第9話 早く声聴きたいね
二組目の演奏が始まる。
ドラムのカウントと同時に、重い低音が床を震わせた。
アンプから吐き出される音が空気を押し、胸の奥まで響いてくる。
照明が一気に切り替わり、赤と青の光がステージを交互に染める。
さっきまで散っていた客が、じわじわと前へ詰めていく。
客席の空気が少し変わる。
前の方へ人が集まり、スマホをしまう客も増えた。
スピーカーの振動で、足元の床が細かく揺れている。
颯太は腕を組んだまま、じっとステージを見つめている。
落ち着かない。
音に身を任せるでもなく、頭の中で別の音を鳴らしているようだった。
鳴っているギターのフレーズを、無意識に組み替えている。
奏
「颯太」
返事はない。
歪んだギターの音が会話をかき消す。
奏
「今日はメンバー探しな」
颯太が我に返る。
奏
「気持ちは分かるけど」
颯太
「エフェクター使いすぎ」
ステージから視線を外さない。
照明がフラッシュのように瞬き、ギタリストの手元が一瞬だけ浮かび上がる。
颯太
「早弾きできないなら、ギターソロ変えれば良いのに」
奏
「同意」
小さく笑う。
(こいつ、自分のレベルの高さ分かってねぇな)
奏はボーカルへ目を向けた。
スポットライトを浴びたボーカルが、観客に向かって大きく手を広げる。
歓声はまばらだが、前列の数人だけが熱を帯びている。
奏
「ボーカルはどうよ?」
颯太は一瞬だけボーカルを見る。
颯太
「気持ち悪い」
奏
「早いな」
颯太
「自分に酔いすぎ」
一拍置く。
ドラムのフィルが空気を切り裂く。
颯太
「顔が良いだけ」
さらにステージを見つめたまま言う。
颯太
「うちにはいらない」
奏
「珍しく毒舌だな」
二組目が終わる。
最後のコードが鳴り終わり、余韻がスピーカーからじわりと消えていく。
客席からは控えめな拍手。
前列の数人だけが大きく声を上げていた。
それ以外の客は、ドリンクを飲んだり、隣と話したりしている。
ボーカルが笑顔で手を振り、ステージを降りる。
照明が落ち、転換のための白い明かりに変わる。
奏
「ボーカルは大学生らしい」
ドリンクを一口飲む。
氷がグラスの中で小さく鳴る。
奏
「音楽がやりたいんじゃなくて、モテたいだけなんだろうな」
颯太
「バンドってモテるの?」
本気で不思議そうな顔をする。
颯太
「彼女とか作ってる暇なくない?」
奏は思わず吹き出した。
奏
「それは俺らが特殊なんだよ」
フライヤーを開く。
紙の擦れる音が、転換中のざわめきに紛れる。
奏
「次は女性バンドだな」
出演順を指でなぞる。
ステージでは機材の入れ替えが進み、マイクスタンドが新しく立てられる。
奏
「このバンド、全然情報がないんだよ」
奏
「一応コピーバンドみたい。ネットの人気曲中心にやってるらしい」
少し間を置く。
照明が再び落ち、次のバンドの準備が整う気配がする。
奏
「全員、女」
颯太はステージへ目を向けた。
暗闇の中、シルエットだけが浮かび上がる。
颯太
「早く声聴きたいね」
奏も小さく頷く。
低く唸るアンプのノイズが、次の始まりを予感させる。
奏
「おぅ」




