第80話 俺は天才じゃなきゃいけないんだ
店内は笑い声に包まれていた。
ライブの興奮はまだ誰の身体にも残っている。
達磨は頭を抱えながらジョッキを置く。
そんな達磨を見て、大地は楽しそうに笑った。
「みんな、達磨のこと知らなすぎだと思ってたんだよ。」
「この際、暴露しようぜ。」
達磨はすぐに顔をしかめる。
「なんでだよ。」
「面白くもねぇ話したってしょうがねぇだろ。」
大地は肩をすくめながら笑う。
「俺は、話聞いた時すげえ意外で面白かったけどな。」
その一言で、姫希の目が輝いた。
椅子から身を乗り出し、両手を叩く。
「達磨の過去暴露大会はじまりー!!」
その場にいた全員が思わず笑う。
颯太も奏も興味津々で達磨へ視線を向けた。
達磨は大きくため息をつき、観念したように頭をかく。
その時、店の入口の扉が開いた。
「お疲れ様。」
ミホが店内へ姿を見せる。
姫希はすぐに大きく手を振った。
「ミホ!」
「ナイスタイミング。」
「これから達磨の過去が明かされるよ。」
ミホは笑いながら席へ近付く。
「何それ。」
「私、聞いて良いの?」
達磨は苦笑いを浮かべながら肩をすくめた。
「あーもう、良いや。」
「面白くねぇからな。」
「覚悟して聞けよ。」
達磨はジョッキを静かに置き、一度だけ天井を見上げた。
昔を思い出すように、小さく息を吐く。
「俺はな、みんなと違って京都出身だ。」
少し照れくさそうに笑う。
「百年以上続く老舗旅館の四代目になるはずだった。」
姫希が思わず身を乗り出す。
「もう、面白い。」
達磨はすぐに睨み返した。
「黙って聞け。」
そのやり取りに店内から笑いが漏れる。
達磨は照れ隠しのように頭をかきながら話を続けた。
「親父の仕事の都合で、高校三年間こっちで生活することになったんだ。」
「うんうん。」
達磨の表情が少しだけ柔らかくなる。
「その時のクラスメイトに芽衣子って奴がいて、その時から付き合いはじめた。」
一瞬、時間が止まる。
姫希は目を丸くした。
「八年も付き合ってるの?」
「マジ?」
「一途なの?」
「ここに呼ぼうよ。」
「あぁ、そりゃ無理だ。今あいつ仕事中だから。」
姫希は残念そうに首を傾げた。
達磨は静かに話を続ける。
「その頃、ライブハウスでメチャクチャ上手いベーシストを見つけて、ファンになった。」
「あの、ファッハプの箱な。」
「そのベーシストが偶然にも芽衣子の兄貴だった。」
姫希は思わず声を上げる。
「運命じゃん。」
「そして、兄貴が音楽辞めた時にベースを受け継いだんだ。」
「兄貴は俺の師匠みたいなもん。」
「だから俺は天才じゃなきゃいけないんだ。」
達磨はジョッキを軽く回しながら苦笑いする。
「でも、このベースを欲しがる奴が多すぎてさ。」
「悪い噂でな。」
「箱、追い出された。」
店内から笑い声は消えていた。
誰も茶化さない。
達磨は静かに続ける。
「芽衣子だけは俺を信じてくれたんだ。」
その一言だけは、迷いなく口にした。
「卒業して、京都に帰るタイミングになっても俺はベースを止めることが出来なかった。ベースに夢中で帰らなかった」
少しだけ照れくさそうに笑う。
「そしたら実家から勘当されてよ。」
「行くとこなかった時、芽衣子の部屋に転がり込んで。」
「今に至るって感じだ。」
話し終えた達磨は照れ隠しのようにジョッキを持ち上げ、一口ビールを流し込んだ。
店内には、さっきまでとは少し違う、温かな空気が流れていた。




