゃない。
ガスマスクの予備フィルターと、それなりの重武装がなきゃ、10分と持たずに凍った死体になるぞ」
「上等だ。おあつらえ向けのピクニックだな」
俺はニヤリと笑うと、壁の武器ラックへと歩み寄った。
Davidが差し出してきた厚手のハズマット・タクティカルスーツに袖を通す。
防弾ベストを上から締め付け、太もものホルスターには山賊のリーダーから分捕った9mm拳銃を収めた。
背中には、シェルターの装備から選りすぐったサプレッサー付きのアサルトライフルを背負う。
最後に、強化ガラスが鈍く光るフルフェイス型のガスマスクを手に取った。
「Emma、もし俺が帰らなかったら、そのベッドは次のラッキーな奴に譲ってやってくれ」
「軽口を叩けるなら大丈夫そうね。
フィルターの残量には気をつけて、Jason」
俺はマスクを顔に密着させ、ロックを固定した。
プシューッと気密が完了する音が耳元で鳴る。
アークの巨大な地上ハッチの前に立つ。
Davidがレバーを引くと、重厚な鉄の扉が悲鳴を上げながらゆっくりと左右に開いていった。
開いた隙間から、容赦のない猛吹雪と、ガイガーカウンターの不気味なクリック音がシェルター内へと流れ込んでくる。
視界を遮るほどの白い闇の向こうには、文明が完全に死に絶えた、極寒の放射能 wasteland が広がっていた。
「よし……。俺の記憶を握ってるクソ野郎に、会いに行くとしようか」
アサルトライフルのボルトを一度引き、薬室に弾薬が装填されたことを確認する。
俺は一歩、その地獄の雪原へと足を踏み出した。




