第61話 こいつは今から俺の愛器だ
打ち上げも終盤を迎えていた。
テーブルの上には空になった皿やグラスが並び、さっきまで次々と運ばれてきた料理もほとんど姿を消している。
ライブを終えたばかりの高揚感はまだ誰の中にも残っていて、店内には笑い声が絶えなかった。
それぞれが昔話に花を咲かせたり、ライブの感想を語り合ったりと、穏やかな時間が流れている。
そんな中、姫希がふとグラスをテーブルへ置いた。
「そういえばさ。」
その一言で、自然と全員の視線が姫希へ集まる。
姫希は少しだけ照れくさそうに笑いながら口を開いた。
「私、今歌い手やってるんだけど……JJの曲やっても良いかな?」
一瞬だけ場が静まる。
しかし、その沈黙はほんの一瞬だった。
「堂々とやれ!」
まるで打ち合わせでもしていたかのように、全員の声が重なる。
誰一人迷わない。
その返事に、店内はどっと笑いに包まれた。
姫希は嬉しそうに目を細め、親指を立てる。
「サンキュー!」
その笑顔を見て、みんなも自然と笑みを浮かべる。
和やかな空気が店内を満たす中、颯太は静かに席を立ち、奏の隣へ腰を下ろした。
「今、ギターどう?」
「進捗どのくらい?」
奏は少しだけ考えるように視線を落とし、ゆっくり答える。
「六〇%ってとこかな。」
「まだまだだ。」
その言葉を聞いた颯太は何も言わない。
ただ、自分の足元に置いていたギターケースを手元へ引き寄せる。
ケースを開くと、中から現れたのは使い込まれたレスポールだった。
ライブで何度も音を鳴らしてきた相棒。
颯太はそのレスポールを静かに持ち上げ、奏へ差し出した。
「借りてたギター返すよ。」
「必要だろ?」
奏は差し出されたレスポールをじっと見つめる。
懐かしい姿。
何度も弾いてきた自分のギター。
だが、その視線はどこか穏やかだった。
「もう、こいつを弾く事は出来ない。」
静かに言葉を落とす。
「わかるだろ。」
少しだけ間を置き、口元を緩めた。
「それに。」
「お前の手垢だらけのギターなんていらねぇよ。」
颯太は思わず吹き出し、レスポールを抱き寄せる。
「わかった。」
「こいつは今から俺の愛器だ。」
奏は満足そうに笑った。
「大事にしろよ。」
その時、『Re:』のドラマーがゆっくりと立ち上がる。
「そろそろお開きにするか。」
その言葉に、大地もグラスを置いて頷いた。
「そうだな。」
席を立つ者が増え始める中、颯太は改めて奏へ向き直る。
「奏。」
奏も自然と視線を合わせた。
「半年後にJJ加入テストやる。」
颯太の口調は、いつも通りだった。
「残りの四〇%、必死に埋めてきて。」
少しだけ笑う。
「天才なんだろ。」
奏も負けじと笑い返す。
「余裕だ。」
「ビビんなよ。」
二人のやり取りを聞いていたミホは呆れたように苦笑した。
「また無茶言ってる。」
「ベース弾けるようになるまで、どれだけ苦労したと思ってるの。」
姫希はそんな二人を見つめ、優しく笑う。
「良いの。」
「これが、こいつらの友情だから。」
達磨は腕を組みながら笑った。
「煽りは基本だな。」
大地も肩をすくめて笑う。
「素直になろうぜ。」
再び店内に笑い声が広がる。
その笑い声は、ライブの熱気とは違う、仲間たちだけが作れる温かな空気に満ちていた。
第八章 「遠く遠く」 完




