第66話 左
颯太が姫希に声をかけた。
「姫ちゃん、行きたいとこあるんだけど一緒に行かない?」
姫希は思わず颯太の顔を見た。
突然の誘いだった。
すぐに笑顔を浮かべる。
「良いよ。」
(来たー! 初デート。一歩前進だぜ!)
平然とした顔のまま颯太の隣へ並ぶ。
二人は商店街へ足を踏み入れた。
通りには買い物を楽しむ人たちの姿があり、店先には野菜や果物が並ぶ。
惣菜屋では揚げ物を包む音が響き、パン屋からは焼きたての香りが流れてくる。
そんな賑わいの中を、二人は肩を並べて歩いた。
姫希が颯太を見上げる。
「どこいくの?」
「みんなには秘密にしておいて欲しいんだけど。」
颯太は少し照れくさそうに笑った。
「楽器屋さん。」
「いつものとこ?」
「ううん。違う。オリジナルギター作ってるとこ。」
姫希の表情が少しだけ変わる。
「もしかして私がエクスプローラ取っちゃったから新しいの買うの?」
颯太はすぐに首を横へ振った。
「違うよ。」
その答えに姫希は少しだけ安心した表情を見せる。
颯太は前を向いたまま続けた。
「もっと大事な事。」
二人はそのまま駅へ向かい、電車に乗った。
窓の外を流れる景色を眺めているうちに、目的の駅へ到着する。
改札を抜け、人通りのある通りを歩いていると、姫希がふいに足を止めた。
「颯太、ちょっと待って。」
「多分つけられてる。」
「え?」
颯太が振り返る。
姫希は迷わず男の方へ歩いて行った。
「お前どこ社だ?」
男は足を止め、困ったように頭を下げる。
「S社の斉藤です。」
「竹内さんのとこね。」
「今日は何?」
「二人の進展の様子をカメラに収めろと、デスクが。」
「そっか。あんたたちも大変だね。」
姫希は後ろを振り返った。
「颯太。」
呼ばれた颯太が隣へ来る。
二人が並ぶと、姫希は斉藤へ笑いかけた。
「今日は初デートで機嫌がいい。」
「写真撮っていいぞ。」
「かわいく撮れよ。」
斉藤はカメラを構え、二人へレンズを向ける。
姫希は颯太の隣へ自然に立ち、そのままカメラを見る。
「次からはコソコソすんなよ。」
「堂々とこい。」
「そしたら相手してやる。」
「はい。」
シャッター音が続けて響く。
立つ位置を少し変えながら、斉藤は三枚ほど写真を撮った。
カメラを下ろすと、姫希が口を開く。
「てかさ、私たちそんなに需要ある?」
「もっとビッグカップルおった方が良いんじゃない?」
斉藤は照れたように笑った。
「すいません。私、会見で姫希さんのファンになっちゃいまして。」
「行く末を見届けたいんです。」
「私ごとで申し訳ありません。」
姫希は携帯電話を取り出した。
「ルール守れるならまた来い。」
「これ、私の携帯。」
「アポ取りしろよ。」
「じゃあな。」
斉藤は両手で携帯番号を受け取り、大きく頭を下げた。
「ありがとうございます。」
二人は再び歩き始める。
少し歩いたところで、颯太が笑った。
「姫ちゃんかっこよかったけど、プライベートまでそのキャラ辛くない?」
姫希も笑う。
「大丈夫だよ。」
「颯太の前では甘えるから。」
二人は笑い合った。
しばらく歩いてから、姫希が小さく尋ねる。
「手繋いで良い?」
「うん。喜んで。」
颯太が手を差し出す。
姫希はその手を握ると、二人は並んで歩き出した。
やがて目的のギター工房へ到着する。
店内には様々な木材が並び、壁には製作途中のネックやボディが掛けられていた。
作業台には削りかけのボディが置かれ、奥から木を削る音が聞こえてくる。
颯太は受付へ向かい、姫希はその後ろをついて行った。
「ここでギター作って貰えるって聞いたので。」
颯太はギターケースを開き、レスポールを取り出す。
丁寧にカウンターへ置くと、職人は両手で受け取り、ネックの反りを確認し、構えたときの重心を確かめるように何度か持ち替えた。
「これと同程度のものが欲しいです。」
「出来れば重心や弦高とか重さとかも同じにしたいです。」
職人はレスポールを見つめたまま静かに頷く。
「なるほど。」
「形はレスポールタイプでよろしいですか?」
颯太は迷わず首を横へ振った。
「いえ。」
「エクスプローラでお願いしたいです。」
「左利き用で。」




